154 一番哀れな男
街に虫が溢れかえっている頃、1人で城に戻っていたゴローはある決意を胸に廊下を歩いていた。
(次から長期の旅になるし、シオンさんに気持ちを伝えよう!)
今回の旅が終わってゲートでヨウは別れ際に「次の旅は1ヶ月単位の長期任務になる」と告げていた。
今までは長くても1週間程度。旅が終われば王都に戻り、城で何日か休暇をしてから再び度に出る……これの繰り返しだった。
ゴローは城に戻っては想い人であるシオンとの会話を楽しみ、ユウキに冷やかされながらも何度かデートも誘っている。
彼女との会話や触れ合いが何よりのモチベーション。彼女とスキンシップを図る度に彼の想いはどんどん大きくなっていく。
その膨らんだ想いが遂に限界を迎えたのだ。彼は長期間、城を空ける前に想いを伝えてモヤモヤとした胸の内をハッキリさせておこうと決意した。
断られる心配は無いのか、と思うかもしれない。だが、彼は微塵も断られると思っていなかった。
何故なら、前回のデートでシオンから「次に城へ戻って来たら自分の部屋に招待したい」と言われていたからだ。
しかも少々顔を赤らめて。
恋愛経験の浅いゴローは勝利を確信した。そして、彼女の自室に招待された時に自分の想いを告げようと完璧なプランを考えていたのだ。
むふふ、とニヤケる顔を手で抑えながら廊下を歩くゴローは、曲がり角から現れた目的の人物の横顔を見つけて声を掛けた。
「シオンさん!」
ゴローは満面の笑みを浮かべながら手を振って自分だとアピール。
「ゴロー様。おかえりなさいませ」
シオンもゴローの声に気付くと彼に体を向けてメイド長らしいキビキビとした動きで礼をした。
「ただいま戻りました! あの、シオンさんこれから時間ありますか!?」
目的の人物を見つけて声を掛けては本題をぶち込もうとするゴロー。
もうちょっと恋愛経験があれば会話のクッションを挟んでから本題を持ち出すのがベターだろう。だが、この直球感こそが若い男の魅力でもある。きっと。
彼の期待した目を見たシオンは普段はクールな女性の印象を強く持たせるが、この時ばかりは珍しくクスリと笑みを零す。
そんな彼女を見てゴローも「おっ」と好感触を感じ取ったようだ。
「ええ。私もゴロー様が帰還したら早速お誘いしようと思っておりました」
「おおっ!」
想いを寄せる彼女からの言葉に喜びを隠せない。勝利を確信したゴローは心の中で親友であるユウキに勝ち誇った。
「早速、参りましょう」
「はい!」
シオンは「こちらです」とゴローを先導。
城に勤めるメイド達は住み込みで働いているので、メイド長であるシオンの自室も勿論城内にある。
メイドや執事達の自室は4階のフロア。現在ゴロー達がいるのは2階。故に階段を上がるつもりでいたゴローだったが、シオンは下の階へと彼を誘う。
「あれ? 4階じゃないんですか?」
「ええ。下の階ですよ」
彼女はメイド長だから部屋のあるフロアが違うのか? と首を傾げたゴローだったが素直に後ろに続く。
だが、彼女が1階まで降りて……そこから更に下の階へ降り始めると再び問いかけた。
「地下?」
「ええ。地下室です」
「メイド長の自室って地下室なんですか?」
「いえ、自室ではありません。私個人が主から頂いている秘密の場所です。今日はそちらに案内しようかと。あそこなら誰にも邪魔されませんから」
自室ではないようであるが、彼の脳内には「誰にも邪魔されない」という言葉が響く。
なんという事だ。これは青少年が夢見る行為があり得るんじゃないか。
ゴローは真面目で正義感の溢れる男子。だが、そういった事に興味が無いワケじゃない。それどころか、彼の年齢ならば興味が沸いて仕方が無い年頃だろう。
綺麗で、大人な女性と今日……。ゴローは少しばかり緊張しながら階段を降りて行く。
「ここです」
地下に降りてから、壁に取り付けられた照明を頼りに廊下を少し進むとシオンが1枚のドアを手で指し示した。
ギィ、と開かれたドアの向こうは真っ暗で室内の様子は視認できない。
彼女に「どうぞ」と言われたゴローが先に真っ暗な部屋の中へ入ると、背後のドアが閉められた。
廊下にあった照明の光も無くなり、ゴローの視界は闇に染まる。
「シ、シオンさん! 真っ暗ですよ!」
灯りを付けてくれ、とお願いするが背後にいるはずのシオンは答えない。
すると、部屋の奥に置かれていた蝋燭に火が灯る。ボヤッとした小さな火は石ブロックで造られた壁を照らす。
とりあえず奥の灯りまで進もうとゴローが足を踏み出すと――
「グギィィィィッ!!」
「うわああああ!!??」
何かが悲鳴のような雄叫びを上げながらゴローに飛び掛ってきた。
辛うじて灯っていた蝋燭の火が揺れる。火が消えなかったのは幸運だったのか、不幸だったのか、蝋燭の火が飛び掛ってきたモノの正体を照らしてゴローの目に映す。
「うわ、うわあああ!!」
彼に飛び掛って来たのは『人らしきモノ』だ。
服は着用しておらず、肌は真っ白で体は痩せてガリガリ。脇腹や腕の骨がクッキリ見えるほどで骨の上に皮だけ貼り付けたような状態。
異様なのは体だけじゃない。頭皮は抜け落ちたのか疎らに生え残っているだけで、首には鉄製の首輪と鎖が見える。
「グギィィィ!!」
そんな『人らしきモノ』はゴローに飛び掛ると馬乗りになって痩せた手で肩を押さえながら顔を近づけて来る。
近づいて来た顔も異様だ。瞼を糸で縫い付けられて開かないようにされており、奇声を発する口からはダラダラとヨダレのようなモノを垂らしながら鼻を鳴らす。
「ば、化物!? ま、魔獣!?」
悲鳴を上げながら混乱するゴローは逃げようともがくが、押さえつけてくる力が強力で逃げる事が出来ない。
「こらこら。暴れてはいけませんよ」
混乱する彼の耳にシオンの声が届いた瞬間、バシンと甲高い破裂音が室内に鳴り響く。
「グギィィ!! グギィィ!!」
音の正体はシオンが持つムチ。彼女はムチで化物の背中を叩くと、化物はゴローからバックステップするように離れて行った。
「シ、シオンさん! あ、あれは……!」
混乱状態のゴローはムチを持つシオンを見上げながら問うと、彼女はクスリと笑いながら口を開いた。
「私のペットです。私がプライベートで調合した薬品で育てたんです。貴方もこの子のようになるんですよ?」
「は? へ?」
「私の事、好きだって言ってくれたじゃないですか。それに主から貴方を好きにして良いと言われています。ですので、ペットにしようかと」
化物を見て混乱するゴローに更なる追い討ちをかけるシオン。
ゴローの頭の中は「何がどうなっている?」と現状を理解できずに次々に浮かぶ疑問で覆い尽くされた。
「大丈夫です。可愛がってあげますから」
彼女はそう言いながらポケットから注射器を取り出して、ゴローの体を膝で抑えると首筋に針を当てた。
「な、なんで、どうして!! 俺は、俺は!!」
叫びながら必死に逃げようとするゴローだったが、彼女の押さえ込む力は先ほどの化物以上に力強い。
バタバタと手と足を振り回すが、シオンはムチを床に置いてゴローの頬に平手した。
今まで味わった事の無い激痛が彼の頬から脳に伝わる。耳がキーンと鳴って衝撃で脳が揺れるほどの強い衝撃を受けたゴローは一瞬意識が飛びそうになってしまった。
「暴れてはいけません。これはよく躾ないといけませんね」
意識が朦朧とする中でシオンの呟きが聞こえた。
こんな結末なんて想像していなかった。
もっと甘酸っぱくて、綺麗なお姉さんと愛を育むハッピーエンドを思い描いていたのに。
ブスッと針が首筋に刺し込まれると謎の液体がゴローの体内に流れ込む。
朦朧としていた意識は更に薄れ始め、視界はぐるぐると回って……ゴローは完全に気絶してしまった。
「グギィ……」
鎖に繋がれた化物がシオンの横にヒタヒタと近寄ると、彼女は化物を見ながら微笑む。
「貴方と同じ異世界人ですよ。仲良くしてあげなさい?」
蝋燭の火が照らす壁には、邪悪に笑う女の影が映し出されていた。
読んで下さりありがとうございます。
ヤれると思ってホテル行ったら怖い人いたみたいな。
明日投稿できないので夜8時くらいにもう1本投稿します。




