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15 魔王都イシュレウス 1


「お兄さん! こっち!」


 クリフはアンリに手を引かれて森を抜け、そこから20分程度の道のりを歩いて魔王都の入場門前まで来ていた。


(見た目はゲーム内と同じだなぁ)


 アンリと手を繋ぎながらキョロキョロと魔王都の外観を入り口から観察する。


 街は石材で出来た城壁に囲まれていて城壁の角には半円型の城壁塔が設置されており、見張りの兵士が数名立って外の様子を監視している様子が見られる。

 

 クリフ達がゲーム内で拠点として登録していたのは魔王都なので形や造りは見慣れているのだが、ゲームグラフィックとの違いなのか実物の魔王都は古めかしい雰囲気であった。


 もっと素直に言えば、古めかしいというよりもボロい。ダメージを受けた城壁を修理しきれていない、といったところだろうか。


「おじさん! 入っていい?」


 クリフの手を引くアンリは魔王都の入り口――入場門で警備をしていた門番兵に声を掛けた。


「おや、アンリちゃん?」


 アンリに声を掛けられた全身鎧の門番兵は彼女の方へ視線を向けた後、顔を動かしながら視線をアンリとクリフの間を行ったり来たりさせた。


(この人、リビングアーマーか)


 首、というよりは中身の入っていないであろう兜をグリグリと振りながらアンリとクリフを見る門番兵の種族はリビングアーマーだ、とクリフは見抜く。

 

 兜の目の部分には生きている者の瞳が存在しておらず、兜の中身を見ようと視線を向ければ真っ暗であったからだ。


 それに鎧と兜の間にも首が存在せず肌やインナーが見えない。


「出てった時は1人だったのを覚えているんだが……」


 アンリと知り合いらしい門番兵はアンリと手を繋ぐクリフの事を露骨に怪しんでいる。


 怪しんではいるが、クリフの頭から生える角に視線を向けていたので彼を魔族だとは認識しているようだ。


「あのね。森に行ったらね――」


 アンリはそう言って森で遭った出来事を話し始めた。


「そうだったのかい……。兄さん、怪しんで悪かったね」


 リビングアーマーの門番兵はアンリから話を聞き終わると素直に怪しんでいた事を告白した後にクリフへ謝罪した。


「いえいえ。気にしていませんよ」


 門番兵の素直な態度に好感を持ったクリフは首を振った後に笑顔を浮かべた。


「しかし、アンリちゃん。森の手前までしか行かない約束だったろう」


「うう。でも、薬草が見当たらなくて……ごめんなさい」


 門番兵に叱られたアンリは顔を伏せながらションボリとしながら言い訳を付け加えながらも反省の言葉を口にする。


「兄さんも改めてありがとうな。できれば、このまま家まで着いてってくれんか? オークの件は俺から報告しておくからよ」


「ええ。勿論ですよ」


 アンリの母親の件もあるのでクリフは門番兵の提案にすぐさま了承した。


「と、一応規則なんで身分証を見せてくれるかい?」


 身分証、と小さく呟いた後にクリフは困ったように顔を顰めた。


 ゲームをしていたら扉に吸い込まれ、気付いたら森に倒れていたクリフは身分証など持っていない。


 ゲーム内でも身分証になるような物は存在せず、街には顔パス状態で入れていたので持っていなくて当然だろう。

 

(あー。この辺にリアル感を感じる……)


 仕方がない、とクリフは嘘をつく。


「実は別の街から出て来たのですが、魔王都に来る前に寄った森で失くしてしまって……」


 そこでアンリと出会ったんですよー。森ではポーションの素材を探していたんデスヨー。とよくありそうな話をでっち上げた。


「そうかい……。まぁ、悪い人じゃなさそうだしな……。早めに再発行しに行ってくれよ」


「ええ。すいません」


 再発行した後に一度見せに来ることを約束したクリフは無事に魔王都へ入る事が出来た。



-----



 魔王都――魔族領土、魔王国イシュレウスの王都であり魔王都イシュレウス。


 魔族領土に存在する街の中でも一番の面積を誇る場所であり、魔族の王である魔王が住まう居城がある場所。


 城壁で四方を囲まれ、街の北西側に魔王城が聳え立ち、街の中央には大きな時計塔が設置されている。


 街の区画は4つに分かれており、街の縦横中央を十字に大通りが伸びていて北西エリア、北東エリア、南西エリア、南東エリアと名がつけられている。


 魔族領土の建築物に使う材質は基本的に石であるが、多種存在する魔族の種によって居住空間は変わっているのが魔王都の特徴だろう。


 例えばオーガやミノタウロスなどは総石造りの家だがドリアードは土の床に石の壁、家の真ん中に自らの根を移した木が生えている家だ。


 もっと特殊な居住空間でいえば、コボルト族は石の壁と屋根に囲まれた家の地面に穴を掘って穴の中で寝ていたりする。


 そんな訳で、魔王都に建ち並ぶ家の高さはまちまちで街並みが綺麗とは言い難い。


 食事処や物を売買する商店は魔族領土のスタンダードな石造りだが、宿の種類は多数存在しているので店の入り口に利用できる種族の一覧が書かれた看板が備え付けられているのが通常である。


 雑多な魔王都の大通りを歩き、アンリの家がある北西エリアを目指す2人。


 アンリは家に到着すると扉を開けてクリフを家の中へ招き入れた。


「お母さん!」


 アンリの家の中は土の地面に太い木が植えられており、3mほど伸びている大木の傍には布団のようにふかふかの芝生が生えていた。


 その布団型芝生の上にはアンリを成長させたような女性が横たわっている。


「アンリ……そちらの方は?」


 娘の声を聞いた女性――アンリの母親は上半身を起こして娘とクリフを見つめる。


「私を助けてくれた人! お母さんのケガを治してくれるって!」


「助けてくれた? アンリ、どういう事なの?」


 娘の口から不穏な言葉を聞いた母親は娘を問いただして訳を聞こうとするがクリフがそれを中断させた。


「まぁ、まぁ。まずはケガの具合を見ましょう」


「は、はぁ……」


 中断されてしまった母親は少々困惑しながらクリフへ怪我した箇所を見せる。


 彼女の怪我は右足にあり、右足首には包帯が巻かれていた。


 クリフが包帯を解くと患部は何かに噛み付かれた後があり、骨は折れ傷口は縫われているが右足首が黒く変色していた。


 恐らく魔獣に噛み付かれたのだろう。しかし、ポーションや治癒魔法で処置をせずにいたせいか立つこともできないであろう右足は酷い有様になっている。


「森に出掛けた時に魔獣に噛まれてしまって……」


 森へ花を摘みに行く仕事をした際に運悪く狼型の魔獣に襲撃されてしまったとの事だ。


 不幸中の幸いだったのは襲われた際、近くに巡回していた兵士がいたらしく命までは取られなかったとアンリの母親は教えてくれた。


「なるほど。大変でしたね。魔導の1、キュア。魔導の1、ヒール」


 クリフは母親から話を聞き終わると、持っていた白い杖を患部に向けて魔法を2つ発動。


 患部の様子が『状態異常:腐敗』に似ていたので念の為に状態異常を治す『キュア』を発動させた後に傷を治す『ヒール』を発動させた。


 アンリの母親の右足は緑色の光で包まれ、光が収まると彼女の右足は怪我をする前の状態に戻っていた。


「す、すごいわ……。こんなに綺麗に治るなんて」


 アンリの母親が呟いた言葉を聞いたクリフは驚きながら顔を向ける。


「え? こんなに綺麗に治らないものですか?」


「は、はい。治癒師の方やポーションで治療しても傷が残るか後遺症が残ると思いますが……。現に薬師の方にはそう言われました」


 怪我を負った当日に診察に来てくれた薬師がいたらしく、ポーションは品切れだが痛み止めは処方してくれたらしい。

 彼女は診察してくれた薬師から聞いた話だと説明してくれた。


(うーん? 知力ステータスの差? 魔法熟練度の差?)


 クリフは彼女の話を聞いて違いを探る。


 正解は魔法の熟練度だ。


 クリフはゲーム内で魔法の熟練度を最高値まで上げており、更には種族特性で効果が上がっている。


 最高値の更に1歩上、といった効果を出せる結果、現世の治癒師よりも怪我や病気を完璧に治せる状態であった。


 因みに熟練度はゲーム内では魔法を使っていれば勝手に上がるが、現世では魔法への理解度や使い慣れているかどうか、というのが関わってくる。


 魔法への理解度もクリフはゲーム内にあった魔法の説明が書かれている本――テキストを読み込んでいたので術式理論から理解している。


 ゲーム内で励んだ魔法研究とゲームプレイで魔法を使っていた経験が、現世でも魔法を違和感無く使えている理由である。


「とにかく治って良かったですよ」


 理由を探るのは一旦止めて、クリフは笑顔を浮かべながら怪我の完治を喜ぶ。


「お兄さん! ありがとう!!」


 大好きな母親の怪我が治ったのを見たアンリは満面の笑みでクリフへ抱きついた。


「んほっ。いやいや、構わないとも」


 アンリに抱きつかれて表情が崩壊しそうになったが、母親の前なのでキリッと引き締める。


「あ、あの。お代は……。我が家は母子家庭なのであまり蓄えがありませんので、高額ならば少し待って頂けると……」


 なら娘さんを下さいと言いそうになったクリフだったが、グッと我慢して首を振った。


「いえ、お代はいりません。ですが、この事は誰にも話さないでくれますか? 怪我人が押し寄せてしまうと……その」


 クリフは怪我を治す為にイベントを制した訳ではない。


 パーティメンバーと冒険をする為に制したのだ。


 魔王都で永住する気は無いし、よく知りもしない人の怪我を治す街治癒師になんてなってしまえば冒険なんぞしてられない。


 今回依頼を受けたのは美少女たるアンリのお願いだからだ。


 逆に言えば、美少女が怪我をしていたら全力で治してしまうのだが。


「わかりました。他言致しません。アンリ、あなたも言ってはダメよ?」


「うん。約束、守るよ!」


 アンリの母親はクリフに何か事情があるのだと察し、アンリは普通に良い子だった。

 

 誰かに怪我が治った理由を問われれば知り合いにポーションを譲って貰った、という事に話し合いで決めた。


「すいません。助かります。あと、しばらくは魔王都に滞在するので良い宿とか知りませんか?」


 アンリの母親から魔王都オススメの宿を教えてもらい、別れを寂しがるアンリに悶えながらも再会を約束してクリフはアンリの家を出て街へ繰り出した。


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