幕間 トレイルの姉妹
「お姉様。あれは何ですか?」
「あれはムクスと呼ばれる魔獣の肉を使った料理よ」
シズルとファティマを20人以上のトレイル軍騎士が囲みながら、2人は帝都のメインストリートを歩く。
聖樹王国から初めて外に出て、異世界の異国という珍しい体験をしているシズルは寄り添いながら一緒に歩くファティマに色々質問を投げかけながら嬉しそうに帝都観光をしていた。
ニコニコと華のように笑いながら楽しむシズルを見て、ファティマも嬉しそうに笑みを浮かべる。
「楽しいかしら?」
「はい。とっても楽しいです。お姉様!」
彼女がファティマをお姉様と呼ぶのも随分慣れた。ファティマから自分の事を『姉』と呼ぶようにと言われた時は恐縮しきっていたが、会う度に呼ぶようにと言い続けたファティマの根気が勝ったのだろう。
今ではスムーズに呼ぶ事ができ、2人が腕を組みながら歩く様子は傍から見れば百合百合なカップルにも見えなくもない。
「お姉様、あの大きな建物は何ですか?」
「あれは帝都魔法学園よ。エルフのほとんどはあそこで魔法を学ぶの」
「へぇ~! すごいです!」
メインストリートから見える一際大きな建物を見上げながらシズルは異文化を存分に見て楽しむ。
ファティマ自らがエスコートしている事もあって、シズルがどれだけの客人かというは道を行くエルフ達も理解しているようだ。
特にシズルにつられて一緒に笑うファティマを見て安堵の息を漏らす者が多い。
年老いたエルフの中には小さな声で『女帝様が笑っておられるのはいつぶりだろうか』などと零す者も。
人間に侵略され、ファティマの心を支える者はいなくなってしまった。それから一度も心の底から笑う事などしなかった孤独な女帝。
そんな彼女が微笑む姿は、当時の事を知っているエルフからしてみれば隣にいるシズルが新たな支えになっているのだな、と理解するには十分であった。
「シズルも学園に行きたい?」
学園の存在に興味を示したシズルを見て、ファティマが問う。
最高権力者であるファティマならシズルを学園に通わせる事など容易い。しかし、問われた本人は少し悩むと、
「いえ、魔法を習うならお姉様に教えて頂きたいです」
すっかり打ち解けたファティマともっと話したい。そんな想いを込めてシズルは学園入学を断った。
「そう」
嘗ての親友と姿を重ねる少女に言われ、ファティマは頬をほんのり赤くしながら組んでいた腕を解いた後にシズルの手をぎゅっと握った。
「ずっと私の傍にいなさい」
「は、はい……」
手を握りられ、クールな表情を少しだけ崩す微笑み。女性でもドキリとしてしまう表情を向けられたシズルは顔を真っ赤にして頷く事しかできなかった。
現に彼女の言う通り、出会ってからはずっと一緒に過ごしている。
朝起きて朝食を一緒に摂る事から始まり、彼女が政務をする時は横で本を読んだり休憩中にお喋りをしたり、もちろん昼食も一緒で夜寝るまでずっと一緒に過ごす。
流石にトイレや風呂は別々であるが、彼女の勢いが増せば入浴も一緒にと言い出すのは遠くない未来にありそうだ。
トレイルに来てから外に出れば観光、城内であればファティマとお喋りしかしてないな、と思ったシズルは本来の目的を思い出す。
「あ、でもトッドさんのお手伝いもしないと……。いつ始まるんでしょう?」
シズルの口から零れた質問に、ファティマの胸がドキリと跳ねる。
「そ、そうね。まだ準備に時間が掛かるんじゃないかしら……」
彼女はここ数日幸せを堪能していた。だが、この幸せを続ける為には最大の壁を突破せねばならない。
その為の指示は部下に下しているがまだ成果は無い。
もしも、間に合わなかったら――
この幸せを享受できる日は、あと何日残っているのだろうか。そう考えると彼女の心に恐怖の波が押し寄せる。
細く、温かいシズルの手をぎゅっと握りなおしながら隣を歩く愛おしい存在へ視線を向けた。
「ん? お姉様、どうしたんですか?」
「いいえ。なんでもないわ」
ファティマは首を振ってからもう1度シズルの手をぎゅっと握る。
握られたシズルもファティマの手を握り返すと、ファティマは嬉しそうに笑った。
読んで下さりありがとうございます。
本編が長くなりそうだったので一旦章を区切ることにしました。
もう一本幕間を挟んで次章となります。




