148 雑種街
建物の間にある暗い路地を進む女性の名はリンデ。
勇者パーティの1人として人間による審査と面接をパスしたエルフである。
勇者パーティのメンバー募集は一定の周期で行われ、募集枠にはエルフにも枠が用意されている。仕事内容を簡単に言えば勇者と呼ばれる者達を接待する事だ。
すごい、さすが、とヨイショして徹底的に気持ちよく過ごして貰う為の人員。時には言葉以外でも気持ちよくなってもらう必要があるのだが今回の勇者は若く、そういった事はすぐに必要にはならなかった。
この接待人員は凄く人気が高い。何故なら採用されれば国が用意してくれた人並みの洋服を着れるし、勇者達のおこぼれとして人並みの食事も摂れる。
しかも身なりを良くせよ、という名目で賃金も貰える。これは王都でエルフ達の住む場所、陽を浴びることの無い王都の裏路地から辿り着ける『雑種街』で娼婦をするよりも収入は多い。
故に人気は高い。といっても、募集に食いつくのは人間に屈服したエルフや人間との間に生まれ、父親不明のハーフエルフ達だけ。
未だ人間に反抗心を持ち、心の中で牙を研ぐエルフは募集に参加する事はない。
募集に参加したリンデも人間に対して反抗心を持つエルフの1人だ。必死になって審査と面接に勝利した理由は人並みの生活がしたいからじゃあない。
彼女には彼女の理由があって参加したのだ。
リンデは入場ゲートで今回分の賃金を受け取った後に自分の住処へ向かう。
共にパーティメンバーとなったキクは聖騎士であるヨウに連れて行かれてしまった。
彼はキクのように胸の大きな女性が好みのようで、少々貧相なリンデはあまりタイプではない様子。
だが、最近は自身の体が貧相でよかったと心から思えるのだから昔ほど不満はない。
王都中心街から東側へ暗い裏路地を進んで行くと、建物の間に広場が見える。その広場にはまるで地下鉄の入り口のような、地下へと続く階段が見える。
この階段を降って行くと華やかしい聖樹王国王都の裏側へ続く。聖樹王国王都の闇である、雑種街。
聖樹王国全体を縦に二分割し、東側の地下にはエルフとハーフエルフの住む地下街が広がっているのだ。
地上が整備されて綺麗に区画分けされ、建物も統一されており、清潔感溢れる素晴らしい街。逆に雑種街は石のブロックで作られた壁と石の床で作られた汚らしくみすぼらしい街と呼ぶに相応しい。
階段を降りれば人間によって暴行されたのであろうエルフの青年が壁にもたれ掛りながら、ピクリとも動かない。
彼の傍には彼の血らしきモノが飛散して壁や床を赤黒く染めており、死んでいるのか気を失っているのかは見た限りでは判別できない。
そして、その汚れた壁と床を掃除しにやって来たであろう、掃除道具を持った小さなハーフエルフとリンデは目が合う。日常茶飯事な光景を前に、お互いに何も言わずすれ違った。
雑種街入り口付近には人間がエルフを使って商売をする店が並ぶ。
雑に並ぶ店はエルフが人間にお酌する店、人間がエルフを抱ける店の2種類。所謂、風俗街と呼ばれるラインナップだ。
リンデが歩く近くでもセクシーなナイトドレスに身を包んだ小奇麗なエルフが人間の腕を抱きしめ、媚びるように目をとろんとさせながら店に誘う姿が何組も見受けられる。
こういった仕事に就くエルフ達は全てを諦めた者達が多い。次点で人間に取り入って少しでもマシな生活を送りたいと願うエルフだろうか。
通常ならば風俗街と言ってもルールはあるだろう。例えば殺人を禁止している、などだ。
だが、ここは違う。ここは人間の楽園であり、エルフにとっては地獄の場所。
人間はエルフに対して何をしても罪に問われない。殺害しても、強制的にエルフの女を孕ませても、それらのように生き物を物のように扱う行為をしても一切罪には問われない。
逆に人間同士で問題が起きると言えば雑種街で働いているエルフを自身の店に引き抜く行為だろうか。
引き抜き行為や気に入ったエルフを奴隷として地上に持ち帰る行為は風俗店を経営する人間と交渉せねばならない。ただ、引き抜かれたエルフがその先幸運が待っているか、という話は別問題。
故に雑種街に並ぶ店で働くエルフ達は必死だ。人間の機嫌を損なわないように。殺されないように。引き抜かれて地上に連れて行かれるのであれば、より良い環境を持つ人間に引き抜かれるように。
ここまで語った中でエルフの女性だけが不幸なのか、と思うかもしれない。答えは否だ。ここは全エルフにとって地獄の地。
男も男で男娼として働く者も多い。長寿で若い見た目が長く続くエルフの男も人間の欲を満たすには人気の商品と言える。
若いツバメを求める人間の中年女性もいれば、幼い男エルフを求める人間の男性も存在するのだ。彼らの未来は先に語った通り、女性のエルフと変わりない。
そんな闇の渦巻く風俗店の並ぶエリアを抜けるとエルフ達が住む住居や食料販売店などが見え始める。
ただ住居といっても廃木材で作られたボロ小屋がほとんどで、食料品店などの生活に重要な店は石ブロックで造られた建物といった具合。
「おう。リンデ。戻ったのか」
雑種街に2軒しかない食料品店の1店を営む中年エルフの亭主に声を掛けられたリンデは足を止めて頷いた。
「ええ。どうしたの?」
ここで声を掛けてきたという事はその人物に何かお願いがある事がほどんどだ。
それは正解だったらしく、亭主の男は少々気まずそうに用件を述べた。
「実は息子が病気になってな。薬を調達したいんだ」
満足に賃金を得られないエルフ達にとって、地上で買える薬は高価な部類に入る。特に人間にとってエルフは『死んでも気にしない家畜以下』である。
暴利を吹っ掛けられたり、薬とは程遠い何かを売られる場合もあるので信用の置けるエルフが材料を集めて作った薬を使わなければならない。
薬の材料を手に入れる手段も限られるし、地上で買う材料も高価だ。故にエルフが仲間用に作った物も数が少ない為に値が張ってしまう。
雑種街で2軒しかない食料品店という比較的安定した商売をしている彼の収入でも足りない。
「良いわよ。いくら?」
故に金を持っているエルフに都合してもらう、という手段はここでは普通になっていた。
借金とは違い、助け合いといった側面の方が大きい。そうもしなければ生きていけない地なのである。
「銀貨10枚ほど頼めるか?」
「ええ。平気よ」
リンデは首からぶら下げていた財布袋の中に手を突っ込んで言われた金額を手渡す。
「すまねえな……」
「良いのよ。気にしないで」
勇者のパーティメンバーになったリンデは雑種街の中でも屈指の稼ぎを誇るだろう。
今回人間から受け取った報酬も金貨1枚。人間の平均日給は金貨5枚なので人間とは比べ物にはならないが、エルフの中では随分と高給取りの部類だ。
この地では何より貴重な金であるがリンデは迷わず亭主に渡した。
何より、自分の目的が達成された後には彼らに多大な迷惑が掛かると知っているからでもあるのだが。
「代わりといっちゃなんだが、これは夕飯にしてくれ」
亭主が金銭の代わりに差し出したのは店で売っている魔獣の肉。渡された魔獣肉は大体、200グラム程度だろうか。
人間は主に家畜である牛や羊肉を食べるので、質の悪い魔獣肉はエルフ用と言われているがエルフにとってはご馳走だ。
いつも店に並んでいるのは時間が経って少々乾いた肉が多いが、手渡された肉は見るからに新鮮そうだ。食料調達班と呼ばれる聖樹王国の外で魔獣肉を調達する狩人が卸したばかりの物なのだろう。
余談であるが、魔王国のダンジョンで取れるカウ肉は人間が飼育する牛よりも質が良く美味い。彼女が手渡された魔獣肉はダンジョンが出来る前に魔族や亜人が食べていた魔獣肉と同等の物である。
「良いの? これも売れるじゃない」
「詫びの品に残しておいたんだ。持って行ってくれ」
この肉を売っても銀貨1枚にもならないから、と言われてリンデは有難く受け取った。
亭主に別れを告げて帰路を進むとようやく彼女の住まう場所に辿り着く。
彼女が足を踏み入れたのはエルフ用の酒場だ。年老いたエルフが営む、水で薄めた酒とちょっとした料理を出すだけの寂れた店。
「おかえり」
年老いたエルフは木のコップを拭きながら入店して来たリンデへ声を掛けた。
「ただいま。これ、貰ったから夕飯にしましょう」
リンデは先ほど受け取った肉をバーカウンターに置き、加えて財布袋から銀貨5枚を取り出して一緒に置いた。
銀貨5枚は家賃としては多い金額だ。銀貨5枚の中には彼女が住処である地下で何をしているか、という件の口止め料も含まれる。
「毎度」
「ええ」
その事を知る彼も当然何も言わない。金さえ貰えれば告げ口はしない。そういった契約だ。
「食事ができたら教えて」
リンデはそう言い残して自室である地下室へ向かう。
この店の地下室は2部屋あって、片方は酒と食料が備蓄されている倉庫。もう片方が彼女の部屋だ。
元々両部屋とも倉庫だったのもあって彼女の部屋は広い。
20畳程度の部屋の中には彼女が寝るベッドと本の積まれた机が置かれ、机の脇には護身用の手斧が立て掛けられている。
何より床には部屋のほとんどを占めるほどの巨大な魔法陣が描かれていた。
彼女はポンチョと財布、革の軽装を脱いで机に投げる。ベッドに腰掛けながら床に描かれた魔法陣を見て呟いた。
「あとはどうやって手に入れるか……」
人目に付かない場所を得て魔法陣は作った。
だが、彼女の目的を果たすにはあと1つ足りない。彼女は最後の1つを得る為に、憎き人間に頭を下げて勇者パーティに入ったのだ。
「5人もいるし、チャンスはあるわよね……。次からは積極的に接触を図ろうかしら」
これからどう動くべきか。どうやったらアレを手に入れられるか。
彼女は上にいる年老いたエルフから声を掛けられるまで思案を続けた。
読んで下さりありがとうございます。
恐らく次回投稿からは夕方5時頃に更新となります。
次回投稿は金曜日です。




