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1 運営チームと現実世界


 空も地面も無く、ただ真っ白な空間。


 この空間は世界と隔絶された神域と呼ばれる場所である。


 その神域には空間に漂う机に手を乗せ、どこにでもありそうな木のイスに座りながら宙に浮かぶモニターを見つめる一人の男。


 男の髪は灰色の長髪、白い法衣のような服を身に纏っていた。


「………」


 彼は一言も言葉を発さず、ただモニターに流れる映像を見続ける。


 モニターには3人のプレイヤーと呼ばれた者達が扉に吸い込まれて行く映像が流れていた。


「主よ。蘇生準備が完了しました」


 モニターを見ていた男の背後に、ふわりと降り立ちながら報告する黒髪の青年。


 青年もモニターの映像を眺める男と同じく白い法衣を着用しているが、青年の背中には黒い翼が生えていた。


 青年はこの男――世界を作った2神の片割れ、男神の部下であり眷属であり、魔鴉(カラス)種と呼ばれる魔人であった。


「……ご苦労」


 男神は背後にいる青年へ振り向く事なく労いの言葉を呟く。


 青年は労いの言葉を受けて頭を下げた後、男の背中越しにモニターへと視線を向ける。


「彼らは成功するでしょうか?」


「わからんな。しかし、彼ら以上の者はいない」


 青年は男の言葉に頷き、確かにそうですねと小さく呟いた。


「オンラインゲーム――シミュレーターの創造と彼らの体の再生、現世への蘇生に神力を使ってしまったからな。回復にはかなりの時間がかかる。彼等が失敗したら次の者を送り出すのは数百年後だ」


 今しがた3つの扉に吸い込まれた3人組が熱中していたアンシエイル・オンライン。その実態はモニターを見つめる男神が創り出した、死者の魂に強化を施す訓練シミュレーターだ。


 何故創ったのか?


 それは忌々しい『ヤツ』を殺す為。


 地上で我が物顔を浮かべながら生きる忌々しいヤツと眷属、そして生みの親である男神を裏切った者達を殺す為だ。


 男神は敗北者である。

 

 彼がヤツと呼ぶ存在に負け、もう1人の片割れ、自分の半身でもある『最愛』と神力の源である世界を半分以上奪われてしまった。 


 現世に生きる自分の眷属達に期待しようにも、過去に自分と共に戦った強者達は追い詰められた男神達を逃がすべく犠牲になって全て殺されてしまった。


 男神と彼の部下が撤退する中で、優秀な部下が戦って死んだ強者の魂を回収できた事だけがせめてもの救いだろう。

 

 男神が撤退した後の世界は悲惨の一言に尽きる。


 抵抗した強者の生き残りである家族は見せしめとして全て狩られ、養分にされてしまった。


 そして、現世には当時の戦いに参加できなかった者達――戦力外となっていた弱き種族しか残っていない。


 己で戦おうにも自分は傷が未だ癒えず、神力の源である大地を奪われ、片割れである最愛も奪われてしまった為に戦う力はほとんど無いに等しい。


 戦ってもすぐに殺されるのが目に見えている。


 ならば、どうすれば良いか。


 先程にも説明した通り、幸いにも男神と共に戦って死んだ者の魂は部下のおかげで『魂の保管庫』に保管されている。


 そこで、男神は1つの計画を思いついた。


 嘗て自分と共に戦った強者を蘇生して現世に降ろす事。


 蘇らせた強者に現世で戦ってもらい、大地に打たれた楔を破壊させて神力の回復を促させる。


 だが、大地を支配しているのはヤツとヤツの眷属達。


 男神と共に戦った強者達は一度負けた身なのだから、過去の強さのまま蘇生して現世に降ろしても勝ち目は薄い。


 ならば、戦えるよう強者の魂に強化を施せば良いとなったのだが――男神が持つ神力で1つ1つの魂を直接強化するには神力の量が足りない。


 男は残された神力で効率良く魂を強化する方法を模索した。


 しかし、対抗できずに撤退せざるを得なかった現状を考えると、ヤツらに対抗する手段は自らが作ったこの世界には無いのは確実。


 故に、男神は残された貴重な神力を少しだけ使用してこことは違う『異世界』を覗いて対抗する為の手段を探した。


 異世界を覗き、様々な文化や知識に触れながら『ヤツ』に対抗する手段を探した。


 結果、男神は多くの異世界知識に触れて当初の計画通り、より多くの強者の魂を強化する術、効率良く魂を強化するシステム――シミュレーターというモノを創り上げた。


 オンラインゲームという異世界のモノを参考にして創り上げた、現世アンシエイルと全く同じ訓練用の仮想世界。


 現世と同じアンシエイルにレベルやパラメータという概念を乗せて男神達が魂の強化状況を確認しやすくし、強化状況を見ながらアップデートという形で異世界の多岐に渡る知識や技術の概要を与える。

 

 魂達を新作ゲーム、新しい遊びと称して参加させる事で『訓練』というネガティブな感情を消し去る。


 神力で出来た仮想世界でレベリングと称した自己強化を自主的にさせ、異世界の知識をゲームのクエストやテキストに描いて学ばせ、男神が神力で直接魂を強化しなくても強者達は自らの意思で成長していく。

 

 魂の強化の為に定期的にシミュレーターへ神力を注がなければいけないのと、強者達の意思によって魂が強化されるので男神達には強化方針を指定できないのが欠点であったが、この方法は魂1つに直接強化するより効率が良かった。



 魂の強化を自発的にしているプレイヤーとは現世で一度死んだ強者達――男神と片割れが創った魔族・亜人達だ。


 ゲーム内にいる人間・エルフはプレイヤーのように見せかけているが、実際は魂の入っていない人形。NPC。



 アンシエイル・オンライン――『真の世界に飛び込もう!』


 大規模戦争がメインコンテンツ。PvPがエンドコンテンツ。レベリングでキャラクターを育成し最強を目指そう!


 否。 


 現世に降りた際、実際に戦う相手。


 ヤツの眷属と裏切り者達――人間・エルフのNPCを相手にした『PvE』の体験がエンドコンテンツの正体。


 大陸戦争と称して仮想敵と戦う事で現世に蔓延る敵を駆逐する為の予行演習であり、大地に打ち込まれた楔を壊して奪われた神の力を取り戻させる為の洗脳。


 それがアンシエイル・オンラインの真実。


 キャッチフレーズの真の世界とは、現実世界の事を指している。


 真のストーリークエストとは、男神が『最愛』を取り戻す為の計画なのだ。



-----



 という計画を企てゲームを模して創ったシミュレーターなのだがこれが見事にハマった。


 魂状態の彼らは自発的にレベリングという名の魂強化を行う。

 

 ゲーム内で『運営が贔屓にしている』と思われている敵勢力へ勝つ為に魔族と亜人プレイヤーは様々な工夫を行い、ゲームに満たされる神力を使ってプレイヤー自らが新しい能力やスキルを作り上げていったのだ。


 ゲーム内にあるスキルや特性などはプレイヤーは運営プロデューサーである男神が用意したと思っているだろうが、実際はプレイヤーである彼等がゲームプレイを通して新たに発現させた力であった。


 それを見た運営チーム(男神達)は『楽しみながら頂点を目指す』というのは、これほどまでに人を熱中させ、自発的に動かすのかと感心しきりであった。

 

 感化された男神達は、一時期ゲームの運営に熱が入って細かいディテールまでこだわってしまった時期もあったが――本日、遂に自発的に強化を施した彼らへ男神達の目的を任せる時が来たのだ。 


 シミュレーター内では最強。プレイヤーランキングという名の能力測定。イベントという名の強者選別を勝ち抜き、現世へと転移された運営チーム注目のトッププレイヤー3名。

 

 恐らく現世に戻った彼らはこう考えるだろう。


『自分達はゲームの中に入ってしまったのか?』


 しかし、それは違う。


『ゲーム内と同じ世界に入った』ではなく『シミュレーターというゲームの中で様々な経験を積み、その経験を持って現世へ生き返った』が正解だ。

 

 だが、彼らは真実に気付くことはないだろう。


 一度死んだ彼らの魂の中には現世で生きていた頃の記憶が微かに残っている。


 その記憶とシミュレーターをゲームと思い込むように男神が全ての魂に与えた『ゲームをプレイするプレイヤー』という作られた記憶が交じり合っている。


 魂達はゲームをログアウトしている時に『リアル』があると思い込み、然も個人毎にリアル生活があるように感じているだろう。


 だが、実際はログアウトしても魂の保管庫内でゲーム内の経験を魂に同期させながら無意識状態で漂っているだけ。


 イングリット達――あの3人がリアルで会った、という事実は無い。もちろん、死ぬ前に知り合いだったというのも無い。


 男装の麗人だった、可愛い少年だったという感想は、魂の保管庫内で魂同士が偶然触れ合った結果、触れた魂から読み取って得た前世の姿だ。

 

 辻褄が合わない記憶の隙間は男神の力で都合の良いように補完されているので不思議にも思わないだろう。


 現世に降り立った際に心配するであろう、ログアウトできない、リアルに戻りたい、リアルはどうなるんだ、という感情は本人達が気付く事無く消えてゆくようにセットされている。


 前世の記憶もほんの僅かしか残っていないし、思い出せもしないだろう。


 可能性があるとすれば、彼等の夢の中で前世の記憶が夢となって現れるだけだ。



「彼等は対抗できるでしょうか?」


「わからないな。しかし、期を見て彼らへアップデートをしなければ勝てぬ」


 あの3名がイベントを制すのは予想していたが、実際に現世へ降りた後でどうなるかは男神にも鴉青年にも未知数であった。 


 トッププレイヤーである3名は魂強化を現状最大まで完了させているが、それ以上に相手が強大な力を有している。

 しかも男神が元凶と戦ったのは500年以上前だ。


 現状で相手側の力がどのくらい進化(・・)しているかは把握できていなかった。


「とにかく神力を取り戻さなければ、我々の勝利条件……あの忌々しい『樹』は折れないだろう」


 樹――あの忌々しい、聖樹と呼ばれ崇められる大陸中央に根付くモノ。

 

 あの樹を折る――破壊するには、現世へ降りた3名に魂の器に設定された限界値を超える新たな力を授けなければ無理だろう。

 

「ところで、記憶は蘇らせずに現世に送りましたが良かったのですか?」


「魂達の記憶を蘇らせれば、ヤツらに殺された記憶も蘇る。家族を殺され、仲間を殺され……そんな記憶が蘇れば彼らは一目散に『樹』へ向かうだろう。そうなれば強化されているとはいえ、再び殺されてしまうかもしれない」


 彼らがすぐに殺されては使った神力が無駄になる。

 ならば、記憶を蘇らせずこちらが指示する『ストーリークエスト』通りに動かした方が都合が良い。


 彼らもゲームをプレイしている時のように楽しく(・・・)クエストに挑戦できるならばゲーム内と同じように知識を求め、工夫を凝らし、思う存分戦ってくれるだろう。

 

 奪われた大地にある神脈を解放すれば、自分の神力を今以上に回復できてヤツに対抗するための手札も増やせる。


「僅かに記憶が残っているが、それを消しても都合が悪い」


 彼らの魂に残る記憶の中にはヤツらへの恨みの感情もある。


 恐らく彼らはヤツの眷属と対峙した時、正体不明の怒りに身を染めるだろう。

 そうなった時、本気で――本気以上の力を出してくれるだろう。


 しかし、彼らは何故恨むのか、何故怒りが込み上げるのか、その真実には辿り着けない。

 酷い仕打ちだ、とは思うが男神は少しでも勝率を上げたかった。


 必ず成功させる。そう強く思いながら男は別のモニターに表示されている、空に浮かぶ雲の上まで背を伸ばした大樹を睨み付けた。


「現世の者にも告げますか?」


「ああ。頼む」


「承知しました」


 青年は再び頭を下げた後に、白い空間へ溶けるように消えていった。


「ふぅ。さて、そろそろ現世に降りたところ――ちょぉおおお!?」


 男神は3人の体が再構築され、現世に降り立ったで時間だろうと思いながらモニターに視線を向けたが、そこには驚愕の事態が映っていた。


「3人がバラバラの地点に降り立ってるだと!?」


 どうすりゃいいんだ!? と言いながら男神はパソコンデスクの上にあったマニュアルの束を高速で捲り始める。


 男神の計画は早速狂い始めてしまった。



-----


 

 とある城の王座の間。



 室内にある玉座には、上へ反った角2本を頭から生やした若い男が座っている。


 彼は部下から渡された報告書の内容を読みながら、眉間に皺を寄せていた。


「北東の土地が焼かれてポーションの納品数が落ちる、か」


 魔族領と呼ばれた土地は、人間とエルフとの長年に渡る大陸戦争によって大陸南に追い詰められていた。


 度重なる戦に国民は疲弊し、領土を守る兵の数も足りていない。


 国民の次男以下を兵に徴兵する制度を作り、過去に人気であった自由の名の下に行動する冒険者という職業制度を解体。

 

 嘗ての冒険者という職業制度に戦争参加を義務付けた新職業制度を作り、冒険者から傭兵と名を改めて民間組織から国営組織に再編成させた。


 軍と傭兵。それでも国防はギリギリだ。


 何とか国に暮らす民の平穏を保てているのは、本拠地である魔族領王都が南端にあって陥落を免れているからだ。


 同盟を組んでいる亜人と領土北側で人間とエルフの侵略を塞き止めてはいるがそれも長くは続かないだろう。 


 その証拠に先ほど部下に渡された報告書にも人間とエルフの同盟部隊に、人間領土との国境を維持していた最北東にある砦が破られ、北東の国境地帯を治めていた領主は戦死したという報告が書かれていた。


 領地の街は壊され、暮らしていた民は捕獲され、治療の要であるポーションを調合する為の薬草を栽培している村まで蹂躙されてしまったという。

 


「このままでは……」


 魔族だけでなく隣にある亜人の国もかなり疲弊している。


 彼等も魔族と同じように絶え間ない侵略を受け続け、捕まった者は奴隷として連れて行かれているという報告もここ最近は多くなってきていた。


 だが、人間とエルフは魔族と亜人を根絶やしにしようとは思っていない。


 表向きは過去にあった神話戦争の続きとされているが、500年の時が経った今では労働力である奴隷として――使い勝手の良い道具として捉えられているからだ。


 厳しく辛い仕事に使い潰され、気分で殺される種族。それが現状の魔族と亜人達。


 強者と弱者。強者が弱者をどのように使うか決める。それが世の中のルールだ。


 玉座に座る若い男がフゥと溜息を零して眉間を揉み解していると、玉座の間の扉が開かれる。


 玉座の間に入って来たのは金属製の車椅子に乗った黒いローブで全身を覆った者と車椅子を押す黒いローブの少女。


 車椅子に座っている者の顔はローブのフードで隠されているが、車椅子の手摺に置かれた手は皺だらけであった。


 車椅子の車輪がギシギシと油の足りていない引っかかるような音を鳴らしながら、少女は玉座の前まで車椅子に乗った者を押し進めた。


「どうした?」


 彼女達は城にいる巫女――既に100歳を越えている巫女職の老婆と彼女の孫である見習い巫女の少女であった。


 普段は部屋に篭っている老婆がこの場に来るのは珍しい。


 玉座に座る若い男は心底不思議そうに問いかける。


「ヒッヒッヒ……。魔王様。神託じゃよ」


「なに……!?」


 老婆の言葉にピクリと反応する若い男。否、当代の魔王。


「戻るのさ……。嘗てこの世界を治めていた王種族……。神話戦争で死んだ強者達が……」


 老婆は呟きながら車椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩きながら魔王のもとへ近づく。


「ヒッヒッヒ……。怒りで身を焦がす憤怒の王……。魔導の深遠を覗いた王……。技を極めた王……」


 老婆は伏せていた顔を上げ、既に失明している濁った瞳で魔王を見やる。


「3人の、殺された古の王が舞い戻る……!」


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