170 実験報告書
最下層フロアを見て回るクリフは外周通路側の奥に小さな小部屋を見つけた。
小部屋の正面はガラス張りになっており、フロア中央の後方にあった金属製の物体の丁度真後ろにあたる。
ガラス窓からは金属製の物体の真後ろにある計器がチェックできるようになっており、巨大デキソコナイを背中側から監視できるような作りになっていた。
金属製の物体には複数の計器が取り付けられているが、それが何を示すかは不明だ。
ただ、いくつものタコメーターや温度計のようなモノがある。鎖で繋がれた巨大デキソコナイの下半身の先端が金属製の物体に挿されているのでデキソコナイの状態を監視する為の物ではないかと推測する。
次にクリフが視線を落とせば、ガラス窓の傍にある机の上に資料らしき紙がいくつも散乱しているではないか。
「これは……」
その中でも、まだバインダーに挟まれたままの紙に彼は注目した。
『母体型における攻撃用凝縮魂の量産計画』
紙の上部にそう題され、びっしりと書かれた文字は所々添削や赤文字で書き加えられた一文なども見受けられる。どうやら報告書の下書きか、提出前の雛形のようだ。
読み辛い部分もあるが内容を読んでいくと、クリフの眉間には徐々に皺が出来上がっていく。
『複数体の王種族【女性】を材料とし、母体を作成。母体に子を産ませれば勇者武器の量産化を図れるのではないか』
書かれていた概要は概ねこういった内容だ。
細かく書けばもっと悲惨な内容と言える。複数の女性を生きたまま混ぜ合わせ、1つの母体を作る。そこから生まれた子供を更なる実験の材料にしようという最悪の実験内容であった。
「勇者武器の量産……」
この報告書が指す勇者武器とは、イングリット達側から言えば『聖なるものシリーズ』の事を指し示すのであろう。
一撃で複数を屠る、人間最強の武器。それを量産しようというのがこの施設の役割だった。
『強力な王種族の魂を使用したコアの再現実験』
『名の通っていた王種族の女性を使用するも実験は失敗』
『量産した子には魂の強さは反映せず』
読み進めれば計画は失敗したと分かる。だが、その内容からは倫理観などは一切感じられない。
魔族や亜人を物としてしか見ておらず、命の価値などは一切合切無視して己の力を満たすべく使われていた事が淡々と書かれていた。
温厚なクリフであっても読み進めるだけで怒りが沸いてくるような内容であったが、書かれていた内容の中盤あたりで文字を追う目を止める。
『第1研究所から受け取った成果を加味し、人の段階を上げる為の材料にならないかと実験するも部分的な成功を納めた』
『主の作り出したオリジナルには至らなかったが、小さな一歩を踏み出せた』
そう書かれた文字の下には『昇華』『実』という単語が手書きで書き加えられていた。
「人の段階……?」
クリフは新たに出て来た単語に首を傾げながらも再び文字を追った。
『コアの量産には至らなかったが、生物兵器としては使えるのではないかと再検討。同時に人工昇華を行う為の実験も開始』
『知性は無いが技術的には利用可能だと中央に判断され、魂が微かに残ってしまった廃棄物は生物兵器として実地検証を開始』
『昇華実験は失敗。オリジナルのように完全な昇華には至らず。副作用として異形化が進み、魂の摘出もできない。別のアプローチを考えなければならないと判断』
昇華実験の報告が続き、再び手書きの文字で『ナリゾコナイ』と書き加えられていた。
手書き文字を見たクリフはハッとなる。
「まさか……。デキソコナイがナリゾコナイ?」
報告にある異形化。そして、各ダンジョンの研究施設らしきフロアには必ずいたデキソコナイ達。
真実に辿り着いたクリフは体を震わせた。
「デキソコナイは……実験の被害者……」
確かにデキソコナイの中にはエルフのような耳が長かったり、獣人のような尻尾があったりと何らかの特徴を残して異形化していた。
あれは何らかの理由で廃棄されなかった被害者達の成れの果て。実験施設に封じられ、ダンジョン化した中をウロウロと長きに渡って彷徨い続けていたのだろう。
そして、デキソコナイの初期型が……。
「この施設で生まれた技術……。あれはデキソコナイのプロトタイプか……!」
このフロアにいた巨大デキソコナイ。そして二頭のデキソコナイ。それらは他のダンジョンにいたデキソコナイ達の雛形となった第一号達。
今まで攻略してきたダンジョン。それらが各地方にあった理由。
それは人間達が複数の拠点と実験施設を作って、捕まえた魔族と亜人達を実験材料として現地調達していたからだろう。
報告を読むに捕まった魔族と亜人達は男女問わず、子供でさえも実験の被害者になっているようだ。
おぞましき人間の行動にクリフはバインダーを掴む手に力が篭る。
「なんてことだ……」
クリフは怒りを覚えながらも報告書の終盤に視線を落とす。
『各実験は失敗に終わったが一部は転用できると判断。特に母体から子を量産させる技術は我々の人手不足を解消できるだろう』
『我々を支配階級とし、下級種と奴隷種の量産を行えるかもしれない』
最後に書かれていた文字はこの2行であった。特に最終行に書かれていた下級種と奴隷種の量産と書かれた部分が赤く二重丸で括られていた。
「この実験が行われてから随分と時が経っているはず。なら、もう実用化されて……?」
人間の本拠地は聖樹王国。ならば、技術が集まるのはそこだ。
以前のクエストで赴いた施設と同じように、この施設が神話戦争当時に建設されたのであれば既に実用段階までいっていてもおかしくはない。
人間達は強い。魔族や亜人達よりも格段に強く、現に現代の者達は手も足も出ないような状況だ。
それなのに滅ぼされていない理由は。シャルロッテが殺されず、人間達が魔族と亜人を捕まえている理由は――
「この内容にある技術は既に……」
クリフの中で今まで見てきた状況、全ての意図が繋がった。
もう実用化されているのだとクリフは悟る。
「これは、マズイ……」
現代において王種族という存在は既に存在しない。人間とエルフに狩られ、姿を消してしまった。
その理由がこれだ。生き残っていた王種族は捕まり、実験に使われたのだろう。
もういなくなった王種族。だが、自分達はどうだ。
過去に生きていた王種族と同じ種族として、この世界にやって来た。
イングリットは竜人。メイメイはドワーフ。自分は悪魔。全て王種族として伝わる種族だ。
「捕まれば実験材料にされる」
プレイヤーは死んでも蘇生できる。だが、その蘇生はどういった原理で行われているのだろうか?
人間達は王種族の肉体には興味が無い。魂を原材料と捉えている。
魂が使われても蘇生できるのか? 魂が使われたという事は、魂は1つの個体となってその場に留まっているはずだ。
ならば、蘇生された者の魂はどうなる? 複製されるのか? それとも蘇生そのものが出来ないのか。
確認には危険すぎる。
「ダメだ。捕まってはいけない。聖樹王国と戦う時は注意しないと……」
これまで以上に慎重にならなければ。パーティメンバーを失わないためにも、回復役である自分は最も注意深く行動するべきだと心に刻んだ。
-----
クリフが机の上に置いてあった紙をまとめていると、メイメイが小部屋へと入って来た。
「あれ、メイ? 大丈夫なの?」
「うん、もう大丈夫~……」
傷はクリフの回復魔法で癒えており、体はどこも痛くない。
だが、彼女は少々気落ちしているのかいつもの元気が無かった。
クリフがどうしたの? と問うとメイメイは俯いたまま少し黙っていたが、次第に口を開いて己の気持ちを漏らし始める。
「僕、役に立たなかったから~……」
どうやらイングリットが倒れた後に、巨大デキソコナイの捕食を止められず一撃でやられてしまった事を気にしているようだ。
そんなメイメイにクリフは近寄って、彼女を抱きしめた。
「そんな事ないよ。メイは勇気を出して飛び込んだじゃないか。それはとっても凄い事だよ」
ゲームの中と違って現実世界で攻撃を受ければ痛覚を感じる。
最初のダンジョンで現実においての『痛み』を知ったメイメイはそれを避ける傾向を見せていた。
シャルロッテの姉が殺され、ファドナの兵と戦った時は痛みを負う事を怒りで誤魔化していた。怒りに身を任せれば痛みに対す恐怖を紛らわせる事は出来るのだ。
だが、今回は違った。最も頼れる仲間が倒れ、内心は恐怖に支配されていただろう。
しかし、彼女は勇気を振り絞って仲間を傷つけさせまいと飛び込んだのだ。それに対し、何を気落ちする必要があるのだろうか。
「私も強くなる。だから、メイもこれから一緒に強くなろう?」
「うん~……」
クリフはメイメイを慰めながら、彼女の頭頂部に軽くくちづけする。そして、思いっきり鼻で息を吸い込んだ。
(んへへ……。役得、役得)
「もう、離れて~」
「はい」
フガフガとメイメイを堪能していたクリフであったが、彼女にぐっと押されて離されてしまった。
「これ、なに~?」
クリフから脱出したメイメイは机の上に置いてあった紙の束に気付く。
「ああ、人間達が残した資料みたいなモノだよ」
クリフは内容が特に凄惨な物をメイメイに見せないようササっとインベントリに仕舞う。
「ふぅん……」
まだ仕舞っていない1枚をメイメイが手に取って軽く読み始めた。
『勇者武器の器となる武器生成について』
きっと、この内容の資料を彼女が手に取ったのは偶然じゃなく運命だったのだろう。
『勇者武器において、一番重要なのはコアである事は間違いない。だが、器となる武器も重要視しなければならない』
そんな一文から始まった資料。
『捕獲したドワーフの少女が持つ武器生成技術は目を見張るモノがあった。利用価値は高い』
そう書かれた一文の下には勇者武器の器となる『武器』としての設計図が添付されている。
添付されている設計図は剣だ。だが、細かく書かれた剣の詳細はただの剣とは違う。
剣としての性能も優秀としか言いようがないが、それに加えて重要視されているコアから引き出す力の効率化を図る仕組み。
使われている材質。剣の中央部にあるコア埋め込み用ソケットの規格。
図を一目見ただけで設計者が優秀な技師であるとメイメイは気付く。そして――
『お兄ちゃん、見て見て!』
ザザ、とメイメイの脳裏にノイズ塗れの映像が過ぎった。
自分と同じくらいの少女が笑いながら1枚の紙を見せてくる映像。どこか懐かしく感じながらも、ノイズで顔の上から半分が隠れた少女が誰なのかは分からない。
うっ、と小さな呻き声を上げた後にメイメイは空いている手で頭を抑えた。
「メイ?」
呻き声に気付いたクリフは心配そうに彼女の顔を見やるが、軽く頭を振ったメイメイは「大丈夫」と小さく呟く。
「これ、貰っていい~?」
そして、手に持っていた紙を貰えないかとクリフに問う。
「いいけど、本当に大丈夫?」
「うん、大丈夫~」
まだ心配するクリフを余所に、メイメイは安心させるように笑顔を浮かべながら手に持っていた紙をインベントリへと仕舞った。
読んで下さりありがとうございます




