188 元傭兵と人を堕落させる液体
Ver.2.0 プレイヤー達がこの世界にやって来てから3週間。
商工会の宿舎と大型工房に加え、百鬼夜行の宿舎も既に完成済み。
弱小レギオンに所属するプレイヤー達やソロ志向のプレイヤー達も思い思いの拠点を手に入れて、ようやくこの世界で生きる土台が整ったといったところだ。
貴馬隊と百鬼夜行は冒険者組合の業務に加えて、北東北西の砦に常駐しながら防衛網を構築中。商工会のメンバーは昼も夜も工房に籠って好きなアイテムをひたすら作り続ける。
他のプレイヤー達は冒険者組合に持ち込まれた依頼をこなして装備代を稼いだり、日替わりダンジョンとジャハームのダンジョンに赴いてアイテムを獲得しに行ったり。
またはゲーム内と差異があるか、ドロップアイテムの変化はあるのか、などの情報を調べにダンジョン内を隈なく探索しつつ、得た情報を組合に売ったり。
とにかく個人個人が好きな事をしながらも、次の大陸戦争に向けて動きつつあった。
プレイヤー達が毎日忙しなく活動する中で、魔王国とジャハームには『傭兵』という存在がいた事は覚えているだろうか。
彼らは神話戦争以降、冒険者という職業が変化して成った存在だ。
が、今では逆に冒険者という存在が最もポピュラーになりつつある。
蘇った王種族達の事を知らない現代に生きる一般人の魔族と亜人達にとっては、寂れた流行が再びブレイクしたような感覚なのかもしれない。
傭兵とは大陸戦争が勃発した際に国の軍と共に行動し、大陸戦争に参加すれば身分と生活を保障されるといった職業だった。
腕自慢達がこぞって傭兵になり、大陸戦争に参加する。または個人に雇われて報酬を得るといった具合だ。ただ、後者の方はあまり人気がなかったので副業的な意味合いが強い。
生き残れば一般人とは比べ物にならない程の生活を送れるが、大陸戦争で死ねば人生終了。何ともリスキーな仕事であるが、当時のお先真っ暗な魔王国とジャハームでは魅力的な報酬が貰えたのだ。
そんな傭兵という職業が今現在ではどうなったのかというと、冒険者組合が開業してからしばらくして傭兵の元締めである傭兵組合という存在は消えた。
消えた、というよりも冒険者組合に吸収されたと言うべきだろう。
冒険者が復活……というよりも貴馬隊という強靭な存在がこの世に現れた影響が強い。
人間に撫でられれば死ぬような傭兵よりも貴馬隊の方が遥かに強いし生き残る。そんな存在がいるのに国が傭兵へ高い報酬を払うというのは……厳しい意見であるがあり得ない。
どこぞの竜人と駄馬による圧力もあったが、国は傭兵よりも冒険者に金を掛ける事にしたのだ。
冒険者組合の評判も良く、人手不足だった事もあって傭兵制度は解体。傭兵達はそのまま冒険者へと身分を変えた。
冒険者となった傭兵達の生活は今までの送っていたモノとは変わってしまった。
1つは国からの生活保障が無くなった事。自分達で組合に持ち込まれた依頼をこなして生活費を稼がなければならない。まぁ、その代わりに大陸戦争の参加義務は無くなったのだが。
ゲーム内で訓練したプレイヤー達と違い、現代人である元傭兵達は生活費を稼ぐのも大変であった。
なんたって、プレイヤー達には初心者向けと言われる日替わりダンジョン内の魔獣でさえ苦戦する。身の丈にあった依頼を選ばなければ傭兵時代よりも命の危機に晒される場面は多い。
要は自己管理と自己責任が付きまとうようになった。
ただ、悪い事ばかりじゃない。
冒険者組合で暇なプレイヤー達から月に3回手解きを受けられるし、魔法の勉強も教われる。参加は任意であるが、高みを目指そうと志の高い者には人気のコンテンツだ。
加えてプレイヤー達の作る魔道具や消費アイテムも安価で買える。
魔獣除けの鈴やダンジョン探査のアイテムなど、冒険をフォローするものは多い。これによって命が助かったと言う者も多くいる。
何より最も喜ばれているのは、冒険者組合に所属している者は冒険者組合食堂の全商品が5割引きになるのだ。
これだけで冒険者になりたいという若者も多い。
その証拠に、毎日賑わう冒険者食堂の前には4人の新米冒険者達が小さな木板に描かれる本日の日替わりメニューを眺めながらウンウンと唸り悩む。
「今日は魚とカウ肉か。肉のA定食にしよう」
「私は魚のB定食にするわ」
「俺は……焼肉丼」
「私は野菜炒め」
冒険者食堂は毎日大盛況。その結果、入店した際はスムーズに注文が出来るよう店の外で注文を決めてから入店するというローカルルールが出来ていた。
例に漏れず、この新米冒険者4人もルールに乗っ取って入店前に注文を決める。
「あれ?」
「今日はいつにも増して混雑してるわね」
店内に入って席を探すが、いつも以上に客が多い。
営業時間内に誰もが食べられるよう、食事を終えた者はすぐに席を立つのだが……。今日は喋りながら居座る客が多かった。
「どうしたんだろう?」
「俺達がダンジョンに行ってる間に新メニューが出たんじゃないか?」
「でも、そんなの看板に書いてあった?」
彼らが冒険者食堂を訪れるのは1週間ぶり。昨日まで日替わりダンジョンで依頼を消化していたので、ここ最近の王都の変化に着いていけていない。
「あ、あそこ4人分空いた」
パーティメンバーの1人が素早く席を確保すると、店内を忙しそうに回るウエイトレスがやって来た。
「すいません、本日はお食事のみですか? お酒も飲みますか?」
1週間前には問われなかった事を聞かれ、4人は頭の上に疑問符を浮かべる。
「俺達、1週間王都を離れていたんだ」
素直にそう言うと、ウエイトレスは合点がいったのか頷いた。
「そうでしたか。最近、メニューにお酒が追加されまして。皆さん、いっぱい飲むのでお酒だけ飲みに来た人は外の席にご案内してるんです」
ウエイトレス曰く、家で食事を摂った人も酒を求めて食堂までやって来るらしい。
そういった人は外に仮設された席で飲んで貰っているとのこと。
「なるほど。食事も摂ろうと思っているんだが」
「あ、でしたらこの席で大丈夫ですよ!」
「お酒ってコレかしら?」
リーダーの男がウエイトレスとやり取りしていると、女性のメンバーがテーブルの上にあった手書きのチラシを手に取って眺める。
そこには黄色いクレヨンで書かれた謎の酒らしき絵と『美味しい! 黄金麦ビール解禁!』という文字が。
「へぇ~。酒なのに一杯200エイルなのか。安いな~」
「俺、頼んでみようかな」
「私も~」
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「すいません、もう一杯ビール」
「あと、つまみセット追加で」
ビールを頼んだ、いや、頼んでしまった新米4人組は食事を終えて既に1時間経過していた。
注文すれば居座ってOK というルールをウエイトレスに聞いてからビールとツマミを頼んでは飲み食いを続ける。
もう既に彼らの注文金額は依頼達成金額の約半分は使ってしまっていた。
「くぅ~! うめぇ~!」
だが、席を立つ事が出来ない。
「ほんと。これ飲んで、ナッツ食べて……止まらないわ」
キンキンに冷えたジョッキへ注がれた極上のビール。
料理スキルによって完成されたおつまみ。
発売してから1日の売上を見ては高笑いする竜人と骸骨の策に囚われた哀れな子羊達の仲間入りをしていた。
「ち、ちょっと、飲みすぎじゃない?」
唯一酒が苦手である女性メンバーが他の3人を止めようとするが多勢に無勢。
「え~? そうかな~。すいませーん! もう一杯!」
明日からまた依頼を受けなければならないというのに、メンバーは誰も止まらない。
制止を諦めた女性はため息を零しながら、食堂の壁に掛けられた時計をチラリと見た。
「ちょ、ちょっと! もう8時過ぎてるじゃない! 1週間で使ったアイテムの補給しなきゃなのに!」
チラリと見て、既にスーパーマーケットの営業時間が終わっている時間に気付くと慌てながら叫んだ。
もう次の依頼も予定を組んでいるので、今日中に補給しなければ間に合わない。
焦るのは彼女だけ。周りのメンバーはビールで既に酔っ払い状態。どうしよう、と頭を抱えていると――
「お嬢ちゃん、知らないのか? ここなら夜でもアイテム買えるようになったんだぜ」
隣の席で同じくビールを飲んでいた冒険者の男が一枚のチラシを彼女に手渡す。
「え? これ、何ですか?」
彼女は手渡されたチラシを見て驚愕し、つい口に出してしまった。
すると、チラシを手渡した本人は「ははは」と笑い声を零す。
「新規開店した店舗だ。スーパーマーケットの近くで営業しているから行ってごらん。便利だぜ~。まぁ、スーパーマーケットよりちょいと値は高いけどな」
隣の席に座っていた冒険者は便利な世の中になったなぁ! と笑いながらジョッキを一気に煽った。
「は、はぁ……」
女性は「本当かな?」と疑いながらも、まずはパーティメンバーを宿まで連れて行かなければと思うのであった。
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