190 牙を研ぐ
ビールもコンビニも大盛況の中、冒険者組合にある運動場では金属がぶつかる音が鳴り響く。
ここ最近は常に音を鳴らし、誰かが声を荒げ、連日で運動場が使用されているのは外からでもよくわかる程だ。
運動場で声を荒げているのは一人じゃない。
貴馬隊、百鬼夜行、商工会、野良の者……レベル、種族、レギオン問わず、ざっと10人程のメンバーがたった一人で強敵に挑む青年を見守る。
見守られながらアドバイスを掛けられる人物は猫獣人に変装したユウキ。彼の手には初心者用の剣が握られている。
ユウキと対峙するのは長い棍を持ったモッチ。くるくると巧みに棍を動かし、ユウキの剣を涼しい顔を浮かべながら弾き返し続けた。
そして、ユウキを見守っているのは異世界の文化をこよなく愛する者達――異世界文化愛好会と呼ばれる組織に所属したメンバー達だ。
彼らはユウキの決意を知り、これから先の戦闘に付いていけるよう空いている時間を見つけてはユウキに訓練を施していた。
対価は異世界の文化を教える事。
モッチからユウキを紹介され、提案された事であるが愛好会メンバーは快く引き受けてくれた。
その結果、こうして毎日のように訓練を行うユウキの姿が運動場で見られるという訳だ。
「剣をとにかく振れ! 剣術パッシブは基本中の基本だ!」
愛好会に所属する貴馬隊のメンバーが剣を振るユウキへアドバイス……なのかは不明であるが、彼の背中へ向けて叫ぶ。
「はい!」
そう言われればユウキは額に汗を浮かべながら剣を振る。
だが、ただ振るだけじゃない。ちゃんとモッチの動きを観察しながら考えて振る。これは先日、別の者に言われたアドバイスだ。
「足を使え! スピードが無ければ相手の攻撃に対応できん! 基本だぞ!」
百鬼夜行のメンバーである銀狼族の男はとにかく動き回れと言った。
まだ腕力に乏しいユウキでは相手の攻撃を受け止めるなど不可能である。
であるならば足を使って避ける事を中心とし、どうしようも無い時だけ打ち合えとアドバイス。
「はい!」
この『訓練』に連日参加してくれている銀狼の男に毎度言われているアドバイスに感謝しながら、ユウキはひたすらステップや走り込みを駆使してモッチの懐に入り込もうと試行錯誤を繰り返す。
「必殺技も重要だ! 剣に魔法を纏わせろ! お前は魔法剣士になるのだ!」
「はい!」
聖樹王国では初級も初級、使えない技術と言われる魔法剣。
それに活路を見出した商工会所属のメンバーは、ユウキに魔法剣を磨けとアドバイス。
例え貧弱な技術であっても道具でブーストさせれば問題ない。
だが、何事にも下地は必要だ。
後々は魔法剣専用の剣を作ってやると約束し、今は自力で魔法剣を続けて魔法その物を鍛えて力をつけろと言った。
ユウキはアドバイス通り、息苦しさを我慢しながらも常に魔法剣を起動させる。
「…………」
そんなユウキを運動場の端で見守るのは百鬼夜行に所属する者の一人である魔人族の男性。名をレギという。
彼は嘗て存在していた旧魔王国騎士のような重厚さを前面に押し出したデザインの騎士鎧に身を包み、長剣と盾を持って背筋を伸ばしながら佇む。
「今日もやっておるな」
そんな彼の傍に歩み寄って来たのは貴馬隊のキマリンであった。
「ああ。よくやるものだ」
レギは隣に立ったキマリンには顔を向けず、視線は動き回るユウキへ固定したまま返事を返す。
「お主から見てどうだ?」
「初心者だ。どう見ても。だが、人間種であるなら望みはある」
ユウキが人間である、という事実はイングリット達に加えて貴馬隊、百鬼夜行、商工会に所属するの者ならば誰もが知っている。
現代の魔王国の者であれば魔王と4将メンバー全員だ。
ユウキが人間である事と同時に、仲間の安否を確認するために今後大陸戦争に参加する事も了承済み。
これらはモッチと異世界文化愛好会が皆を説得した結果でもある。故に、人間だからといって迫害される事は今のところ無かった。
イングリットと対面した時にユウキが彼にコンビニという存在を教えたのも大きい。その報酬としてイングリットからの金銭的援助を受けられるようになっていた。
「ふむ。人間というのは潜在能力が高いという噂だが。身を以て知った我輩からしてみれば、確かに納得できる」
人間のポテンシャルは魔族と亜人よりも高い。これはゲーム内から続く、全プレイヤーにとっての共通認識だ。
その人間の中でも上位に君臨するであろう人物と対峙したキマリンから出る言葉には重みを感じられる。
「例の人間か」
「ああ。間違いなく強敵である」
キマリンは北西砦防衛戦で対峙したギルの一撃によって破壊された腕を摩る。
治療は終わって腕は万全の状態であるが、やられた時の記憶は彼の脳へ鮮明に刻まれていた。
治っているにも拘らず、刻まれた記憶から幻肢痛のような感覚に時より苛まれる。
この痛みはギルへの恐怖なのだろうか。
弱音に支配されそうな心を戒めるよう、ぐっと拳を握った。
「今日も頼む」
キマリンはレギに頭を下げ、手合わせを願う。
これもユウキのように運動場で連日行われている事だ。
ギルに負け、魔王都に戻って以降のキマリンは百鬼夜行に所属するレギを相手に組手を繰り返していた。
「ああ、わかった」
了承するレギもキマリンと戦うのは己の腕を磨くのに丁度良い。
といっても、利点が多い方といえばキマリンだろう。
レギという男は戦うのが上手い。
騎士風の風貌からして盾と剣を使うオーソドックスなタイプであるが、小技を盛り込んで相手を崩したりと戦闘において引き出しが多いタイプ。
性格も真面目な彼は百鬼夜行において縁の下の力持ちといった存在。盾役にも攻撃役にもなれる彼は、先行しがちなサクヤを前線で支える。
良く言えば万能。悪く言えば器用貧乏。
ゲーム内では他人から『中途半端』と評価される事が多かったが、実際には必要不可欠な存在と言えるだろう。
2人はユウキが行っている訓練の邪魔にならない場所で対峙した。
「では、参る」
「ああ、いつでも」
キマリンは拳を構え、レギは盾を前に出しながら剣を下段に構えると模擬戦がスタートした。
空気を切り裂くように鋭い拳。それを弾く盾。
武の頂点を目指す者達であれば誰もが見入ってしまうような攻防をキマリンとレギは繰り返す。
(負けられぬ……!)
拳を繰り出すキマリンの顔には焦りがあった。
キマリンのレベルはゲーム内にいた時点で上限いっぱい。ここから彼が強くなろうとするならば、ひたすら戦ってプレイヤースキルと言われる戦いの練度を高めるしかない。
もしくは、殻を破る何かを見つけるかだ。
(ただひたすらに、拳を振るって力を求めれば――)
突破口は見える、そう信じながら戦士達は牙を研ぐ。
読んで下さりありがとうございます。




