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168 洞窟ダンジョン 6


 大盾を粉砕され、右腕すらも千切られたイングリットは攻撃を受けた衝撃のままに後方へと吹き飛んだ。


 床を2度ほどバウンドし、呻き声すらも上げずピクリとも動かない。肩から下を失くした右腕部分から吹き出す鮮血が床を濡らす。


「イングッ!」


 顔を青くしたシャルロッテが慌ててイングリットへと駆け寄り、彼の傍にしゃがみ込みながらダメージの程を調べ始めた。


「しっかりするのじゃ!」


 必死に体を揺するがリアクションは無く、ピクリとも動かない事に彼女の焦燥感は次第に大きく膨れ上がる。


「クリフ! 回復を!」


 彼女がクリフへと顔を向けて叫んだ時には、既に杖の先から回復魔法が放たれてイングリットの体に着弾。


 千切れた腕からの出血は止まったようであるが、イングリットは依然として動かない。気絶しているのかどうかを確認するには脈を調べればいいが、シャルロッテはそんな事すらも思いつかないほどに焦っていた。


 あのイングリットが。今まで自分達を守り、泣き言など一切零さず、自ら体を張って何度も仲間の盾となりながら窮地を乗り越えてきたイングリットが一撃で戦闘不能になるなど考えたくも無い。


 象徴である大盾は無残なガラクタになって床を転がっている様を見れば、自分達が一番信頼を寄せる者が今、失われたという気持ちを加速させる。


 そんな気持ちを抱いているのはシャルロッテだけじゃない。


 クリフとメイメイも絶望に似た顔色で動かない彼の姿を見やる。


 メイメイは武器を持つ手が震え、小さく言葉にならない言葉を漏らしながらその場に立ち尽くす。


 この場において唯一最初に冷静さを取り戻したのはクリフだけであった。


(マズイ。でも、もう守護者魔法のキーとなる二頭のデキソコナイはいないはず……!)


 巨大なデキソコナイが守護者魔法を使う際は必ず捕食行動をしてからだ。その捕食対象はもういない。


 ならば、問答無用に高火力魔法を連射してゴリ押しするしかない。そう決意して、立ちはだかる敵へと顔を向けたが――


「なッ!? 嘘でしょ!?」


 巨大デキソコナイに顔を向けると、なんとヤツの肉塊になっている下半身の一部を分離させ、分離した肉塊が蠢くと捕食されたデキソコナイと同じ姿へと変わってゆく。


「キィィィッ!!」


「あ"あ"あ"……」


 蠢いた肉の塊は産声を上げて、ヨタヨタと生まれたての子供のように巨大なデキソコナイの傍に寄り添う。 


「さっきまで捕食していたのは自分の子供なのかッ!」


 当初、フロアにいた8匹のデキソコナイ。それも今と同じように巨大デキソコナイが生み出した分身、もしくは子なのだろう。


 子を産む母のように。巨大デキソコナイはデキソコナイを産む能力を持ち、兵隊として使う事も自身の攻撃手段として使う事も可能にした全く新しいタイプのデキソコナイ。


 今立ちはだかっている存在はデキソコナイの母体。マザーと呼ぶべきであろうか。


「クソッ!」


 衝撃の行動を見てしまったクリフは彼の人生の中で一番の焦りを見せた。


 生まれたデキソコナイを捕食され、再び守護者魔法を使われればひとたまりもない。


 宝玉にセットしていた第6階梯魔法を一気に解放し、生まれた子と母体を同時に焼き払おうとするが――


「ンギィィィィッ!!」


 鼓膜が破れそうになる程の大絶叫と共に、拳をクリフへ向けて叩きつけようと振り下ろす。


 一撃でも受ければ死亡確定なクリフは避ける以外に選択肢はない。それも、イングリットやメイメイのようにフィジカルの欠片すらも持っていないクリフはギリギリで回避する、などといった芸当は出来やしない。


「くッ!」


 それを理解しているクリフは敵のモーションが見えた瞬間に大げさに回避しざるを得ず、魔法発動を一時断念するしかなかった。


 無様にゴロゴロと床を転がりながら何とか回避するが、相手に与えた猶予は十分。巨大デキソコナイは空いている手で生まれたての子を掴もうとする。


「ダメェェェェッ!!」


 鬼気迫る顔でメイメイが大鎌を構えて急接近。


 以前、自分も強敵の攻撃を受けて痛い思いをした。攻撃を受けるというのは凄く痛い。


 だが、その痛さを仲間が経験するのはもっと耐え難い。


 あんな思いは2度としたくないと思っていたメイメイであったが、胸の内にある恐怖をぐっと押さえ込む。


 相手の懐に潜りこみ、掴もうと試みている腕を狙う。


「キィィィッ!」


 だが、巨大デキソコナイは叩きつけた拳を再び持ち上げてメイメイを払いのけるように腕を横薙ぎに振った。


 風を切るような音を立てて猛スピードで迫る払い打ちを避けきれず、メイメイはガントレットのギミックとして仕込まれた小盾を展開。


 体と相手の腕の間に潜りこませてガードするが――


「ぎゃっ!?」


 タンク役であるイングリットですら押し退けられるパワーにメイメイが耐え切れる訳も無く。


 小盾のおかげでダメージは多少和らいだものの、衝撃で彼女の内臓は潰れてしまう。口から鮮血を吐きながら後方へ吹き飛ばされてしまった。


「メイ!」


 やられたメイメイを目で追いながら、何とか回復魔法を彼女に打ち込むクリフ。


 恐らく死亡はしていないと思うが、床に転がったメイメイもイングリットと同じように動かない。


 そうこうしている間に巨大デキソコナイは悠々と手に掴んだデキソコナイを口へと運んで咀嚼し始めてしまった。


「ま、マズイ! シャルちゃん逃げて!」


 自分達の運命を決定付ける行動を見てしまったクリフは、シャルロッテだけでも生かそうと大声で叫んだ。



-----

 


 クリフが対峙している頃、シャルロッテはイングリットの傍で彼の体を揺すり続ける。


「お願いなのじゃ! 目を覚ますのじゃああ!」


 だが、彼は動かない。


「ぎゃっ!?」


 そして、イングリットの傍に吹き飛ばされてくるメイメイがシャルロッテの視界に入る。


 彼女も口から血を吐き出し、動かなくなってしまった。 


「嘘、うそじゃ……。うそじゃああ……」


 仲間がどんどんと倒れて行く様を見て、彼女の頭の中は絶望に染まる。


 最初にフラッシュバックしたのは両親の首を目の前に転がされた光景。次に浮かぶのは目の前にで姉を殺された光景。


 そして、人間達に捕まった自分の姿。


 だが、今度は捕まる事はないだろう。今度は殺されてしまう。


 目の前にいる醜悪な化物に殺され、食われてしまう。


 自分だけが死ぬ訳じゃない。大事な仲間も一緒に殺されてしまう。


 その考えが過ぎった瞬間ポロポロと目からは涙が零れ、彼女の体が震えが止まらなくなった。


「嫌なのじゃ、嫌なのじゃ……!」


 自分の死よりも仲間の死を見たくない。両親の死、姉の死が仲間達と重なっていく……。


「嫌じゃ、イング、助けて……。助けてぇ……」


 出会った頃は最悪の印象を抱いていたものの、今では最も信頼している相手の名を呟いた。


 彼女の瞳から零れた涙は頬を伝い、倒れるイングリットの兜にあるバイザーの中へと落ちる。


(ああ、泣いている……)


 イングリットは暗い意識の中で己の()()が泣いている事に気付いた。


(あの時とは逆だ……)


 真っ暗な中で、彼の意識の中に『あの時』の様子が浮かび上がる。


 浮かび上がるのはノイズ塗れの映像であるが、間違いなく自分にとって最悪の日の光景。


 あの時は逆だった。彼女が死の淵にいて、それを繋ぎ止めているのが自分だった。


 立場が逆転してしまったが、彼女に俺は大丈夫だと叫びたいが体が動かない。


 腕は千切られただけでなく、光の剣が発していたオーラが掠った脇腹から彼の体を侵食。それだけで内臓がズタズタに引き裂かれてしまった。


 愛しき者が泣いている、大事な仲間が今にも殺されそうな状況だというのに。


 肝心な時に自分は動けない。


 必死に体を動かそうと暗い意識の中でもがいていると、小さな光が目の前に現れた。


『貴方らしくない』

 

 小さな光はフヨフヨと浮かびながら、言葉を漏らす。


『攻撃が最大の防御と言い張って聞かなかったのは貴方だ。なのに、何故捨てたのです?』


 言葉に対し、それは仲間を守りたいからだと返す。


『現に守れていないじゃないですか。いくら身が固くとも、大事な物は守れない。そう知っていたから私は貴方と共に戦った』


 呆れるような声音が響くと、それに呼応して小さな光が増えていく。


『然り』


『我等が王は一撃で相手を粉砕せねばならぬ』


『仲間を守るではなく、使わなければならない』


『我等もそうであった。我等は王の肉である。我等を贄として、相手を粉砕するのが王の命であった』


 小さな光達は今のイングリットを次々と否定する。


 だが、否定された本人は自分こそが仲間を守る盾であると叫ぶ。盾である自分は仲間を守るべきだと叫ぶ。


『また繰り返すのか?』


 しかし、小さな光達は聞く耳を持たず。


『ならば、その体。我等に寄越せ』


『我等が怨敵を倒す為に』


『我等が無念を晴らす為に』


『我等が代わりにやってやろう』


 怨嗟の声が響き終えると、イングリットの意識は完全に闇へと沈んだ。



-----



「シャルちゃん、逃げてッ!!」


「キィィィィッ!」


 クリフの叫び声が耳に届き、シャルロッテは涙を流しながら顔を上げる。彼女の目に映ったのは口を開き、魔法陣を浮かべる巨大デキソコナイ。


 魔法陣を見つめながら、自分にはもっとやれる事があったんじゃないか。


 シャルロッテがそう後悔した時には既に遅い。


 魔法陣から剣の先が生み出され、彼女の生は後数秒で終わると思われた瞬間――彼女の横で横たわっていたイングリットの体が動き出した。


 残っている片手で上体を起こし、そのまま立ち上がったイングリットは巨大デキソコナイへ爛々と輝く赤い目を向ける。


「ガァァァァッ!!!」


 竜の咆哮。立ち上がったイングリットは怨嗟を含ませた咆哮を轟かせるとフロア全体が震えた。


「キ、キィィィィッ!!」  


 必ず殺してやるという怨嗟を感じ取ったのか、巨大デキソコナイは身をビクリと震わせる。


 デキソコナイであろうとも生への執着はあるのだろうか。いち早く目の前いる者を排除したいという焦燥感を見せながら光の剣を発射した。


 これで終わり。この剣を防げる者はいない。


 唯一耐えれる者は片腕を失い、大盾すらも失っているのだ。


 きっとデキソコナイに思考能力があるのならば「悪あがきをするな」と思っていただろう。


 しかし、剣が放たれたと同時にイングリットの鎧が聖騎士と戦った時と同じように赤熱していく。


 だが、今回はそれだけでは終わらなかった。


 赤熱して一時は赤くなった鎧だったが、赤に黒が混じり出してどす黒い血のような色へと変化する。


 同時に彼の体と鎧からは「メキメキ、バキバキ」という音が響く。防御の為にメイメイが組み込んだ外装甲が剥がれ落ち、兜は竜の頭のように変化する。


 鎧の内部では鎧中央に取り付けられていた魔導心核がイングリットの胸へと同化し、同化した胸からは黒い血管が彼の体を侵食するように伸びていった。


 光の剣がイングリットへと迫り、残り数メートル。


 バイザーから赤い光を漏らしながら、兜の口部分がガパリと大口を開ける。


 口には赤黒い魔力が集まり、大火力を思わす魔力の大渦が出来上がった。


「ガァァァァァッ!!」


 咆哮と共に口から放たれるはドラゴンブレス。


 赤黒い魔力の残滓がバチバチと破裂する竜のブレスが、まるで太いレーザーのように放たれた。


 イングリットの放ったブレスは光の剣と衝突すると、バチバチと火花を上げながら一瞬だけ鬩ぎ合う。


 だが、すぐに光の剣はブレスに飲み込まれて消滅。光の剣を食い破ったドラゴンブレスはそのまま直進し、お返しとばかりに巨大デキソコナイの腕を焼いて消滅させた。


「ギ、ギィィィィ!!??」


 痛みに苦しむ巨大デキソコナイは悲痛な叫び声を上げる。すぐさま回復しようと下半身の肉塊を使って子を産み落とそうとするが――


「ガァァァァッ!!」


 再び咆哮を上げたイングリットは無くなった腕を相手に向ける。すると、メキメキと音を立てながら傷口から赤黒い鱗が生えて腕の形へとなっていく。


 失われた右腕は赤黒い鱗を纏い、鋭い爪を持った竜の腕に。その腕を振り上げながらイングリットは巨大デキソコナイへ突撃した。


 外装甲を排除したおかげなのか、イングリットは聖騎士と戦った時以上のスピードをもって相手の顔に生えたばかりの竜の腕を叩きつける。


 叩きつけた竜の腕が巨大デキソコナイの顔の肉を潰し、鋭利な爪で削ぎ落とす。


 一撃では終わらず、左右の腕で執拗に顔への攻撃を加え続けた。


「ギィィィィ!?」


 痛みに悶えながらも巨大デキソコナイは無事な腕を動かしてイングリットの体を掴む。巨大な腕に掴まれたイングリットは宙に浮かび、顔から離されてしまった。


 デキソコナイは掴んだイングリットの体を潰さんと力を込める。


 掴まれたイングリットは外装甲をパージしたせいで防御力が削がれてしまっている。バキバキと体の骨が粉砕される音を響かせながらも、相手の手の中でもがき続けていた。


 イングリットが脱出できないと悟ったデキソコナイは、そのまま口に運んで食ってやろうとするが先に口を開けたのはイングリットの方であった。


 彼の口に魔力がチャージされ、再び放たれた赤黒いドラゴンブレスが彼を掴む腕の肩口へ放たれるとイングリットを掴んでいた腕はボトリと床に落ちる。


「ンギィィィィ!?」


 両腕を失って悶絶する巨大デキソコナイは体を動かしながら痛みに耐える。だが、跳躍したイングリットが口を掴んで顔を地面へと叩き付ける。


 腕を失った痛みと叩きつけの衝撃で悲鳴を上げる巨大デキソコナイの顔をイングリットは全身から血を吹き出しながらも片足で踏み付けた。


 デキソコナイにもしも視覚があったのならば――最後に映った光景は自分の顔を片足で押さえつけながら、赤い目を輝かせて口に赤黒い魔力の渦を溜めるイングリットの姿だったに違いない。


 十分に充填された魔力の渦を顔目掛けて吐き出すと、巨大デキソコナイは顔を半分失って絶命した。


読んで下さりありがとうございます。

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