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155 一番哀れな男(魔王国編)


「ママァァァァ!!!」


「ママ! ママ!」


「あうー、あうー!」


 魔王都南西エリアに建設された貴馬隊宿舎の中から成人男性らしき者達の不審な声が木霊する。


 彼らは昼も夜も「ママ、ママ」と連呼して宿舎前を通る一般人から不気味がられていた!


「こいつら、いつ治るの?」


「さぁ? 肉体が消滅した人はデスペナの治りが遅いんだねぇ」


 宿舎にいた貴馬隊のメンバーはデスペナ中の大きな赤ん坊達を見やる。


 ママ、ママと連呼して一般人を怖がらせる者達の正体は一ヶ月前に守護者の攻撃で肉体を無くした者達とユニハルトであった。


 因みにユニハルトは4日で復活したが、人間から奪った北東駐屯地再編中に防衛戦が発生。その時にもう1度死んだ。死因は駐屯地を囲む壁からの転落死である。仲間の肘が背中に当たって頭から転落したのだ。


「駄馬は別に良いけど、人が足りねえ」


「確かに。北東を攻略したは良いが防衛で手一杯だ。西も人間が集まって来ているし……」


 現状を整理すると、攻略した北東戦線の維持に貴馬隊の 1/4 と魔王軍5000人が駐屯地に駐在している状態だ。


 西も同様の数が派兵されているが、守護者の存在が確認された今ではどちらも心許ない。


 追加の魔王軍や傭兵の派兵が検討されているが、彼らだけでは本気で攻めて来る人間を抑える事は不可能だろう。


「次は西か?」


「だろうな。睨みをきかせる敵陣の中には聖樹王国の聖騎士がめちゃくちゃいるって噂だし」


 中でも一番緊迫した事態に陥っているのは北西戦線である。


 どういう訳か聖樹王国の聖騎士部隊が本格的に動き出し、トレイル帝国領土内で陣を構えていると偵察部隊から連絡があった。


 北東で数名だけ現れた聖騎士。貴馬隊の中堅メンバーを易々と葬った驚異的な力を持つ人間達が7000以上も北西にやって来た。


 幸いなのは相手が構築した陣から動かない事だ。聖騎士部隊は北西砦を襲撃する訳でもなく、トレイル帝国内に留まって防衛の姿勢を見せる。


 だが、これだけで貴馬隊は北西砦から動けなくなってしまった。あの驚異的な力を持つ人間が7000以上もいれば迂闊に北西攻略には踏み出せない。


 使い物にならないユニハルトに代わってセレネとキマリンが魔王城に通って、魔王や4将達と今後どうするべきかと頭を悩ませている状況だ。


「やっぱ黒盾達に協力してもらうしか無いんじゃね?」


「そりゃあアイツ等は強いけどよ。でも4人増えたところでなぁ。それにアイツ等は中央でクエスト中だろ?」


 北東のクエストを終えたイングリット達には再びクエストの指示が。目的地は魔王国の北にある中央戦線を維持する砦の先。


 と言っても中央戦線奥深くまで侵入するわけじゃなかった。砦を出てそのまま北東に1キロ程度の場所だそうな。


 中央にある敵の砦を迂回して行けば比較的安全なルートがあると魔王軍から情報を貰い、旅立ったのが1週間前。


 今頃は目的地に到着してクエストをこなしているだろう。


「圧倒的な人手不足」


「深刻すぎる。冒険者組合の運営もあるし」


 戦線維持に必要な人員が圧倒的に足りない。血の気の多い貴馬隊メンバーですら「厳しい」と零してしまうくらいには。


 それに加えて冒険者組合に舞い込む依頼も消化せねばならないし、組合運営の事務方にも数名使われている状況。


 依頼の消化は傭兵から冒険者に鞍替えした者が最近増えてきたので少しは楽になったが、貴馬隊メンバー1人でこなす依頼に5人掛かりで取り組まないといけない程の実力差がある。


 依頼の消化を新規加入した冒険者に任せて貴馬隊は戦線へ、と考えていたセレネの目論見が完全に外れた。


 一応は人が増えたのだが結局は変わらない、というこちらも悲惨な状況だった。


「キル数と利益独占で他プレイヤーはいらん、と思ってたがそうも言ってられなくなったな」


「全くだ。エンジョイ勢でも良いから、はよ来いって思う」


 腕組しながら最近の状況に悩む貴馬隊メンバーの2人。


 そんな2人がいる部屋のドアが勢いよく開かれた。


「おい! クソ雑魚共! メシの時間だし!」


 現れたのは両手に料理の載ったお盆を持つリュカだ。両手が塞がっているので足でドアを蹴って開けたらしい。


 リュカはずんずんと部屋の中に入ると、床で這い蹲る大きな赤子達の前に食事を並べた。


「さっさと食って戦線復帰して肉盾になって死ねし」


 彼女が乱雑に並べた食事に群がるデスペナ中のメンバー。


 ママ、ママ、と言いながらリュカの足に頬擦りする剛の者もいたが、脇腹を蹴られて胃液を撒き散らしながら気絶した。


「おい、リュカのヤツ。不機嫌すぎねーか?」


「何でもアイツが可愛がってるガキが今日は休みで母親と買い物に出ているらしい」


 リュカが気に入っている受付業務担当の男の子――リオンがいない日は大体こんな感じで獰猛な本性を剥き出しにしていた。


 特に今日はデートの誘いを断られたらしく余計に荒れている様子。


「おい、見ろ」


 コソコソと話し合う貴馬隊メンバーだったが、1人がリュカの方へ指を差した。


 そこにはリュカの足に手を伸ばすユニハルトがいるじゃないか。


「ママ、ママ」


 彼の目に浮かぶ色は純粋だ。この穢れた世界の中でなんと純粋な目なのだろう。


 生を受けた世界に対して純粋な興味と心の奥底から呼び起こされた母への愛が瞳に映る。


 世界の闇を忘れ、己が抱える過去や怒りすらも覚えていない。


 そんな純粋無垢な赤子であるユニハルトは、リュカをママと呼びながら彼女のスラッと伸びる足の瑞々しい褐色肌に触れる。


「マ、ママン!? ママン!?」


 だがその手が触れた瞬間、ユニハルトの体は異常をきたす。


 額からは脂汗が溢れ出し、触れている腕には蕁麻疹が浮き出始めているじゃないか。


 いくらデスペナで赤子に戻ろうとも、彼の魂に刻まれた『最も苦しい思い出』は消えない。


 ユニハルトは感電したかの如くリュカの足に触れたまま体をガクガクと揺らし始めた。


「おい、アイツ!」


「リュカのヤツ! ヤッたのか!?」


 ユニハルトがあの状態になるという事は――彼女はもう既に色々経験済みという事の証明だ。


 処女発見器と名高いユニハルトは非処女の女性と言葉を交わさない。触れるなど言語道断。


 だが今のユニハルトは赤子同然!! リュカが持つ溢れんばかりの母性に惹かれて触れてしまった!!


「マ、マアアアアアア!!」


 結果、ユニハルトは体を激しく痙攣させつつ奇声を発しながら最終的には吐血して死んだ。


「また死んだ!」


「やったぜ!」


 うおおお、と歓声を上げる貴馬隊メンバーだったがリュカは死んだユニハルトに冷たい目を向けた後に、歓声を上げる2人に振り返った。


「片付けておけし」


「「 はい 」」


 ふん、と鼻を鳴らしながら部屋を出て行くリュカ。


 彼女と入れ違いに別の男性メンバーが入って来ると部屋の中にいた2人に聞きたてホヤホヤでホットな話題を提供した。


「北西砦前に人間の男とエルフの女が空から降って来たんだって」


「「 え!? 」」


 すげえ、ファンタジー! と騒ぐ2人。


 ユニハルトは10時間後、たまたま部屋にやって来た神官に蘇生された。


読んで下さりありがとうございます。


重々しい雰囲気を一気に吹き飛ばす緩急を大事にしたい。

明日は投稿できないので次回は金曜日です。

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