189 元傭兵と人を怠惰に導く店
読んで下さりありがとうございます。
元傭兵の女性は酔い潰れた仲間を宿に押し込むと、一人で夜の街へと繰り出した。
といっても遊ぶためじゃない。翌日の依頼で必要となるアイテム類の補充をする為だ。
本来であれば夜8時まで営業しているスーパーマーケットでアイテムを補充するのだが、仲間達が酒をカパカパ飲んで止まらなかったせいで営業時間を過ぎてしまった。
そんな時、隣の席にいた冒険者から渡された1枚のチラシ。
チラシに書かれていたのは『新規オープン』と大々的に宣伝された商店の告知であった。
新しい商店は冒険者組合の系列店であり、スーパーマーケットとは違って小さくとも夜遅くまで営業する特殊な店のようだ。
「24時間営業って本当かしら……?」
チラシに描かれる店の特徴の中でも特に目を引くのは『24時間営業』という点だ。
そのままの意味で捉えるのであれば、この店は一日中閉めないという事だろう。
今までの魔王都ではまずあり得ない概念だ。
料理店であれば仕込みの時間があるだろう。
物を売る店であっても仕入れ等の商品補充があるだろう。
どんな店であっても、入り口を閉めて客が入らない状態で営業する為の準備を行わなければならない。
店の中がスッカラカンになりながらも店の入り口を閉めないというのであれば話は別だが。
だが、女性は疑問に思いながらも心配はしていなかった。
宿に宿泊していた別の客に話を聞けば、この店は冒険者組合の出資者であり、魔王国経済界のドンであるイングリットという人物が直々に手掛けた店だそう。
冒険者組合然り、スーパーマーケット然り。イングリット氏が関わった店でハズレは無いと専らの噂だ。
彼が関わった店や組合は国からのお墨付きもあるし、国民に対する雇用の促進もあって誰もが歓迎している。
この女性もそうだ。
今までは根性芋と固い魔獣肉しか食えなかったが、今では違う。
美味い料理が食べられるし、冒険者組合で真面目に依頼をこなせば十分に生きていける。
大陸戦争で生き残れば、人生一か八か、などと言われていた傭兵稼業よりも今の生活はずっと安全に生きていけるのだ。
「この辺りね」
女性はチラシに描かれた地図を元に目的地付近までやって来た。
スーパーマーケットから少し南に行ったところ。開発著しい南西エリアで新しく出来た通り沿いに目的の場所はあった。
「本当にこんな夜でも営業してる……」
時間は既に夜の10時を回っている。
だというのに彼女の視線の先にある店舗からは、発光石で作られた室内照明の光が透明なガラス窓から溢れて暗い通りを照らす。
女性は一度だけゴクリと喉を鳴らし、意を決して商店のドアを押す。
キィ、と音が鳴ったドアを潜って入店すれば昼間のように明るい室内。
店内にはいくつもの棚が置かれ、棚には様々な商品が所狭しと陳列されている。
冒険者組合にある売店よりも規模が大きく、商品の品数も圧倒的。
スーパーマーケットにあるアイテム品売り場と遜色ない。
そんな光景に目を奪われていると――
「シャッセー」
「ひゃ、ひゃい!」
カウンター越しに立つ男性が発した声に驚いてしまった。
店員らしき男性は女性の驚きには反応せず一瞬だけこちらに視線を向けた後で顔を戻し、眠たそうな目をしながらそのままボーッと立ち尽くす。
(と、とにかくアイテムを買わなきゃ……)
女性はビクビクとしながらも店内入り口でキョロキョロと顔を動かと入り口には『買い物カゴ』が積み重なっていた。
(スーパーマーケットと同じ。これを使うのね)
いつも利用するスーパーマーケットでは商品を買い物カゴに入れて持ち運ぶ。そして、会計所に持って行くシステムだ。
恐らくここも同じだろう、と女性はカゴを持って店内を歩き始めた。
「す、すごいわ……」
スーパーマーケットより狭い店舗であるが、品数は負けていないと少し見ただけでわかる。
特にあちらと違って、こちらは緊急時に入用なアイテムや日用品類が充実していた。
さすがに野菜や肉などの生物や食品は陳列されていないが、最新式の水筒や火起こしに使う火種を発生させる魔道具など自分が使っている物よりも最新式が並んでいた。
「これと……。これと、これもね」
仕留めた魔獣を解体する為のナイフ、依頼品を入れておく袋、火起こしに使う消耗品、怪我をした際に使うガーゼや包帯など。
前回の依頼で使い切ってしまったアイテムをカゴへと入れる。
「あら、これって」
棚を順番に見ていく女性が見つけたのは『薬師コーナー』で見つけたアイテムだ。
彼女は陳列されていた『力バイバイ薬』という一時的な身体能力向上を図るサプリメントを手に取った。
棚の上部に挿されていたポップには『一錠で力が倍になる!』『重い物を運ぶのにオススメ!』『貴馬隊の大剣使いも愛用!』と猛烈にアピールされているじゃないか。
「こんなのもあるんだ。貴馬隊の方が使ってるなら使えそうね。アイツも喜びそうだし」
貴馬隊の大剣使いに憧れて大剣を使うようになったパーティメンバーの顔を思い出しながら、彼女はカゴに一瓶押し込むことにした。
瓶をカゴに入れ、顔を上げる。彼女は次の商品を見て思わず真剣な顔を浮かべてしまった。
「これも必要ね」
彼女が手に取ったのは『二日酔いに効く!』と書かれたポップの傍にあった錠剤。
ウーコンという飲み薬である。
仲間達はあれだけビールを飲んでいたのだ。確実に二日酔いになるに違いない。
1人1瓶飲めばたちまち二日酔いが治るというウーコンを3つ手に取ってカゴに入れた。
「忘れ物は無し、と」
カゴの中身を確認し、欲しい物が全て揃った事を確認した女性は会計所へ向かおうとするが……。
(会計所、どこだろう)
キョロキョロと顔を動かしながら棚の間を歩き、カウンターの方へと進む。
カウンターにいた男性に会計所はどこか聞こうとしたが、カウンターにはご丁寧にも『会計はコチラ』という看板が取り付けられていた。
ここがそうなのか、と思いながらカウンターに近づくと女性と目が合った男性は――
「シャッセー」
「お、お願いします……」
カウンターにカゴを置くと男性はカゴの中身を手に持って、
「ッガイッテー、ッガイッテー、ッガイッテー」
謎の言葉を発しながら商品一つ一つの値段を数えて木製の計算機を弾く。
男性が商品を数えている間、女性はふと横に視線を向けた。
そこには透明な箱の中に並ぶ肉まん。
「この肉まんって売り物なんですか?」
女性がそう問うと、
「ァイッス」
男性は頷いた。
みんなビール飲んでたんだし、私も肉まんくらい食べて良いよね。
そう心の中で言い訳しながら1つ注文する事にした。
「この肉まん、1つ下さい」
「アザッス」
丁度、カゴの中身を計算し終えた男性はパチンと木製計算機を弾く。そして、トングを使ってホカホカの肉まんを透明な箱から取り出して紙に包んだ。
「アッツスヨー」
そう言いながら紙に包まれた肉まんを女性に手渡した男性は、茶色い紙袋を広げてカゴの中身を入れ始める。
スーパーマーケットと違って店員が袋に詰めてくれるのか。なんともサービスが良い、と女性は感心してしまう。
「オカッケー、サゼロッピャクエイルッデェース」
いくらか明確には聞き取れないが3600 であろうと推測した女性は5千エイル紙幣を手渡す。
どうやら正解だったようで、1400エイルのお釣りが手渡された。
女性はお釣りを財布に仕舞って、商品が詰められた紙袋を持ってカウンターを後にする。
「アザジュッシター!」
本当に、こんな夜でありながらアイテムを買えてしまった。
教えてくれた冒険者の言うように、スーパーマーケットよりは少々値が高いのは否めない。
だが、いつでも買えるという点は素晴らしい。これならまたスーパーマーケットの営業時間を逃してしまってもアイテム補充が容易に行える。
コンビニという名の新しい商店は何と便利な場所だろう。
女性はカウンターの端にあった『王立魔王国学園はココが凄い!』というポップを見ながら退店して行った。
余談であるが、値が少し高いコンビニで買い物を繰り返した冒険者達は月に依頼をこなす数を1~2件多くしなければならなくなった。
依頼消化率が上がったと冒険者組合では大変盛り上がる事となる。




