158 聞き取り調査開始 1
「モッチ、おまえさァ! クッソ忙しいのに面倒事を増やすなよ!?」
こめかみに青筋を立てながら叫ぶセレネに『モッチ』と呼ばれた人物――それは北西砦の司令官として指揮を執っていたカク猿の男であった。
彼は魔王城にいるセレネに事の経緯を詳しく話す……事は省いて「空から人が降って来たから、とりあえず来て」と言いながら同士である異世界物語好きの仲間も誘って再び北西砦へ。
リデルのいる地下まで連れて行き、セレネをリデルの前に立たせると「後は任せた」と言い放つ。
流石に意味が分からなかったセレネは詳しい事を話すように要求し、ここでようやくモッチは空から降って来た2人を連行した後の状況と聞き取りで判明した正体を説明した。
そういった経緯があって冒頭にあるセレネの怒声に辿り着く次第である。
「いや、コイツ等が空から降って来たのは俺のせいじゃないじゃん?」
「そこじゃねェ。面倒事増やすくらいなら、さっさとキルしろって言ってんの!」
もう何日も短い睡眠しか取れていないセレネの眼光は怪しい光を放つ。加えて目の下にあるクマ。それらが最近の忙しさとやらを表していた。
故に彼が少々不機嫌で短絡的になっているのも仕方が無い。
「でた、でたww キル至上主義www」
「そういう臭い物に蓋をする体質はよくないですよwww」
「ボク、そんな野蛮人じゃないですし」
ここぞとばかりに煽り散らすモッチと彼の仲間2名。自分達もキル至上主義者特有の『絶対キルしたい病』を患っているにも拘らず、この言い草である。
「ぶっ殺すぞテメェ!? 誰のせいで俺様がこんな忙しくしてると思ってんだ! お前等は良いよなァ! 前線に出て人間とエルフぶっ殺せばお仕事完了だもんな! 俺様は今すぐお前等をぶっ殺して宿舎に帰りてえよ!」
地団駄を踏みながら怒鳴り散らしたセレネはインベントリから愛用のマイクを取り出した。
コイツ、自分の十八番である『死の詩』で俺達を殺る気だ、あの目は本気だ、と察した3人は即座にリデルの背後へ回った。
「ち、ちょっと!? 私を盾にしないでよ!」
「大丈夫だ。お前が死んでも俺達は痛くも痒くもない」
彼女の背後にいるモッチがそう言うとリデルの顔色はみるみる青くなっていく。
折角あの街から抜け出したのに! と盛大に焦り始めた。
「じょ、情報!! 私の情報いらないの!?」
「おい! 異世界人の男には耳栓ぶち込んでおけよ!」
「ねえ、聞いてる!?」
あー、あー、と喉の調子を整えるセレネ。自分の価値を必死で叫ぶリデル。インベントリから耳栓とポーションを取り出すモッチ達。
北西砦の地下室は、まさに阿鼻叫喚の地獄であった。
「ま、まぁ、まぁ。落ち着いて下さい、セレネ殿」
そんな地獄に光の使者が! その名はレガド。魔王軍4将のレガド。魔王軍の中で一番苦労人なレガド。胃に爆弾を抱えるレガド。
彼はセレネと共にここ最近の国内、国外作戦について考えている人物だった。最近は一緒に忙しくしてくれる仲間が増えてちょっぴり嬉しい、そんな気持ちを抱いているレガド!
「尋問は私がやりますから。その間、セレネ殿はお休み下さい。ね? ね?」
このままではマズイと思ったレガドはセレネの気持ちを宥め始め、面倒事は自分が引き受けると提案。
すると、喉の調子を確かめていたセレネはマイクをそっと降ろした。
「命拾いしたな」
そう言いながらセレネはリデルの背後にいる3人をキッと睨む。
「ここは任せた。俺様は異世界食堂で飯を食って寝る」
「そうして下さい……」
ずんずんと大股で転送門のある地上へ向かうセレネの背中を見つめながら、レガドは小さく溜息を漏らした。
眉間を揉み解しながら気持ちを入れ替え、真面目な表情でリデルを見やる。
「さて、エルフよ。ここからは私が相手になろう」
「ッ!!」
リデルはレガドの強い眼光に怯む。こいつも油断できない、と身を固くしながら負けじと強い眼差しを返す。
彼らの探り合う視線がバチバチと火花を散らしながら交差する中――
「俺らは?」
「あ、好きにしてて下さい」
モッチ達は自由にして良いとお墨付きを頂いた。
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「う、ぐっ……」
牢の中に入れられていたユウキは目を覚ます。
ぼやける視界と顎の痛みもあって苦悶の声を漏らしながら顔を歪めていると、
「おい、大丈夫か?」
聞き慣れない声と共に不思議な光が視界を照らす。それと同時に痛んでいた部分の痛みが引いていった。
視界がハッキリして来ると周囲を見渡し、鉄格子の向こう側にいる人物と目が合う。
「貴方は……」
目が合った人物はどう見ても人間じゃない。顔はサルのようであったし、何より細長い尻尾が背中からチラチラ見えていたからだ。
隣にいる人物はヒゲモジャの男。その隣は羊のような巻き角を生やした男。
3人揃って鉄格子越しにこちらを見てくる人物達が何者か分かるとユウキは後退りしながら叫んだ。
「魔族!? 亜人!?」
リデルのいた魔法陣の中に飛び掛ったと思いきや、何故か自分の目の前に敵がいるじゃないか。
しかもよく見れば自分は牢屋の中に入れられている。クソッ! と悪態を付きながら3人を睨みつけた。
「おいおい、落ち着けよ」
「お前、異世界から来たって本当か?」
「あ、これ食う?」
3人共バラバラに言い放ち、ドワーフはインベントリから取り出したおつまみを見せた。
「な、なんで……! クソ、俺をどうする気だ!?」
聖樹王国に魔族と亜人は敵であると教わっていたユウキは目の前にいる3人を最大限警戒し続ける。
「まぁ、待て。落ち着けって。俺達は何もしねーよ」
「異世界ってどんな場所なの?」
「あ、酒飲む?」
まともに話しているのはモッチだけだ。他の2人は己の欲求に正直すぎる。
ドワーフなど勝手に1人で酒盛りをし始めてしまった。
「お、お前達は敵じゃないか!」
「あー、人間にとっちゃ敵なのかもなぁ」
ユウキが恐怖の篭った叫び声を上げるとモッチは頭をボリボリと掻きながら困ったように溜息を零す。
「うーん。なんつーか、俺達もこの世界で生まれた存在じゃないんだよな。俺達はゲームの中から来たんだ。お前と一緒だよ」
「ゲ、ゲーム……?」
ユウキが生まれた異世界でもゲームという娯楽が存在したのか、この世界では聞く事のなかった単語を聞いてモッチの声に耳を傾け始める。
「そうそう。お前も異世界から召喚されたんだろ?」
「あ、ああ……」
「じゃあ、同じようなモンだ」
ニカッと笑顔を浮かべるモッチを見て、徐々にユウキの胸の内にあった焦りが収まっていく。
そして、横にいる2人に目を向けると――
「やっぱり異世界から来たのか! なぁ、異世界に空飛ぶ船があるってマジ!?」
「異世界にはどんな酒があるんだ? ツマミはどうだ? あと、離れた相手と話せる道具があるってマジ?」
好奇心旺盛な少年のように目をキラキラさせながら質問してくる2人。どうにも聖樹王国で聞いていた魔族と亜人のイメージとはかけ離れているではないか。
何がどうなっているのか分からないが、まずは話をしてみようとユウキは口を開いて震える声を絞り出し始めた。
読んで下さりありがとうございます。
何だかんだ出番が多いのでカク猿君に名前つけました。




