167 洞窟ダンジョン 5
イングリットが吹き飛ばされたシャッターを目指しながら走る。
横目で他のデキソコナイ達を確認すると、先に振動を出した巨大なデキソコナイへ這い進んでいるのが見えた。
これならば後方にいる仲間の傍を離れて前進しても大丈夫だろうと判断。
ワザとグリーブで大きく床を叩くように足を大きく上げながら走り進み、万が一があっても自分に注意がいくよう努める。
だが、最優先で何とかしないといけないので周囲の柱や壁を壊す巨大なデキソコナイだ。
ヤツの暴れるような破壊活動を止めて、こちらに攻撃をするようしなければフロアそのものが崩落してしまう。
イングリットは巨大デキソコナイの持つ細長い腕の攻撃範囲内まで進むと、大盾の下部を床に叩きつけながらもヘイトスキルを使用した。
すると、目の前で暴れていたデキソコナイはピクリと顔を反応させながら両腕を振り回す行動を止める。
相手に目は無いが気配がこちらに注目されたと判断するや、目の前を睨みつけながら後方に向かって叫んだ。
「クリフ! ぶっ放せ!」
イングリットの合図と共にクリフが半詠唱を開始。彼の得意魔法でもある第6階梯バーニングストームだ。
巨大なデキソコナイは下半身を鎖で雁字搦めにされ、後方にある金属製の物体へ繋がれて動けない。それを良い事に、クリフは胴の真下に狙いを付けて炎の竜巻を発生させた。
「キィィィィ!!」
真下から発生した炎の竜巻が巨大デキソコナイの前のめりになった上半身と顔を包み込んだ。
甲高い鳴き声を上げながら細長い腕で炎を払おうともがき苦しむ。だが、徐々に焼かれていく肉は黒くコゲ始めて相手の受けたダメージは絶大だと確信できるほどに。
炎の竜巻が効果時間を終えて完全に消滅すると、巨大デキソコナイは黒くコゲた顔を両手で押さえながら絶叫し始めた。
イングリットはその様子を大盾越しから押し寄せる熱風に顔を顰めながらも相手の行動を見守っていたが――
「ンギィィィィ!!」
「あ"あ"あ"……」
巨大デキソコナイは近くにいた二頭のデキソコナイを掴み、口に運ぶ。
容赦無くボリボリと咀嚼し始めると、黒コゲになっていた体がみるみる回復していくではないか。
「捕食して回復しやがるのか!」
確かに以前戦ったダンジョンマスター達も回復手段を持っていたが、今回の敵は少々違うようだ。
倒して来たダンジョンマスター達は回復手段というよりも核を壊さなければ永久的に復活すると言うべきだろうか。
こちらは明確な回復行動を見せてくれる。なんと分かり易い敵だろうか。しかも……。
「瘴気が無い分、楽だな」
そう。デキソコナイが持つ最大の武器とも言える瘴気を噴出しない。
近づくだけでゴリゴリと体力を削れないのは有難い。その分、クリフは回復魔法の頻度を減らして攻撃魔法を撃ち込めるのだから。
「クリフ、もう1度だ! クリフが攻撃したらメイとシャルも援護――」
と、イングリットが攻撃の指示を行っている最中。巨大なデキソコナイは顔に付いている大きな口をイングリットに向かってパカリと開けた。
開いた口の前には大きな魔法陣が浮かぶ。その魔法陣はプレイヤー達や魔族・亜人が使う魔法とは異なるモノだ。
人間達の使う『法術』と呼ばれた異なる魔法のカテゴリ。
しかも、最悪な事に巨大なデキソコナイが使う法術は『守護者』が使っていた高火力法術の陣。
「イング!! 避けて!!」
魔導魔眼で瞬時に相手の魔法陣を解析したクリフが焦りを含ませた叫び声を上げながら、メイメイとシャルロッテの腕を掴んで射線から逃れるように走った。
「くッ!」
クリフが本気で焦る叫び声を聞いたイングリットはヘッドスライディングのような横飛びで巨大デキソコナイの目の前から逃れる。
次の瞬間、口の前に浮かんでいた魔法陣から光の剣が姿を現す。
光の剣はもの凄いスピードで射出され、剣に纏われた光のオーラが床を抉るように傷つけながら真っ直ぐ飛んでいく。
最終的には射線の先にあった階段へとぶち当たり、階段を破壊してイングリット達の退路を塞いだ。
「クソッ! 守護者魔法かッ!」
北東で使用された裁きの剣や先ほどの光の剣を飛ばす法術をプレイヤー達は総じて『守護者魔法』と呼ぶ。理由は単に守護者が使ってくる高火力魔法だからであるが。
「あれを喰らったらマズイよ!」
「分かってるッ!」
流石に防御力の高いイングリットでも直撃を受ければタダでは済まない。
避けるに限るが、必ず避けられるという保証も無い。それに相手がどの程度の頻度で使ってくるかも謎だ。
「キィ、キィ、キィ」
起き上がったイングリットが大盾を構えて再び対峙するが、巨大デキソコナイはイングリットに顔を向けて口を釣り上げ、笑った。
そして、再び二頭のデキソコナイへ腕を伸ばす。
その様子を見てイングリットはハッと気付いた。
「捕食が守護者魔法の発動キーだ!」
イングリットは叫んだ後に二頭のデキソコナイを掴もうとする腕へ向かって大盾を構えながら走る。
唯一の得意技であるチャージで腕を押し飛ばし、捕食させまいとするがもう一方の腕が間に差し込まれてイングリットを吹き飛ばした。
「ぐがッ!!」
細長く脆そうな腕であったが意とも簡単にイングリットを横薙ぎに吹き飛ばし、予想を上回る力を見せ付けた。
「この~!」
イングリットの突撃を阻止した事で相手の腕は振り上がっている。それを好機と見たメイメイはノックザッパーを鎌形態にして接近を試みる。
が、メイメイの気配を察知すると振り上がった腕を戻すようにして彼女の頭上から握った拳を叩きつけようとする様子を見せた。
「甘いのじゃ!」
瞬時にシャルロッテが呪いで相手の攻撃モーションを遅延させようと、メイメイをフォローしたが――
「効かない!?」
彼女の目から発動された呪いは巨大デキソコナイの腕に着弾した。だが、呪いの効果を見せる事無く先ほどと変わらないスピードで腕を振り下ろす。
シャルロッテのフォローを信じ、武器を構えて攻撃しようとしているメイメイは頭上の拳に気が付いているも最早避けられない。
逃げるのじゃ!! と大声で叫ぶシャルロッテが顔面蒼白になっていると、メイメイの体に魔法の鎖が巻きつく。
魔法の鎖を目線で辿ればイングリットが左腕をメイメイに向けてアンカーを射出しており、巻き取り機構と右手を使ってメイメイの体を強引にズラして事なきを得た。
「あぶな~ッ! 呪いが効かないって反則~!」
イングリットにキャッチされたメイメイは巨大デキソコナイを睨みつけながらプンスカと怒った。
「アイツの体に呪い耐性みたいな効果が埋め込まれてる! 耐性を越える出力の呪いじゃないと効かない!」
呪いが効かないのを見たクリフが再び魔導魔眼で解析を行い、結果を全員に告げた。
「しかも力が馬鹿みたいに強い。瘴気が無いからって楽はできねえな」
成す術無く、巨大デキソコナイの捕食は始まってしまった。
捕食中にクリフが魔法を打ち込むも、相手はすぐに回復すると知ってるからかダメージ覚悟の捨て身で受ける。
そして捕食が終わると再び口を開いて魔法陣が浮かんだ。
「クソッ!」
狙いは再びイングリット。仲間のいない方向へ走るイングリットへ顔を向けて光の剣を射出した。
先ほどと同じように光の剣が床を抉りながら飛んで来ると、ギリギリで床に倒れ込むように回避。後方にあった壁を壊し、光の剣は消失したと思われたが――
「イング! 避けてぇッ!!」
イングリットはクリフの声を聞いて慌てて振り返ると、光の剣が壁を壊した後にぐるんと向きを変えて再び彼の元へと飛んで来ていた。
なんとか床をゴロゴロと転がりながら再び避けるが、光の剣は宙にピタリと止まって再び向きを変える。
「ホーミングだとッ!?」
いつぞや戦った金髪勇者が使った聖なるシリーズの槍を用いて発動させた魔法と似た挙動。
否。こちらがオリジナル版である。ファドナが下賜されたレプリカは一度二度曲げるのが限界であったが、こちらは限界が無い。
必死に何度も避けるイングリット。その彼を執拗に追う光の剣。
光の剣を生み出した巨大なデキソコナイはニタニタと笑いながら必死に避けるイングリットを見て、明らかに楽しんでいる様子を見せた。
「だめじゃ! 剣に呪いが効かぬ!」
シャルロッテが何度か呪いを使ってスピードを落とせるか試みたが失敗。
「クソッ! 魔法じゃ打ち消せない!」
第3階梯魔法を10発以上打ち込むもかき消す事は出来ず。
高火力の第6階梯を当てれば相殺できる可能性もあるが、使えばイングリットを巻き込んでしまうし相殺できなければ彼の足を引っ張るだけの結果になるだろう。
ビュンビュンと宙を舞いながらイングリットを追いかける光の剣であったが、突然ピタリと動きを止める。
「あ……?」
突然停止した光の剣に息を切らしながらも注視していたイングリット。その傍らでニタニタと笑っていた巨大なデキソコナイは顔をクリフ達の方へ向けた。
「チッ! 野郎ッ!!」
巨大なデキソコナイの考えを察したイングリットは仲間達のいる方向へ全力で走る。
彼の読み通り、光の剣は狙いをイングリットからクリフ達へと変えた。
「ふざけんなッ! テメェの相手は俺だろうがッ! クソ肉団子野郎がッ!!」
ヘイトスキルを使用するも光の剣の方向は変わらない。
クリフ達も気付いて避けようと試みるが、メイメイはともかくシャルロッテとクリフは避けられないだろう。
「クソッタレッ!!」
直撃を避けて余波だけでもクリフとシャルロッテには甚大な被害を加える可能性が高い。だが、タンクである自分ならば。
そう判断したイングリットは光の剣の射線に大盾を構えて割り込む。
「ぐおおおおおッ!!」
光の剣と大盾が接触すると、ギィィィィと大盾を削るように甲高い音を立てながら火花を散らす。
着弾と同時に爆発はせず、あくまでも貫こうとする光の剣は大盾をゴリゴリと削りながら踏ん張るイングリットを徐々に後方へ押し込み始めた。
「ぐ、ぐぐぐ……ッ!」
足に力を入れ、押し返そうとするイングリット。その鬩ぎ合いが続き、ようやく光の剣は効果時間を終えたのか姿を消して大盾に掛かる圧が弱まった。
だが――
「イングゥゥ! 避けるのじゃあああッ!!」
一息つく暇も無く、目の前には再び口を開けて魔法陣を浮かべる巨大なデキソコナイ。
イングリットに向けて再び放たれた光の剣を避けきれず防御を選択して先ほどと同じように大盾に接触する。
が、先ほどの攻防で大盾のダメージは計り知れず、表面に小さなヒビがいくつも入ってしまっていた。
その結果、今度は鬩ぎ合いなど発生せず――脆くなっていた大盾を貫通しながら破壊してイングリットの右腕を千切り飛ばした。
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