162 捕獲命令
ベリオン聖樹王国王城の会議室。
室内には王女であるクリスティーナと彼女の背後に控えるシオン。
研究機関のトップであるトッドの代理として来た副所長以外はいつも通りの幹部達が勢揃いしていた。
彼らは円卓を囲みながらそれぞれの席に着き、クリスティーナの号令を待つ。
「では、報告を聞きましょう」
彼女が全員を見渡した後に開始の宣言をすると、最初に口を開いたのは聖騎士団を纏める団長であった。
「街で発生した魔獣は全て駆除を終えました。被害としましては建築物の破損がほとんどで人間の犠牲者は特に無し、エルフが数名死亡したのみです」
彼の言う通り、被害は家や店舗の壁が破損した等の報告がほとんどだ。これは飢餓虫が食い荒らした結果だろう。
魔獣に襲われた人間達もいたが、聖樹王国に住む人間の中で魔獣に殺されるような弱者はいない。ケガをした者もいたが軽症のみで、ほとんどが人間の使う『法術』によって既に完治していた。
対し、雑種街や地上の店舗で働いていたエルフの中で数名の死者が出た。
前者は雑種街の腐臭を目指した腐臭ネズミの群れに殺され、後者は飢餓虫の襲来に巻き込まれて死亡。
騎士団長である彼が正式な数を把握していないのはエルフ如きが死んだところで、誰も気にも留めないからだろう。
「発生原因としましては、路地裏に召喚陣がありました。触媒となる魔石の残骸も確認されておりますので意図的に混乱を作り出したと思われます」
騎士団長が一連の報告を終えるとクリスティーナが問う。
「犯人は誰ですか?」
「勇者の仲間として選定したエルフの1人です。名はリデル」
クリスティーナは報告を受けた後に、頬へ指を当てながら脳内で名前を検索し始めた。
「おどおどしていたエルフ?」
「いえ、別の方です」
「ああ、彼女ね。もう殺したの?」
ようやく顔と名前が一致したようで、クリスティーナはクスリと笑った。
「勇者の腕輪が最後に発した位置情報の元へ行くと別の魔法陣がありました。専門家に見てもらったところ、転移魔法の魔法陣でした。犯人は外へ逃げる為に魔獣を召喚し、我等の足止めを行ったのでしょう」
騎士団長は勇者の腕輪に備わっている位置情報を辿ると、雑種街にある酒場の地下にある部屋だったと説明。
リデルが犯人と分かったのもこの時だ。
酒場の亭主を拷問して犯人を特定した。勿論、酒場の亭主は共犯者として処分済み。
報告を聞いたクリスティーナはピクリと反応を示す。
「専門家の話では、転移魔法陣に使われた触媒は勇者の腕輪です。これは腕輪が内包する主の力を利用したそうで」
「つまり、異世界人も共犯者だと?」
数十年前にも異世界人とエルフが結託して転移魔法を用いて外の世界へ逃げるという、同じような出来事があった。
あの時の事を反省して腕輪に位置情報を知らせる刻印を仕込んでいたのだが……。
「はい。ユウキの姿が無く彼の腕らしきモノが部屋にありました。腕輪が外せない為、腕を切断して使ったのでしょうね」
「そう。行き先は分かる?」
「魔法陣を解析したところ、行き先はトレイル帝国周辺であると断定しました。ですが……魔法陣は明らかに1人用です。異世界人が共に転移したとなれば陣のバランスが崩れて、指定した場所には転移していないと思われます」
クリスティーナの問いに答えたのは騎士団長ではなく、トッドの代理として出席した副所長であった。
「そこで、ですね。先ほど魔王国の西側を監視していたファドナの部隊からこんな報告が上がって来ました」
再び騎士団長が話を引き継ぎ、クリスティーナへ1枚の報告書を手渡す。
報告書には魔王国西側の砦前に、突然空から男女が降って来て魔族が確保したという内容だ。
この会議が始める数10分前に齎された前線からの速報。記載されている内容はどう考えても逃げた2人の事を示しているに違いない。
「なるほど。これが逃げたエルフと異世界人なら、魔族の尋問を受けているでしょうね。少なくとも彼らは生き延びる為に我々の情報を流すでしょう」
別にエルフと異世界人が逃げた事は対して脅威ではない。
彼らから流れる情報も大したモノじゃないだろう。国として重要な施設は立ち入り禁止にしているし、情報が流れたとしても自分達人間の『力』は揺るがない。
逃げたユウキを生贄にできなかったのが悔やまれるくらいだろうか。
だが、クリスティーナの心情的には面白くない。
「如何なさいますか?」
「2人を連れ戻しなさい。エルフは拷問した後に見せしめとして公開処刑。異世界人は生贄に使います。ついでに、王種族を何匹か捕まえてくれば主もお喜びになるでしょう」
ニコリと笑って告げるクリスティーナに対し、騎士団長は頷きを返す。
「承知致しました。トレイル帝国方面にいる友軍に通達します」
「姫様。少々ご提案がございます」
騎士団長が了承した後に、クリスティーナの背後に控えていたシオンが口を開く。
「2名の愚か者を捕らえに行く際は姫様から頂いた新しいペットの試運転をさせて頂けませんでしょうか?」
「あら? 今日渡したばかりでしょう? もう調教を終えたの?」
シオンの提案を聞いたクリスティーナはとても面白そうに微笑む。
「いいえ。まだ意識は残っております。ですが、愚か者に見せるには丁度よろしいかと。感動の対面を録画して配信番組の最終回とすればよろしいのではないでしょうか」
少々サディスティックな笑みを浮かべるシオンに対し、クリスティーナは対照的に花のような満面の笑みを浮かべる。
「まぁ。それは良い考えね。逃げた異世界人はどうなってしまうのかしら?」
彼女はシオンの提案を受け入れ、騎士団長に準備を整えるよう告げる。
その後は各部署から被害に対しての復旧計画が提案され、最後はクリスティーナが報告すればこの会議は終了となる雰囲気だ。
「さて、残りは私の報告ね。現実を知ってしまった3人の異世界人ですが、1人は生贄に。1人は地下の繁殖場送り。もう1人は私が貰いました」
かなり簡単に事後説明するクリスティーナであったが、幹部達の顔色は変わらない。
元々そうなる予定だったのが、今回の騒動で予定が少々早まっただけだ。
幹部達も予定を少しだけ繰り上げて各自仕事に取り掛かる為の準備をするだけ。ちょっと予定が早まったので現場は大丈夫かな? くらいの感想しか無いだろう。
クリスティーナの報告が終わると、これで街の騒動における報告会は終了……とはならず、彼女は再び口を開く。
「それで副所長。トッド所長から言われていると思いますが、異世界召喚陣の解析の進捗はどうですか?」
「はい。現在の解析状況は40% を上回ったところです」
「我々が使うにはまだ足りませんか?」
副所長はクリスティーナの問いに考える事なく頷きを返す。
「ええ。現状では不確定要素がありすぎます。それよりも、一番の難点は起動に主の力を用いる事ですね。代案も考えてはいますが……あまり芳しくはありません。所長も申しておりましたが、最悪の場合は姫様にご決断して頂く事になるかも、と」
副所長は苦々しい表情を浮かべながら現状を報告する。
「そうですか。副所長は解析を引き続き続けて下さい。ですが、時間はあまりありません」
だが、そう言われた当人であるクリスティーナは既に覚悟していたのか表情を変える事はなかった。
「承知しております。所長に部門の増員もして頂きましたので、なるべく早く何かしらの成果を出してみせます」
「ええ。お願いしますね」




