表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

168/306

147 勇者達の自由時間


 聖樹王国王都は魔族や亜人達の国とは違って壁に囲まれていない。


 街を壁で囲む理由は魔獣が街の中に侵入しない為とされるのが主であるが、聖樹王国領土内では騎士団が常に巡回して魔獣を駆逐しているので被害はほぼゼロだ。


 領土内を見ても魔獣による死傷者の出るような大きな事件は発生しないが、領土内にある小さな集落や村では多少の被害が発生していると言う。といっても家畜を殺されて食われた、といった程度だが。


 壁が無い聖樹王国王都の入り口は4箇所。東西南北に設置されたゲートが入場門代わりとなっている。


 ゲートには警備員の駐在する小さな待機所があり、それを見たユウキ達は元の世界にあった高速道路の料金所じゃないか? などと思ってしまう。


 ベリオン聖樹王国内で普及しつつある車を利用する者もいるのでゲートは車専用と徒歩の者専用の2種類に分かれているのだが、車専用の方に視線を向ければ高速道路の料金所と感想を漏らすのは無理もない。


 王都内に入るには入場料として銅貨1枚。聖樹王国内全体の相場で見れば銅貨1枚で菓子パンが1つ買える。良心的な価格設定で文句は無いそうだ。


 徴収した入場料は王都の美化や公共施設の維持管理費に充てられているそうで、王都まで続く道の整備もこれらの費用で賄われているとヨウが説明していた。


 そして、この2種類のゲート脇には騎士団専用のゲートがあり、ユウキ達はそこで聖騎士に装備類を渡している最中であった。


 王都内に装備の持ち込みは禁止されていないのだが、ユウキ達が預けている理由は装備のメンテナンスをしてもらう為。


 初めて戦った魔獣相手に装備品を気遣う余裕など無い。今後も魔獣狩りを続ける彼らの為にも装備のメンテナンスを行って万全な体制を取るという国の方針があるからだ。


「さて、皆さん。王都内に帰還したので、あとは城に戻るワケですが出発時に私が言った注意事項は覚えていますか?」


 装備を預け終えたユウキ達にヨウが問いかけるとナナが元気良く手を挙げた。


「勇者だと言わない事!」


「はい。正解です」


 ナナの答えにニコリと笑みを浮かべるヨウ。


 国が異世界から勇者を召喚したという情報は国民に伏せられている。勇者を召喚しなければ敵に勝てない、魔族と亜人の脅威はすぐそこまで来ている、といった不安を与えない為の配慮だとヨウが出発前に告げていた。


 故に彼らは自分から勇者であると明かしてはならない。城下にいる際は普通の人間であるフリをするように、と言われていた。


「城に戻るまで自由時間としますが絶対に1人では行動しないように。護衛の私服騎士と共に移動して下さいね」


 引率の先生のように人差し指を立てながらヨウが念押しすると、異世界召喚された男女の青年達は「はい」と元気良く答えた。


 彼らは普段は城内にいるのでまだ『異世界の街』というモノに慣れていない。慣れていないが故に興味と好奇心が疼く。


 街で暮らす人々はどんな生活をしているのだろう。美味しい料理は売っているのだろうか。こちらの世界のファッションはどんなモノなのだろう。


 与えられた自由時間で『異世界』という文化を楽しみたい、とドキドキワクワクしてしまう。


「では、ここで解散です。明日もありますからね。あまり遊びすぎないように」


 早く自由時間を満喫しないと顔に出ているユウキ達を見てクスリと笑うヨウは彼らの期待に応えるべく解散の言葉を述べた。


「ねえねえ、ローちゃん、さっちゃん! 服見に行こうよ!」


「そうね。お金も貰ったし、洋服は欲しいわね。普段は制服だし」


「あまり無駄遣いしてはダメですよ! 国から貰ったお金なのですから!」


 護衛の私服騎士を連れてキャッキャッとはしゃぎながらゲートを潜る女性陣。彼女達は異世界に来てもオシャレしたいという気持ちに変わりはない。


「俺達はどうする?」


「街で買い食いしようぜ。腹減っちまったよ」


 ユウキとゴローは街をブラつきながら買い食いの旅に出るようだ。


 護衛騎士によろしくお願いしますと頭を下げた後、彼らは街の中心街へ向かった。


 彼らの向かった王都中心街は商店ひしめく商売の激戦区と言える場所である。個人商店から奥様御用達の市場まで。一流の品が揃う何でも区画。


 食品類だけでなく、雑貨や洋服を取り扱う店も多く存在しているのでベリオン聖樹王国領土内で流行の中心地となる場所は常に人が多い。


 ユウキ達が大通りを歩いていると4階建ての店にナナ達が入って行くのが見えた。取り付けられた看板を見ればファッション関係を一纏めに扱う店のようだ。


 きっと門限の夕方まであそこから動かないのだろう、とユウキとゴローは同じ感想を抱きながら自分達の目的を果たすべく周囲に目を向ける。


「あの屋台から攻めよう」


 ゴローが指差したのは美味そうな匂いを漂わせる屋台。屋台の亭主が準備している様子を観察すると、扱っているのは肉料理のようだ。


 食欲旺盛な彼らは脇目も振らずに屋台へ向かった。


 屋台のオヤジはサイコロステーキのような肉を鉄板で焼き、それを紙皿に盛ってタレをかけた。アツアツの肉と食欲をそそるタレの匂いを嗅ぐと自然とヨダレが出てしまうではないか。


 列に並んでいる最中、前方にいた購入者を見ていると受け取った紙皿の脇に添えられた楊枝のような物で肉を刺して口に運ぶスタイルをユウキ達に見せる。


「オヤジさん! 2皿ちょうだい!」


 美味そうな匂いに我慢できないゴローはやや大きな声で注文してしまった。


 鉄板に目を向けていた屋台のオヤジは「ははは」と小さく笑い声を漏らし、食いしん坊が現れたと思っていたのだが……。


「お、おう。いらっしゃい」


 顔を上げてゴローの顔を見た瞬間に少々戸惑う仕草を見せた。 


 屋台のオヤジが見せた戸惑いに疑問符を浮かべていたゴローだったが、何故かと問う前にオヤジが苦笑いを浮かべた。


「すまねえな。あまりにも元気良かったから近所の子供が来たのかと思っちまったぜ」


 想像していた年齢像とかけ離れていた事にビックリした、と言うオヤジ。一緒にいたユウキは少々顔を赤らめながら肘でゴローの脇腹を小突いた。


「ははは。お詫びにとっておきの肉を焼いてやるよ」


「マジかよ! やったぜ!」


 屋台のオヤジは今焼いている肉を皿に盛ると、背後にあった箱から肉を取り出して包丁で切り分ける。その後に慣れた手つきで肉を焼き始めた。


「ほらよ。2皿で銅貨10枚だ」


「ありがとう!」


 皿を受け取りながら料金を支払ったユウキ達は歩きながら楊枝で肉を刺して口に運ぶ。


 その様子を見送っていた屋台のオヤジは、彼らが完全に離れるのを見計らって安堵の息を漏らした。


「ふぅ。あぶねえ、あぶねえ」


 まさか自分の店に来るとは思わなかった、と内心感想を漏らす。


「おい、オヤジ。とっておきの肉って何だよ?」


 ユウキ達の後ろに並んでいた客がオヤジに問うと、彼はニコリと笑いながら肉の正体を告げる。


「はは。とっておきなモンかよ。ありゃあ、捨てる部位さ。アイツ等にゃアレで十分」


 商品価値の無い普段は捨てている肉の部位である、普段焼いている肉の部位の方が美味い、とオヤジは説明した。


「なんだ。そういう事か。まぁ、そりゃそうだわな。オモチャに上等な肉を食わせるワケねえか」


「あたりめえだよ。こっちも商売だからな」


「アイツらがいたって事は配信にこの店が映ったんじゃねーか?」


「かもしれねえなぁ。明日から売り上げが伸びるかな?」


 がははは、と笑い声を盛らす屋台のオヤジと客。話を聞いていた住民も釣られて笑い声を盛らした。



-----



 買い食いの旅を終えたユウキとゴローは満腹になった腹を摩りながら大通りを歩く。


「いや、食った食った」


「俺は食いすぎたよ……」


 背が高く体格も良いゴローは屋台を巡って5品も食べた。付き合っていたユウキは少々食いすぎたのか苦しそうだ。


「しかし今日は良い日だなぁ」


 どの屋台に行っても何かしらのサービスをしてくれるという幸運に遭遇。


 次もサービスしてくれるのは流石に無いだろうが、とにかく王都に暮らす人々は気が良い人ばかりだなと2人同じ感想を漏らした。 


 異世界と言われれば文明が遅れていて不便な事が多く、剣と魔法のある世界では人が死ぬほどのトラブルがある危険な世界かと思っていたがそうじゃない。


 元の世界と比べても文明は発達しているし、暮らす人々も人情があって親切だ。2時間程度王都を徘徊しているが、何かしらのトラブルが発生した雰囲気も無い。


 魔獣が外をうろついている、魔族と亜人に侵略されている、という事実を除けば住みやすく楽園のような場所だと言えるだろう。


「俺達が頑張らなきゃな」


「そうだね」


 ユウキとゴローは大通りを歩きながら笑顔で夕飯の献立を話し合う親子や仲睦まじく手を繋いで寄り添うように歩くカップルを見ながら呟いた。


 彼らが平穏に暮らし、侵略の犠牲にならない為にも勇者として召喚された自分達が頑張らなければならない。


 そう決意させるのに十分な自由時間だった。


「あれ?」


 2人が勇者としての自覚を胸に刻んでいるとユウキが路地裏に入ろうとしている人物を見て声を漏らす。


 ユウキが見つけたのはパーティメンバーとして加わったエルフのリンデ。


 彼女は旅に出ていた時と同じく、革で作られた軽装とポンチョのようなマントを羽織ながら建物の間にある薄暗い路地に入って行くところであった。


「そういえば彼女にお礼言ってなかった」


「そうだな。せっかく仲間になったんだし、声をかけようか」


 路地裏に入って行った彼女を追いかけようとした時、何者かの手がユウキ達の肩を掴む。


 突然の出来事にビクリと体を震わせながら振り返ると、そこにはゲートで紹介された護衛の私服騎士が2人立っていた。


「近づいてはなりません」


 私服騎士は真剣な顔でユウキ達へ告げる。彼の言葉には忠告よりも重みがり、本気で制止しているのが容易に感じられた。


「どうしてですか?」


 だが、何も知らないユウキが理由を問うのは当たり前。私服騎士は真剣な表情のまま理由を述べた。


「彼女は国から任務を受けています。王都内に魔族や亜人が潜伏していないか調べているのです」


 だから不用意に近づいては彼女の邪魔になる、もしも行った先で魔族や亜人がいたら王都内で戦闘になってしまう可能性がある、と私服騎士は説明した。


「そうでしたか……」


 ミナトの事もあってユウキは魔族が王都内にいる可能性もあると聞かされていた。


 彼のような被害者を出さない為にも慎重に動かなければ、と言われれば納得せざるを得ない。


 ユウキがもう1度、彼女が進んで行った路地を見る。


 そこには既に彼女の姿は無く、行き先の見えない闇があるだけだった。 


読んで下さりありがとうございます。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ