192 合同会議
合同会議の日。魔王城の会議室に主要メンバーが勢揃いしていた。
まずは国の主である魔王。侵略から国を守護する魔王軍4将全員。
そして、プレイヤーから貴馬隊副レギオンマスターのセレネ。百鬼夜行のレギオンマスターであるサクヤと副レギオンマスターのマグナ。
最も早くこの世界に来た者、アドバイザーとしてクリフが参加して円卓を囲む。
商工会は物作りにしか興味無く、大陸戦争の事などお好きにどうぞという事で不参加だ。
「まずは現状から。東側は奪われた領土を少しだけ奪い返し、完全奪還にはあと旧アルベルト領地だけです」
「ジャハームも派遣して頂いた貴馬隊の活躍で防衛に成功。西の守りも継続して行っておりますが、相手の動きは見られません」
レガド、ソーンの順に現状を話す。
イングリット達がこの世界にやって来る前、奪われてしまった魔王国の領土はほぼ奪い返す事に成功した。
といっても、奪われた領土の中核である旧アルベルト領は未だ敵の手の中。しかも前線基地となっているので駐屯する敵の人数は多い。
奪い返すには相応の犠牲が出ると懸念の声が上がっていたが、それも過去の話。
今ではプレイヤーは1万を超える。
強化された百鬼夜行もいるので奪還の準備を整えれば侵攻が可能となったのだ。
「東に進めばファドナと聖樹王国が黙ってはいないでしょう。旧アルベルト領を奪えばファドナ領土はすぐ先になりますし、奪った後はファドナと全面戦争になる可能性が高い」
奪ったからとて、安心はできない。
奪った領地の防衛を固める期間も必要であるし、それをわざわざ見逃してくれるファドナじゃないだろう。
「ファドナ方面には守護者がいるのが確認できているしな……」
加えて守護者の存在。
駐屯地を一撃で更地にする強力な魔法を使用できる守護者が先にいるのは確認済み。
何も考えずに奪還すれば領地ごと全員吹き飛ばされる可能性もあるのだ。
「2部隊に分けますか?」
ソーンが奪還チームとファドナの領地へ踏み込む侵略チームの2つに分けたらどうだ、と提案するが
「それでは最前線に行った者への負担が大きすぎる。何か月も防衛せねばならん」
「大魔法を使う相手がいるのだ。それを叩かねば難しいのではないか?」
レガドとアリクが懸念の声を上げた。
「冒険者の方々頼りになるのも申し訳ない。軍に支給される装備品の準備を整える方が先ではないか?」
魔王がそう言いながらチラリとセレネへ視線を向ける。
「俺らは大陸戦争がメインなんだ。気にすんな。足踏みしてると勝手に攻めるヤツが出る」
「全く、駄馬のレギオンは躾がなってないでありんすね」
セレネの言う通り、血気盛んな貴馬隊のメンバーを放置していると勝手に人間の領地まで行ってPvPを始めようとする者もいるだろう。
サクヤが漏らした言葉も否定できない。
「しかし、西には聖樹王国が出張って来たのであろう。それも無視はできん」
そう言うのはマグナ。
東を守るのは主にファドナ皇国であるが、西にあるエルフの国――トレイル帝国の前線には聖樹王国の兵がいる。
聖樹王国はファドナよりも厄介なのは前回の防衛線で文字通り死ぬほどよく理解できた。
「トレイルの前線に何で聖樹王国がいるんだろうな?」
セレネが不思議そうに首を傾げた。
聖樹王国とトレイル帝国は表向き同盟国という話であったが、捕虜となったリンデによると同盟とは程遠い現状。
同盟というよりは主人と奴隷のような関係だ。
彼女の話では人間がエルフをアテにする事などなく、ただの肉壁、魔法の発射台、そんな感じの扱いだと訴えていた。
「それなのに聖樹王国がトレイルを守る……。もしかして」
「クリフ、何かあるのか?」
クリフが呟くと、隣に座っていたマグナが問う。
「これ、ダンジョンで見つけたんだ」
クリフはインベントリから制覇済みのダンジョンから見つけた人間の手記や報告書といった物を広げて見せる。
「これは?」
「最近忙しくて説明が後回しになっていたけど、私がセレネに書いた手紙の真相だよ」
クリフが広げた紙は人間が行ってきたおぞましき実験の実態。
各々紙を手に取って内容を読んでいくと――読み終わる頃には全員の眉間に深い皺が刻まれる。
「これは……人体実験ですか」
魔王がクリフに向けて呟く。
まさか捕らわれた自国民が人体実験の材料にされているなど知る由も無かった。
ただ、もっと早く知っていても状況は変えられなかっただろうが。
「これらの資料から注目すべきは『魂』という存在。人間は魔族と亜人の魂を使って何かをしている」
「だから捕まりそうになった奴等を殺せって言ったのか」
セレネが防衛線で指示された事の真相を知り、納得するように頷きながら言った。
「うん。私達が捕まるという事は相手の強化に繋がる可能性が高い。蘇生も出来るか分からない。この戦争での最低条件は捕まらない事だよ」
セレネ達がなるほど、と頷くとクリフは言葉を続けた。
「でね。エルフは重要視されてない。でも、聖樹王国がトレイルを守ってる。という事は……トレイルでこの実験みたいな事が行われているんじゃないかな?」
人間達はエルフ自体に興味はないし、雑に扱っている。
でもトレイルを守っている。導き出される答えは、トレイルに人間が重要視する何かがあるか、もしくは何かをしているか、だ。
「なるほど、そういう事か」
クリフの仮説を聞き終えたマグナは骨の顎を骨の指で摩る。
「真相は分からないよ。でも、私の仮説が正解だったとしたら……」
「マズイな」
「マズイでありんすね」
1万のプレイヤーがいるとしても、守護者が1匹でも戦場に出れば戦力差はガラリと変わる。
そんな不安を抱えている状況でクリフの仮説が正しければ、人間達は更なる力を得るだろう。
これ以上、力の差を付けられれば本当に勝ち目が無くなる。
「ではトレイルに目標を定めますか?」
魔王がそう問うと、セレネとサクヤが揃って頷く。
「エルフの後方支援が無くなるだけでも多少は楽になるだろ」
「あわよくば国を占拠して、資源は確保しておくべきでありんすえ」
エルフの使う魔法は人間達のモノと比べて強力とは言い難い。だが、撃たれれば邪魔で厄介なのも事実。
加えてトレイル帝国周辺は自然豊かで資源の宝庫でもある。
特に帝国領土内には山が多く、そこには鉱山施設が数多くあるのだ。
現状、日替わりダンジョンが産出する資源に頼りきりな魔王国で天然資源を得る機会があるなら確保したい。
魔王軍に支給する装備品の生産もあり、鉱石類の資源はあればあるだけ良いだろう。
「問題はどう攻めるかだが……」
レガドが机の上に敷かれた大きな大陸地図を睨みつけながら呟く。
北西砦の先にはトレイルへ続く平地があるが、そこには聖樹王国の駐屯地がある。
脇道を行こうとするなら以前、イングリット達が訪れた常闇の森を通って行くしかないのだが、奥へ行けば行くほど森に詳しいエルフの領分となるだろう。
脇道である常闇の森を抜け、聖樹王国駐屯地の背後を取って強襲するのか。それとも先にトレイル帝国帝都を優先するのか。まだまだ考える事は多い。
「そういえば、北西砦にいる冒険者の方から聞いたのですが」
侵攻ルートを考えながら唸るレガドの隣にいたエキドナが言いながら手を挙げた。
「この常闇の森には言葉を理解するオークがいるそうです」
「は?」
エキドナが冒険者から聞いたという話は素っ頓狂な話題であった。
現にレガドは「何を馬鹿な」とも言いたげにエキドナを見やる。
それはそうだろう。オークは喋らないし、意思疎通ができない魔獣だ。意思疎通ができれば『魔族』として認知されるが、認知されていない種族こそがオークなのだから。
「いや、本当なんです! 冒険者の方々がそう言っていたんです!」
エキドナは常闇の森へ足を踏み入れた冒険者からそう聞いたと何度も繰り返す。
そんな中、一人だけ彼女の話を信じる者がいた。
「……もしかして」
クリフの頭の中には初めてダンジョンを制覇した後に出会ったオークキングの姿が浮かぶ。
冒険者が遭遇した喋るオーク。その正体は彼なのだろうか。
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