193 言葉を理解する豚
合同会議は『トレイル帝国へ侵略する』という大まかな内容が決まったところで、作戦を細部まで決するのは後日に持ち越しとなった。
というのも、トレイル帝国領土内へ侵入する為の経路である常闇の森にいるという言葉を理解するオークの確認をする為だ。
会議の翌日、噂を聞いたエキドナとセレネ、マグナの2人に加えて心当たりがあると言ったクリフ、パーティメンバーであるイングリット達も含めて北西砦へ転送門を通過して向かった。
「それでは、常闇の森へ向かいましょう」
エキドナの用意した3頭のラプトルが引く通常のラプトル車よりも大型のキャビンに乗り込み、一行は常闇の森の魔王国側へと出発。
常闇の森入り口までは大体、3時間程度で到着するが人間達の偵察に警戒しながら進んだせいか少々時間が取られてしまった。
森の中に入ってラプトル車を止めた時には既に夕方を過ぎ、空の色は黒くなり始める。
ただ、森の中に入れば昼も夜も変わらない。
クリフの生み出した魔法のライトで周囲を照らしつつ、木に止まって謎の発光を繰り返す虫の光もあって視界は良好。
イングリットを先頭に草と木々の合間を進む。
「イング、体は大丈夫?」
「ああ、今のところはな」
前回のダンジョンで起きたイングリットの暴走。依然と彼の胸には体を侵食しつつある核が埋め込まれたままだ。
日常生活に支障はない。だが、時より眩暈が起きる。それと寝る際は悪夢を見るといった弊害があるくらいだろうか。
「悪夢ね。人間に殺される夢だっけ?」
「ああ。そのあとで、人間に恨みをぶつける夢だな」
クリフが悪夢の内容を問う。
イングリットが毎回見る悪夢は翼の生えた人間に殺されるシーンだ。
ニタニタと笑う人間に何度も何度も体を剣で刺され、最後はミキサーにかけられて全てがグチャグチャに混ざるような感覚に襲われる。
そんな気持ちが悪い感覚を味わいながら相手へひたすら恨み言を叫ぶ。そんな夢。
毎度寝た気にはなれず、すっかり睡眠不足の毎日。隣で寝ているシャルロッテ曰く、寝ている間はずっとうなされているらしい。
疲弊する体であるがクリフの回復魔法とポーションを使って無理やり全快して動かしているのだ。
「無理しないでよ?」
「わかってる」
パーティを支える盾役の意地か、イングリットは弱音を吐かない。
そんな彼を心配するクリフであった。
「イングの負担を減らす装備も作ってるから~。もうちょっと我慢してね~?」
「妾もバッチシ働くのじゃ。任せるのじゃ!」
そんなイングリットに対し、メイメイは盾役の負担を減らそうと己の強化をすべく新装備を開発中。
シャルロッテは毎日、彼の世話をして支えていた。
元々の3人にシャルロッテが加わったパーティであるが、もう誰が見ても1つに纏まっている。
シャルロッテが加入して少しギスギスしていた頃は遠い昔のようだ。
「仲が良くてなによりだ」
マグナがウンウンと頷いていると、前方の草むらがガサガサと音を立てた。
「止まれ!」
一番に反応したイングリットは盾を構え、前方を睨みつける。
彼に守られる他のメンバーも各自武器を抜いて構えた。
ピリピリとした緊張感が流れる中、姿を現したのは――
「ブモ!」
一匹のオーク。
腰蓑を巻き、上半身は露出している通常タイプのオークだ。
手には何やら木製の物体を持っていて、イングリット達の前でその物体を見せつけるように掲げた。
「……攻撃しないで下さい?」
「敵じゃありません……?」
オークが掲げたのは木製のプラカード。
プラカードには『攻撃しないで下さい。敵じゃありません』としっかり書かれていた。
「ブモ、ブモォ!」
片手でプラカードを掲げるオークは、空いている手でそれを指差す。
イングリット達全員から戦意が無くなったと理解したオークは持っていた物を草むらに落とし、木の影からもう一つのプラカードを取り出して見せた。
「魔族・亜人。歓迎! ……だって」
2つ目のプラカードを読んだ一行は完全に戦意を収め、武器の構えを解く。
「こ、これです! これが噂で聞いたオークです!」
言葉を理解するオークと対面したエキドナはやや興奮しながら叫んだ。
「眉唾物だったが確かにいたな」
「これがイングリット達の会ったオークか?」
言葉を理解するオークを初めて見たマグナとセレネは大いに納得したようだ。
確かに言葉を理解している。というか、オークは言葉を理解した上で更に文字を書いているじゃないか。
「いや、俺達が会ったのはオークキングだったが」
「配下じゃない~?」
イングリットとメイメイがそう言うと、森の奥から再び何かが近づく音が。
「オオ、ヤハリ、マゾクノオウデシタカ」
草むらから出て来たのは木の王冠と宝石の嵌ったネックレス、金属製のラージシールドを持ったオークキング。
神殿ダンジョンを制覇した後で出会ったオークキング本人であった。
「オアイデキテ、ウレシクオモイマス」
「おう、久しぶり」
イングリットの前まで歩み寄ったオークキングはペコリと腰を折る。
オークが礼をした、と口を開けて驚くエキドナ。
これはNPC的な存在か? とゲーム要素のように考えるのはマグナとセレネ。
各々が心の中で感想を浮かべていると、オークキングがイングリットへ問う。
「オウヨ。ココヘハ、ナニカ、ヨウジガ?」
問われたイングリットは後ろを振り返り、エキドナを見やる。
だが彼女は驚きで固まっていた。これでは役に立たないだろう。
「あー、その。言葉を理解するオークがいると聞いて来たんだが……お前達の事か?」
「コノモリニ、イル。オーク、ミンナ、ワレノハイカ。コトバ、オシエタ。マゾク、アジン、テキジャナイ。オシエタ」
オークキングはそう言うと、横にいる配下のオークを指差した。
彼曰く、常闇の森に生息するオークは全て配下に治めたそうな。加えて魔王国側にいる周辺のオークも配下にしたと言う。
配下にした者には徹底して魔族と亜人に敵対してはならないと教え込んだ。
「ワレガツヨイ、コノ、タテノオカゲ。マゾクノオウ、カンシャ」
配下に加えたオーク達にまず教えたのは、自分が強いのは魔族の王に出会ったからだ、と。
自分など一撃で粉砕できるほどの力を持った王がいる。だから敵対するな、と徹底的に教えたそうだ。
「マゾク、アジン、テキタイシナイ。ワレラ、エルフ、カッテタ」
「エルフを狩ってた? この森に入って来たエルフをか?」
イングリットが問うとオークキングは頷き、付け加える。
「タマニ、モリノソトへ。エルフノムラ、マチカラ、デテキタ、エルフ、オソウ」
「それって……」
「エルフの街まで潜入ルートがあるのか?」
オークキングの言葉に、クリフとセレネが顔を見合わせる。
「モリノサキ、エルフノ、イチバン、オオキナマチ、スグチカク」
オークキングの指さす方向はトレイル帝国において最大の都、トレイル帝都の方角だ。
「おいおい、これは帝都まで案内もできんじゃねーか?」
「ふむ。侵略のルートは確保できそうだな」
セレネとマグナがオークのテリトリー構築に思わず唸った。
彼らを味方にできればトレイル帝国へ攻め入るルートは確保できそうだと期待が高まる。
「マゾクノオウ。エルフノクニ、セメルノカ?」
「まだ作戦を練っている段階だがな」
オークキングがイングリットの答えを聞くと、彼はしばし沈黙した後に小さく頷く。
「ワレラ、オーク。ジュンビシテキタ。イツデモ、テヲカス」
イングリット達の何気ない行動が意外な結果を齎した瞬間であった。
読んで下さりありがとうございます。
E専オーク君、合流だよ!




