178 Ver.2.0な奴等 1
『こんにちは。アンシエイル・オンライン運営チームです』
貴馬隊メンバーの脳裏に聞き慣れた天の声が木霊すると、戦闘中の者もそうじゃない者も誰しもが一瞬だけでも素っ頓狂な表情を浮かべていた。
「「「 は!? 」」」
我に返った者達は一様に驚きの声を上げ、天の声が聞こえない者達は不審な眼差しを向けた。
『ただいまより、アンシエイル・オンラインの大型アップデートを適応します。尚、バージョンは2.0となりますので――』
淡々と続くアナウンスに口を開けながら呆けるセレネ。
(ここは現実世界のはずじゃあ……?)
そんな考えを巡らせているうちにアナウンスは終わりに近づく。
『全プレイヤーは新エリアへの強制移動となります。引き続き、アンシエイル・オンラインをお楽しみ下さい』
アナウンスが終わると、砦直上にある青い空には白い光で描かれた巨大な魔法陣が浮かぶ。
いつかの――貴馬隊がこの世界に来た時と全く同じ光景。しかし、当の本人達にとっては初めて見る光景であった。
魔法陣がチカチカと点滅すると、中央からは光の柱が轟音を立てて砦の広場へと地面に突き刺さる。
「なんだ!?」
轟音に耳を塞ぎながら悲鳴のような叫びを上げたセレネ。彼女の目に映ったのは――
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「ちょこまかとッ!」
「チィッ!」
魔法陣が空に浮かんだ時、最前線で戦闘を繰り広げるユニハルトは複数の聖騎士と対峙していた。
魔法剣の効果で紫電を纏い、最速で動きながら相手の攻撃を避ける。彼にとってはどんな攻撃でも一撃食らえば即終了。
やや大げさに避けながらも相手と距離を取り、再びトップスピードで相手に突きを見舞う。これの繰り返しだ。
しかしながら、ユニハルトにも限界はある。己の魔力が尽きれば魔法剣の効果は発揮できない。
ゲーム内ではHPやMPのゲージが可視化されていたが、今はそんなモノある訳がない。己の体に聞くしかないのだが……。
(そろそろ限界か)
魔力が枯渇しそうなのか、体に纏う紫電の音と量が目に見えて減ってきた。
先ほどまでは世界最速の動きで残像すらも生み出していたが今ではそれも無く。加えてユニハルトのスタミナも底を尽きそうで、額からは大量の汗が流れ落ちる。
眼前にはユニハルトを囲もうとジリジリ間合いを詰める聖騎士が3人。
(右をやって離脱するか)
1人だけで殺害してから戦場を離れようと決意した時――彼の背中からドガンと轟音が鳴り響く。
「なんだ!?」
突如、砦から響く轟音。さすがのユニハルトも振り返って確認してしまった。
「もらったァァァッ!!」
その隙を逃さぬと正面にいた聖騎士が剣を振り上げて斬りかかる。
「チッ!」
振り返っていた事で対応にワンテンポ遅れてしまう。この遅延は彼にとって致命的だ。
撤退するのに魔力を残しておきたかったが仕方ない。死ぬよりマシだ、と魔力を振り絞って魔法剣の力を引き出そうとした瞬間――
『影走り・疾風』
ユニハルトにとって最も不快で耳障りな女性の声が小さく聞こえ、ユニハルトへ斬りかかろうとしていた聖騎士の影が盛り上がる。
そして、影は人の形となって聖騎士本人の背後から鋭い一撃を加えた。
「ガ、ガハッ!?」
口から血を吐く聖騎士の心臓からは刀の刀身が生える。血に染まった銀色の刀身は陽の光を反射させながら怪しく光った。
その光景を間近で、更には影から出てきた者の正体を見たユニハルトは聖騎士の返り血を浴びながら心底嫌そうに顔を歪めて叫ぶ。
「女狐ッ!!」
ユニハルトが顔を歪めながら叫ぶ一方で、彼女は聖騎士の体から刀を引き抜いて血を払い、鞘に刀を仕舞いながらニヤリと笑った。
「おーっほっほっほ! 久しいでありんすなぁ駄馬ッ!」
影から現れた女の正体。それは貴馬隊と並ぶ大手レギオン『百鬼夜行』のレギオンマスター ――王種族、九尾狐族のサクヤであった。
彼女は肩を露出させた花の模様が描かれた黒い着物を着用し、九つの尻尾を背中に携える。嘗てはイングリット達とトッププレイヤーの座を争っていた女傑だ。
イングリット達がこの世界にやって来てから空白になっていたトップ3のうち1位を獲得した、イングリットとユニハルトに並ぶ廃人の一人。
「貴様、なぜここにいる!」
「何故、とは。アップデートで全プレイヤーがこちらに来たからでありんす」
ユニハルトの問いに心の底からバカにしたような視線を向けながら、金色の長い髪を風になびかせながらあざ笑うかのように言うサクヤ。
彼とのやり取りの間に聖騎士の一人がサクヤへ斬りかかるが――
「無粋なやつらでござりんす。小汚い手で触らないでおくなんし」
サクヤはそう言いながらスッと腰を低く落とす。
そして、手にかけていた刀を抜いた。
静かに抜かれた刀は横一刀で聖騎士の体を両断。柄の部分に取り付けられていた小さな鈴が、遅れてシャランと鳴る。
彼女の居合による一刀は最速を誇るユニハルトですらも追いきれない。
「な、なんだと……!? き、貴様、それは……!」
ユニハルトの知る彼女とは全く違う戦闘スタイル。彼女は直剣で戦うオーソドックスな剣士だった。
こんな、最速の一刀で相手を一撃で葬るような者ではなかったはずだ、とユニハルトは驚きを隠しきれない。
ユニハルトの驚愕する顔が心地よいのか、サクヤは再び小馬鹿にするような表情を浮かべる。
「んふふ。当然でありんす。あちき達はぬしらと違って Ver2.0 を適応された現行プレイヤー。ひと昔前の旧プレイヤーとは違いんす」
「Ver2.0 だと……!」
イングリットやユニハルト達が先行してこの世界に来たのが特典だったのならば、行きたくとも我慢を強いられたサクヤ達の特典は神力による自己強化だ。
遅れて向かう分、シュミレーターに残る神力を使ってユニークスキルを開眼する期間を得る。これがVer2.0 組の最大の特徴。
現世で冒険や大陸戦争をしていた者達は見たことのない、新しいスキルや職業を持ってやって来たのだった。
特にサクヤのレギオンである『百鬼夜行』はユニーク開眼者が多い。
レギオンマスターであるサクヤはユニハルトと似ているようで違う。ユニハルトが魔力を使用して常時最速を維持するスタイルであるならば、サクヤは攻撃の瞬間のみが最速化する瞬間強化型。
彼女が見つけたユニーク職の名は『刀術師』
九尾狐という種族が持つ大量の魔力をピンポイントで効率的に運用し、多彩な技を魔力で再現しながらも今まで積み重ねてきた剣士としての経験にアクセントを加える。
特に刀術師になってから種族スキルであった『幻影』の幅が広がった。先ほどのように相手の影へ瞬間移動し、背後から強烈な一撃を加えるなどの合わせ技も使用できるように。
彼女のように選択肢の広い戦い方を有する百鬼夜行のメンバーは、ひと昔前は大陸戦争よりもダンジョン攻略に重きを置いたレギオンだったが今ではどちらにも対応できる万能集団となっていた。
「まぁ……。貴馬隊はもう時代遅れ。指を加えて見ていておくんなんし」
サクヤは再び鞘に刀を収めると、ユニハルトに見せつけるように残る聖騎士を一刀で殺害した。
「さ、邪魔でありんすよ。まだやる気なのなら、後方に戻って補給してきてくんなまし」
ユニハルトに振り返ったサクヤは「シッシ」と彼を手で払う。
「チッ!」
彼女の言葉に従うのは癪であるが、魔力量が少なくなっている現状でユニハルトが戦うのは不可能だ。
手持ちのポーションも無い事もあり、渋々ながらも砦へ戻る事にした。
さっさと戻ってポーションを飲み、前線に戻ろう。
忌々しい女狐にキル数を上回られてはたまらん、と早足で砦へ戻っていると――
「クッ! またか!?」
ゴゴゴゴ、と大地が揺れてユニハルトの体はバランスを崩してしまう。
バランスを崩して地面に尻餅をついたユニハルトの眼前には、地面から盛り上がった土がどんどんと積み重なって巨大なゴーレムとなった。
「「 オオオオオオオ!! 」」
それも一体だけじゃない。10体以上の巨大ゴーレムが生み出され、雄たけびを上げる。
砦の方から「いけー、ゴーレム!」と誰かの声が聞こえた。これは味方が作り出したゴーレムなのだろう。
だが、ゴーレムを使役する魔法やスキルなどユニハルトは見た事がない。
「これもVer2.0 か!」
目の前に生み出された巨大ゴーレムを見上げながら、新たなる力を睨みつける。
「さっさと戦線復帰せねば!」
こうしちゃいられん、と腰を上げて再び砦へ戻ろうとするユニハルトであったが――彼の体を巨大な影が覆う。
いきなり空が曇ったのか? と見上げれば……そこにはゴーレムの足の裏があるじゃありませんか。
「アパー!?」
巨大ゴーレムは足元にいたユニハルトに気づかず、そのまま大きな一歩を踏み締める。
当然、足元にいたユニハルトは――酷い事になってしまった。
そう。彼は――
「あれ? ユニハルトは?」
「さぁ? いねーって事は、死んだんじゃね?」
砦で補給を受ける貴馬隊メンバーの言う通り、ユニハルトはひっそりと死んだ。
読んで下さりありがとうございます。
花魁言葉?ってのは難しい。間違ってたら感想欄等でご指摘頂けると幸いです。
11/9 0:40 サクヤの紹介部分を少し変更しました。




