152 夢のような日々の終わり 2
ナナ、ローリエ、サチコの3人は中央街でショッピングを楽しんだ後に、城へ帰る前にカフェでお茶して行こうと寄り道していた。
店舗に到着してカウンターで注文をし、料金を払おうとした際にサチコがポケットに手を入れると硬貨とは違う感触が手に伝わる。
何だろう? とポケットから引っ張り出すと折り畳まれた紙が1枚。
紙を広げてみるとメモのような手紙のような……一言二言書かれた物であった。
サチコが書かれている文字を読むと指令のような事が2つ記載されていた。
「混乱が発生したら街の西側にある食堂を窓から覗いて見ろ……?」
まず最初に書かれている文字は混乱に乗じて西側に行けという指示。ご丁寧にも目的地の目印となる看板の絵まで描かれているではないか。
「そもそも、混乱って何?」
サチコはカフェの入り口から街を見やる。そこにはいつものように平和な景色があり、買い物に来ている人々がいるだけだ。
買い物客に混じって街を巡回する騎士もいるし、自分達を護衛する私服騎士もいる。こんな完璧な状況で混乱が起きる、とはどういう事なのだろうか。
2つ目は『1つ目の場所から北西にある一番大きな建物に疑問の答えがある』と書かれていた。
何かを見せて、自分達が疑問を抱くのか? と首を傾げる。
これは誰かのイタズラだろうか。そう思いながらサチコが紙をポケットに入れようとした時――
「うわ!? なんだコイツ!?」
「キャア!?」
カフェに備え付けられているテラス席から悲鳴が上がった。
悲鳴を聞いた利用客は「何だ?」と首を傾げながらテラス席へ視線を向ける。当然、注文中だったサチコ達も一斉に視線を向けた。
「うわ、うわ、うわ!!」
「ぎゃあ!? いた、いたああ!!」
ざわざわと騒がしい中に響く悲鳴と悲痛な声。流石に何かおかしい、何か問題が起きた、とサチコ達も意識を切り替えた時に利用客が、腰に差していた剣を抜きながら周囲にいる客へ叫び声を上げる。
「虫の魔獣だ! 逃げろ!」
「騎士団を呼べえええ!!」
叫び声を聞いた利用客は1、2秒硬直した後に慌てて店内から飛び出し始めた。
店内にいた客達が一斉に外へ向かい、店内からテラス席の様子がよく見える状況になるとそこにいたのは拳サイズも大きさのある虫の群れ。
カチカチカチ、と鋭い歯を鳴らしながら木製のテーブルや客が残した陶器製のコップに齧りついていた。
「な、なにあれ!?」
虫嫌いなナナとローリエは鳥肌を立てながら身を竦める。100匹以上いる虫が物や人に群がり、襲い掛かっている状況は気持ち悪いと言う外無い。
「クソッ! クソッ!」
客として店を訪れていた非番の騎士は剣を抜いて虫を駆逐し始めるが数が多い。サチコ達を護衛する私服騎士も加勢に加わっているが、店内にいる虫だけじゃなく外からもイナゴのような姿の虫型魔獣が大量にやって来て数を増し続けていた。
特に飢餓虫は己の仲間を刺し殺した剣に群がり、剣を齧って一瞬でボロボロにする。
剣を齧るのに飽きた虫の一部が男の体に移動して肉を食い始めるとサチコ達は一斉に目を逸らす。目を瞑ったサチコの脳裏には紙に書かれていた内容が思い浮かんだ。
『混乱に乗じて西へ行け』
紙に書かれていた混乱とはきっとこの事だろうと合点がいく。
彼女はポケットから紙を取り出して再び広げるとナナとローリエに見せた。
「こ、これ! 私のポケットの中に入っていたの!!」
2人が紙を注視している間にサチコは「どうしよう!?」とやや混乱状態のまま問いかけた。
「行ってみましょう」
もしかしたら、この混乱は魔族の仕業かもしれない。
この紙を書いた主は自分達に何かを見せたいようだが、それこそが好奇心を煽った罠なのかもしれない。
だが、例え罠だったとしても勇者である自分達が行って元凶を倒さなければ、という使命感もあってローリエは即決した。
彼女の目に宿る決意と意思を感じ取った2人は心に正義の炎を宿して頷いた。
「街を守らなきゃ!」
「そうね!」
自分達の護衛である私服騎士達は虫の処理に追われていて護衛どころじゃなさそうだ。
この場所から別の場所に移動しよう、と声を掛けるのも躊躇うほどに必死の形相で応戦している。
「私達だけで行きましょう」
ローリエの提案に賛同した2人はカフェから飛び出した。
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サチコ達は中央街から西へと続く大通りを走る。
王都中央街の東側で始まったと思われる虫型魔獣の発生。まだ被害は中央街までしか延びていないようで西側にいる人々は虫の発生に気付いていないようだ。
走り続けるサチコ達を不審に見る人々もいるが、彼女達は気にする余裕もない。
中央街の西側端まで来ると彼女達の横にはここから先が王都西街である事を示す看板が。
「ここから歩きましょう」
敵は西で待ち構えている可能性が高いと判断した3人は街行く人々に紛れながら目的地を目指す。
紙に書かれた食堂の看板はすぐに見つかった。
西街にある一番大きな建物の2階部分に掲げられている、一際目立つ看板が目的地だったからだ。
彼女達は店内には入らず、中を様子見できる店舗の窓へと近づいて店内を窺う。
「あれ? 特に何も無いような……」
窓から店内を窺うローリエの目には特に不審な物は見当たらない。
店内には普通に食事する客や食事を運ぶウエイトレスの姿。食べている者達が異形の姿をした魔族でもなければ、店内にいる客が人質になっているような状況でもない。
至って平和な光景に首を傾げるローリエとサチコだったが……。
「ねえ、あれ」
ナナが何かに気付き、窓越しに指を差す。
彼女が指し示した先には大型のモニターのような物が天井からぶら下がっており、利用客はそれを見ながら笑っていた。
「あ、あれって私達じゃない……?」
モニターらしき物に映っているのは間違いなく自分達。しかも映っている姿は勇者として活動している最中のモノだ。
「私達が勇者だって事は城にいる人達以外知らないんじゃ」
だが、どう見ても彼女達がいた元の世界にあったテレビに似た物に映るのは自分達。客達はモニターに映る自分達の姿を見て笑い声を上げている姿は何度目を擦っても現実の光景だった。
何故? とやや混乱し始めた3人が窓越しに聞こえる客達の声に耳を傾けると紙に書いてあった通り、彼女達の胸の中には疑問が芽生え始めた。
「馬鹿だなー。コイツら。こんな魔獣に苦戦すんなよ」
「ははは、やっぱ異世界人は雑魚だなぁ」
「畑にクソを蒔くってアホかよ。神様の力で勝手に作物が育つのに。ありえねーよ」
モニターに映る自分達に向けられる声は罵倒や小馬鹿にするような声ばかり。
村の人達に依頼されて苦労して倒した魔獣に勝ち誇る自分達を指差して爆笑。
魔獣の攻撃を受けて苦しむ自分達を見て失笑し、畑に作物が育たないという事に対して行った意見を大馬鹿者と嘲る。
極めつけは村にいた子供が転んで泣いているシーンだ。
「あんなクソみてえな魔法じゃ傷が残るだろ。医療所に連れてけよ。専門知識もねえのに馬鹿じゃねえ?」
膝から血を流す子供に回復魔法を使っているサチコを指差して溜息を吐いた男が飽きれるように言った。
「どうして……」
窓越しに聞こえる声に辛うじて声を漏らしたのはサチコ。ナナとローリエは聞こえてくる声に信じられないと顔を青くしていた。
聞こえてくる声を認識すればするほど混乱が大きくなる3人。どうして、どうして、と脳内で繰り返す。
自分達は勇者として人助けをしてたのに。国や弱き者達の為にやっていたのに。
ショックを受けている3人に対し、追い討ちをかけるような言葉が聞こえてきた。
「つーか、騎士のあんちゃんは良いよな。絶対、あの中の女の1人や2人ヤってるわ」
「ちげえねえ! エルフも使い放題だろうしな! 羨ましいぜ!」
モニターにローリエに笑顔を浮かべるヨウの姿が映し出されると下品な笑い声が木霊する。
「どういう事よ……」
ヨウと恋人であるローリエは声を震わせながら窓からヨロヨロと離れた。
「こ、これ……。これが疑問……?」
サチコが紙に書かれていた『疑問』の正体に気付くと、再びポケットから紙を取り出した。
「北西の建物に答えがあるって……」
ナナが小さく呟くと顔を真っ青にした3人は視線を合わせて頷いた。
何がどうなっているかは分からない。意味が理解できない。だが、紙に書かれた通りに向かえば――
「行こう」
サチコの言葉に頷く2人。3人は再び駆け出した。
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「あれだ!」
最後の目的地は簡単に見つかった。
走りながら指差すサチコの先には4階建ての建物。王都西側の中でも一番背が高い。
近づくに連れて街行く人の姿は徐々に減っていき、建物の前に到達すると周囲には誰の姿も無かった。
中央街の混乱を収める為に狩り出されているのか、建物を警備する騎士の姿も無く建物の入り口は無防備状態。
3人は疑問の答えを見つけるべく躊躇わずに建物の中へと入る。
建物の中はどこかの企業のような入り口には受付と思わしきカウンターがあり、その奥には扉が見える。
誰もいない受付を素通りして扉の向こうへと入ると、廊下の左右にはいくつかの個室があった。
「何をしている場所なのかしら」
個室のドアにある覗き窓から中を見れば、箱型の魔道具らしき物が机の上に並ぶ。
他の部屋も同様の設備が置かれていて、この場所で何をしているのかという答えは得られない。
だが、4つ目の部屋を覗いた時にナナが「あ!」と声を上げた。
「あれ、私達が映ってる」
無人の部屋の中に大型モニターには先ほどの食堂と同じく自分達の姿が映し出されていた。
だが、映像として流れている訳ではなく一時停止中のようで動きはない。
「中に入ってみましょう」
無人の部屋へと侵入して中を調べるとローリエが小さく呟いた。
「なに、これ……」
彼女の声に誘われてナナとサチコが近づくと、箱型の魔道具には大型モニターと同じ映像が。
「こ、これ、動画の編集?」
映し出された映像の下部分には編集中と思わしきテロップが『異世界人一行は村を訪れて無駄を働く』などと書かれていた。
「これも!」
隣にあった箱でも編集中の画面が映し出されており、恐らく動画のタイトルであろう『異世界人の旅』なんて文字がデカデカと表示されているではないか。
「え!? カイドウ君!? うそ、うそ!?」
別のモニターを見れば国を出たカイドウの姿が。しかも、彼は血を流しながら化物の姿へと変身している最中であった。
学友がおかしな状況になっている事を見せられたサチコは口を手で抑えながら涙を流す。
サチコの声に集まったナナとローリエも口を開けて絶句した。
「な、何なのよ! 何なのよこれ!!」
遂に混乱が頂点に達したローリエは悲痛な叫び声を上げた。
他の2人は何も言わないが彼女と同じ心境を抱く。だが、いくら騒いでも彼女達の『疑問』は解消されない。
どうしてこんな事が、何故、どうして、と喚いていると廊下から男性のモノと思われる声が聞こえた。
「おーい。誰かいるのか?」
声の主はサチコ達のいる部屋へと顔を覗かせて、室内にいる3人の少女達を見て固まった。
サチコ達と男性の目が合い、室内に1、2秒の沈黙が訪れた後に――
「あー……。バレちゃった」
硬直から脱した男性は気まずそうに後頭部をボリボリと掻き毟りながら呟いた。
読んで下さりありがとうございます。




