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182 北西砦防衛戦 決着 5


 北西砦で戦闘が続く中、クエストを終えたイングリット達は魔王都へ帰還していた。


「イング、君はまだ動けないんだから無理しちゃだめだよ」


「ああ、わかってる……」


 帰還に要した日数は4日。それだけの時間が経っていてもイングリットの体はまだ万全な状態には戻っていなかった。


 回復魔法を使って傷は癒えたが、胸に同化して彼を侵食する魔導心核の影響は抜けていない。


 なんとか腕を動かしたり、ゆっくりと歩く事が出来るくらいまでは回復したが今の状態では戦闘などもっての外だ。


「妾が部屋まで連れて行って監視してるのじゃ」


 イングリットの体を支えながら夢見る羊亭の階段に足をかけるシャルロッテ。


 彼の暴走が起きてから彼女はピッタリとくっつき、片時も離れる事無く献身的な介護を見せつける。


「うん。よろしくね。私はちょっと王城に行ってくるよ」


「わかったのじゃ」


「僕はご飯の用意しておくね~」


 シャルロッテの微笑ましい様子に笑みを零し、食事を冒険者食堂に注文しに行くというメイメイにメニューの注文を伝えたらクリフは王城へと向かった。


「クリフ殿、ご帰還されましたか!」


 王城門を潜り、城の廊下を歩いていると慌てた様子で走って来た魔王軍4将のソーンと出くわした。


「ええ。先ほど戻りました。慌てているようですが、どうしましたか?」


 肩で息をするソーンに問うと、彼は呼吸を整えた後に状況を説明し始める。


「実は、北西砦からの連絡で相手を退けそうだと。しかし、王種族の方が数名捕らわれたそうで」


 ソーンは今からハーピーによる追跡部隊を編成しようとしていた、と付け加えた。


 彼の説明を受けたクリフは眉間に皺を寄せ、研究施設内で得た情報をすぐに思い出す。


「ソーンさん、紙とペンを。追跡部隊を編成する前にセレネへ伝えてほしいことが」


「え? あ、はい! かしこまりました! すぐに用意します!」


 クリフは空いている部屋に通され、そこで北西砦で指揮をしているはずのセレネへ向けて簡単な文章を書き殴る。


「これをセレネに。すぐ読むよう伝えて下さい」


「ハッ! かしこまりました!」



-----



「おい! 捕獲されたヤツは助けられないのか!?」


「無理だ! 相手の壁が厚すぎる!」


「魔法ぶっぱなしたら味方ごと吹き飛ばしちまうよ!」


 北西砦の城壁では捕獲された仲間を救おうと百鬼夜行のメンバー達が怒声を上げていた。


 連れ去られた4人を絶対に渡さんとばかりに、肉壁の如く前衛職の進行を阻む聖騎士達。


 それを見れば相手が何としても捕虜を獲得したいと思っているのは明らかな事実。


 プレイヤーを捕虜として何がしたいのか。理由が分からないセレネは内心で気味悪さを抱く。


「捕虜にして情報を引き出すのか? いや、でもアイツ等は力業で押し通せるはず……」


 見えない答えを思案していると、


「セレネ殿ぉぉ!」


 転送門から翼を羽ばたかせて城壁の上へやって来たのはソーンであった。


「セレネ殿! クリフ殿から預かって参りました! 早急に目を通して欲しいと!」


 いつになく慌てるソーンから受け取った手紙を開き、セレネが中身に目を通すと徐々に彼の目が見開いていく。


「実験……。そういう事か!」


 手紙の内容はクリフが得た人間達の行っている実験について簡単な説明と、捕まった魔族と亜人がどうなったかという悲惨な末路。


 詳細は帰って来てから、と前置きしながらも捕まった者達は生物兵器であるデキソコナイにされる可能性があると示されていた。


 そして、最後には味方を殺してでも連れ去られるのは阻止すべきであるとクリフは締め括る。


「マグナ! 来てくれ!」


「どうした?」


 捕まったメンバーを取り返そうと策を練っていたマグナを大声で呼ぶと、彼にクリフの手紙を手渡した。


 彼もセレネ同様、クリフの報告を読むにつれて機嫌が悪くなったのか噴き出る闇のオーラの量が目に見えて増加する。


「なるほど。デキソコナイにはこんな秘密があったか」


「ああ。クリフの言う事だ。嘘は言わねェだろう」


 2人は揃って戦場へ顔を向ける。戦場ではサクヤを先頭にして聖騎士とファドナ兵の防御を食い破ろうとする光景が目に映った。


 そして、その後方ではトラックの荷台に詰め込まれそうになっている4人のプレイヤー達の姿が。


「あれに乗せられて逃げられたら終わりだ。一気にやるしかねェ」


「うむ。承知した」


 マグナは百鬼夜行の遠距離職が固まっている場所に戻り、彼らに指示を出す。


「狙うは味方である! 復活できるのだ! ひと思いにやれい!」


 マグナと他の攻魔師達が一斉に詠唱を開始。第6階梯魔法の詠唱陣が彼らの前に浮かび―― 一斉にトラック目掛けて放たれた。



-----



「4名捕獲できましたか」


「ええ。これで主の機嫌も直るでしょう」


 催促され続けていた王種族の捕獲と連行。4名と少ない数であるが献上すれば苦言は漏らしてもそれ以上の文句も言うまい。


(あまり、多くを貢いでも今後に差し支えますからね……)


 主の苦言を一身に受けながらも耐えてきたクリスティーナの精神力を心の中で労いながら、シオンはトラックの荷台に押し込まれていく王種族に視線を向ける。


 これで一時的な時間稼ぎはできよう。


 そう安堵していたが――


「シオン様! ギル様! 伏せてえええ!!」


 近くに控えていた聖騎士が空を見上げながら叫ぶ。シオンとギルは体勢を低くしながら空を見上げた。


 空から降り落ちるは色とりどりの魔法。炎や氷、雷から土まで。輝く魔法の火種がトラック目掛けて落ちて来る様子が目に映った。


「なッ!?」


 さすがにシオンの顔にも驚愕が浮かぶ。まさか仲間を殺そうというのか。


 対応の遅れた聖樹王国軍は魔法を防ぐ事が出来ず、トラックは爆発四散してしまう。


 当然、荷台に押し込まれていた王種族も仲間の攻撃でトラックの爆発と共に死亡。


「…………」


 近くでその様子を見ていたシオンは目を見開き、口をポカンと開けて固まる。だが、それも一瞬のこと。


 すぐに彼女の顔は怒りに染まった。


「なんて事をッ!」


 もう少しで思惑通りに進んだのに。シオンは今すぐにも汚らしい言葉を撒き散らしそうになるが、ぐっと我慢。


 しかし、怒りに染まった表情だけは変わらない。


 腰につけていたポーチからフラスコのような瓶を取り出し、それを前線で戦う王種族達目掛けて遠投すると同時に風を起こす法術を起動した。


「惨めにのたうち回って死になさいッ!!」


 絶妙な投擲術は彼女の能力故か、フラスコは弧を掻いてサクヤ達の足元で割れると紫色の煙が吹き上がる。


「ぐっ!? これは毒でありんす!」


 紫色の煙を少量だけ吸い込んでしまったサクヤが慌てて口と鼻を塞ぎながらバックステップで距離を取った。


 ほんの一瞬だけ吸い込んでしまったにも拘らず、彼女は手足に微弱な痺れを感じる。


「お、おげええ!」


「あ、が、ぐ……!」


 煙の正体に気付かず、大量に吸い込んでしまった百鬼夜行のメンバーは体を痙攣させながら地面に倒れた。


 他にも共に戦っていた魔王軍の軍人も同じような症状を引き起こす。


 シオンの投げたフラスコにはサクヤの言う通り、猛毒が含まれていた。それらが煙となり、風に運ばれて広範囲に影響を及ぼすモノだ。


 重度の者は即死。避けて少量吸った者もすぐに体が動かなくなる。解毒剤はシオンが持っているモノだけだ。


「これで動けなくなった者を捕獲して……なッ!?」


 しかし、シオンの顔は二度目の驚愕に歪む。


「キュアよこせええ!」


「ポーション、ポーション……」


 即死した者以外はどこぞから取り出した薬を飲んで回復する者や、後方から放たれた魔法で回復する者も。


 数名の死者を出したものの、回復したプレイヤー達は再び突撃を開始した。


「な、くッ! 撤退! 一度撤退します!」


 本気を出していないにせよ、まさか自分の調合した毒物が無効化されるとは思いもしなかった。


 主より賜った力を使えば強化する事も出来るが、そんな考えを思いつく前に彼女の脳裏に焼き付いていた過去の記憶がフラッシュバックする。


 それは神話戦争開戦直後の当時に感じたモノ。まだ弱かった彼女が初めて王種族と戦った時に感じた異種族への恐怖や畏怖といったマイナスの感情。


 当時と同じ種類の動揺――トラウマに近いモノがシオンを襲い、彼女の判断力を狂わせる。


 動揺したシオンによる号令を受け、聖騎士隊とファドナ兵は撤退を開始。


 プレイヤー達と魔王軍の北西砦防衛は成功した。これは神話戦争以降において大陸の覇者である聖樹王国からの侵略を初めて防衛したという快挙。


 この知らせは魔王都イシュレウスと獣王都ジャハームに届き、両国の上層部と国に住む民衆を大いに沸かせた。


読んで下さりありがとうございます。

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