176 北西砦防衛戦 3
キマリンが敗北した一方で、戦場を大きく支えているのはリュカだった。
彼女は迫り来る聖騎士へ両手に持ったデバフ付与の短剣を振るいながら舞うように駆ける。
1人を毒に侵せば、もう1人は麻痺に。毒と麻痺はどちらも相手の行動を阻害する。使い勝手のよいデバフと言えよう。
ただ、貴馬隊の中でも優秀な彼女1人で戦場をコントロールできるかと言われれば否である。
彼女が聖騎士のヘイトを持ち、避けながら相手の行動を阻害しても彼女1人では相手を殺害できない。他のメンバー達による攻撃が必要だ。
リュカが惹き付けられなかった聖騎士が貴馬隊のアタッカーを攻撃し、致命傷を受けた者は下がって回復せざるを得ない。
徐々にアタッカーの数が減っていけばリュカの負担はどんどんと増える。そうやって雪だるま式に積みあがった負担は遂にリュカの許容量を超えつつあった。
「くっ……!」
額に玉のような汗を浮かべたリュカは二方向から迫り来る聖騎士を睨みつけた。先に上段から一振りしてくる者の攻撃を短剣で受け止め、もう一方の聖騎士へは蹴りをお見舞いして攻撃自体を阻害する。
既に彼女の疲労はピークに達していた。肩で息をし、足も限界に近い。もうセレネのバフを受けていても避ける速度は低下している状態だ。
「もらったァァッ!」
故に、彼女は背中側から迫り来る攻撃に反応が遅れてしまう。
「いたッ!?」
辛うじて致命傷は避けられたが、背中をバッサリと斬られてしまった。
背中からは血が流れ出て、傷を負った部分が異様に熱い。相手をよく見れば剣の柄には宝石が嵌っており、そこから刀身全体に炎の魔法が付与されているようだ。
「魔族のメスめ。手間取らせやがって」
彼女の背中を斬った聖騎士がそう言いながら、その場でもう一振り。すると、炎の斬撃波がリュカに迫る。
飛んで来る大きな炎の斬撃をまともに食らえば火傷どころの話じゃない。
「フゥ……フゥ……!」
リュカは必死に足を動かして避けるが何度も飛んで来る斬撃を完全には避け切れず、ジワジワと掠り傷と小さな火傷を増やしていった。
「リュカ! リュカを援護しろォォ!」
周りで戦う貴馬隊のメンバーも彼女に頼りきりという訳じゃない。必死に聖騎士を倒し、彼女を助けようとするが――
「グオオオオッ!!」
「チィッ!」
先ほどからリュカの援護を邪魔するのは後方から突如現れたデキソコナイのような化物だ。
穢れを噴出していないだけマシであるが、パワーは見た目通りの化物クラス。
太い腕を振るえば盾を構えた貴馬隊メンバーを吹き飛ばし、腕の先端から生えた鋭い爪でアタッカー陣を刺し殺す。
この化物だけでも厄介だと言うのに、横から聖騎士の攻撃が加わるというオマケつき。
序盤の優勢はどこへ行ったのか。貴馬隊の魔王軍は徐々に押され始め、戦う位置が城壁に近くなっていた。
「キエエエイッ!」
「このッ!」
援護に期待できないリュカは先ほどから対峙する聖騎士の攻撃を弾く。だが、目の前にいる聖騎士に集中しすぎて静かに近寄る相手に気付かない。
「あ、ガッ!?」
炎の剣を避け、次の行動に移ろうとした時に彼女の腹から剣が生える。
「ははは! 捕まえたぞ!」
剣で腹を刺され、盛大に血飛沫を噴出するリュカの背後から別の聖騎士が吼える。
彼はリュカの長い髪を掴み、強引に腹から剣を引き抜いた。
「あぐッ!?」
リュカを捕まえた聖騎士はあえて剣の柄でリュカの後頭部を殴ると、彼女を地面に転がして卑しい笑みを浮かべながら見下す。
「テメェは持ち帰って散々使った後に生贄にしてやる。なぁ、オイッ!」
聖騎士の男はベロリと舌舐めずりすると、リュカの腹を蹴飛ばした。
「い"ッ!」
苦痛に顔を歪めるリュカ。出血もあって視界が霞み、もう手足が動かず抵抗できない。
ここまでか、と思った瞬間――見下していた聖騎士の体が電撃に包まれた。
「ぎぎゃあああ!!」
バチバチバチ、と激しい音と白い電撃に包まれた後に絶叫を上げる聖騎士。数秒後には黒コゲになって地面に崩れ去る。
「リュカを連れて引けッ!」
彼女を助けたのは他でもない。貴馬隊のレギオンマスターであるユニハルトであった。
彼はリュカを庇うように立ち、彼女が苦戦していた炎の剣を持つ聖騎士へレイピアを向ける。
「紫電ッ!」
その場でレイピアを突くと先から電撃の槍が高速で飛んで行く。聖騎士は避けられずに着弾すると、先ほどの者と同じようにバチバチと音を立てて黒コゲになった。
「駄馬ッ!?」
「行け! 早く!」
ユニハルトの登場に驚いたメンバーだったが、我に返った1人がリュカを担いで砦へと戻って行った。
「逃がすか!」
「そうはさせんッ!」
リュカを回収して逃げるメンバーを追おうとした聖騎士の前に自慢の高速移動で割り込み、電撃を纏ったレイピアを相手の首へ刺す。
ユニハルトはそれだけで終わらず、再び体に電撃を纏わせて高速移動を始めた。
「ぐぎゃああ!?」
「ぎゃあああ!?」
1人、2人と周囲にいる聖騎士を電撃によって黒コゲにしていくユニハルト。
もうお気づきになられただろうか。
「駄馬が……! 駄馬が死んでねえ……!?」
彼の活躍を見ていた貴馬隊のメンバーが驚愕の声を上げた。
そう、いつも真っ先に死ぬユニハルトが死んでいない。
「あいつが死んでねえから劣勢なんじゃねえか!?」
「あいつをぶっ殺せば状況が変わるのか!?」
久々の劣勢に貴馬隊のメンバーは混乱している。
ユニハルトを自らの手で殺せば状況が変わるのでは、とイベント戦のギミックトリガーのように見えてしまう程に。
「ハァァァッ!」
そんな事を言われているにも拘らず、次々と愛用のレイピアで聖騎士を屠っていくユニハルト。
「マジでどうなってんの!?」
華麗に戦うユニハルトの背中を見つめながら叫ぶ貴馬隊。
「馬鹿言ってないで戦え! ボーナスタイムだ! そうに違いねえ!」
驚愕するメンバーの横でひたすら戦斧を振り下ろして聖騎士の体を鎧ごと押し潰しながら叫ぶのはモッチ。
「ユニハルトの漏らした相手を狙え! あいつが目立って死ぬまでがチャンスだ!」
「お、おう!」
「そ、そうだな! どうせアイツは死ぬ! 今のうちにキルレを上げるぜ!」
モッチの叫びで士気を取り戻した前衛職達は再び雄叫びを上げながら突撃を開始した。
一方で城壁から全体を見渡すセレネ。
彼女も無事ではない。既に押され始めた戦況は城壁の上にいるセレネにも牙を向く。
城壁にいる攻魔師を倒そうと聖騎士達の遠距離魔法が飛来し、それらを治癒師達の防御魔法で耐える。
だが、防御魔法を立て続けに使っていた治癒師達も限界だった。加えて前衛職の損害が多く、彼らを回復に専念する者もいて十分な防御が行えない。
砦に設置した防御魔法装置もあるが、聖騎士達の放つ魔法は強力で連発されれば貫通してしまう状況だ。
既に何発か貫通した魔法が城壁に当たり、攻魔師達にも損害を与えていた。
「クソッ! マズイな……!」
貫通して城壁に着弾した魔法が城壁の一部を破壊。吹き飛んできた破片を腕でガードしたセレネが苦々しく呟いた。
もう親衛隊はいない。簡易復活を繰り返した親衛隊は肉片になって戦場に転がっている。
前衛職も詩魔法のバフは効いているものの、疲労で動きが鈍い。
なんとかユニハルトが奇跡的に生き残って場を荒らしているようだが……。
「長くは持たねェ……」
90人いた貴馬隊の数は既に40人を割っている。ファドナ兵を相手にしていた魔王軍も聖騎士隊の参加で死傷者続出。
砦自体も攻城兵器の攻撃は受けていないものの、このまま攻撃を続けられれば持ちはすまい。
最初から分かってはいたが、明らかに戦力差がありすぎる。貴馬隊と魔王軍だけでここまで耐えられたのは上出来だろう。
(潮時か……)
セレネの脳裏に撤退という文字が過ぎる。
出来るだけ仲間を撤退させ、次の防衛地で体勢を整えるのが得策か。
セレネはチラリと城壁の上から指示を叫ぶレガドを見た。まずは数の多い魔王軍から徐々に撤退を、そう考えていると――
『こんにちは。アンシエイル・オンライン運営チームです』
セレネの脳裏に聞き慣れた天の声が木霊した。
読んで下さりありがとうございます。
次回投稿は金曜日です。
次回は昼に短いのを1本、夕方にもう1本と予定しております。




