183 ブラック組合
北西砦防衛成功。聖樹王国軍とファドナ軍、エルフ軍が撤退していくのを深追いせずに見送ったプレイヤー達。
その理由は仲間を殺した件でサクヤが憤慨しながら砦に戻って来たから、という理由が大きい。
「マグナ! アレはどういう事でありんすか!」
百鬼夜行は3大レギオンの1つである貴馬隊ほど狂っちゃいない。
仲間が死亡したのを指さしながら爆笑したり、レギオンマスターが死んだのを見て歓喜するような狂人共とは違うのだ。
レギオンの雰囲気は至ってマトモ。
困っているレギオンメンバーがいれば手伝ってあげる仲間想いなメンバー、新規加入した初心者にはお下がりの装備を譲ってあげたり。
新規加入募集の要項にはアットホームなレギオンですと書いてしまうくらいにはマトモだ。
「サクヤ、落ち着け。ちゃんと理由を話そう」
そんなレギオン内で同士討ち、仲間殺しなど頻繁にあるはずもなく。貴馬隊と違ってサクヤにとっては異常事態に等しい。
金色の尻尾を九つ全て逆立てながら、彼女は顔を怒りに塗れさせてマグナに詰め寄った。
「これを見よ。クリフからの緊急文として届けられた」
マグナの持つクリフからの手紙を奪い取ったサクヤは手紙の内容に目を通す。
憤慨していた彼女も事情を知れば怒りは収まっていき、読み終わった頃には冷静さを取り戻していた。
「マグナ、申し訳ない」
「いや、サクヤが怒るのも当然のこと。よい、よい」
冷静になったサクヤがマグナに頭を下げ、貴馬隊には皆無であるアットホームな雰囲気が流れた。
貴馬隊だったら「うっせハゲ死ね」とマグナ側が言い放って即決闘になっていただろう。
「セレネの話では死亡しても24時間以内であれば蘇るそうだ。これから戦場でアイテムを回収した後に蘇生作業に移る」
「了解でありんす。私は……」
マグナとサクヤが戦闘終了後の打ち合わせを行っていると、レガドがセレネと共に近寄って来た。
「失礼、レギオン・百鬼夜行のレギオンマスター様とお見受けする。私は魔王軍4将のレガドと申します」
レガドはサクヤに礼をしながら自己紹介を行う。
「皆様は魔王国に活動拠点を持たれますか……?」
レガドは恐る恐る問う。その問いにサクヤは「ダメなのか?」という言葉を口には出さずとも雰囲気で醸し出すが、そこにセレネがフォローを加える。
「魔王国で暮らすんなら身分登録しなきゃなんだよォ。だから、一応聞いておかないとな」
「なるほど。そういう事でありんすか。私達、百鬼夜行は魔王都に居を構えるつもりでありんす」
レガドはセレネにフォローを頼み込んで心底良かったと思う。この王種族と準王種族の大群を一人で対応するなど胃が爆発四散してしまう思いだ。
「他の者達もとりあえずは魔王都に行くのではないか? 魔王都には冒険者組合があるのだろう?」
マグナの言う通り、現世に蘇った総勢1万を超えるプレイヤー達は魔王都に行くつもりだった。
まだ意思表示をしていないし、聞いてもいないが、それが普通だと思っている。
新エリアに来たら、まずは冒険者組合に赴いてから各自の行動を。そういう導線だと思い込んでいる節がある。
「だよなァ……」
「セレネ殿。どうしましょうか……」
イングリット達は3人だけだった。貴馬隊が来た時は100人。まぁ、100人程度ならば問題は無かったろう。
しかし、今回は1万人以上である。1万人以上の身分登録をしろ、というのは誇張無しに大仕事だ。
「組合で作るタグと住民登録を紐付けしたろ? 砦で出張窓口を作ってやろう。登録した者から転送門を通って魔王都に送るしかない」
「という事は、冒険者組合の職員と城の文官を連れて来なければですね」
セレネとレガドが相談を終えると、セレネはサクヤへ顔を向き直した。
「商工会と百鬼夜行は優先させる。この作業が終わったら3大レギオン合同の会議を開きたい」
「良いでありんす。そちらの準備が整うまでに死亡者の蘇生を終えてしておきんす」
生憎と近くに残りのレギオンである商工会のレギオンマスターであるモグゾーの姿は無い。だが、嫌だとは言わないだろうとセレネは予想しながら頷いた。
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冒険者組合1階、総合窓口の奥にある事務机に大量の書類を積み重ねながらひたすら処理し続ける女性が一人。
鬼のような量の書類作業をこなすのは貴馬隊のメンバーであるマーチヘア族のルルララだ。
彼女は元々金貸し業の取り立て担当であったが、仕事の物覚えが良く書類を裁くのが早いという理由で取り立て担当から運営部門に担当を変更された。
ウザったい貴族の相手をしなくて良いと変更当初は喜んでいたのだが……。
今では目の下には濃厚なクマ、過労でへにゃりと垂れた耳、机の下には回復ポーションの空き瓶が散乱する。
彼女がこんな状況になっているのは人手不足。それに尽きる。
「ルルララさん、この書類なんですけど」
加えて組合内の出世街道を強制的に爆走させられたせいもある。部下である受付嬢が彼女を頼る通り、ルルララの役職は事務長というモノになっていた。
彼女は虚ろな目で受付嬢の持ってきた書類を見やる。じぃっと数秒黙って確認した後に、
「それは城の決済が必要だぴょん。城の2階にある経済部に行って書類を出すと良いぴょん。担当の名前はアウルだぴょん」
「ありがとうございます。事務長!」
この的確な指示。彼女の真面目な性格が仇となってもいるのだろう。
「…………」
彼女は離れていく受付嬢の後ろ姿を一目も見ずに再び机の上にある書類へ顔を向ける。
給料は十分貰っている。ちょっと面倒だと思っていた大陸戦争時におけるセレネライブのスタッフとしても働かなくてもいい。
だが、今はそちらの方が良かったと思い始めていた。何より休暇が欲しい。寝たい。とにかく寝たいと切に彼女は願う。
(いつになったらスタッフは育つんだぴょん……)
上司であるセレネに休暇を申請したが、人手不足を理由に却下されてしまった。
ある程度、人が育つまでは面倒を見てくれと。最上級回復ポーションを100個渡されたのもその時だ。
「ぐび、ぐび、ぐび……」
片手をインベントリに突っ込み、支給された回復ポーションの67本目を一気飲みして机の下に空き瓶を落とす。
もう少し。この書類に関連するモノを終わらせたら、10分だけ休もう。そう心に決めた時――
「おおい、ルルララ。セレネが人を連れて砦に来てくれってよ」
冒険者食堂で料理長をしているワンダフルがフライパンを背に抱えてやって来た。
「なんでだぴょん?」
「なんかプレイヤーが来たらしいぜ。1万人。俺も飯作りに来いって言われたわ」
「は?」
「いや、プレイヤーが来たんだって。身分登録するからタグ持って来てくれって。北西砦で作業するってよ。じゃ、伝えたからなー!」
唖然とするルルララを他所に、ワンダフルは手を振りながら組合から出て行ってしまった。
「……ファックだぴょん」
彼女は今日も眠れない。
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