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153 夢のような日々の終わり 3


 西街で一番大きな建物――サチコ達が踏み込んだ建物の名は放送局という。


 放送局の役割は名の如く音楽や映像を聖樹王国内に送信する事だ。


 サチコ達以前に召喚された異世界人の技術を研究して作られた録画機材『水晶カメラ』で映像や音を記録し、それを国民に娯楽として提供する。


 録画、録音されたモノは『魔力信号』として変換され、放送局は信号を一括管理・編集する。


 編集された魔力信号は数十年前から水晶カメラと共に国内で爆発的に普及した映像投影水晶ビジョン、通称『水晶ビジョン』の裏側に取り付けられた魔力信号機へ。


 空高く聳え立つ聖樹をアンテナとして国内にある水晶ビジョンへタイムラグ無しで配信可能な優れ物。聖樹王国が建国されて以来、5本の指に入る発明品として名高い魔道具だ。


 街に魔獣が出現したという事で警備が手薄になり、放送局員も現場の様子を録画しようとほとんど建物から出払っていた。


 そんな時にサチコ達は放送局内に侵入。彼女達が侵入した時に人がいなかったのはこれが原因だ。


 しかし、結局は水晶カメラ用の専用バッテリーを取りに戻って来た局員に見つかり、結局は駆けつけた騎士に捕縛されてしまった。


 見つかった当初、彼女達は逃げるべく魔法を使用したが文官扱いでまともに訓練を受けていない局員の人間にすら勝てなかった。


 局員はドアを塞ぎ、サチコ達の魔法を片手で防ぎながら空いている手で携帯端末を取り出して騎士団を呼ぶという余裕っぷり。


 サチコ達は突破できず、駆けつけた騎士に捕まってしまったという訳だ。


 そして、捕縛されたサチコ、ローリエ、ナナが連れて来られた場所は……。


 聖樹王国のシンボルである聖樹。聖樹の根元にある教会だった。


 異世界召喚されて以降、聖樹教会と呼ばれるこの場所には何度か足を運んだことがあるが訪れたのは一番手前にある礼拝堂だけ。


 勇者様と呼ばれていた時と違って、聖樹王国の者達は態度を一変。まるで罪人を扱うかの如く彼女達は礼拝堂の奥へと連れて行かれる。


 3人の少女達は不安と恐怖で体を震わせ、泣きながら『ごめんなさい』と連呼するが聞く耳を持たれない。


 分厚いフルプレート鎧に身を包む教会守護騎士に、手を縛る縄を引っ張られながら長い廊下を歩かされて巨大な門の前まで連行された。


 巨大な門の前には2人の人物が立っていた。


 どちらもよく知る人物。1人は教会の司祭である老人。もう1人はこの国の姫であるクリスティーナだった。


「ふぅ。3人とも、残念ですわ」


 クリスティーナの前に連行された3人を見て、彼女は少々疲れた顔を浮かべながら溜息を零す。


「ク、クリス……。一体、何なの……? 私達はどうなるの? 貴方達は、一体、何をしているの……?」


 ガタガタと体を震わせる中、サチコがクリスティーナの顔を見上げながら問う。


 すると、彼女はそんなサチコを――まるで汚物を見るような目で見ながら吐き捨てるように言った。


「貴方達は生贄と道具という2つの役割を持っていますわ」


 ふぅ、と溜息をもう1度吐いた後にクリスティーナはサチコに近づく。顔を近づけ、彼女の両頬を片手で掴みながら言葉を続けた。


「貴方達は娯楽の道具。異世界の技術を得る為のオマケ。あとは、そうですね……。身分としては家畜以下のゴミですわ」

 

 一番の役割としては聖樹に捧げる生贄。これは異世界召喚陣を下賜した邪神から受けている絶対条件なので外せない。


 どちらかと言えば異世界にある技術をこの世界に持ち込ませて己の技術として吸収する為の方が、国の政治を扱うクリスティーナ達にとってはメインの役割だろう。


 最悪、彼らの持っていた携帯端末やこの世界には無い道具が手に入れば持ち主などどうでも良い。第一印象を良くして高待遇してみせるのは、少しでも研究の手間を省くべく異世界の技術を説明させる為だ。


 用が済めばいつ殺しても、死んでも構わない家畜以下のゴミ。快楽目的で殺しても良いし、実験材料にしても良い。


 だが、それだけでは勿体無い。骨まで美味しく頂こうと考えた末に出来たのが勇者の旅という配信番組だ。


 何も知らない異世界人に勇者ゴッコをさせ、その様子を国内に配信してこの世界にいる本物の勇者や英雄と比較させて国民から一斉に笑われる愚者。


 こうして聖樹王国内に現存する勇者と英雄が如何に素晴らしい存在なのかというのを再認識させながら、国民の娯楽に飢える気持ちを静める為に使われる。


 世界の覇者となったこの世界の人間らしい、下の者を嘲笑うという娯楽に使われる生きた道具という役割を加えたのだ。


「特に貴方達は主の生贄として選ばれなかったので……。ああ、サチコさんは別ですわ。貴方は最後の生贄でしたから」


 クリスティーナはサチコの怯える目を見ながらニコリと微笑む。


「なんで、なんで……。私達は、私達は、貴方を信じていたのに!」


 彼女から聞かされた真実に涙を流しながら訴えるサチコ。だが、クリスティーナの表情も自分に向けてくる視線の種類も変わらなかった。


「貴方達の先生も同じ事を言っていましたね。全く、異世界人は平和ボケして愚かな者が多い。今まで召喚された異世界人も貴方達のような人は沢山いましたよ?」


 彼女の口ぶりからサチコは『自分達の為に魔族との戦いに向かった』と説明されていた教師2名も既にこの世にはいないのだろう、と察する。


 他にも自分達よりも前に異世界召喚されて、犠牲になった者は他にもいるという絶望的な答えすらも聞いてしまった。


「ミナト、でしたっけ? 彼は最初の生贄でしたが……。彼は何かを察して逃げようとしていましたわ。貴方達よりも少しは優秀だったのでしょう」


 最初に姿を消した自分達のクラスメイトの名が出ると、体を震わせていたナナが小さく呟いた。


「魔族に攫われて……」


「いるわけないでしょう?」


 未だに現実を受け入れられないナナに対し、クリスティーナは笑いながら残酷な事実を突きつけた。


「さて。お喋りはここまでに致しましょう。主がお待ちになっていますから、サチコさんとはここでお別れですわ」


 クリスティーナはナナとローリエに視線を向けて「もう彼女とは2度と会えませんよ?」と笑う。


 3人が嫌だ嫌だと泣き喚く中、クリスティーナは司祭の老人に顔を向けると老人は小さく頷く。


「開門ッ!!」


 老人の合図と共に門の左右に控えていた教会騎士がハンドルを回して門を開く。


 大きな門の向こう側には美しい緑の葉をつけた聖樹。だが、3人の視線は聖樹の根元にある無数の人の顔に釘付けとなっていた。


「な、なに、あれ……」


 涙を流しながら自分の未来を見たサチコは声を漏らす。すると、クリスティーナが彼女の後ろから一方を指差した。


「ほら、あそこに先生がいますよ?」


 彼女の指の先には嘗て自分達の教師として一緒にいた人物の顔が2つあった。


 聖樹の根元と一体化し、樹皮の中でもがき苦しむような格好のまま埋まる2人の姿を見たサチコは恐怖でガチガチと歯を鳴らす。


 そんな彼女に聖樹から伸びた蔓が殺到する。彼女の両腕や足を絡め取り、引き摺るようにして根元へ引き寄せ始めた。


「いや、いやあああああ!! 助けて、助けてええええ!!!」 


 ズルズルと引き摺られて行く彼女は残されたナナとローリエに向かって必死に叫ぶ。だが、彼女の望みは叶わない。


 サチコの半身が根元に埋まり、無数の蔓が彼女の体を縛り上げると――


「クリスティーナ。随分と遅かったね」


 聖樹の上から10歳くらいの子供がふわふわと宙に浮かびながらクリスティーナへ声を掛けた。


「我等が主よ。お待たせしてしまい、申し訳ありません」


 先ほどまでサチコ達を見下していた態度を見せていたクリスティーナや司祭の老人達が宙に浮かぶ子供へ向かって一斉に跪く。


 この宙に浮かぶ子供こそが聖樹の中核であり、彼らの神であり――この世界を混乱に陥れた元凶。


 男神から邪神と呼ばれる存在であった。


「そこの2人は?」


 邪神はにこやかに、歳相応のあどけない笑顔を見せる。


 だが、瞳の中には邪悪という名の闇が宇宙のように広がっているように錯覚させる。それでいて幼い見た目だからか、その邪悪さを悪戯っ子のように無邪気に扱う底なしの恐ろしさを感じさせた。


「この2人は予定通りに使わせて頂けないでしょうか?」 


 邪神の遠まわしに『それはくれないのか?』という質問にビクリと肩を震わせたクリスティーナは頭を下げながら答えた。


「ふふ。冗談。約束は守るよ」


 イタズラ好き、という雰囲気を早速とばかりに見せ付けた邪神に内心ほっと胸を撫で下ろすクリスティーナ。


「じゃ、この子は頂くね?」


 邪神がそう言うと、彼はサチコの横に移動した。


 横に陣取ったのと同時に蔓がサチコの胸にザクザクと刺し込まれる。


「あ、あが、あがああがあああ!!??」


 彼女は胸の中に入って来た蔓が体の芯にある『何か』に齧りつく感触を感じた。


「ふぅん。まぁまぁ良い魂を持ってるね。B級グルメみたい」

 

 彼女が齧りつかれたと感じた『何か』は彼女の魂だった。クスクスと笑う邪神は彼女の魂を蔓越しに味わう。


 サチコは生きたまま魂を貪られ始める。ボリボリとリンゴを齧るように、自分の魂が食われていく。


「へぇ。君は兄弟がいるんだね? 元の世界で家族は君の事、どう思っているのかなぁ?」


 魂を捕食する邪神は捕食した魂の情報を読み取る。魂にある彼女が住んでいた元の世界の情報。そして、彼女が今まで経験してきた記憶。


 邪神にとって重要なのは異世界の情報だろう。異世界の情報があればその世界の『理』を少しながら理解できる。


 そして理解した部分を使って眷属に技術を教える。こうして人間は異世界の技術を手に入れていたのだ。勿論、人間達自身が異世界技術を研究して物にしている部分もある。


 邪神の場合は魂を食らう事で理解に要する時間を一瞬で終わらせられる、という事だろう。情報を瞬時に読み取って技術や知識を理解するチートのような能力だ。


 もう1つの対象の記憶を得るという部分は彼にとっての娯楽に過ぎない。


 捕食した魂が持っている記憶を暇潰しに追体験する。シミュレーションゲームや小説を読んでいるようなモノだ。


「あがああ、や"め"で……や"め"でえええ!!!」


 魂を捕食された対象は、記憶がどんどんと消えていく感覚を強制的に味わう。


 楽しかった事も、悲しかった事も、親の顔も名前も、自分がどんな人間だったのかも。全てが真っ白になって消えていく。


「ああ、なかなか美味しいじゃないか。どうしようかなァ。一気に食べてしまおうか。それもと少し残して後で楽しもうか……」


 クスクス、と笑う邪神にクリスティーナは頭を下げながら「これで失礼致します」と告げる。


「うん。また頼むよ。次は王種族を連れて来るように」


「承知致しました」


 頭を下げ続けるクリスティーナを見ながら邪神は笑顔で小さく手を振る。


 それを合図に巨大な門はギィギィと音を鳴らしながら閉じられた。



-----



 門が完全に閉められるとクリスティーナは下げていた頭を上げて立ち上がる。


 体を後方にいるナナとローリエに向けると彼女はニコリと微笑んだ。


「さて、主に生贄を捧げ終えましたし。次は貴方ですね?」


 彼女の視線はローリエを捉える。


 視線を向けられたローリエは「ヒッ」と小さな悲鳴を上げて腰が抜けた状態で何とかこの場から逃げようと這うように後退りするが、いつの間にか後ろに立っていた人物の足に背中がぶつかった。


 彼女が後方を振り返りながら行く手を阻む者の正体を見上げると、そこにいたのは自分が愛して止まない人物。


 勇者パーティの一員であるヨウだった。


「ヨ、ヨウ……! た、助けて! 助けて!!」


 ローリエは泣きながら彼の足に縋り付くが、彼に蹴飛ばされてしまう。


 まさか愛した人物も自分を陥れているのか、と今更ながら気付いた。


「姫様。如何致しますか?」


「彼女には実験材料の生産と労働者の生産に勤しんでもらう予定です。()()()に連れて行きなさい」


 ヨウとクリスティーナの会話から出た『繁殖場』という単語を聞いてローリエは自分の運命を悟る。


 元の世界ではハーフ美少女として男子からの羨望を一身に受けていた彼女は、いつも自信に溢れて憧れの存在と言われるような人物だった。


 ハッキリとした性格は女性からも好かれ非の打ち所がない。故にプライドも高く気高い。教師や目上の者にも、誰にも媚びない性格だったが……。


「ヨ、ヨウ。私、貴方の為なら、な、何でもするわ。お願い、お願いします、私をた、助けてくだ、下さい!!」


 ローリエは土下座するようにヨウの足に頭を擦りつけて懇願する。


 彼女のこのような姿は、隣にいるナナは見た事が無かった。だが、彼女がここまでするのも頷けよう。


 何て言っても己の運命が掛かっているのだから。


 だが、ヨウは彼女に対して冷たい目を向けるだけ。ならば別の人物に頼むしかないと、ローリエはクリスティーナに縋りついた。


「お、お願いします! ク、クリスティーナさ、さま!! お願いします!!」


 クリスティーナに対して必死に頭を下げるローリエだったが、彼女はローリエの後頭部を見下ろしながら――


「ダメですわ。だって、貴方はこの国を救う勇者様でしょう? ならば、国の為に貢献して下さらないと」


 ニコリと微笑みながらローリエの運命を確定させた。


 クリスティーナはヨウに「連れて行きなさい」と命じ、命を受けたヨウは暴れるローリエの腕を引き摺るように引っ張って行く。


「いやあ……! いやああああ!!」 


 長い廊下を引き摺られて行くローリエの悲鳴が木霊し、それを聞いていたナナは体を震わせる。


 次は自分だ。自分はどうなってしまうんだ、と究極の恐怖が彼女の心を支配する。


 だが、そんな彼女に掛けられた言葉は意外なモノだった。


「ナナさん。私は貴方を気に入っています。だから、貴方には選ばせてあげましょう」


 カチカチと歯を鳴らしながらナナはクリスティーナを見上げる。


「1つ。私のペットになること。異世界召喚され、異世界に歓喜する貴方はとても可愛らしかったですわ。まるで尻尾を振る犬みたいに。だから、私の犬になるなら命は助けてあげましょう」


 まるで小説の世界だ! と召喚された当時に喜んでいたナナ。クリスティーナはそんな彼女を愛らしく思っていたようだ。


 だが、彼女がナナに向ける気持ちは『人』としてではなく『愛玩用の犬』として。


 人として扱わないが飽きるまでは生かしてやる。そういった類の提案だった。


「2つ。今し方連れて行かれた彼女のように生きながら死ぬか。それも体を弄くり回される実験の材料になるか。どちらも一瞬で死ぬ事はできません。だから、オススメしませんよ?」


 愛玩用の犬としての人生を受け入れず、死を選ぶか。しかし、ここで選ぶ死には慈悲は無い。


「わ、私は……」


 震える体を動かしながらナナはクリスティーナに頭を下げる。


「私は、クリスティーナ様のペット、に、なりま、す……」


 彼女がそう言いながら頭を下げると、見下ろしていたクリスティーナの口が三日月のように歪んだ。


「ふふふ。それで良いのです。ふふふ……」


 クリスティーナは膝を折ってしゃがむと、頭を下げていたナナの顎を持って顔を上げる。


 彼女の瞳から流れる涙をベロリと舐めながら怯える目をジッと見た。


「これから私を楽しませて下さいね? 私のワンちゃん? クヒヒヒ、ヒヒヒヒヒ!!」



読んで下さりありがとうございます。


誤字報告もありがとうございます!


9/24 23:00 追記

アップしたファイルが古い物で後半欠けている部分がありましたので編集しました。

暗い話はあと1話くらいかな?

悲惨な話書きすぎた。

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