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19 魔王都へ向かって 2


 馬を失くしてから、南西に向けてひたすら歩いて5日。


 イングリットとシャルロッテはようやくアルベルト伯爵領地内で一番大きな街――アルベルトの街付近までやって来た。


 魔王都以外で唯一森林資源のあった北東の地がここであるが、現在は人間とエルフによって焼き払われてしまったので黒い焼け跡が残る荒れた大地になってしまっている。

 

 他に上げるとすれば、やはり領地内の村は占領されて補給地点になっているか、焼かれて村の跡が辛うじて残っているかのどちらかであった。


 そんな荒れた領地内を人間とエルフに見つからないよう迂回しながら進み、遭遇するのは魔獣のみで特別足止めされるような出来事はまだ起きていない。


 現在は夕方に差し掛かったところ。


 茜色に染まる空の下、イングリットとシャルロッテは今晩の夕食を狩っていた。


「こっちだ! クソ豚ピンク野郎!」


 イングリットは敵を己に注目させるスキル、相手を罵倒することで使用されるヘイトオーラという名のスキルを使用してオークの気を自分に引く。

 

 因みにヘイトオーラは相手を罵倒しないとスキルが使用されないので、これらの職業スキルを覚える場――盾師協会本部は別名、煽りスキル養成所とも言われる経緯を持つ。

 

「プギィィ!」 


 イングリットは今晩の夕食――二足歩行の豚型魔獣であるオークと戦闘中であった。


 オークは彼の口から放たれた罵倒を受けてピンク色の顔が真っ赤に染まり、自分を罵倒するイングリットを殺してやろうと鼻息を荒くしながら棍棒を振り上げる。

  

「今だ! やれ!」


「わかったのじゃ!」


 イングリットはオークの握る棍棒を大盾で弾き返し、相手の体勢を崩したところで後方に控えるシャルロッテへ指示を出した。


 彼女は手に持つクロスボウでオークに狙いを付けて引き金を引く。


 クロスボウから放たれたボルトは電撃を纏って飛んで行き、オークの体に刺さると肉の焼ける匂いを漂わせる。


 戦闘開始時にシャルロッテの無詠唱で行える呪いをオークに付与して弱体化を図ってはいるが、1撃では殺せないと予想していたシャルロッテは慣れないながらもクロスボウへ新しいボルトをセットして再び引き金を引いてボルトを発射した。


「ブヒィィィ!」


 ボルトはオークの心臓へと着弾し、オークは絶叫を上げながらブルブルと体を痙攣させて倒れる。


「やったのじゃ!」


 その様子を見て、相手を仕留められたと確信したシャルロッテは歓喜の声を上げた。

 

 相手から一撃でも食らえば身悶えてアヘ顔を晒すシャルロッテ。


 彼女は呪いと短剣を駆使して戦う前衛ポジションから、呪いとクロスボウで戦う後衛にコンバートして以降、初めて自分の手で獲物を仕留めた瞬間であった。


「ようやく使い物になってきたじゃないか」


「そうであろ? そうであろ? もっと褒めるが良い!」


 いつも彼女を女性として見ておらず、何かと辛辣な言葉を掛けるイングリットであるが褒める時は褒める。


 普段の要求を聞いてくれない、か弱き乙女として扱ってもらえないシャルロッテもその時だけは嬉しそうに心から笑顔を浮かべる。


 むしろ、普段優しくない相手に優しくされてドキッとなる恋愛物語的な気持ちに陥っていた。


 と、言っても彼女がイングリットへ恋心を抱いているなんて事は未だ無く、頼れる異性、触れられると気持ち良い相手、とクソビッチ感丸出しな感情しか無かった。


 イングリットも彼女の事をお荷物か、しょうがなく面倒見ている相手くらいにしか思っていない。


 しかし、生粋の冒険野郎で最底辺なチグハグスタイルからのし上がった廃人ゲーマーな彼は『努力』という行為を積み重ねてきたし、その苦労は身に染みて理解している。


 幾らシャルロッテがお荷物といえど、彼女なりに戦おうと努力すれば素直に褒めるし、努力する姿勢を見せればアドバイスもする。


 そんなイングリットはパーティメンバーからは『何だかんだ言いながら面倒見の良い兄貴』的な印象を持たれているので、シャルロッテも彼の性格的な恩恵が得られているということだろう。


 丁度良く1体で歩き回っていたオークとの戦闘スタイルを試す試験的な戦闘が終了したイングリットは、インベントリからナイフを取り出してオークの魔石と今晩の夕食になる肉を剥ぎ取る。

  

 その傍ではシャルロッテがクロスボウをまじまじと観察していた。


「しかし、このクロスボウは凄いのじゃな」


 シャルロッテに貸し与えたクロスボウはアンシエイル・オンラインのダンジョンで手に入れたマジックウェポンだ。


 装填するボルトに第2階梯の雷魔法を付与して発射する、という物なのだがレアリティ自体は低い。


 剣術等のパッシブスキルを持たず、大盾しか使えないイングリットが手数を稼ぐ際に使う飛び道具で現在は既に使っていない物の1つをシャルロッテに渡したのだ。


「マジックウェポンだしな。そういうのって街に売ってないのか?」


「取り扱っている商会はあるが、あまり見ないのじゃ。魔法付与されている武器は貴重だし、軍に優先して渡ってしまうからの」


 ふーん、と返事を返しながら魔石と肉の剥ぎ取りを終えてイングリットは物をインベントリに仕舞う。


「ほんにその空間魔法は便利じゃのう」


 シャルロッテはイングリットの傍で展開されるインベントリ――空間の歪みを見ながら何度目かの呟きを漏らす。


 最初に見た時は大騒ぎしていた彼女であるが、流石に何日も一緒にいればその異常な魔法も見慣れてきていた。


 彼女曰く、インベントリのような空間魔法は失われた神の魔法と伝わっているとの事。


 何故使えるのかと質問されたイングリットも「わからん」としか答えようが無い。


 未だに彼女へ自分の真実――アンシエイル・オンラインというこの世界そっくりのゲームをしていて、イベントを制したらこちら側に飛ばされたとは伝えていない。

 

 むしろ、伝えても鼻で笑われるのがオチだろう、とタカを括っているイングリットであった。


「さて、もう少し進みながら場所を見つけてキャンプするぞ」


「わかったのじゃ」



-----



 オークと戦闘を行った場所から1時間ほど歩き、キャンプのできそうな場所を見つけたイングリットとシャルロッテ。

 

 貴族令嬢で生まれてから一度もキャンプなどした事が無かった彼女であったが、既に手馴れた手つきでテントの準備を行っていた。


 テントを張っている傍らではイングリットが夕食の準備を済ます。


 先程倒したオーク肉を使っていない低級のレイピアにぶっ刺して火で焼き、インベントリにあった料理素材の岩塩で味付けした野性味溢れる夕食である。


「テントの準備は終わったのじゃ」


「おう。こっちも焼けるぞ」


 ジュワァと肉汁を垂らすカットしたオーク肉をレイピアごとシャルロッテへ手渡す。


「いつも思うんじゃが、レイピアを串代わりとか頭おかしいのじゃ……」


 そう呟きながら彼女は慎重に肉を食べ始めた。


 食事が終われば後は寝るだけだ。


 いつものようにテントに魔獣避けの鈴を設置してあるので、大物が寄ってこなければ安眠できる。


 最早シャルロッテと一緒にテント内で寝る事を気にしなくなったイングリットは既に寝息を立てて眠るシャルロッテの顔を見やる。

 

 イングリットが後片付けもせずに早々とテント内に引っ込んだシャルロッテの顔を恨めしそうに眺めていると、彼女の目からはジワリと涙が浮かんできた。


「父上……母上……姉様……」


 領地の防衛戦で死亡した家族の夢を見ているのだろう。


 彼女の寝言は「助けて、見捨てないで」と続く。


「……チッ」


 大陸戦争で家族を失い、家臣に見捨てられて敵に捕まった少女。


 ゲーム内ではそんなバックグラウンドなんぞ気にしなかったイングリットであるが、これは現実の世界だ。

 

 昼間に望遠鏡で覗いた村を救わなかったように、イングリットは不幸な者達全てを救おうなどという、英雄願望も善人思考も持ち合わせていない。

 

 ただ、彼女の泣き顔を見ていると記憶の彼方にある『何か』が頭を過ぎる。


 遠く昔に捨ててしまって、もう2度と得られないような『何か』と彼女の泣き顔が重なるような感覚。


「クソッタレが。何なんだよ……」


 思い出せそうで思い出せない、何とも気持ちの悪い感覚を味わいながらイングリットはやや乱暴に指でシャルロッテの流す涙を掬った。


読んで下さりありがとうございます。

1作目の効果か、こちらの作品も日刊に入っていました。

アクセス・ブクマ・評価して下さった方々に対し、お礼申し上げます。


当作品はなるべく小難しい事は捨てて読み易く手軽に読める物を目指しています。

ちょっとした合間にでも読んで頂いて、少しでも楽しめて頂ければ幸いです。

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