184 ゴネた先にあるもの
今一番ホットな場所である魔王国領土北西砦。
既に全プレイヤー達が蘇った日から1日が経過。砦の中庭にある転送門前には冒険者組合出張窓口とワンダフルによる出張食堂が開設されていた。
セレネの言う通り、百鬼夜行と商工会の面々全200名は既に魔王都入りを果たしており、今現在の北西砦にいる者達は弱小レギオンとソロプレイヤーのみ。
3大レギオンの内、2大レギオンは優先的に魔王国身分証と登録が紐付けされた冒険者タグを受け取っているが……それでも作業に丸1日掛かってしまった。
という事は、残り1万人ほどのプレイヤーを登録しようとしたら一体どうなってしまうのか。一体、最後の一人はいつ魔王都に入れるのか。
ルルララが連れて来た受付嬢3人、レガドの連れて来た王城勤務の文官5人は必死になって書類と格闘するが終わりはまだまだ見えない。
事務職が必死になっている一方で、待たされているプレイヤーの感情も様々だ。
窓口には3列で並べと言われ、律儀に並んでひたすら待つ者。長蛇の列に嫌気が差して、早々の王都入りを諦めて地面に寝転がる者。
ひたすらワンダフルの料理を食って暇を潰す者。北西砦内を見学しながらリアル世界を謳歌する者。
とにかく人の数だけ過ごし方が分かれる。中でも事務職連中にとって一番厄介なのは堪え性の無い者だろう。
「おい! まだかよ!」
「あ、あの、順番に……」
「うるせえ! こっちは丸1日待ってんだぞ!」
たった今、問題を起こしたのは名も通らぬ無名レギオンに所属する2人組。彼らは列にも並ばず、一番前まで行って受付嬢に怒鳴り散らした。
ここにいる受付嬢はこの世界で生まれた者達だ。故に王種族や準王種族に強く意見する事は中々できない。
そういった場合にトラブルを解決するのは決まってこの人。
「何騒いでいるぴょん? 早く魔王都に行きたいなら並ぶぴょん」
目の下に濃厚なクマを拵えたままのルルララが回復ポーションの空き瓶片手にやって来た。彼女の隣には貴馬隊の上位メンバー1人が付き添う。
「は? うるせーな! 遅せえから言ってんだろ! どんだけ待たせるんだ!」
「しょうがないぴょん。身分証を持ってないと入場できないルールだぴょん」
「うるせえ! 何がルールだ!」
2人組の身なりからして装備のレベルは貴馬隊の中堅以下、といった具合。彼らの目には新エリアでスタートダッシュを切ってのし上がりたいという気持ちが滲み出ていた。
ルルララも彼らの気持ちは十分に理解できる。
新しい要素の追加されたアップデート。実に心躍るワードだ。いち早く体験して楽しみたい。結構な事であろう。
しかし、ここで彼らをルールから外し優先してしまえば「俺も私も」と次々にゴネる者が出てくる。
そうなるとどうなるか。
窓口は無秩序な混乱状態となり、身分登録の漏れが発生するかもしれない。そうなったら問題解決まで仕事は終わらない。つまり、彼女は休暇を取れなくなる。
心躍る気持ちは理解できる。だが、気持ちを汲む事はしない。
なぜなら彼女は寝たいからだ。
ルルララは怒鳴り散らす2人組から顔を反らし、隣にいる貴馬隊のメンバーに向かって短く言った。
「やれ」
瞬間、貴馬隊のメンバーは腰の剣を素早く抜刀。ヂッ、という電気の弾ける音と共に2人組の片割れの首から上が無くなった。
「ひ、ひえええ!?」
無事だった方は首を無くして血の噴水に早変わりした相方を見ながら腰を抜かし、ガクガクと体を震わせながら尻餅をついた。
「お前らみたいなクソ雑魚があんまりゴネるとこうなるぴょん。ゴネるヤツがいると仕事が遅れるぴょん」
綺麗な色白な肌を返り血で染めるルルララは睡眠不足で充血した目をギョロリと向ける。
「ここでは私がルールだぴょん。秩序は私が作るんだぴょん」
彼女が腰を抜かした片割れを見下しながら言うと、彼女の横に死んだ方の頭が空から落ちてくる。
「お前らみたいなヤツらがいると私が寝れないぴょん!! 5日で合計4時間しか寝てないぴょん!!」
彼女の隣に立つ貴馬隊メンバーもいつもなら「寝てない自慢www 中坊かよwww」と馬鹿にするところだが、彼女の充血して血走った目を見て言いかけた言葉を急いで飲み込んだ。
「休暇を、よこせぴょーん!!」
睡眠不足でイライラしているルルララは地面に転がっていた頭をサッカボールのように蹴飛ばした。
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中庭でルルララが狂乱する少し前、司令室の中にはユウキとモッチが椅子に座って話し合っていた。
議題はもちろん、ユウキの今後である。
「さて、どうする?」
「俺は……」
モッチは彼が帰りたいなら人間側に送り届けると約束した。
だが、目の前で親友をおかしな状態にされてしまったユウキは悩むどころか、これらどうすればいいのかも分からなくなってしまった。
しかも、それを行ったのが信頼してた人物となれば余計だろう。
この世界に自分を召喚した聖樹王国は魔族と亜人が人間を侵略していると言った。モッチとリデルは逆に人間が侵略してきていると言った。
実際に戦争は目の前で起きていた。目の前で親友を化け物に変えられてしまった。
刷り込まれた情報と実際に目にした真実に齟齬が生まれ、少し前まで見えていた道は暗く闇に覆われる。
頭では聖樹王国に騙されていたと理解している。
だが、今までの生活は一体何だったのか、自分達に親切にしてくれた人達の笑顔は騙すための演技だったのか、と真実を素直に受け入れられない。
「俺は戻らない方が良いと思うぜ。お前の友達がああなったんだ。お前もどうにかされちまうよ」
「………」
シオンは自分を生贄にすると言った。
きっとノコノコと戻れば彼女が言う通り、自分は何らかの生贄にされてしまうのだろう。
親友であるゴローがあんな姿になってしまったのだから……残りの人達はどうなっているのだろう?
その疑問が頭に浮かぶと、自らが下した予測は酷いモノだ。
もしかしたら、もう死んでいるかもしれない。ユウキの手は汗に塗れながら、体は恐怖でカタカタと震える。
死にたくない。ゴローのように化け物になりたくない。酷く自己中心的な考えだが、人としては本能的な答えだろう。
「魔王都で匿ってやることもできるぞ? 俺にもそれなりに人脈はある。俺達に異世界の事を教えてくれながら、戦争から離れて暮らすっても選択肢の一つだ」
モッチの提案は魅力的だ。元の世界の事を教えるだけで、戦わなくても暮らしていけるという保証を得られる。
だが、本当にそれでいいのだろうか。実際はユウキの中で答えは出ているが、背中を押してほしい。
彼の心境を読み取ったのか、モッチはふぅと小さく息を吐いた後に次の選択肢を告げる。
「……あとは、俺達と一緒に戦争してお前の仲間を探すかだ」
「モッチさん……」
「でもな。友達が化け物にされたんだ。他の奴もどうなってるか分からない。酷い……かもしれない現実を見る度胸はあるのか?」
自問自答の中でも推測した通り、クラスメイト達が死んでいる可能性がある。それどころか、ゴローのように死ぬよりも酷い事になっているかもしれない。
モッチの言う通りだ。全てはユウキ自身に現実を見る度胸があるか否か。
「俺、やります。友達を助けたい。死んでるかもしれないけど、もしも生きていたら……助けなかったら後悔すると思います」
「そうか。分かった」
モッチは笑顔を浮かべた後に、自分の膝をパンと叩いて立ち上がる。
「まぁ、俺達の仲間は気の良い奴等ばかりだしよ。任せとけ!」
モッチが自分の仲間の良さを伝えてユウキに安心感を与え、ユウキも彼の気持ちを汲み取ってようやく笑顔を浮かべた瞬間――
『休暇を、よこせぴょーん!!』
外からルルララの絶叫が響き渡ると、司令室の窓ガラスをバリーン! とぶち破る謎の球体。
謎の球体はコロコロと床を転がり、ユウキの足元で止まった。
「ヒッ!?」
彼の足元で止まったのはルルララの指示で殺されたプレイヤーの頭。ユウキはマジもんの生首を見て椅子にへたり込んでしまう。
「な、なんで生首が!? これって魔族の人のですよね!? 戦闘は終わったんですよね!? なんで!?」
既に人間との戦闘は終わっているのにも拘らず、なぜ首を斬られる要素があるのだろうか。そもそも、なんで首が窓ガラスをぶち破って入ってきたのだろうか。
腰が抜けたユウキはモッチの足にしがみ付きながら必死に問う。
「……任せとけ!」
モッチは全力で無かった事にした。
読んで下さりありがとうございます。
昨晩予約投稿したつもりになってました。すいません。




