179 Ver.2.0な奴等 商工会 2
「ぐにに……」
「ぷはぁ! 狭い!」
光の柱が砦に振り落ち、光が霧散すると広場には1万ほどのプレイヤー達がぎゅうぎゅう詰めになっていた。
素早く脱出した者は城壁や砦の中へと退避。退避した者の中で城壁に上がった一人のドワーフ族の男性が従者と思わしき女性と共にセレネの姿に気づいた。
「おっひょっひょっひょ! セレネ殿、久しぶりですぞ!」
『セレネ様。ご機嫌麗しゅう』
「モグゾーとアルティか」
変な笑い方をするドワーフ族の男性――作業着であるツナギを着て髭は伸びっぱなし。牛乳瓶の蓋のように厚いレンズのぐるぐる眼鏡をかけた、一見ふざけた外見をする男であるが彼こそが商工会のレギオンマスターであるモグゾー。
貴馬隊、百鬼夜行に次ぐ大手レギオンである商工会を率いるレギオンマスターなだけあって、持っている技術力は随一。
メイメイが技巧技術を持っているように、彼もまたオンリーワンの能力を持った廃人の一人だ。
その横に控えるのが彼の技術力の結晶、最高傑作と名高いアルティと呼ばれるモグゾーの作り出したDOLLと呼ばれる疑似生命体。
輝くような長い銀髪をリボンで纏め、モグゾーイチオシのメイド服を着用しながら特殊なガラスで作られた瞳をセレネに向ける。
彼女は球体関節を稼働させながら綺麗なお辞儀をして見せ、外見や所作は生きている者となんら変わりない。
「お前らもこっちに来たのか?」
「おひょひょ。全プレイヤーがようやく新エリアに転送されましたからな。アクティブユーザーは全ていると考えて間違いないですぞ」
「ということは、百鬼夜行もいるのか」
「そうでござる。先ほど、サクヤ殿は一番に飛び出して行きましたが」
「そうか、今大陸戦争中なんだが――」
セレネが現状を説明しようとすると、モグゾーはニコリと笑って話を遮った。
「おひょひょ! 配信で見ておりましたので説明は不要ですぞ!」
「……お前らも参戦するのか?」
「モチのロン。聖騎士達の持つ装備品を回収してリメイクする予定ですので!」
商工会の狙いは聖騎士の持つ装備品のようだ。倒した相手のルート権は基本的に殺害者の物。文句は言えない。
というよりも、貴馬隊だけでは手を焼いていた現状を打破してくれるのならばセレネにとっても好都合だ。
「お金を稼いでアルティのお洋服を買わなければ!」
『キモ』
商工会レギオンマスターであるモグゾーは稼いだ金を全てアルティに捧げているのは有名な話だ。
裁縫師の作る新作洋服を片っ端から買い集め、最高傑作であるアルティに着せる。それが彼にとって人生で最も重要なこと。
しかしながら、当の本人であるアルティは創造主であるモグゾーに小汚い畜生を見るような目線を向けた。
「相変わらずだな……。とにかく、任せる。俺達は一旦立て直さないといけない」
「おひょひょひょ! 承知でござる!」
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セレネとモグゾーの会談が行われている最中、既に商工会のメンバーは動き始めていた。
インベントリから簡易屋台を取り出し、広場の中心にずどんと出張店を構える。
「大陸戦争に参加するクソ雑魚、弱小レギオンの方々はこちらにお並びくださーい」
「中堅レギオンはこちらでーす」
商工会が大陸戦争に参加する際は恒例となる、装備品の貸し出しと抱え爆弾の配布会場。
まだ十分な戦力とは言い難い初心者達や弱小レギオンには抱え爆弾を無償で提供。
これにより大陸戦争に挑戦して己の力を図りたい初心者でも、死にそうになったら相手諸共1キルは取れるようになるので大陸戦争に積極的な初心者からの『欲しい』という声は多い。
爆弾を無償提供すればその分だけ商工会が損をするように思えるが、初心者が早く中堅まで育ってほしいという商工会の野望があった。
それは別の窓口で行われている中堅レギオンや野良参加者の中でも腕の立つ者達へ装備品の貸し出しに関係する。
中堅どころは戦闘に慣れているがまだ十分な装備品が揃っていないという者も多く、それらへレジェンダリー等級と同等の商工会謹製装備を貸し出して戦力とする目論見だ。
見返りは中堅どころが倒した敵の持つアイテム1つ。例えば一人倒して鎧と剣をゲットしたならば、どちらかを商工会に納めれば良い。
多く倒せば倒すほどレンタルした者の利益が増し、商工会もドロップ品を得られるという仕組みである。
無償提供をして初心者を育成し、中堅まで押し上げれば利益が生まれる。生産職のみで構成されたレギオンならではの作戦と言えるだろう。
余談だが、中堅組への装備レンタルは大陸戦争以外でも随時行っている。
ここまではいつも通りの商工会。だが、彼らも今やVer2.0 適応済みになったのだ。
「へへへ。俺のゴーレムがどこまで通用するか、楽しみだなぁ!」
「お、キル数で勝負しちゃうー?」
「コアの改良をしたから負けないぞー!」
出張店から離れ、城壁の下に降りた商工会の一部メンバーは少年のように目をキラキラさせながら和気藹々と盛り上がる。
彼らの手にはゴーレムコアと呼ばれる、Ver2.0 の新技術によって生み出された新アイテムが。
「いけー! 鉄人ゴーレム28号! 君に決めたァァ!」
一人が手に持つ球体型のゴーレムコアを投げる。すると、ゴーレムコアは地面へと埋まっていった。
最初に投げた者に続き、他の者達もゴーレムコアを投げていく。
数秒後にはゴゴゴゴと大きな地震。哀れなユニハルトが尻餅をついた原因はゴーレムコアが起動した証拠でもあった。
起動したゴーレムコアは地面の土や岩、鉱石類など存在する者全てをコアの周囲に取り込み始め――やがて10メートルはあるであろう巨大なゴーレムが出来上がった。
巨大な丸い本体に野太い腕と足だけという簡単なフォルムであるが、見るからにゴーレムの持つ質量は半端ない。
圧縮された土や岩でできた拳で殴られれば人間と言えどただでは済まないだろう。
「「「 オオオオオッ!! 」」」
雄たけびを上げたゴーレムはゆっくりとした足取りであるが、地面を揺るがして戦場を進む。
「な、なんだアレは!?」
前線でゴーレムを見た人間達と、城壁の上でVer2.0 の新技術を目の当たりにしたセレネの叫びが重なった。
「オオオオンッ!」
グググ、と巨大な腕を振り被ったゴーレムは見上げている人間目掛けて拳を叩き落とす。
「回避ィィッ!」
ゴーレムの挙動は人間のトップスピードに比べれば遥かに遅い。だが、叩きつけられた拳が地面に直撃すると人の体が一瞬だけ浮き、叩きつけられた箇所にはクレーターができる程のパワーを見せた。
「な、なんだと……」
見せつけられたパワーに青ざめるファドナ兵。聖騎士も顔には出さないが、内心では冷や汗をかく。
当たればひとたまりもない。
「ふ、ふん! だがトロい拳になど……」
ファドナ兵が恐怖心を必死に抑え込みながら虚勢を張った。だが、次の瞬間には彼の前まで近寄ってきた10体の巨大ゴーレムが一斉に腕を振り上げる。
「「「 オオオオンッ!! 」」」
ドン、ドン、ドンと連続で巨大な拳が地面を叩く。
範囲内にいたファドナ兵は必死に避けた。範囲外に逃げれば造作もない。そう思っていたが――
「あああ!?」
逃げた先に落ちてくる巨大な拳。時間差で振り下ろされた拳の範囲外へ逃げる事は敵わず……。ブシャッという嫌な音を立てて地面に血が広がった。
「うーん。これは持っているアイテムまで潰してしまうか?」
「改良が必要だ」
「デコピンならばどうか?」
「それよりも肩に第6階梯魔法を打ち出せる砲を付けたらカッコよくね?」
少年の心を持つ商工会メンバー達であるが、彼らは生粋の生産職。ゴーレムの挙動や成果をメモしながら次の改良点を見出す事に夢中になっていた。
彼らが改良点についてディスカッションしていると、城壁の上から馴染みのある声が響く。
「待って、待ってアルティたん! アルティたんが戦ったらせっかくのお洋服が汚れてしまいますぞ!? へぶぅ!?」
声の主であるモリゾーがアルティのニーソックスを履いた足にしがみつきながら必死の形相で叫んでいるではないか。
一方でしがみつかれるアルティは空いている片足でモリゾーの顔面をストンプしまくっていた。
『うっせ! キメェんだよ!』
「ありがとうございます!! ありがとうございます!!」
ゲシゲシと蹴りまくるアルティ。顔面がボロボロになりながらも礼を言うモリゾー。
あれは本当に創造主との関係性なのかと疑いたくなるが、商工会にしてみればいつもの光景だった。
「うーん。ドールのように小さくした方が良いのでは?」
「でも、それだと巨大であるというロマンが失われる」
「一体一体を小型にして合体してはどうか?」
「腕をドリルにしたらカッコよさそう」
巨大ゴーレムが人間をミンチにする後ろで、モリゾーの歓喜と商工会メンバーのディスカッションは続く。
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