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幕間 金貸しと日替わり採掘場


 魔王都を席巻するニューカマーな冒険者組合は少し前から新事業を始めていた。


 第一弾である、全ての基礎となる冒険者窓口。


 第二弾である、市場を独占するべく作り出されたスーパーマーケット。


 冒険者という頼もしい存在によって信用を得て、市場独占による莫大な資金を手に入れた冒険者組合が新たに立ち上げた事業。


 それは『金貸し』だ。


 市場を独占した事によって魔王国の金は王都にある冒険者組合に集まる。もはや、冒険者組合の持つ資金は帳簿上だけで見れば王城の国家予算並に近い。


 しかし、イングリットは知っていた。


 金は集めるだけではダメだと。金を貯めるのが大好きな強欲竜であるが、金は使わなければ経済を破壊してしまう。


 特に組織が金を使わずに持っているだけという状況はよろしくない。 


 個人で金を貯めるならまだしも、大きな組織が金を保持し続けるのは周りに大きな影響を及ぼす。


 それにここは現実世界でゲームの中じゃない。流通する金(紙幣)の数にも限りがあり、国が新たな紙幣を刷りまくればどうなるか。暗い未来しか待っていないだろう。


 故に、それらの対策としての側面を持ちながら新たに立ち上げたプロジェクトが金貸しであった。


 金を流通させるという目的もあるが、もう1つは冒険者組合の信用をもう一段上げるため。


 王立学園や教会などに寄付金を出したり、別の街で独立したい商人を後押しすべく店舗の開業資金を融資したり。


 社会貢献して信用度を上げるためが、まず1つ。


 2つ目は()()への金貸しだ。だが、2つ目の目的には裏がある。


 個人融資を始めると魔王都に住んでいる貴族が金を借りにやって来た。金を借りに来る貴族は特権階級に酔いしれる愚か者達。


 働きもせず、今まで庶民から金を巻き上げていた悪徳貴族というような輩達だ。


 融資窓口に殺到するそんな貴族達を見て、イングリットと冒険者組合の幹部達は――


「食いついた」


 邪悪に笑う。


 2つ目の目的。隠された真意は王城からの依頼でもあった。


 反王派という邪魔な貴族達を排除したいという依頼を受けたのが切っ掛けで始まった金貸し事業。


 まんまと食いついた悪徳貴族達は味を占め、どんどん、どんどんと金を借りにやって来る。


 冒険者組合を無限に金が湧き出るサイフと間違えているのだろう。


 その認識は間違いだ。冒険者組合の融資窓口とは地獄の入り口なのだから――



-----



 金を借りた貴族の家に毎月の利息や返済額を回収しに行くのも窓口業務を行う者の役割だ。


 貴馬隊に所属するマーチヘア族というウサギ耳を生やした種族の女性――ルルララは回収業務の筆頭。


 彼女は今日も金を貸した貴族の屋敷を訪ねて金の回収業務を行っていたが……。


「金など返さん!!」


 金を借りた悪徳貴族は悪徳と呼ばれるくらいなのだから、態度も悪いし金を返さんと叫ぶのも当たり前。


 むしろ金を借りにきた貴族の中でしっかりと毎月返済する者など1割に満たない。


 本日訪問した屋敷の主も借りた金を返さない愚か者であった。


「金を借りたんだから、ちゃんと返すぴょん。それがルールだぴょん」


 黒スーツに黒ネクタイを装着させたルルララが玄関口で淡々と告げる。だが、告げられた当の本人は顔を真っ赤にして怒鳴り散らすだけだ。


「ルールだと!? 貴様、誰に物を言っている!! 私は貴族だぞ!!」


「関係無いぴょん。こっちも商売だぴょん。貴族もクソも無いぴょん」


 怒鳴られるも怯えた態度など一切見せないルルララ。だが、その態度が悪徳貴族達のカンに触るのだろう。


 今まで彼らが怒気を見せれば庶民達は屈服してきた。だからこそ、魔王国でのさばってこれたのだ。甘い蜜を吸い続けてこれたのだ。


「うるさい!! 金など返さん!! 私がルールなんだァ!!」


 怒鳴り散らす貴族は張り手を振り被り、ルルララに一撃見舞おうとするが彼女は首の動きだけで回避した。


「本当に返さないぴょん? 大変な事になるぴょんよ?」


「黙れ!! 帰れ!!」


 ぶぅんと張り手を空振りしてしまった恥ずかしさもあって、貴族は顔を真っ赤にしたまま屋敷の玄関ドアを強引に閉めた。


 バタン! と大きな音を立てて閉められた玄関ドアの前でルルララは呟く。


「ファックだぴょん。また仕事が増えるぴょん」


 ルルララは胸ポケットから手帳を出して、今回訪問した貴族の名前にバツを付けながら冒険者組合に戻り――


「お1人様。ご案内だぴょん」


 貴馬隊の隠密職に就く仲間へ先ほどバツを付けた貴族の名が記入された紙を手渡した。


 彼女が屋敷を訪問してから2日後。


 ゴトリ……ゴトン……ゴトリ……ゴトン……


「う、ううむ……?」


 あの怒鳴り散らしていた悪徳貴族は見た事も無い空間で目を覚ました。


 昨晩は屋敷のベッドで寝たはずなのに。硬い木の床に寝かされているじゃないか。


「ここは……?」


 キョロキョロと周りを見渡せば、どうやら馬車の荷台のようだ。


 荷台にあるベンチに座った男がジッと貴族の顔を見つめながら口を開いた。


「お目覚めかい?」


「なんだ貴様は? ここはどこだ?」


 何とも上からな物言いに、男はフッと鼻で笑いながら状況を察した。


「あんた、貴族だろ?」


「そうだが? それよりもここはどこだと聞いている!」


「はは、馬鹿なヤツめ。あんた、冒険者組合から金を借りて返さなかっただろ?」


「なに……?」


 貴族の顔から自分の見解が正解だと読み取った男は再び小馬鹿にするように鼻で笑う。


「おめえさんはもう貴族じゃねえ。王都の家も無くなってるだろうよ」


「何だと!? どういう事だ!?」


 貴族じゃなくなっている? 屋敷が没収? どうなっているのかサッパリ分からない。


 王都にいる家族はどうなっているのか。それらすらも知る手立てはここにはない。


「私をどうしようと言うんだ!」


「ハッ。今に分かるさ」


 男はそう言ってから一言も話さず、喚き散らす元貴族に対して無視を決め込んだ。


 それから1時間程度すると馬車が止まる。小馬鹿にしていた男は馬車をさっさと降りて、元貴族に振り返りながらこう言った。


「お勤め、頑張りな」


 

-----



 元貴族が連れて来られた場所は魔王都近郊にあるダンジョン。日替わりダンジョンだった。


「さっさと歩け! このノロマが!」


 荷台に座っていた元貴族の前に現れたのは日替わりダンジョンに駐屯する軍人で、彼は元貴族を急かしながらダンジョン内へと連れて行く。


 そして元貴族の男が押し込められたのは、日替わりダンジョン入り口に作られた粗末な小屋だった。


 小屋の中はむせ返るほど汗臭い。元貴族の男が「ウッ」と手で鼻を覆いながら小屋の中にいる者達を見るが、誰もが上半身裸で下は粗末なズボンを履いているだけ。


 ベッドなどは無く、硬い床の上で雑魚寝しているような品も無い連中が数十人詰め込まれていた。 


「おい。新入りだ。作業内容を教えておけ」 


「………」


 軍人を一睨みした男達は次に新入りである元貴族の男の顔を見やる。だが、数秒後には興味を無くしたのか顔を背けた。


「あと一時間で出発する。準備をしておけ」


「お、おい!? 待て!!」


 元貴族の男が軍人を引き止めようとするが、軍人は無視して小屋のドアを閉めた。


「ククク。また生贄にされたモンが来たのか」


 小屋の奥にあるトイレから出て来たのは痩せ細ったカエル顔の男。だが、彼の顔に見覚えのあった元貴族の男は驚愕の表情を浮かべながら、カエル男の名を叫んだ。


「あ、貴方は……フ、フログ侯爵様!?」


「おう。久しいな」


 トイレから出て来た男の正体は商人組合を牛耳っていた男。イングリットによって蹴落とされたフログ侯爵であった。


 顎と首が同化していた顔の肉は消え失せ、今ではキュッと絞られた首に痩せこけた頬肉。


 過去にどっぷり太って服がパツンパツンになっていた腹は面影も無いくらいに引っ込み、今では立派なシックスパックが浮かんでいるじゃないか。 


「どういう事なんですか!? ここはどこなのですか!?」


 知り合いを見つけた元貴族の男はフログに駆け寄り、状況を把握しようとするがフログは鋭い目つきを浮かべながら小さく笑った。


「フッ……。お主はもう逃げられんよ。ここは地獄だ」


「じ、地獄……」


「そうだ。おい、お前。ここでの生活を叩き込んでやれ」


「へい」


 フログ元侯爵は座りながら我関せずといった表情を浮かべる者達の中から1人教育係を選出した。

 

 ここでは元々の貴族位など既に通用せず、元が侯爵であろうが既に従う者はいない。だが、フログは既に格付けを終えていた。


 鉱石の採掘による格付けだ。


 そう、彼は既に1つ目のアンシャロン鉱石を採掘している。強運と執念。それを見せ付けてやったのだ。


 よって、彼はこの採掘現場の就労者を統括するリーダーになっていたのだ。現場監督である軍人からの信頼も少しだけ勝ち取りつつある証拠だった。


「さぁ、今日も掘るぞ」


 こうして、アンシャロン鉱石終身刑務所に新たな仲間が加わった。


読んで下さりありがとうございます。

諸事情で土日月と家を空けるので投稿はお休みとなります。


次回は火曜日に投稿します。

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