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173 北西砦防衛戦 開戦


 進軍を続ける人間とエルフに対し、北西砦は慌しく防衛の準備に追われていた。


「指示書通りの設置、ヨシ!」


 貴馬隊の生産職達が作った魔法防御壁の展開装置を所定の位置に設置して、指示書を持つ軍人はしっかりと指差し確認。


「正門の補強用に用意した鋼鉄板取ってくれー!」


 敵を迎え撃つにあたって正門の完全閉鎖を指示したセレネ。彼女曰く、すぐにぶっ壊されそうだから、との事。


 レガドが出陣の際はどうするのか、と問えば城壁から飛び降りれば良いじゃんと真顔で言ってのけた。まぁ、最初は()()()()()()()()()で敵と当たるので問題は無いのだが。


 城壁の上で組上がって行くステージの横で遠距離職の者達へ指示を出していた。


「貴馬隊の遠距離職は城壁の左右に分かれて、軍人達と一緒に初撃を加えろ。神官は蘇生待機組を残して全員相手の初撃に対応する」


「「「 ういーす 」」」


 先に配置指示を受けた貴馬隊はのんびりとした足取りで所定の位置へ。


「魔王軍は防御壁の展開装置付近に陣取ってとにかく撃て。何でも良いからとにかく攻城兵器を狙え。敵の近接部隊は気にするな」


「「「 ハッ!! 」」」


 ダダダッと駆け足で配置に向かう軍人達。


 セレネは彼らの後ろ姿を眺めながらフゥと息を吐いた。


「……いけるでしょうか?」


 横で控えていたレガドはもうすぐ肉眼で捉えられるであろう人間達へ視線を向けながらセレネに問う。


「さぁ……。守護者がいなけりゃ良くて痛み分け。悪くて砦崩壊だな。なるべく全滅は避けたい」


 現状では人手不足すぎて、とにかく聖騎士隊がネックになる。守護者なんぞ出てきたらケツをまくって逃げる以外選択肢は無い。


 一応、1名だけ神官を魔王都に残しているが全滅すれば周辺地域は蹂躙されて領土が切り取られるのは確実。


 魔族と亜人は捕まって悲惨な未来を辿り、街だった場所は前線基地にされて頭である魔王都を抑えられてしまうだろう。


 そうなってしまえば、いよいよ魔王国自体が危うい。ジャハーム方面へ無事な国民を逃がす手筈も同時に行うべきだとレガドには進言済みであった。


 唯一の救いなのはプレイヤー達は蘇生が出来る事くらいだろうか。


「覚悟はしとけよなァ~」


 セレネはそう言いながらステージの点検へと向かって行った。


「覚悟、か……」


 レガドは再び視線を先へ向ける。今回こそ、自分の末路が決まりそうだと内心呟いた。



-----



 昼前には人間達の姿が肉眼で捉えられ、昼を過ぎた頃には北西砦から1キロほど離れた場所で陣を構成し始めた。


 いつもの人間達ならば余裕を見せつけながら陣を構成し、宣戦布告もなしに魔法を撃ち込んで来るのだが……今回はそんな様子を見せない。


 最前列に展開するのはファドナ兵。その後ろに攻城兵器とエルフ達。最後尾に聖騎士隊と偵察部隊の見た布陣と何も変わっていなかった。


 だが、双眼鏡で相手を覗き込むと最前列にいるファドナ兵達からは緊張感が伝わってくる。


 フルフェイスの兜を被ったファドナ兵達の表情は見えないが、どこかソワソワしていたり、ふるふると体を震わせている者も見られた。


「なんだぁ?」


 セレネが双眼鏡を離しながら首を傾げていると、綺麗に並んでいた陣が真っ二つに割れる。


 最奥からブロロとエンジン音を鳴らしながら北西砦へ向かって来るのは一際目立つ白い車で、リデルの言う小さな移動馬車であった。


 それがこちらにやって来る様子を砦の内部にある窓から見ていたリデルとモッチ。


 車は砦から400メートルほどの距離で停止すると、メイド服を着た女性と騎士服の男性が降りて姿を見せた。


 車から出て来た2人の人物を見たリデルはギョッとする。驚きと恐怖で視線を外せずにいるとカチカチと歯を鳴らして震え始めた。


「あ、あ……」


「………」


 リデルが震えている事には目も繰れず、モッチは降りてきた2人組を見ながら額から一筋の汗を流す。


(ありゃ、やべえ)


 車から降りてきた人物を見ただけで実力さが分かってしまった。2人組から吹き出している強者のオーラが半端ない。


 それはまるで、ゲーム内での大陸戦争で聖なるシリーズを持った勇者と対峙した時のようだ。


 砦で構える者達が固唾をのんで見守っていると、車から降りてきた2人組のうち男性の方が砦に向かって声を張り上げた。


「そちらに人間とエルフが保護されているだろう。こちらに引き渡せ」


 なんとも端的で単純明快な要求だ。保護されている人間とエルフ、それはリデルとユウキの事だろう。


 モッチがリデルへ顔を向けると彼女は顔が青を通り越して真っ白になりながらも震えながら首を振っていた。


(ユウキが帰るチャンスか? 一応、帰るのも選択肢に出したしな)


 彼には人間側へ帰る、という選択肢を提示した。できれば異世界の事をもっと聞きたいモッチであるが、嘘はつけない。


『引き渡したら、撤退してくれるのかね?』


 城壁の上にいたレガドの声が砦の中まで聞こえてきた。彼が話しているうちにユウキに確認を取ろうと、軍人に彼を連れてくるよう指示を出す。


 出した瞬間、モッチの腕を隣にいたリデルが掴んだ。


「お願い!! 何でもするから引き渡さないで!!」


「あ?」


「あ、ああ、あのメイド!! あのメイドはマズイわ!!」


 てっきり、ヤバさ具合なら隣にいる騎士服の男の方が上かと思っていたモッチのアテが外れた。


 彼は頭上に疑問符を浮かべながらも彼女に問う。


「あのメイドがか?」


「そ、そうよ! あれは聖樹王国の姫のメイドなのよ!? 英雄クラスじゃないけど、一番ヤバイ!!」


「隣の騎士は?」


「あっちもヤバイけど、メイドの方がもっとヤバイ! 姫に近い人物は英雄クラスだという話も聞いた! だから!! お願いだから、私を逃がしてよ!!」


 ブルブルと震えるリデルが必死になって懇願する。


 あのメイドがか? と彼女の言葉を信じられず、再び窓の向こうへ視線を向けると当の本人と目線が合った。


 窓の向こう側からこちらを見て、ニヤリと笑う。彼女の目の奥にある底知れぬ恐怖にモッチはぶるりと背筋を震わせた。


「モッチさん!」


 彼がゾッとしていると軍人に連れて来られたユウキが姿を現した。


「おう。お前、どうする? 今、お前を引き渡せって言ってきてる」


 そういって窓を指差し、彼に見るよう促す。


「シオンさん……?」


「知り合いか?」


「ええ。聖樹王国の姫の専属メイドの方です」


「どうする? 帰るか?」


 モッチが問うと、ユウキは少々悩んだ後に決意を固めた顔でモッチに告げる。


「俺が戦争を止められるかもしれません。話をさせてくれませんか?」



-----



「引渡したら撤退してくれるのかね?」


「まさか。蹂躙だ」


 レガドがそう問うと、間髪入れずに騎士の男は答えを告げた。


 レガド自身も全く期待はしていなかったが、少々言葉に詰まる。


「我々は大陸の覇者だ。お前達のような弱者にかける慈悲があると思うか?」


 そう告げた騎士の男は一拍置いたあと、ニマリと笑みを浮かべる。


「だが、俺は武を好む。そちらも武人はいるだろう。故に、正当な戦いを望む。武人同士、戦って死ぬのが名誉だと思わんかね?」


 蹂躙はする。なんたってこちらは大陸の覇者だ。万が一にも負けるはずはない。お前たちが死ぬのは確定であるが、自分を満足させるまで戦って死ぬべし。


 騎士の男の本音はこんなものだろう。武人とは言いつつも結局は、戦闘狂なのだと推測できた。


 確定されている未来を告げながらも、こちらへ精一杯戦えと要求する辺りから滲み出ているではないか。


「セレネ殿、いかがする?」


「いかがも何も、戦うしかねェ」


 リデル達を引き渡してもこの状況が変わらないのだから、戦う以外に選択肢は無い。わざわざ捕虜を渡して戦うのなんて馬鹿らしいにも程がある。


 そんなやり取りをしていると、城壁にモッチとユウキの姿が。


 ユウキは手を前に組んで立つシオンに向かって声を掛けた。 


「シオンさん!」


 彼女の名を呼ぶと、彼女はニコリと笑う。


「ユウキ様。ご無事でしたか。ご無事でしたらさっさと戻って来て下さい」


 ニコニコと笑いながらもどこか発する声はとげとげしい。


「今なら生贄として役目を全うできますよ? それとも、痛い目をみてから連れていかれたいですか?」


 もはや、シオンは隠す事をやめたようだ。


 共犯者だと思っているリデルや魔族から聖樹王国の立場を聞いたと思い込んでいるだろう。


「シオンさん……?」


 しかし、ユウキはそんな事を知らない。王城で接していた時とは全く違う彼女の態度に戸惑いを見せる。


「貴方が逃げてしまったから、貴方のお友達は残念な事になってしまいました」


「は……?」


 ニコリと微笑んだシオンは車のドアを開けて何かを引っ張る。


 彼女が引っ張ったのは鉄の鎖。鎖の先に繋がっていたのは頭皮が抜け落ち、目隠しと猿轡をされた全裸の男。


 手を拘束されている男は地面に倒れ込むと、シオンが鎖を引っ張って無理矢理立たせられた。


「ほら、貴方のせいでこんな哀れな姿へ変わってしまいましたよ?」


 シオンは男の首を掴み、空いている手で猿轡を外す。


「ユ、ユ、ユウ……ギ……。だず、げ……」


 男の発した声を聞き、ユウキの瞳が揺れる。ガタガタと体を震わせながら、喉がカラカラに渇いていくが何とか声を振り絞って男の名を零した。


「ゴ、ゴロー……?」


「正解です♪」


 顔が真っ青になっていくユウキとは対照的にシオンは満面の笑みを浮かべた。


「ユウギィィィ!! ユウギィィィ!!」


 親友の声を聞いたゴローはバタバタと暴れ、逃げようとするが――


「いけないペットですね」


 鎖を掴んで引き寄せると、シオンはどこからか取り出した注射器をゴローの首筋に打ち込んだ。


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」


 ゴローの体はビクビクビク、と体が痙攣し始め大声で喉が擦り切れるような悲鳴を上げた。


「ゴ、ゴロー!!」


 今にも助けに行きそうなユウキの体を後ろからモッチが掴んで引き止める。


 それでも彼は苦しむ親友へ手を伸ばし、絶望に顔を染めながら必死に救済しようとするが叶わない。


「ふふ。良い表情。さ、遊んでらっしゃい」


 シオンがそう言って鎖から手を離すと、ゴローは四つん這いになりながら獣のように城壁へ突撃する。


「ギィィ――ッ!!」


 口の端から泡を吹きながら悲鳴のような雄叫びをあげ、城壁にビタッと密着するとトカゲのように壁を登り始めた。


「城壁に上がらせるな!! 撃ち落せ!!」


 さすがにこのまま野放しにはしておけない。セレネの叫び声が木霊すると、貴馬隊の攻魔師が登って来るゴローへ炎の魔法を打ち込み始めた。


「ゴロォォォ!!」


「おい! あぶねえからお前は中へ入れ!!」


 モッチが引き摺るようにユウキを砦の中へと連れ込み、彼は泣きながら親友の名を叫び続ける。


「ふふ。それじゃあ、楽しんで下さいね?」


 慌てふためく魔族と亜人を余所に、シオンと騎士の男は車に乗り込んで自陣へと引き返した。


 2人を乗せた車が奥へと引っ込むと、最前列にいたファドナ騎士達が動き始める。


 予想もしない事態を切っ掛けとして、遂に北西砦防衛戦が開始された。


読んで下さりありがとうございます。

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