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150 リデルという名のエルフ


 リデルという名の女性エルフが持つ過去は複雑で悲惨と呼べる部類に入るだろう。


 まず第一に、彼女はエルフではなくハイ・エルフだという事。祖国にいる女帝や上層部に君臨するハイ・エルフも加えて数えればハイ・エルフという種は6人しかいない。


 だが公式には5人とされており、リデルを含めれば6人。6人目である彼女が認知されていない理由は彼女が特殊個体として生まれたハイ・エルフだからである。


 通常のエルフとの違いは扱える魔力量や精霊との交信が出来るかだ。外見的特長はハイ・エルフの方が耳が尖っているくらいであるが、エルフ族が見れば一目瞭然の差である。


 幸いにも前者は自己申告しなければ他者には判別できないし、後者は成長して大人の外見になるまで通常のエルフとの差が出ない。


 リデルの生まれはトレイル帝国であるが、奴隷労働者として親と共にベリオンへやって来た。成長期の過程で親は彼女がハイ・エルフであると気付き、絶対に誰にも言うなと堅く命じた。


 彼女の親は分かっていたのだ。この地獄で珍しい種であるとバレれば実験材料にされてしまう、と。


 娘の髪を伸ばして耳を隠し、魔法は周囲にいる子供と同じ程度のモノしか扱わないようにと言ってベリオンから隠しながら育てた。

 

 親の言う事が理解できる頃には彼女も身の内を明かせば危険が迫るという事は理解できるようになり、今まで親の言う通りにして生き長らえてきた。


 だが、家族だけの空間に限り彼女の親はリデルを見ながら涙を流す事が多かった。こんな場所にいなければ、この子は王として今よりも幸せに生きられるだろう、と。


 こんな地獄に連れて来てしまってごめんなさい、と母が泣きながら抱きしめてくれた事は今でも鮮明に思い出す。


 いつかこの場所から抜け出して、3人で幸せに暮らそうと母を励ます父の顔も。


 しかし、彼女は2人の親が傍にいて一緒に暮らせるだけで幸せだったのだ。どれだけ過酷な世界であろうとも、親の愛を感じられれば満足していた。


 両親が殺されるまでは。


 両親が死んだ事で彼女の悲惨な過去の第二幕が開け、今の彼女を作った要因が生まれた。


 彼女の両親が死んだ理由は人間が原因である事は代わりないが、その原因を作ったのは同族であるエルフであった。


 両親が働いていた場所で他のエルフが盗みを働き、そのエルフが自身の命欲しさにリデルの両親に罪を擦り付けたのだ。


 2人は子がいるから自分の子に与えるために盗んだのだ、と。


 当然、彼女の両親は違うと言ったが信じてもらえず。更には共に働いていた他のエルフ達も人間への恐怖に負けて庇うことすらしなかった。


 こうしてリデルの両親は人間に拷問と実験の材料にされて殺された。


 リデルは両親と仲が良かった女性エルフに引き取られ、両親の死の真相を知らないまま生きて行く。だが、心の中にずっと残る『何故』という疑問はいつまでも消えなかった。


 彼女が1人で生きていけるまで成長すると、彼女は親の死を探った。真相を知れば同族にも原因があるじゃないか。


 その瞬間から、彼女の目には人間もエルフも汚らしい種族として映り始める。


 知人の女性がリデルを引き取ったのは死んだ両親を庇えなかったから。食料品店の亭主もそうだ。


 たまにリデルの住む場所に来て銀貨を「お小遣い」としてくれた親切な中年エルフは両親を死に追いやった張本人。


 どいつもこいつも我が身可愛さに両親を殺しておいて罪悪感で自分を世話し、帳消しにしようとしている。


 世界の真実を知ったリデルはこの日から誓いを立てたのだ。


「両親が夢見たように、この場所から抜け出してやる。どんな犠牲を伴っても」


 これが彼女の複雑な過去。そして内に抱える闇。彼女は目的の為なら何でも利用し、同族ですら捨てる覚悟を持つ。


 何を犠牲にしてもこの地獄から抜け出し、こんな汚い世界ではなく別の場所で暮らしてやると誓った。



-----



 その誓いを立てた日から、彼女は目的達成の為に考え始めた。


 まずは人間の領土から抜け出す方法。これが最大の壁。


 街の出入り口は厳重に見張られているし、外に出ても巡回している騎士がいる。


 運良くこっそり抜け出せてもトレイル帝国を目指すまでに見つかる可能性が高いし、旅の準備を行うにはエルフの収入ではいくら貯めても金が足りない。


 そもそも1人で逃げても外の世界には魔獣がいる。襲われてケガでもすればたちまち魔獣のエサと化してしまうだろう。


 やはり無理なのか、と諦めていた時に勤めていた酒場で1人の女性エルフと出会った。


 彼女はエルフでありながら随分と羽振りが良い。何故かと聞いてみれば、彼女は異世界から召喚される人間の世話役をしていると言うじゃないか。


 とても珍しい職に就労している彼女に興味を抱き、リデルは彼女が来店する度に会話を重ねた。


 水で薄まった酒を何杯も飲んで酔っ払った彼女はリデルに希望を齎す。


「知ってる? この世には転移魔法ってモノがあるのよ。今、世話をしている人間が教えてくれたのよ」


 彼女が世話をしている人間は魔法に強い興味があって、城の部屋に篭って魔法を研究している者らしい。


 彼女が食事を運んだ際に転移魔法を見つけた、と言って喜んでいたそうだ。


「これが魔法陣なんだって。本当かどうかはわからないけどね」


 酔っ払った彼女は懐から魔法陣が書かれた紙を取り出してリデルに見せた。


「これ、貰って良い? 調べてみたい」


「別に良いわよ。どうせ偽者よ」


 リデルは素直に問うと、彼女はヘラヘラと笑いながら頷いた。 


 この日からリデルは仕事が終わると、雑種街に住むエルフ一番の魔法使いが住む場所に通って魔法書を読み漁った。


 半年後、彼女は魔法陣が本物であると結論を出した。


 この結論を出すのに、雑種街イチの魔法使いである年老いたエルフがリデルの調べる魔法陣に興味を抱き手伝ってくれたのも大きい。


 だが同時に老エルフは落胆する。


「これを起動するには莫大な量の魔力、もしくは神の力が必要じゃな」


 落胆する老人にリデルは問う。


「ハイ・エルフでも無理?」


「無理じゃ。必要魔力はハイ・エルフ5人分じゃぞ? しかもこれは禁術。使えば反動で術者は死ぬ。神の力があれば別じゃがな」


「神の力……」


「神力ってヤツじゃな。そういえば、勇者の腕輪には神力が宿っていると言うが……。まぁ、無理じゃ。勇者は人間であるし、我々は近づくことすら敵わん。地獄から抜け出すなど夢のまた夢、という事じゃな」


 ははは、と落胆しながら笑う老エルフ。


 だが、リデルは違った。


(勇者の腕輪……。そうだ!)


 店に来ている彼女の職を思い出す。彼女は異世界の勇者の世話係をしているじゃないか。


 次の日にまた来店した彼女に現在の職の事を問い、詳しく教えてもらう。


 勇者が召喚されると募集が出てそれに受かればなれる、と。


 その日はそれだけしか聞けずに終わってしまい、次の日また彼女が来店する際に次の募集がいつなのか問おうとしたのだが彼女はその日を境に姿を見せなくなった。


 女性エルフが来店しなくなり、店長に問えば城で騒動があって彼女は死んだらしいと噂話を教えてくれた。


 その時は情報が得られなくなったと落胆したが……今は違う。


 噂話を収集すれば城で騒動が起きたという噂が多い。


 そしてある日、1人の人間に買われた日。自分を買った男をベロベロに酔わせてベッドの中でそれとなく聞いてみると――


「あの日は最悪だった。馬鹿が1人、魔法で抜け出したんだからな」


 彼は泥酔しているからかペラペラと喋ってくれた。転移魔法で、とは言わなかったがリデルは全てに合点がいった。


 あの魔法陣は本物。そして勇者の腕輪を触媒にして起動したのだ、と。


 彼女の中に確信と希望が沸いた。


 後は勇者に近づければ目的は果たせる。


 そして、現在。


 王都に戻って来た勇者パーティ。ゲートで解散した後にリデルは事前に用意していた小さなメモをサチコのポケットに忍ばせる。


 サチコ達がまた街に行くのを見送った後に彼女はユウキに華が咲いたような輝かしい笑顔を見せた。


「ユウキ、一緒に街へ買い物に行かない?」


 リデルの誘いに少々頬を赤らめながら頷くユウキ。


「じゃあ、30分後に中央街の噴水前で待ち合わせね」


 ユウキが今から一緒に行けば良いじゃないか、と言うとリデルは少し俯いた後に上目遣いで彼を見つめる。


「もう。好きな男の子には少しでも綺麗な格好で会いたいって女心は分からないの? こんな格好じゃなくて、もっと女らしい格好で貴方と会いたいの」


 彼女の言葉にポカンと口を開けながら呆けたユウキだったが、すぐに我に返って「ご、ごめん」と照れながら笑った。


「じゃあ、後でね」


 ゴローにからかわれるユウキに背を向けて、リデルはまるで悪い魔女のように笑った。 

 

読んで下さりありがとうございます。

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