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16 魔王都イシュレウス 2


「賑やかな感じはあまり変わらないなぁ」


 クリフはアンリの家から大通りに出て、街行く人をキョロキョロと観察していた。


 石畳で整備された大通りには二足歩行の小型陸竜であるラプトルやケンタウロス族が馬車を引いていたり、様々な魔族や亜人が大通り沿いの商店で買い物などをしながら街特有の喧騒を生み出していた。


 そんな街の賑わいを眺めながらクリフはアンリの母親――サリィに教えてもらった宿のある南西エリアを目指す。


 目的地は南西エリア、魔王都入場門付近にある『夢見る羊亭』という名の宿だ。


 サリィの話では清潔な部屋とコストパフォーマンスの良い食事を提供する宿だそうで、料金もそこまで高くないとのこと。


 ゲーム内の宿は宿泊してもHPを回復させたり、宿の食事でステータスをドーピングしたりといった役割があったが実際に部屋まで行って眠ったりはできなかった。


 ゲームが現実世界となったことで、そういったリアルさも体験できるのはクリフにとって楽しみなポイントでもある。


 目的地に向かって大通りを歩いていると、クリフは丁度前を通りかかった1軒の商店に目を奪われた。


(本屋かな?)


 クリフの趣味の1つ。大好きな本。


 ゲーム内で異様に凝った様々なテキストを読んできたクリフが目を奪われてしまうのも頷けるだろう。


(資金もあるし、見てみよう)


 この世界の貨幣はエイルという単位の紙幣だ。


 金銀銅などは主に武器や防具に使用されているので貨幣には使用されていない。


 戦争してるんだから貨幣に金属を使うくらいなら装備にしろ、という国のありがたいお達しでそうなっているとゲーム内のテキストに書いてあった。


 1エイル紙幣から始まり、10、50、100、1000、1万エイル紙幣が存在して亜人の国とも共通で使用されている。


 クリフは当初の予定ではインベントリにあるアイテムを何か売り払って資金を確保しようと思っていたのだが、インベントリ内にはゲーム内で所持していた額と同額の紙幣が入っていたのでそれを使おうという算段だ。


 気になるクリフの所持金は10万と800エイル。


 イングリットとメイメイを見つけるまで宿で連泊しても恐らく余裕はあるだろう。


 インベントリから既に取り出してズボンのポケットに捻じ込んである紙幣の束を、手で触れてから再び確認するとクリフは本屋のドアノブを握った。

 

 本屋の中に入ると本棚に納められた本に加え、店内の空いているスペースに設置された足の短いテーブルの上に乱雑に積まれた本の山が目に入る。


 人の歩くスペースを限りなく少なくした店内をゆっくりと歩き、置かれている本のタイトルを読んで行く。


「いらっしゃい」


 店に入ってすぐの場所にあった本のタイトルを読んでいると年老いた女性の声が聞こえてきた。


 声のする方へ顔を向けると灰色のローブを着用し、フードで顔を隠している者――恐らく老婆であろう店員がカウンター越しに座っていた。


「何かお探しながら言ってくれりゃ見つけるよ」


 顔は見えないが親切な態度で接客する老婆。


 クリフは老婆の言葉に甘える事にした。


「世界の歴史が載っている本とかありますか?」


 魔法が載っている本も気にはなるがまずはこのアンシエイル・オンラインと似ている世界の情報を収集するべく、老婆へ歴史書を探していると告げた。


「歴史書ねぇ」


 老婆は皺のある指を伸ばし、クルクルと円を描くように回すと本棚から勝手に本が抜かれ、宙を浮かび上がって老婆のいるカウンターまで飛んでくる。


(念動系魔法か)


 クリフは物を魔力で動かす念動力を発動させた老婆を特に驚く事もなく見ていた。


「このあたりだねぇ」


 老婆が魔法で本棚から取り出した5冊の本。


「これは最近書かれた子供向けの本。こっちは一番古い歴史家の書いた専門書だね。残りは書かれた年が違う」


 この2冊がオススメかね、と言われた本をクリフは1冊ずつ手に取ってパラパラと少しだけ中身に目を通す。


「じゃあ、この2冊下さい」


 クリフは手始めにオススメされた2冊を購入する事にした。


 まずは2冊読んでみて、気になる事ができたら再び来店して細かく条件を告げて購入すれば良い。


「2冊で1万7800エイルだよ」


 クリフはポケットから紙幣を取り出し、老婆へ支払った。


「ありがとう」


 お釣りを貰って宿へ再び目指すべく店を後にした。


「ふぅむ。なんとも珍しい子だったね。サテュロスじゃあなさそうだ」


 老婆は今し方見送った青年――どこか見た事がある巻き角、サテュロスと近い巻き角を頭に生やした者の種族が何なのか思案し始めた。

 



-----



「夢見る羊亭へようこそ。お泊りですか?」


 目的地へ無事に到着したクリフは宿の入り口すぐにあるカウンターで店員である若い女性と向き合っていた。


 彼女の種族はサテュロス。


 山羊の角を頭に生やした彼女は、獣人系の種族であり亜人と呼ばれる類のモノ。


 先程の本屋で出会った老婆が呟いていた通り、クリフの頭に生える角と似ている角を生やしている。


 しかし、彼女は亜人でクリフは悪魔。


 見分け方はクリフの角は上側に反って角が巻かれ、サテュロスの角は下側に反って巻かれている。


 他にも耳がエルフのように尖っているのが悪魔で、耳の形状が山羊のようになって毛が生えているのがサテュロス。


 あとはお尻に山羊と同じような短い尻尾が生えていればサテュロスであるが、サテュロス族は大体服の中に尻尾を仕舞っているので角か耳で判断するしかない。


 しかし、髪を伸ばしているサテュロス(主に女性)だと耳が隠れているので角を見て見極めるのが一番確実だろう。


 純血のサテュロスは頭も獣の頭部で下半身が羊の足――山羊が二足歩行しているような見た目――なのだがこちらは魔族や人の見た目をした種との混血が進んだ現代では逆に珍しい。


 元々異形型のサテュロスのような種族――魔族と亜人どちらも混血が進むと見た目が人に近づき、純血の特徴が薄れていく。


 特徴が薄れて行くと同時に本来持つ種族としての強みも薄れていくのが、現代における魔族と亜人弱体化の原因だ。

 

 だが、人間とエルフにどんどん狩られる現状では多種族と交わらないと人口を維持できないので仕方ないのかもしれない。


 余談だが、種族が見た目で判断できない種族の者に下半身見せて、尻尾見せてと言うのは、もちろんセクハラなので気をつけよう。


 一方で、彼女も本屋の老婆と同じようにクリフの巻き角を見ながら「同族かな?」と疑問には思っているが角を見て「違うか」と結論付けた。


 クリフの種族が多少気になっているが、お客の詳細を探るのはマナー違反。疑問を捨てて接客に徹する事にしたようであった。


「宿泊したいんですが、いくらですか?」


「一泊だけなら3000エイル。朝晩の食事サービスを付けるなら宿泊費にプラス2000エイルです。あ、1週間以上の連泊なら食事代はサービスでタダ! しかも、料金は1万9000エイルです!」


 クリフに宿の相場はわからないが、店内は掃除が行き届いているようで中々に綺麗だ。


 2階が宿泊部屋になっているようで、1階はテーブルとイスが複数置かれた食堂になっていた。


「では、とりあえず1週間で」


 サリィがおすすめする食事も食べてみたいので、連泊を希望した。


 どうせパーティメンバーである2人と合流したら、しばらくは冒険の準備もあるので街に滞在はしなければいけない。


 クリフはポケットから紙幣を取り出して女性に手渡した。


「ありがとうございます。お部屋は2階の奥です。食事は朝夕どちらも6時から10時までなので気をつけて下さいね。井戸は裏にあります」


「ありがとう」


「ごゆっくりどうぞ」


 食事サービスの注意を聞き、部屋の鍵を受け取ったクリフは2階に上がって宛がわれた部屋に入室した。


 部屋の中も綺麗にされており、部屋の中にはベッドと机と丸いイスが置かれているのみだが泊まるには十分だ。

 

「さて……」


 クリフは部屋の窓を開け、魔王都の中心に立つ時計塔を見やる。


 現在の時刻は夕方の5時。


 夕飯まではまだ1時間あるので、クリフは先程購入した本を読んで時間を潰す事に決めた。


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