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幕間 トレイルの女帝 3


 聖樹王国から来た者達がいる会議室前まで辿り着くと、ファティマは入室する前に一度深呼吸をして気持ちを押さえつけた。


 そしていつもの感情が無くなったかのような真顔を浮かべて聖樹王国が求める『人形』へと自分を変える。


 何十年と続けてきた演技は最早自分の一部となり、本場の女優すらも驚くほどの素早い切り替えを披露しながらドアノブを捻った。


「申し訳ない。お待たせしました」


 ファティマは会議室の中に入る。会議室の中には数名の聖騎士と研究者、加えて責任者であるトッドがリラックスした態度で椅子に座っていた。


 トッド達の余裕さがファティマの心を苛立たせるが表には出さない。だが、室内にシズルがいないかとつい視線で探ってしまう。


 デリアに似た彼女は会議室にはいない。きっと別室か用意した客室に連れて行かれたのだろう。


「いえ、構いませんよ。体調が優れないと聞きましたが?」


 トッドの言葉にファティマはピクリと反応しそうになったが、一瞬だけぐっと体を硬くして抑えた。


 室内にいた自分の側近に目を向けると彼が小さく頷く。城の玄関で1人別れたファティマをフォローすべく、彼が言い訳として使ったのだろうと察した。


「ええ」


 彼女は嘘がバレないよう、相手に合わせるように短く頷く。


 すると、トッドは笑みを浮かべながら――


「そうですか。数少ないハイ・エルフなのですから体調管理はしっかりしないといけませんよ?」


 どの口が言うか! と怒鳴りたくなるような台詞をファティマに向ける。


 お前達が侵略など始めなければ、お前達がこの国に来なければ、お前達がこの世界にやって来なければ。


 今すぐにでも何十年と溜め込んだ恨み言を吐き出して、この場にいる全員を殺したくなる。


 だが、それは無理な話だ。


 圧倒的な力を持った聖騎士に『聖樹王国の叡智』と呼ばれて英雄として崇められるトッドには『最後の魔女』と呼ばれる大魔法使いのファティマすらも敵わない。


 むしろ、この会議室にいる4人の聖騎士とトッドが本気を出せばトレイル帝国は滅ぼされてしまうだろう。


 故にファティマは感情を捨てるように我慢する。マグマのように煮え滾る怒りを押し殺し、無表情のまま相手の話に合わせるのだ。


「はい。お気遣いありがとうございます」


 ファティマは返事をした後に椅子に座ってトッドを見た。


「では、さっそくですが、今後の行動予定を教えて頂けますか?」


「はい。そうですね。まずは……」


 ファティマが問うとトッドが胸ポケットから黒革の手帳を取り出してページをめくり始めた。


「まずは簡易研究所の確保ですね。精霊の祠付近に作ります。研究所が出来たら早速、研究に入りますので。貴方は特に何もする事はありません。精霊もこちらが捕まえますので」


 他人の国に来ていながら随分と好き勝手に物言うトッドであるが、何度も言うようにトレイル帝国はベリオン聖樹王国に逆らえない。


 国のトップであるファティマに自分達は好き勝手やるから関わるんじゃないと言える態度が彼らの上下関係を示していた。


 更にトッドは聖樹王国から機材や研究所建設ようの物資が届くので受け入れる準備をしておくように、と付け加える。


 トレイル帝国の仕事と言えば物資の受け入れと土地の提供、そして精霊を生贄にするだけだ。


 ファティマはそれに許可を出すだけ。反論も妥協案を出すことも許されない。何とも滑稽で惨めな女帝だ。


 だが、精霊に関しては一言言っておかなければならない、と彼女は意を決して口を開いた。


「精霊を乱獲するのだけは、申し訳ありませんがご遠慮下さい」


 ファティマは椅子に座りながらも深々と頭を下げて請う。


「ええ。精霊が全滅したら貴方達が使い物にならないのは承知しています。だから、安心しなさい。まだ貴方達には利用価値があると上が判断していますので」


 トッドは憎たらしい程の爽やかな笑顔を浮かべて残酷な現実をファティマに、エルフという種族全体に宣告した。


「はい……」


「では、こちらの要求は伝えましたので頼みますよ」


 トッド達の一方的な要求が終わると、彼らは席を立とうとするがファティマは質問を投げかける。


「あの女性勇者の方も研究を行うのですか?」


「ん? 何故です?」


 ファティマは一番聞きたい質問を問うたが、トッドは彼女の中にある意図には気付いていない様子。


「いえ、世話係の人数を決めなければなりませんので」


 彼女は十分に歓待する意志がこちらにはある、と匂わせるような当たり障りの無い事を言って誤魔化した。


「研究の最終段階で手伝ってもらうつもりなので、彼女はしばらくは城で暮らしてもらいますよ。まぁ、帝都観光でもさせて下さい」


「そうですか。承知しました」


 これはチャンスだ、とファティマの中に小さな希望が沸いた。


 

-----



 トレイル帝国にやって来たシズルは国賓級の歓待を受けていた。


 到着するなり通された客室は元の世界ならば高級ホテルのスイートルームと言って良いほどの広さと煌びやかさを兼ね備えた部屋で、ベッド脇にあるベルを鳴らせば廊下に待機しているメイドが用を聞いてくれるという。


 中流家庭育ちのシズルは終始圧倒されるほどの待遇を受けて目が回ってしまう。


 きっと元の世界でも国の要人や有名アーティストなんかはこんな待遇を受けているのかな、などとふと思ってしまいながらベッドに少々横になって天井を見る。


 天井には綺麗なシャンデリアが備わっており、魔法の光らしきモノが室内を明るく照らす。


 そんな光を見ていると自分の未来はどうなるのだろう、と常々抱いていた疑問に対しての問答を始めた。


 トッド達と共に困っている人々を救うポーションを作るのは良い。人間とエルフを脅かす魔族と亜人と戦うのは抵抗はある。


 前線に出て誰かを傷つけるというのは、自分には無理だ。でも、勇者としての勤めを果たさなければ召喚された他の者達の迷惑になってしまう。


「どうすれば……」


 召喚されて以来考えているが答えは未だ出ていない。


 胸の中でモヤモヤとした気持ちを抱いているとドアがノックされた。


「シズル様。食事のご用意が出来ました」


「はい、今行きます」


 シズルはメイドに連れられて案内された場所に行くと到着した場所は城内のホールであった。 


 食堂でトッド達と一緒に食べるのかと思いきや、目の前にあるのはパーティ会場である。


 様々な歳のエルフが会場内にいて、姿を現したシズルに揃って頭を下げるではないか。


「こ、これは……」


 まだ学生の自分に深々と頭を下げるエルフ達を見て、シズルは驚きを通り越して恐怖を抱いた。


 それほどまでに勇者という存在は位が高いのか、これから行うポーション開発がどれほど期待されているのか、と考えが頭の中で駆け巡る。


 その後、重要な事に気づいてしまった。


 周囲にいるエルフ達は正装だ。女性はドレスを着ている。だが、自分の服装は……と、自身の着ている服を見れば学生制服だった。


 どうしよう、と顔を青くしていると1人の男性が近づいて来た。


「ああ、シズルさん。来ましたね」


 シズルに声を掛けたのはワイングラスを両手に持ったトッドだ。彼はいつもの白衣を着て正装と呼ぶには程遠い。


「あ、あの。ドレスとか着なくて良いんですか?」


「ん? ああ、大丈夫ですよ。我々は招待された側なので。そういう文化です」


 トッド曰く、招待された側はどんな服装でも構わないらしい。


 少々不安の残るシズルであったが、この世界の住人に『文化』と言われてしまえば納得せざるを得ない。


「まぁまぁ。今日は食事やお酒を楽しんで下さい。我々も楽しみますから」


 ニコリと笑ったトッドは片方のワイングラスをシズルに手渡して離れて行った。


 彼の背中を見送っていると、トッドへ一斉に話し掛けるエルフ達が殺到。


 私は何々をしています、私は何々を作っています、とアピール合戦が始まってしまった。


 自分を売り込むエルフ達の顔は必死の形相で、傍から見れば話しかけているだけのように見えるが、表情と併せて見れば縋り付くような必死さが窺えた。


 それはトッドだけではなく、聖騎士達を囲むエルフ達も同様。


 何だろう? と首を捻るシズルだが彼らの真意は掴めなかった。


 しかし――


「勇者様。よろしいですか?」


「え?」


 トッド達を見ていたシズルは声に反応して振り返ると、そこには複数のエルフ達がニコリと笑みを浮かべてスタンバイしているではないか。


「私はトレイル帝国で侯爵をしております――」


「私は伯爵家の長女で――」


「自分は近衛を輩出する軍人家系の――」


 と、沢山の人達がシズルへ詰め寄る。


「え、ええっ」


 きっと第三者から見れば自分もトッド達と同じ状況になっているのだろう。


 勇者として来ている以上、ベリオン聖樹王国に迷惑を掛けられないと思ったシズルは笑みを浮かべながら必死に対応する。


 食事を勧められれば断りきれず、小食なのを隠して沢山食べてしまった。


 特に慣れていない酒を飲むのは苦痛だったがどうにか乗り切れた事にシズルは安堵する。


 そして、対応が終わりようやく一息つける頃には窓の外は暗くなって夜空が浮かぶ時間になってしまっていた。


 酒に酔って頭がフワフワしてしまっているシズルは会場から抜け出し、酔い覚ましにとバルコニーへ向かう。


「綺麗だなぁ」


 バルコニーから見える帝都を眺めながら夜風に当たっていると、彼女の背後から近づく人物がいた。


「大丈夫ですか?」


 声を掛けられ、振り返れば銀髪の美女が。声を掛けてきた人物の正体はトレイル帝国の女帝であるファティマであった。


「ファ、ファティマ陛下」


 この世界に来て暮らしなれたとは言い難いが、召喚された国であるベリオン聖樹王国の王族でるクリスティーナ相手ならばまだ自然なリアクションを取れただろう。


 だが、まだ訪れたばかりの異国で、しかも声を掛けてきた相手がその国の女帝となればシズルが驚きのあまり挙動不審になってしまうのも無理はない。


 シズルが驚いているのにも拘らず、声をかけた本人はジッとシズルの顔を真顔で見つめているのも彼女の緊張を増幅させる理由になっていた。


「……やっぱり似ている」


「え?」


 ファティマはそう呟いてからシズルに近づき、彼女の頬に手を添えた。 


 女帝からの急なスキンシップにシズルは体を強張らせて硬直する以外の行動が出来ない。目の前にいる美女のリアクションを待っていると、ファティマは彼女の頬から手は放したが依然と顔を見つめ続けていた。


「貴方、私の傍にいなさい。私が貴方のお世話をするわ」


「え? ええっ!?」


「研究が始まったら手伝えば良い。手伝いが始まってもなるべく私の傍にいなさい。食事も一緒に摂りましょう。街の観光も連れてってあげるわ」


 この国のトップが直々に世話をすると言い出した事に対してシズルの困惑度は上限を突破しそうになっているが、ファティマは怒涛の勢いで自分の提案を伝え続けた。


 彼女の言葉には若干の強制力があるような、断ることを許さない必死さが窺える。


 ただ珍しい人物だから自分の傍に置きたいと思っているのではなく、心から自分を庇護しようとしているような……。


 トッド達に群がるエルフ達とは違ったタイプの訴えが、ジッと見つめてくる彼女の瞳の中にあった。


「わ、わかりました」


 だからだろうか。戸惑いながらもシズルは彼女の提案に頷いてしまった。


「大丈夫。私の傍にいれば何も怖いことは無いわ」


 怖いこと? と首を捻るシズルだったが問う前にファティマは言葉を続けた。


「今日はもう休みなさい。明日、部下に部屋まで迎えに行かせるわ」


「は、はい」


 シズルが頷くとファティマは彼女の手を取ってバルコニーを後にした。メイドにシズルを部屋まで送るように言いつけると、彼女はホールから去って行く背中を見つめ続ける。


「次こそは……」


 まだ賑わいを残すホールの片隅でファティマは誰にも聞こえないよう小さく決意を呟いた。


読んで下さりありがとうございます。


百合ん百合ん女帝の話は一旦終了。

次の投稿は金曜日になります。


9/12 追記


ローリエの名前がうっかり被ってたのでデリアに変更しました

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