166 洞窟ダンジョン 4
「守護者、だと?」
クリフの推測を聞いたイングリットは兜の中で眉間に皺を寄せる。
「うん。守護者を作ろうとしたんじゃないかな? ほら、守護者って超強いよね。私達が束になっても勝てないんだよ? あれを量産できたら最強じゃない?」
ゲーム内にいた守護者、もしくは同等の存在がこの世界にいるのは確認済みだ。
そもそも守護者とはどんな存在なのか。一言で言えば理不尽の権化である。
人間達が大陸戦争で使用する『レイド級ボス召喚魔法』によって生み出される存在。
レイド級と呼ばれる程なのだから用いる攻撃は凶悪だ。一撃で駐屯地を消滅させたように全てを一撃で灰に変える恐ろしき存在。
「でも、守護者は人間じゃないよ~? 北東の変身デキソコナイが守護者を作る技術なのかな~?」
そう、レイド級ボスである守護者は人間じゃない。守護者の中には人型、獣型と複数いるが召喚される存在だ。
故に人間が守護者に変身する技術、というのはメイメイにとって辻褄が合わないように思えた。
だが、クリフはメイメイの言葉に対して首を振る。
「私達は守護者という存在の事をレイド級ボスとしてしか知らない。どういった存在が召喚されているのか、という情報は知らないでしょ? だから、守護者が元人間って考えもあながち間違いじゃない気がするんだよねぇ」
クリフは顎に手を当てながら思案する様子を見せながらも「たぶんね」と付け加える。
「じゃあ、その量産実験はどうするのか。最初から人間を使うワケないよね? 邪神によって異世界から召喚されてやって来た人間は、神話戦争当時は数が少なかったらしいし」
つまり、そういう事だよ。とクリフは苦笑いを浮かべた。
「……人間が守護者を量産しようとしたが失敗した。その実験に使われた被害者の成れの果てがデキソコナイとあの異形魔獣って事か? つーことは、あれもデキソコナイの一種って事かよ」
「うん。そうなのかな? って話ね。1つの目標に向かって様々なアプローチを試みるのは当然だと思うし」
「うーん。でも、そうなると守護者ってどんな存在なのかなぁ~? 邪神に召喚された存在?」
「さぁ……。そこまでは分からないけど、人間達は計画を始める前から守護者という存在を知らないとこの仮説は成り立たないからね。邪神によって人間と同時に召喚された存在って仮説に1票投じるよ」
クリフは両手を上げながらヤレヤレと首を振った。
「まぁ、何にしてもアレをぶっ殺して奥まで行かなきゃな」
イングリットが階段から異形のデキソコナイを見やると、まだコップを拾い上げた位置で止まっていた。
「そうだね。瘴気は噴出してなかったけど……。用心してね」
「シャルが目を覚ましたら行く~?」
「そうだな」
と、3人で頷き合うと階段に腰を下ろして彼女が目覚めるのを待った。
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1時間後、ようやくシャルロッテが目を覚ます。
「んむぅ~……」
「あ、おはよう。はい、水」
ぼやける視界でキョロキョロと周囲を見ながら手で目を擦り、クリフから差し出されたコップを受け取った。
お仕置きで水分を失ったからか、コクコクとコップの中の冷たい水を飲む。水が喉を通過すると、まるで砂漠に雨が降ったかのように乾いた喉を潤してくれる。
「ぷはー! ん? 何してるのじゃ?」
水を飲み干したシャルロッテは階段の端から顔だけを出して通路の先を見やるイングリットとメイメイに気付いた。
「すぐそこに魔獣がいてね」
シャルロッテが気絶している間に起きた事をクリフに聞かされると、彼女はイングリット達のすぐ傍まで近づき一緒になって通路を覗きこんだ。
「うわ! キモ! 何なのじゃアレ!?」
彼女の感想は至極真っ当なものだろう。異形の魔獣を見た彼女は顔を歪ませながら体を仰け反らせる。
「あれは……デキソコナイなのか?」
「うん。そうだと思うよ。今まで見てきたデキソコナイとはちょっと違うけどね」
クリフへ振り返りながら問うシャルロッテにクリフは苦笑いを浮かべながら答えた。
2人が会話する傍らでイングリットとメイメイはインベントリから武器を取り出して戦闘準備を整える。
「さて、シャルも起きたしそろそろヤるか」
イングリットの言葉を合図に全員が気持ちを入れ替え、真剣な顔を浮かべて作戦会議を始めた。
「敵はあれ一匹だけなのかな?」
「床の振動で反応するんじゃろ? 魔法を撃って倒したらどうじゃ?」
「いつも通りやったら~?」
各々が意見し、どうやって戦えば一番被害が出ないかと考える。
が、とにかく最初にやる事は情報収集だ。
「とりあえず探知からだ」
クリフが探知魔法を使ってフロア内を探る……が、探知魔法を発動させたクリフの眉間にはどんどんと皺が寄せられていった。
「……8匹もいる」
クリフの言葉を聞いた全員が嫌そうに顔を歪めた。あんなキモチ悪いのが8匹もいるのか、という嫌悪感と相手の戦闘能力がどれほど高いのかは未知数であるが、絶対に苦労するだろうなぁというこの先に待ち受ける苦痛への気持ちが入り乱れる。
「初めて見るタイプのデキソコナイだからな……。ぶっつけ本番になるだろう」
「そうだね……。よし、覚悟を決めよう」
「最初は僕とシャルの弓とボウガンで遠距離攻撃してみようか~」
「そうじゃな。それで様子見するのが良いと思うのじゃ」
と、方針を決めたところで行動開始。
シャルロッテとメイメイが階段の端から身を覗かせて、イングリットとクリフはそれぞれ2人の体を支えて補助を行う。
2人は後姿を見せ続けるデキソコナイへ武器を構える。狙うは2つの後頭部だ。
無言で頷きあったシャルロッテとメイメイは一斉に矢とボルトを放つ。シュバッと風を切りながら狙い通りに相手の後頭部へそれぞれ突き刺さった。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」
苦しそうに雄叫びを上げたデキソコナイは悶絶しながら暴れ、口と攻撃を受けた後頭部から緑色の液体をダラダラと垂らし始める。
痛みに苦しんでいるであろうデキソコナイは下半身の肉塊から生えた手をビタンビタンと床に打ち始めると――
「「「 あ"あ"あ"あ"あ"あ"!! 」」」
通路の奥、左奥からそれぞれ気味の悪い鳴き声が響く。
悶え苦しむデキソコナイが床を叩き、仲間を呼んだのか。そう思って身を構えたイングリット達であったが……。
「あ"、あ"、あ"……!!」
ずるずるずる、と忙しなく下半身を動かしながら別の個体が音の方向へと這って来た。その過程でイングリット達のいる階段の前を通過したが、彼らには目も繰れない。
床を叩きながら悶絶するデキソコナイまで到達すると――なんと共食いを始めてしまった。
音に引き寄せられた別の個体も到着すると、先にいたデキソコナイと同じように後頭部に攻撃を受けて床に倒れていた仲間を貪り始めたではないか。
「おいおい……」
まさかの事態にイングリットは呆気に取られる。
シャルロッテとメイメイは目を逸らし、クリフは眉間に皺を寄せながら観察していた。
「どうなってんだ? 今まで戦ったデキソコナイは仲間を認識していたよな?」
「うん……。あれは……獣そのものだ」
人が仲間意識を持つように、魔獣も群れの仲間や同種の個体に対しては攻撃しない。
しっかりと『同種である』『仲間である』といったような認識を持っている。それは今まで攻略してきたダンジョンにいたデキソコナイも同様だった。
だが、今回はあまりにも違いすぎる。姿形が異形ならば内に持つ意識すらも異常。
貪るように仲間を喰らう姿は飢餓に支配された獣。いや、獣と表現するには語弊がある。世にある倫理を全て無視した醜さの塊だ。
この世に生きる生き物が必ず少量、微量でも持つ倫理や道徳を捨てたとしたら。そんな姿が目の前にあった。
「と、とにかくこっちには気付かないみたいだし、集まっている今がチャンスだ。メイとシャルちゃんには申し訳ないけど、やっちゃおう」
こっちに気付かないのであれば都合が良い。しかも有効打を加えれば勝手に共食いして数を減らしてくれる。これほどチャンスと言える場面は無いだろう。
「うええ~……」
「わ、わかったのじゃ」
2人は顔を顰めながらも次々に矢とボルトを放つ。武器を構えながら狙いを付けていると、気色悪く嫌悪感が胸の底から這い上がって来るが致し方が無い。
ぐっと奥歯を噛み締めて我慢しながら放つ。1発、2発と放った矢とボルトは命中し、痛みに苦しむデキソコナイにまた別の個体が群がる……と繰り返し。
5匹目のデキソコナイに矢とボルトが命中して床に倒れた。すると――
「キィィィィィ!!」
シャッターの奥から今まで聞いたものとは別の鳴き声が木霊した。
耳を劈くような悲鳴が大音量で発せられた次の瞬間、階段の前方にあったシャッターがドガンと打撃音を鳴らす。
「なんだ!?」
イングリットは大盾を構えながらシャッターを注視。
ドガン、ドガン、とシャッターの向こう側から何者かが叩く。相手は巨大な手の持ち主らしく、打撃を見舞われたシャッターは巨大な手の形にベコベコと変形していき――最後は長く鋭利なモノがシャッターを貫いた。
シャッターを貫いたのは向こう側にいる者の爪だ。薄いながらも鉄で作られたシャッターを貫通した4本の爪が、キィィィィと甲高い音を立てながらシャッターを切り裂き始める。
「あ"あ"あ"あ"あ"!!」
打撃の際に床が振動したせいか、切り裂かれるシャッターに向かって1匹のデキソコナイがずるずると這って行く。
シャッターの前にデキソコナイが到達した瞬間、切り裂かれて脆くなったシャッターをぶち破って姿を現したのは巨大な手だ。
4本の指を持ち、1メートルはあるであろう巨大な手。対照的に手の繋がる腕は皮と骨だけのようなフォルムで細長い。だが、シャッターを壊したことから力は強力であると窺える。
「後ろに隠れろ!」
イングリットは吹き飛んできたシャッターの残骸から仲間を守る。彼の前方で姿を顕わにした巨大な手が目の前にいたデキソコナイの胴体を掴んだ。
「あ"あ"あ"!?」
掴まれたデキソコナイが体を動かすが抜け出せない。手の中ではメキメキと何かが折れる音を響かせ、苦痛の声を上げる。
デキソコナイを掴んだ手はシャッターの向こう側――フロアの中心部へと引き込まれると奥から咀嚼する音が鳴り響いた。
「クリフ! 光で照らせ!」
「分かった!」
クリフは生み出していた光の玉をフロアの中心に向けて移動させ、それと同時にイングリットはインベントリから取り出した光石を数個投げ込んだ。
穴の開いたシャッターから光が零れ、イングリット達の視界に円形のフロアが映る。そして、フロアの中心部に潜む者の正体がついに顕わになった。
「あれは……」
中心部にいたのはの大口を開けた巨大な顔を持つデキソコナイ。
捕食されたデキソコナイのように目は存在しない。あるのは歯抜けになった巨大な口と鼻だけの顔。顔だけ直径は5メートルくらいあるだろうか。
顔の下には女性体らしき体があり、先ほどの細長い腕が2本生えていた。下半身は肉の塊になってドクンドクンと脈打ち、いくつもの鎖がフロアの後方にある金属製の物体へ向かって繋がれていた。
「キィィィィィ!!!」
光に照らされ、己の姿が晒された巨大なデキソコナイは大口を開けて穴の向こう側に見えるイングリット達へと吼える。
イングリット達を捕捉した巨大デキソコナイは両腕を動かし、シャッターを完全破壊した後に中央部を囲む壁や柱を壊し始めた。
バキバキと壊れて行く壁と柱。壊れる度にフロア全体が揺れて、振動と共に天井からはパラパラと破片が降り注ぐ。
「マズイ! さっさと倒さないとフロアが壊されちゃう!」
お構い無しに暴れまわる巨大デキソコナイを見たクリフが叫ぶ。
「クソッ! 天井が崩落する前にぶっ殺す!」
大盾を構えたイングリットが階段から飛び出し、巨大なデキソコナイへと走って行った。
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