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157 取引


 リデルは気絶していたユウキと共に牢のある砦の地下室へと連行された。


 未だ気絶しているユウキは牢屋の中に、話が出来るリデルは手を縛られた状態で椅子に座るよう命じられる。


「さぁ、何でも聞いて。知っている事なら全て話すわ。その代わり、私を魔王国で保護してもらうわよ」


 両親を殺した人間も、両親を見捨てたエルフ族も嫌悪するリデルはそう言うが、言われた魔族の軍人達はリデルに疑惑の目を向ける。


 それは当然の事だろう。エルフは人間と一緒になって自国を侵略してくる敵。神話戦争時代に人間に降って魔族と亜人を裏切った種族だ。


 そんな種族が口にする事を簡単に信じる方がおかしい。


「ふん。どうせ嘘しか喋らんのだろう。裏切り者のエルフが言う戯言など誰が信じる」


 部隊長が貴馬隊のメンバーを呼びに行っている間、監視役を命じられた軍人がリデルを睨みつけながら吐き捨てるように言った。


 言われた本人は内心で少々焦る。


 生まれてこの方、リデルは外の世界を人聞きでしか知らず、ましてや魔族と亜人が抱く感情がここまで激しいモノだとは思っていなかったからだ。


 しかし、雑種街で培った逞しい精神力は彼女に力を与える。


「ふーん。他のエルフがどうかは知らないけど、私はエルフも人間も滅べば良いと思ってるわ。生まれてすぐに人間に奴隷として連れて行かれたし、帝国に対する愛国心も無い。あの腐った2種族と一緒にいるくらいなら貴方達といたい」


 リデルは軍人の目をジッと見つめながら言った。

 

 彼女が言った事は嘘偽り無い彼女の本音だ。どちらも滅べ、と言った時には彼女の顔には本物の嫌悪が浮かんでいた。


 それは魔族が人間とエルフを殺したいと思う気持ちと同じくらいに。執念と相手に向ける怨嗟の渦が彼女の瞳から簡単に読み取れる。


 そんな負の感情を浮かべながらもリデルは雑種街で生きる為に覚えた相手へ媚びる態度と言動も見せた。


 一瞬だけ見せた負の感情とその後に見せる女の武器。上目遣いでジッと見てくる様子は目の前にいる軍人の心を揺さぶる。


 睨みつける軍人が「コイツは本当に他のエルフと違うのかもしれない」と隙を作らせるほどの力があった。


「おー、ホントにエルフじゃん」


 軍人の男の心が一瞬揺らいだ時、背後から別の声が聞こえた。声の正体は貴馬隊のカク猿族のメンバーだった。


 声の主が誰であるか判断した軍人達は一斉に振り返って敬礼。その後、リデルの前から体をどけて彼女の姿を見せた。


「お前が寝返りたいってエルフか。……ん?」


 リデルの顔を見下ろす彼は彼女の顔を観察していると、彼女の髪から少しだけ出ている耳の先端部が普通のエルフとは違う事に気付く。彼女の横に立ち、髪を手で掻き分けて耳を完全に露出させた。


「お前、ハイ・エルフか」


 カク猿のメンバーがそう言うと地下室にいる軍人達がざわめいた。


 ハイ・エルフと言えばトレイル帝国の王族かそれに連なる血筋だ。それ以外は神話戦争で死亡しており、それもあってエルフ族は人間に降伏した。


 この事実は神話戦争を生き残った当時の魔族や亜人から歴史として伝わっており、一般人として暮らすハイ・エルフは既にこの世にいないのは魔王国でも知られている事だった。


 彼女の種族を見破った当人は「そうなんか?」とトレイル帝国の事情を知らずに首を傾げているのだが。


 事情を知らない者を放置しながら目の前にいる女は敵の王族か、とざわめく軍人達。


 リデルは心の中でチャンスだと叫ぶ。自分は王族じゃない。だが、相手が勝手に思い込んでくれるのならこれを活かさない手はないだろう。


 無名のハイ・エルフよりも王族という箔付きの方が発言力が増すと判断した。


「そうよ。分かってくれたかしら? 私が言っている事は嘘偽りないと」


 軍人達の勝手な勘違いに乗っかって胸を張るリデル。彼女の堂々とした態度が更に軍人達の勘違いを信憑付けるのだが……。


「ふーん」


 カク猿のメンバーだけは反応が薄かった。


 プレイヤー達はこの世界の一般教養に疎い。ハイ・エルフ = 王族 なんて図式は脳内に存在しない。


 あるのはハイ・エルフをぶっ殺すと他のエルフよりも対人戦で貰える経験値が多い、くらいの認識だ。


 敵国でありながら『王族』という肩書きにたじろぐ軍人達だったが、我等が司令官は意にも介さず態度を改めない。


 その様子を見て「すげえ! さすが王種族で構成された貴馬隊だぜ!」とまた勘違いしていた。


「まぁ、いいや。んで、お前はどんな情報を持ってるわけ?」


 カク猿のメンバーは単刀直入に重要な部分だけを問う。


 軍人達は「他の王族や王族の血筋は帝国にいるのに何でお前だけ奴隷になってたの?」とか「なんで空から降って来たの?」とか「同じ種族に何でそんなに恨みを抱いているの?」とか……。


 とにかく気になる点は多いし、聞き取って彼女がスパイかどうかの裏づけをしなきゃいけない質問を思い浮かべていたのだが我等が司令官は一味も二味も違う。


 流石だぜ! とまた勘違いして憧れの存在を見るような視線を彼の背中に向けていた。


 彼と対峙するリデルも態度を変えないカク猿のメンバーを見て、こいつは油断ならないと気を引き締める。


 そう、彼女も勘違いしていたのだ……。 


「そ、そうね。まずは聖樹王国の人間達がどういう存在なのか。聖樹とは何なのか。あとは……聖樹王国がどんな場所でどんな暮らしをしているのか。聖樹王国にいるエルフがどんな扱いを受けているかも話せるわ」


 目の前にいる男に対して嘘は通用しない。そう勘違いしたリデルは保身の為にも人生で見聞きした事を全て話そう、と告げた。


「でも、王族であるハイ・エルフといえど重要施設や相手の真の思惑は知らないわ。基本的に相手は私達を信じていないしね」


「ふーん。なるほどね」


「あとは……。そこの牢に入ってる男。あれは異世界から来た者なの。貴方達にとって何かの役に立つはずだわ。だから、アイツを差し出す」


 牢の中にいるユウキを横目で見ながら、彼を生贄として差し出すリデル。


 彼がこの世界の事を何も知らず、偽りの情報を与えられて掌の上で踊っていた道化である事は隠しながら。


 異世界から来たなんてアホか、と失笑されるかもしれない。尋問されたら役に立たず殺されるかもしれない。だが、それでもリデルにとっては魔族に『何かを差し出した』という事実が重要。


 少しでも自分の立場が安定する為の駒になれば良いと思っていたのだが……。


「異世界から来ただって!?」


 リデルの予想に反してカク猿のメンバーはめちゃくちゃ喰い付いた。


「え、ええ。そうよ」


 まさかのリアクションについ戸惑いを見せてしまうリデル。だが、目の前にいる男は目をキラキラさせていた。


「すっげ! マジかよ! ゲーム内の図書館にあったテキストみたいじゃん! すげえ!」


 アンシエイル・オンライン内の王都には図書館という施設があり、そこには魔法訓練用のテキスト本からストーリークエストには関係無い物語が綴られた本まで多くの本が用意されているのだ。 


 その中でも異世界からやって来た主人公が強敵を倒す、という英雄譚は一定のプレイヤーから絶大な人気を誇った。


 特に興味を持たれたのは『異世界の技術や文化』という自分達には思いつきもしなかった概念や物が豊富に登場する部分だ。これらは本好きなプレイヤーは勿論の事、技術系の職をメインとするプレイヤーの心を打った。


 否、パイルバンカーで心をぶち抜かれたと言っても過言ではない。


 これを考えた運営スタッフは天才だ、とゲーム内掲示板で崇め奉る専用スレッドが立つほどに。


 カク猿のメンバーもそんな専用スレッドに常駐していた者の1人である。


 ゲーム内ってなんスか? と首を傾げながら疑問符を浮かべる軍人達であったが、彼らの疑問には一切答えずテンション爆上がりなカク猿のメンバーは近くにいた軍人を指差しながら叫ぶ。


「おい! そこの男を絶対に殺すなよ!」


「は、はい!」


 人間なんて死ねばいい、そう思って雑に牢屋へぶち込んだ軍人達は少し慌てながら鉄格子越しにユウキの様子を見やる。


「いや~。王都にいるザンギとアモンはめっちゃ喜ぶだろうな!」


 自分と一緒になって異世界召喚物の物語を読み漁っていた貴馬隊メンバーの顔を思い浮かべながら、少年のように心を躍らせるカク猿のメンバー。


「あ、あの……。彼が本当に異世界? とやらから来たのか裏づけをしないと……」


 理性的な軍人は歓喜する我等が司令官へ控えめな進言を行うが――


「ようし! 王都にいるセレネにも報告だ! 俺が行って来るわ!」


「あの、聞いてます? あ、待って!?」


 異世界召喚という心躍るワードに釘付けになった彼はダッシュで転移門に向かって行った。 


「わ、私は……?」


 リデルは自分の地位向上の為に差し出したにも拘らず、いつの間にかユウキの方が重要視されてしまった事に戸惑いを隠せなかった。


読んで下さりありがとうございます。


次回は火曜日です。

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