159 聞き取り調査開始 2
「単刀直入に聞こう。君の望みは?」
手を縛られて椅子に座るリデルの対面に座ったレガドは鋭い視線を向けながら言い放つ。
するとリデルは「フフッ」と薄く笑った後、負けない程の強い意志が篭った視線を返しながら言った。
「魔王国で保護してもらうことね」
「つまり、亡命したいと?」
レガドの言葉にリデルは無言で頷いた。
「しかし、分からんな。君はハイ・エルフなのだろう? ハイ・エルフといえば帝国皇帝の血筋じゃないか。魔王国に亡命しなくとも、帝国が守ってくれるのでは?」
レガドの頭の中にもハイ・エルフは皇族の血筋しか残っていない、という固定概念がこびり付いてしまっていた。特殊個体としてハイ・エルフが新たに生まれた、などという発想は簡単には思いつかないのも事実だ。
これによって彼女の嘘が十分に効果を発揮し、彼女が皇族の血筋であると勘違いしたまま話が進んでしまう。
「そうかもね。でも、子供の頃に聖樹王国へ奴隷として送られたのよ? そんな事をする国を信じる方がおかしいと思わない?」
顔を伏せがちに放った彼女の言葉にレガドはピクリと反応した。
「奴隷として送られた?」
対し、リデルはレガドの反応を視界の端で目聡くキャッチして内心ほくそ笑む。
「ええ。あの国でエルフがどういう扱いなのか知ってる?」
「……詳しく話してくれ」
リデルはレガドに聖樹王国で暮らすエルフ達の事を話す。地下にある雑種街の事や地上でも奴隷として、労働力として酷い仕打ちを受けている様を。人間に侵略され、降伏したエルフ達の末路を。
彼女の説明を聞き、レガドは戦場で見た光景を思い出してなるほどと納得した。
エルフと人間は同盟を組んで魔族・亜人を侵略している。だが、人間達が撤退する際に殿を勤めるのはいつもエルフだった。
単純に魔法の遠距離攻撃を使って貴馬隊や魔王軍に足止めしているのかと思っていたが、奴隷として扱われているのならあの時戦場にいたエルフ達は『捨て駒』だったのだろう、と。
「エルフは人間に逆らえないのよ。逆らえば殺される。私の両親もエルフに無実の罪を擦り付けられて死んだわ。私が帝国に戻りたくない理由は分かってくれたかしら?」
「なるほど。だから私達に情報を渡すと? 君の情報によって祖国が滅びる可能性も生じるが?」
魔族と亜人が人間を駆逐するならば、形だけの同盟関係であっても帝国と戦ってかの国に損害を与える可能性は大いにある。
もしかしたら、帝国に攻め入って帝国自体を滅ぼしてしまう事もあるだろう。
そうなれば彼女の故郷は消滅してしまうのだが――
「勿論、それは理解しているわ。それよりも両親を見殺しにした同族はもっと恨んでる。だから、貴方達が帝国を滅ぼしても構わない。むしろ、滅ぼして欲しいとさえ思ってる」
リデルは瞳に怨念と怨嗟の炎を宿し、レガドへ向けた。
両親を殺され、恨むという気持ちはレガドにも理解できた。彼女の原動力はこれなのだろう、と察する。
「……君の気持ちは分かった。では、次に君が提供できる情報について聞こう」
「そうね……。ここに連れて来られた時にも言ったけど、人間の重要施設で何をしているのか詳細は分からない。でも、人間はエルフや捕らえた魔族と亜人を使って実験をしているわ」
「実験だと?」
不穏な単語が彼女から飛び出すと、レガドの表情は剣呑と怒りの混じったモノに変化した
「そうよ。どういったモノなのは分からない。ただ、勇者の仲間として城を出入りしていた時に廊下ですれ違った人間の研究者が言っていたのだけど……。上位者から確実に上へと上がる為には実の効力を上げるのが最優先だろう、って話していたわ」
人間はエルフの事を物としてしか見ていない。だから、廊下ですれ違った人間達もエルフであるリデルの事など気にもしなかったのだろう。どうせ聞かれても何もできやしない、と思っていたはずだ。
確かにこうして話の内容を理解する事は出来ていないが、敵に情報を流したという事実は今達成された。
あの時すれ違った人間達の背中を思い出しながらリデルは「ざまあみろ」という思いが込み上げる。
「上位者、実……」
レガドは彼女の言葉から重要な単語を拾い上げて小さく呟きながら頭の中で悩み始めた。
「聖樹王国の騎士団の中で『上位者』と自ら言っていたり、言われている者がいたわね。逆にファドナ皇国の事を『下級民』と呼んでいたわ。あとは……聖樹王国では『選別の儀』とかいうのが毎年行われてたわね」
彼の呟きを聞いたリデルは付け加えるように言った。
「つまり、聖樹王国が実験とやらで生み出している実を使う、もしくは儀式を行うと上位者になれるという訳か? ファドナ皇国も人間の国だが、下級民と呼ぶ理由は何だ?」
「さぁ? 単純に血筋とか力じゃないの? 聖樹王国が人間の国の中でトップだし。ファドナは聖樹を崇めてる聖樹教の国だしね」
ここで一旦、レガドは聖樹王国で行われている実験やあの国にある階級についての思考を止めた。
「ふむ。ここまでは分かった。だが、我々が君を保護するには材料が足りない」
確かに人間達が異種族を捕らえて何をしているのか、という事は重要であるが詳細は不明。これだけでは彼女を『有力な情報源』として扱うには弱い。
それを理解しているのか、リデルの顔色が変わる事はなかった。
「ええ。私にとっての切り札はこれじゃない。言ったでしょ? 私は聖樹王国で暮らしていて、城の中にも入った事があるのよ?」
彼女の言葉を聞いて、レガドは彼女の言う切り札を理解した。同時に顔を顰め、内心では「クソ」と毒づく。
「……君の価値は我々が聖樹王国に攻め入る時に発揮されると言いたいのか?」
レガドも顔色を変えはしなかったが、彼の心を読んだかのようにリデルは笑った。
「正解。聖樹王国の王都にある重要施設周辺はエルフはおろか一般市民でさえ立ち入り禁止されているの。そして、私はその立ち入り禁止区域を知っている」
「街ごと焼けば関係無いのでは?」
「あら、そんな事が出来るのかしら? 街には当然、防御施設があるわよ? 街ごと焼けば捕まっている同族は見殺しね?」
見え見えのカマをかけたレガドであったが、彼女には当然通用しない。
クスクスと笑うリデルはダメ押しの一手を打つ。
「私の価値は理解してくれたようで嬉しいわ。ただ、即効性が無いのも理解している。だから、あの男を差し出すのよ」
リデルが顎で示す先にあるのは牢屋に入れられたユウキ。彼は既に目が覚めて貴馬隊のメンバーと話をしている姿があった。
「アイツと話している彼らは貴方よりも上位の者なんじゃない? そんな彼らが気に入ったようだしね」
「彼は何者なんだ」
貴馬隊と話すユウキの姿を見ていたレガドはリデルへと顔を向け直して問う。
「異世界から来た者よ」
「異世界……」
「何を馬鹿な、とは言わないわよね? なんたって、今侵略を繰り返す人間が異世界から召喚された者達なのだし」
彼女の言う通りだ。この世界とは違う、別の世界があるという事は神話戦争という実際に起こった古の戦争が既に証明している。
この世界にいた王を殺し、大陸に覇を唱える現状の人間達こそが異世界から召喚された人間達なのだから。
「まぁ、アイツは神話戦争の時に召喚された人間達とは違う世界から来たみたいだけど」
「では、何者なのだ? どんな理由があって召喚された?」
「色々理由はあるみたいだけど、一番は聖樹への生贄ね」
「生贄?」
「そうよ。聖樹は異世界の人間を喰うらしいわ」
リデルは自分を買った人間が泥酔状態で零した言葉をそのままレガドへ伝えた。
他にもユウキ達の存在を使って本物の英雄や勇者を称える為に茶番をしている事も伝える。
「本物の勇者と英雄か」
レガドはこの存在に心当たりがあった。それは北東攻略中に遭遇した聖樹王国の聖騎士達と砦とその周辺を一撃で破壊する敵の攻撃。
天使のような羽が生えた聖騎士は貴馬隊のメンバーを易々と屠る程の強さを持つ。
それ以上に、占拠した砦とその周辺を一撃で更地にする攻撃は『守護者』という存在が扱うモノであると、セレネから既に報告を受けていたからだ。
「で、どうなの? アイツを担保にして私を保護して欲しいのだけど」
レガドの思考をぶった切り、リデルは結論を出せと急いた。
「良いだろう。魔王軍4将のレガドとして魔王様に掛け合う事は約束しよう。だが、最終判断を下すのは魔王様だ」
「ふぅん。いつ決まるの?」
「まずはあちらの少年の話も聞いてからだ」
レガドは席を立ち、貴馬隊と話すユウキに視線を向けた。
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