149 夢のような日々
ユウキ達が活動を始めて1ヶ月が経過した。
彼らは魔獣を相手に戦闘を行いながら王都周辺の村や街を訪れて依頼をこなす。
所謂クエストと呼ばれるような事だ。まるでゲームのようだ、とその手の文化に詳しいナナは大喜び。
ユウキ達も困った人達を助けられるなら、と積極的に行った。
「勇者様。ありがとうございました」
ユウキ達が訪れた村の村長が礼を述べる。彼は顎に白いヒゲを生やした老人で、杖を片手に穏やかな笑みを浮かべて本当に嬉しそうだ。
「勇者様が魔獣を倒してくれたおかげでこの村も平和になります」
今回の依頼は家畜を襲う魔獣の討伐。村に被害を出していた魔獣の正体は狼型の魔獣で、この村周辺ではポピュラーな魔獣だった。
普段は近くにある山の麓に生息しているのだが、何らかの原因で人里まで来て家畜をエサとしていたらしい。
そして、この何らかの原因は魔族の仕業だろうとヨウは推測して皆に説明していた。
そのような経緯があって村にやって来る魔獣を討伐。そして山の麓にある巣も駆逐して戻って来たら村長に礼をされた、といった具合である。
「いえ。お役に立ててよかったです」
村長の礼にユウキが答え、少しばかりの礼金を受け取って彼らは次の街を目指して去って行った。
彼らの背中を見送った村人達は姿が完全に見えなくなると浮かべていた笑みを一斉に消す。
「よし。撤収作業を行おう」
先ほどまで腰をやや曲げて杖を支えに立っていた老人がシャッキリと背筋を伸ばして指示を出す。
「劇団長。討伐の証とか言って持って来た魔獣の死体はどうするんですか?」
老人の隣にいた村長の娘役だった女優見習いは魔獣の死体をどう処理するか問う。
「エルフのエサにでもすりゃいいだろう。私達は小物の回収。エルフ共には家屋の解体をするように言っておいてくれ」
「わかりました。でも、こんな簡単な仕事で一人あたり日当金貨15枚ですか。劇場でやるより儲かりますね」
「全くだ。勇者サマに感謝だな。番組出演で我々の劇団も注目されるし」
偽りの勇者に感謝せなばならない、と軽口を言う劇団長。その言葉に同意した劇団員達は笑い声を漏らす。
そんなやり取りがあった数日後。村は消えて本来のキャンプ場へと姿を戻した。
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「そうそう。そうやって剣に魔石を擦るのよ」
リデルの指示通りにユウキは持っていた剣に魔石を擦らせると彼の持っていた剣は炎を纏ってゴウゴウと燃え始めた。
ただ単に発火したわけじゃない。燃える剣は溶けたりしないし、術者であるユウキが炎に触れてもヤケドしない。
これはエルフが使う技術で、魔獣から採取できる魔石を使った簡単な付与術だ。
「凄いな。これで魔獣との戦闘も楽になりそうだ」
まるで魔法剣のようだ、と喜ぶユウキにリデルもニッコリ笑った。
「ふふ。簡単にはできないのよ。勇者であるユウキだから出来るの。さすがだわ」
リデルは村を出た後に訪れたキャンプ地でユウキに戦力アップになるような魔法を教えて欲しいと乞われ、誰にでも出来る簡易付与術を教えた。
これはエルフが開発した技術であるが本当に誰でも行える。何て言ったって魔力の宿る魔石を対象に擦り付けて魔力を移すだけだ。
この世界の子供でも出来る簡単な技術。彼女は勇者だから出来る、などと言っているが彼を気持ちよくさせる為の嘘でしかない。
簡単故にあまり効力は無く、効果時間も短い。故に実用性が薄く、今は誰も使っていない。
「勇者だから?」
「ええ、そうよ。この勇者の腕輪が補助してくれるのもあるわね。でも、ほとんどは貴方の才能が凄いからよ。貴方が勇者で私も誇らしいわ」
リデルはニコリと笑いながらユウキの腕を取った。
彼女は彼の腕に嵌っている腕輪を撫でながら言うと、美人なリデルに腕を触れられたユウキは顔を赤くしながら照れ笑いを浮かべる。
「そ、そっか」
「ええ。そういえば、この腕輪って外れないの?」
リデルはユウキの手を触りながら腕輪に触れる。
「ああ。勇者にとって大事な物だから取れないようになっているんだ。魔族に盗まれないようにって」
「へぇ。お風呂の時とかも?」
「そうだよ。水に浸けても壊れないし、魔道具って凄いね」
ユウキの言葉を聞いたリデルは「ふーん」と短く答えながら腕輪に視線を注ぎ続ける。
そして目に彼女特有の力を注いで腕輪を見れば確かに魔力とは違う『別の力』があるようだ。これが自分の求める力であると分かると、リデルの胸の内が喜びで跳ねる。
しかし、そのまま腕輪を調べていると腕輪の裏側には『腕輪の位置』を知らせる魔法の刻印が見つかった。
先ほどの喜びは何処へいったのか。リデルは心情を180度変えて内心舌打ちをしながら、この刻印の事を計画に組み込む。
「おおい、イチャイチャし終わったか?」
キャンプ地でテントを張る係だったゴローがニヤニヤと笑いながら声を掛けると、ユウキは赤面したまま慌ててリデルはニコリを笑う。
「い、イチャイチャしてない! 俺達は……」
「あら? そうなの? 残念だわ」
ゴローの冷やかしに言い訳するユウキだったが、リデルは彼をからかうように笑いながら言った。
彼女の言葉を聞いて更に顔を赤くするユウキ。ゴローはやれやれ、と首を振りながら溜息を零す。
出会った当初は無表情ばかりだったリデルだが、今ではすっかり気の良い仲間と呼べる仲になった。
特に仲が良いのはユウキだ。今では前衛として戦う彼のフォローを担当するほどで、常に一緒にいるくらい親密な仲になっていた。
「そろそろ飯が出来るから、イチャイチャし終わったら来いよー?」
冷やかし続けるゴローはそう言って焚き火の方へと歩き出す。
「ったく。俺達も行こう」
親友の背中に溜息を零しながらも満更ではない様子を見せるユウキ。彼は爽やかな笑みをリデルに見せた。
「ええ。そうね」
リデルは地面に置かれた魔石を拾い集め、懐へ大事そうにしまいながら彼の後に続いた。
パーティ内で関係が変化したのはユウキとリデルだけじゃない。
「どう? 美味しい?」
「ええ。さすがはローリエです」
「えへへ」
焚き火を囲みながら甘い空気を出すのはローリエとヨウ。ヨウは夕食当番であるローリエの作った料理を食べて感想を述べた。
彼の感想を聞いたローリエは本当に嬉しそうに笑う。愛している男性に自分の手料理を食べてもらう事がこれほど幸せな事なのか、と噛み締めながら。
「ラブラブですな~?」
一緒に夕食と摂るナナは先ほどのゴローと同じようにニヤニヤしながらローリエをからかうが……。
「ええ。そうよ。貴方も彼氏作ったら?」
ローリエはそんなモノ効かないとばかりに澄まし顔で勝ち誇る。
「うざあああ!?」
「ふふふ」
ここ最近行われる2人のやり取りに苦笑いを浮かべるのは元クラス委員長のサチコ。
「もう。食事時くらい落ち着いてよ」
昼間は命を賭ける戦いをしたのだから、2人がこんなじゃれ合いがしたくなるのも彼女は理解している。
だが、根っからの委員長気質なサチコは軽く注意してしまう。真面目でルールを重んじる彼女ならではの事。当然、2人もそれを理解しているので怒ったりはしない。
「あ~あ。1人身なのは私とさっちゃんだけかぁ。寂しいね~? 今夜は一緒に寝ようね~?」
それどころか、ナナはサチコも巻き込み始めた。
彼女はススス、と身を寄せてきたナナを避けずに受け止めて「しょうがないわね」と溜息を零す。
「おおい。カップルがもう1組追加されるぞ~」
そこにゴローが乱入し、後から着いて来たユウキとリンデを指差した。
ユウキとリンデも焚き火の前に設置した丸太の椅子に座り、キクから食事を受け取る。
勇者パーティとして活動し始めて1ヶ月。ようやく皆が仲良くなってきたと思うとユウキは嬉しく思った。
食事が終われば明日に備えて皆がテントで休み始める。当然、火の番をする為に交代で寝るのだが……。
「さて、寝たか」
異世界人達を先に寝かせたヨウは首をコキコキと鳴らしながら大きく息を吐いた。
「全く。恋愛ゴッコに付き合うのも疲れるな」
異世界人という偽りの勇者に付き合うのは仕事だからしょうがない。ただ、役得もある。
何も知らずに自分に惚れた女に愛を囁けば簡単に抱けるのだから笑いが止まらない。王都にいる1人身の仲間は金を払って欲を解消するが自分はタダだ。
恋愛ゴッコくらいは付き合ってやろう、くらいの温情は沸く。飽きたら捨てれば良いし、彼らの命にはリミットがあるのだから。
「お前もそう思うよなぁ?」
そう言って横にいるリデルへ顔を向ける。
「……仕事ですので」
「そうだな。お前達はそれしか出来ん劣等種だからな。精々、あのガキに尽くして金を貰うと良い」
ヨウは立ち上がり、リデルの隣に座るキクへ視線を向けた。
彼女も彼の視線が何を示すのか既に理解している。彼女は立ち上がって彼の後に続いた。
キクを楽しんだ後にテントへ戻り、自分のテント内で眠るローリエを楽しむ。最近のヨウはそうしてストレス発散するのが日課になっていた。
残されたリデルは彼の言葉を脳内で反芻させた。
『命のリミット』
聖樹王国の国民を楽しませる娯楽と化した彼らは時が過ぎれば役割を終える。
その日は近い。その日が来る前に済ませなければ今までして来た事が全て無駄になってしまう。
リデルは胸ポケットにしまった魔石をポンチョ越しに触れる。
(魔石も十分集まった)
これで後は行動に移すのみ。
(王都に戻った日に決行しよう)
リデルはいつかと同じように、焚き火の炎を見つめながら決行の日を決めた。
読んで下さりありがとうございます。
異世界人とエルフがどうなるか分かるまではストックがあるので毎日投稿します。
恐らく1週間くらい。




