163 洞窟ダンジョン 1
北西砦に空から男女が落ちてきた頃、イングリット達は魔王国北にあるクエスト目的地に到着していた。
道中でファドナ騎士との遭遇を懸念していたが街道から外れて侵入した事が良かったのか戦闘は起きず。
目的地である洞窟に到着してからも周囲を探ったが敵の気配どころか魔獣の気配すらも見つからなかった。
「一応、魔獣避けは置いて行くか」
「そうだね。敵の活動圏内だし、なるべく早めに戻ろう」
目的地であった洞窟は林の中にあり、少々歩いた先にある街道からは見えづらい。
ラプトル車を林の中に隠し、魔獣避けの鈴を設置してエサと水の入った桶を置けば準備完了だ。
イングリット達は洞窟の入り口で中を覗き込みながら中の様子を窺うが視界の先は真っ暗だ。時より聞こえる洞窟の中から風が通り過ぎる音だけが耳に届く。
インベントリからダンジョンの構造を調べる魔道具を取り出して調査を開始すると全部で3階層ある事が判明。
あまり深くない構造にホッと胸を撫で下ろしながら各自武器を用意し始めた。
戦闘準備を終えると、いつものようにイングリットが腰にランタンを装着し、クリフが魔法の光を生み出して盾役であるイングリットを先頭にして洞窟内へ。
洞窟内は至って普通。暗くてジメジメしている事以外にみんなの感想は浮かばない。
「待て」
罠を警戒しながら一列になって進んでいた一行であったが、先頭のイングリットが足を止めながら小声で指示を出した。
彼が指差す先を他の皆が見ると、真っ暗な先から何者かの鳴き声が聞こえる。
「ゴブリンか?」
シャルロッテが呟くと先頭にいたイングリットが振り返りながら黙ったまま頷きを返す。
なるべく音を立てないようゆっくりと進むと、道は2つに分かれていた。真っ直ぐと右折。直進した先は暗いが右側の道からは灯りが見える。
右折した先にはゴブリン達がいるのだろう。先ほどから聞こえてくる鳴き声は灯りの方から聞こえてくる。
「どうする?」
「この先何があるか分からないし、戦闘は避けようか。群れだったら面倒だし」
イングリットが仲間に問うと皆は少々悩み始めるが、クリフが真っ直ぐ進もうと提案するとそれに従って直進を選んだ。
真っ直ぐ進むと道はほんの少しだけ下り坂に変化する。
ゴブリンが騒ぐ鳴き声と洞窟内を駆け巡る風の音を聞きながら更に先へ進むと、坂道の先に小さな灯りが見え始めた。
またゴブリン達の住処か、と警戒しながら進むと小さな松明が壁に取り付けられた行き止まりに達する。
だが、灯りのある場所の地面には明らかに人工的に作られた地下へと続く階段が。
「次の階層に続いているっぽいね」
「ゴブリンもこの先にいるっぽい~?」
クリフとメイメイが階段の傍にしゃがみ込み、階段の先を覗き込みながら聞き耳を立てると階段の先には灯りとゴブリンの鳴き声が聞こえた。
「下に行ったら戦闘になりそうだな」
階段の下にはゴブリン達がいる事を予想し、全員が武器を構えながら階段を下る。
下った先には確かにゴブリンが用意したと思われる松明があった。
だが、それ以上に目を惹くのは階層の作りだ。
明らかに人工的に作られた階段にも違和感を覚えたが、下の階層はまるで研究施設のような内装であった。
下りてすぐに小さなロビーのような場所があり、壁の傍には朽ちたソファーやゴブリンによってズタズタにされた椅子が。
ロビーの先には廊下があり、左右にはいくつもある小さな部屋。
一番手前の小部屋は壁が崩れており、中を覗き見るとテーブルの上には壊れたフラスコなどの実験器具の破片が散乱していた。
「ねぇ、これって……」
「ああ、前も見たよな」
人工的に作られたようなフロア。これらは今までイングリット達が攻略してきたダンジョンに必ず配置されていた。
神殿、モヤ遺跡。加えてダンジョンではなかったが、クリフとメイメイが貴馬隊のメンバーと共に向かった北東のクエスト目的地もそうだ。
これらのフロアが無かったのは日替わりダンジョンだけだろう。
これらの経験からクリフはある考えに至った。
「私達が攻略したダンジョンは果たしてダンジョンだったのかな? クエストはダンジョンを攻略せよ、と謳っているけど……。本当にダンジョンなのかな? 前回のクエストを鑑みるに、本当は違う意図があるんじゃないかな?」
確かに今まで攻略した場所は『ダンジョン』だった。ここもダンジョンという括りでは間違いない。
だが、クリフが疑問に思っているのは自然発生したダンジョンだったのだろうか? という事だ。
自然発生したダンジョンを何者かが改良したのか? それもと何者かが作った施設が時を経てダンジョン化したのか?
卵が先か、鳥が先か。そんな問答に行き着く。
この考えが浮かんだのは前回のクエスト地で手に入れた日記が原因だろう。
人間の実験記録が記載された日記もそうだが、クエスト目的地であった場所もそうだ。明らかに人間達が行っていた『何か』を見せようとする意図が感じられる。
「つまり、何か裏があると?」
「うん。忘れているかもしれないけど、私達はメインクエスト――真のストーリークエストを進めているんだよ。これらを見た事でこの先、何か答えがあるのかもしれない」
イングリット達は冒険者だ。冒険者でダンジョン攻略をメインにしているパーティーである。
だが、この世界に来た理由は真のストーリークエストをクリアする事。
「この先にあるのが富なのか、名誉なのか。それともこの世界の真実なのか。それは分からないけどね」
クエストが示す動線を辿れば『何か』が自分達の前に現れるのでは、とクリフは真剣な表情で考えを述べた。
だが、彼の考えを聞かせられたイングリット達は――
「見てみなきゃ分からん。そもそも、宝以外に興味無し」
「武器防具以外に興味なし~」
スパッとクリフの作り上げた神妙な雰囲気をぶち壊した。
「ですよね~……」
脳内には宝や未知の装備品の事しか頭に無い2人に問うたのがそもそもの間違いだった。彼らはストーリークエストなんて『ついで』としか考えていない。
クリフは溜息を漏らし、傍にいたシャルロッテが慈愛の眼差しを浮かべながら彼の背中を優しく叩いた。
「まぁ、心配するだけ無駄なのじゃ。どうせ何があろうと、こやつ等は目の前にお宝があれば突撃するじゃろ」
「そうだよね。まぁ、今は私の好奇心程度に留めておくよ」
まったくもう、とクリフが呟きを零した瞬間、奥にある小部屋の1つからガチャンと何かが割れる音が響く。
音を察知した4人は瞬時に音の方向へと向きながら戦闘態勢へ。
イングリットが盾を構え、クリフは周囲の探知を始める。
「ゴブリンが1匹。でも外壁の向こう側に多数反応がある」
「外壁の向こう側?」
イングリットが前を向きながら問うとクリフは彼の肩越しに反応のある壁を指差した。
「うん。あそこ。たぶん、上の階と繋がってるんじゃない?」
クリフの考えはゴブリンが壁の穴を通って上下に移動しているのではないか、という事だ。
老朽化で壁に穴が開き、それをゴブリンが上下に開通させたのか。それとも元々あった隠し通路なのか。はたまたダンジョン化した際に出来た新しいルートなのか。
それらは現段階で不明であるが、とにかくゴブリンの群れが近いことは確かだった。
「今までのダンジョンを考えれば、ここのダンジョンマスターも凶悪な気がする」
今まで倒してきたダンジョンマスターは全て凶悪という感想に尽きる。どれもギリギリの戦闘で楽だった思い出は一切無い。
ならば、今回も同じであると考えた方が良いだろう。
無用な戦闘は控えてポーションやクリフの魔力を温存するに限る。
音の方向を見ながら、全員でやり過ごそうと決めた時。小部屋から1匹のゴブリンが廊下に出て来てしまった。
「グギャ?」
「「「「 あ 」」」」
しかも、あろう事か4人と目が合ってしまう。
しまった、とイングリットが慌て、ゴブリンは侵入者を見つけた事で雄叫びを上げようとするが――
「グギッ」
シュバッと風を切る音を鳴らしながらイングリットの後方から放たれたクロスボウのボルトがゴブリンの頭に突き刺さる。
小さく短い鳴き声を漏らしたゴブリンが静かに廊下の床に倒れ込む。
一瞬、何が起きたのか分からなかったイングリット達は後ろを向くと、そこにはクロスボウを構えたシャルロッテがいた。
「シャルちゃん、ナイス!」
「やるぅ~!」
「え、えへへ。そうじゃろ? そうじゃろ?」
華麗な狙撃を見せたシャルロッテにクリフとメイメイが褒めちぎる。
イングリットと出会ってからクロスボウの練習を行ってきた成果が出たのだろう。
「よくやった」
「ん、んふふ。そうじゃろう。そうじゃろう!」
それを知るイングリットも素直に彼女を褒めると、シャルロッテは頬を赤くしてクロスボウを抱きしめながら体をくねらせて照れる。
「妾に任せるのじゃ! 隠密行動で奥まで行くのじゃ!」
気を良くしたシャルロッテはたわわな胸を張りながらパーティメンバーを鼓舞しながら、先頭にいたイングリットを追い越して一歩、二歩と前に踏み出す。
だが、そんな彼女の頭上にある天井には赤い点を発する黒い球体が。彼女が球体の真下を通過すると――
『ピーピーピーピー』
「「「「 ………… 」」」」
甲高い機械音がフロア全体に鳴り響くと壁の向こう側からゴブリンの鳴き声が複数聞こえ始めた。
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