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幕間 トレイルの女帝 2


 トレイル帝国の女帝であるファティマはトッドを筆頭とする聖樹王国の者達を城内に招き入れた後、歓待を部下に任せて自室へと早足で戻った。


「ハァ、ハァ……。落ち着け、落ち着け……!」


 自室に入ると乱暴にドアを閉め、未だ動悸の治まらない胸を手で抑えながら自身に落ち着くよう呪文のように唱え続けた。


 正直に言えば部下に歓待を任せたのは失敗だ。


 ベリオンとトレイルの関係は表向き同盟国となっているが真実は違う。ベリオンとトレイルの関係は主従関係――相手は自分達の飼い主と言うべきだろう。


 神話戦争で真っ先に侵略され、種の存亡に瀕したエルフ族が生き残るには命乞いをするしか無かった。

 

 特にこの世界に生きる精霊を管理する王種族――ハイ・エルフが全滅するのは避けなければならない。ハイ・エルフがこの世からいなくなれば精霊が死滅し、精霊が死滅すればエルフ族全体が魔法を使えなくなってしまう。


 この世界において魔法は平等な存在であるが、エルフの使う魔法だけは特別。女神アンシャロンによって2番目に創造されたエルフ族ならではの特権であり、他の異種族とは違った魔法系統を使うからだ。


 その名は精霊魔法術。他の異種族達が魔法を使う際に燃料とする『魔力』と、女神アンシャロンが最初に創造した精霊からの力を分け与えて貰う『精霊魔力』を混ぜ合わせる事で、他の種族よりも強力かつ柔軟な魔法を使用する事が女神に許されている唯一の種族。


 この精霊魔法術こそが『エルフ = 魔法が得意で威力も強い』という印象を強くさせる要因である。


 エルフ族が魔法を使う為のエネルギーである精霊力が失われれば魔法が使えなくなってしまい、魔法に依存した生活を送るエルフはやがて全滅するだろう。


 故にエルフ族は侵略を受けるとハイ・エルフを生かす為に人間へ命乞いをした。


 王であるハイ・エルフの命を保証して貰う為に下位種であるエルフを労働力として差し出すのが基本的な条約。加えて神話戦争では異種族達の情報や最強と謳われた他の王種族達の情報も人間へ渡した。


 創造主を裏切り、他の仲間達を敵に売ってまで生き延びた。当時はそれしか選択肢が残されていなかったというのもあるが、何より10万のエルフ族を生かす為に。


 その決断を下したのは何を隠そう女帝であるファティマである。


 彼女はベリオン聖樹王国に『生かして貰っている』という立場だ。


 自国の民が聖樹王国や皇国に連れて行かれ、悪逆非道な行いを受けているのを知っていても『同盟国』を歓待しなければならない。ご機嫌を伺わなければならない。


 心の中に渦巻く殺意を押し殺して、裏切り者の種族と罵られようが耐えなければならない。それが女帝の務めなのだ。


 だが、今回ばかりは失敗だと分かっていても早急に自室へと戻って心を落ち着かせる必要があった。


「あの娘……」


 トッドの隣に立っていた少女。シズルと呼ばれていた異世界からの人間を見た瞬間、ファティマは冷静を保てなくなってしまった。


「デリアに似ていた……」


 嘗て、ファティマには唯一家族と呼べる女性がいた。名はデリアという同年代のエルフ。


 トレイル帝国には昔から魔法学園という学び舎があるのだが、そこで友人になった学友が彼女だった。


『私、デリアって言います。よろしくね』


 ファティマは時の皇帝の娘であり、学園でも周知されている事実であったがその中でもデリアはクラスメイトとして唯一接してくれた。


 王種族として敬われるのが当たり前の中で唯一対等に接してくれる存在。孤独感を感じていたファティマはたまらなく嬉しかったのだ。


 それから彼女達はどんどんと仲良くなり、何をするにも一緒に行う仲に。


 ファティマが魔女と呼ばれ、先代の皇帝が亡くなって女帝として君臨してからも、ずっと一緒に魔法研究を続けていた友人であり助手であり……苦楽を共にした家族と言える存在。


 ただ、デリアは魔法の才能を認められて入学した庶民であった。中には助手としても王種族の友としても『位』が低いので見合っていないとの意見もあったが、ファティマは彼女を守り続けた。


 デリアの顔を見て露骨に顔を顰める階級主義者からも、現実的な脅威からも、ファティマは彼女を家族として守り続けた。


 だが、彼女は奪われてしまった。人間という圧倒的な力を持った侵略者に。


『貴方は王なのだから生き延びないといけない』


 そう言って、彼女は自身の身と引き換えにファティマを守ったのだ。ずっと守ってくれてありがとう、という言葉を残して。


 その後、彼女がどうなったのかは知っている。


 おぞましき人間の実験材料とされ、醜い異形の姿となって他の王達と戦っていた。


 悲鳴のような雄叫びを木霊させながら肉と血を撒き散らして死んだ彼女の姿は、ファティマの中に焼きついて忘れられない。


「シズル……か」


 そして時が経ち、今デリアそっくりな少女が再びファティマの前に現れた。


 彼女は本当に似ている。艶のある長い黒髪も穏やかそうな顔立ちも。シズルの耳がエルフのように長かったらデリアは実は双子だった言われても信じてしまうくらいに。


「あの子はきっと聖樹王国の下衆共に弄ばれる……! デリアと同じように……!」


 また同じ過ちを繰り返すのか。そう思うだけでファティマは狂いそうになった。


 ならば、次こそは。


「私が彼女を守る……」


 次は間違えない。最愛を失ってから何度も自問自答してきた問いに答えを出した。


 答えを出したならば行動に移すのみ。


 ファティマは執務机の上にあった聖樹王国から知らされている行動予定表を手に取る。


「奴等は精霊を使って実験を行うと言っていた」


 精霊が全滅するのはエルフにとって死と同義、という事実を知っている。故にまだ労働力として利用価値のあるエルフを根絶やしにはしないはずだ。


 材料に精霊を使うと言ってもこちらの言い分を聞いて利用数はセーブすると予想した。


「材料の数が少なければ研究が進むまで時間は掛かるはずだ。時間は稼げる」


 それまでに彼女を救う手立てを用意しなければならない。


 ファティマには考えがあった。労働力として、奴隷として長年扱われ耐え忍んで来たエルフ族に舞い込んだ吉報。


 聖樹王国とエルフ族の偵察部隊が教えてくれた希望が。


「王種族が再びこの世に現れたなどと、世迷い言かと思っていたが……」


 最初の報告はエルフの偵察部隊から。聞いた時は何を馬鹿な、と一笑した。この世に蘇生術など有りはしない。故に王種族に似た何か別の特殊個体が生まれたのだろう、と。


 あの神話戦争で人間相手に善戦した強者達と同等が現れるなどあり得ないと断言した。


 だが、彼女の答えを否定するかのように聖樹王国からの報告と命令が最近になって齎されたのだ。


『王種族の再誕が確認された。見つけ次第、捕獲して聖樹王国へ移送せよ』


 王種族の強さと恐ろしさをある意味最も知るのは、神話戦争で戦った事のあるベリオン聖樹王国だろう。あの国が確信を持って宣言するのであれば、本物に違いない。


「どうにかコンタクトを取れないものか……」


 敵の敵は味方と言うが、裏切り者が語る事など彼らは聞く耳を持たないだろう。だが、どうにかして渡りを付ければシズルを逃がす事が出来る。


 いつか反旗を翻す為に構想を練っている最中であったが、その計画を前倒しするしか道は無い。


 現状のファティマにとって最初で最大の壁は王種族との接触。トッド達が来てしまった今では迂闊な行動を取れば自分の命も自国民の命も危うくなってしまう。


「まずは時間を稼ぐしかない……!」


 時を稼ぎ、接触の機会に目を光らせる。


 これは1人で成せる事ではない。信頼できる部下達へ話をして極秘裏に動く必要がある。


 彼女が決意を胸に刻んでいるとドアがノックされた。


「どうした」


「陛下。聖樹王国から来た者達が今後の予定を打ち合わせしたいと申しております」


「分かった。すぐに向かう」


 彼女は持っていた書類を鍵付きの引き出しの中へ仕舞うと、深呼吸をしてからトッド達の待つ場所へ向かって行った。


読んで下さりありがとうございます。

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