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幕間 トレイルの女帝 1


 リョウジと同じくベリオン聖樹王国を出たシズルは聖騎士に守られながら研究者達と共にトレイル帝国を目指した。


 大陸中央にある聖樹王国からトレイルまでは車で半日の距離だ。


 最初、シズルは車がある事にびっくりしていたが同行している研究者達から「以前に召喚された勇者達から伝わった技術です」と説明を受けて大いに納得。


 移動時間を短縮するという問題と解決する為の技術を欲するのはどの世界でも共通なんだなぁ、と思いながらも高級車に乗り込んだ。


 同盟国であるトレイル帝国までの道は舗装されており、車が悪路を走る事は一度も無い。


 聖樹王国の外に出る事は今回が初めての経験だ。感想としては聖樹王国という国は技術的に一番進んだ国だということ。


 舗装された道に道中点在する休憩地点では水洗トイレもあるし、国内の流通網によって運ばれた新鮮食材もお土産として出回っている。


 手紙をポストに入れれば1日で配達してくれるし、魔獣から身を守る為の避難所も用意されていた。


 彼女がいた元の世界と比べると通信技術が無いだけであまり違いは感じられない。


 一番の違いとしてこの世界では魔獣という脅威が外を闊歩しているのだが、十分な護衛を連れたシズルには魔獣の脅威を肌で感じる事は無い。


 そのお陰かトレイル帝国領土内に入り自然豊かな風景が窓の外に映し出されると、元の世界でちょっとした田舎を旅しているような気分になる。


 ファドナ皇国と違って自国内で生産される食料のみで自給自足するトレイル帝国は農業が盛んだ。


 帝都への道を進めば窓の外に映し出されるのは野菜畑やパンなどの主食に加工される小麦畑。それらの畑を世話する為に長閑でのんびりと暮らす村の人々。


 村人達は車の走行音が耳に入るとびっくりとしたように体を跳ねさせ、ベリオン聖樹王国の紋章が入った車体に気付くと誰もが深々と頭を下げていた。


「エルフの皆さんが頭を下げているのですが……?」


「この車は国政関係者が乗る専用車ですからね。それに希望の光である勇者様が乗っているとあれば当然、皆が頭を下げますよ」


 シズルと共に車内にいる王立研究機関の統括所長であるトッドは笑みを浮かべながら彼女へ語りかけた。


 勇者とは打倒異種族の希望であり、特にシズルはトレイル帝国とベリオン聖樹王国が共同で開発する回復薬を作る為の要的存在。


 犠牲者を少しでも減らすべく研究が続けられる回復薬は、完成すれば兵士だけでなく怯えながら暮らす一般人にとっても希望となるだろう、と。


「そうですね。ユウキ君も頑張っているんだし、私も頑張らなきゃ」


 艶のある黒い髪を揺らしながら彼女は胸の前で握り拳を作って気合を入れる。その様子を見たトッドは爽やかな笑みを浮かべながら「頼もしいですね」と頷く。


 そして彼は窓の外を指差しながら告げる。


「ほら、あれが目的地であるトレイル帝国帝城ですよ」


 トッドの言葉を聞いてシズルも窓越しに外を覗き込んだ。彼の指差す先には高く聳え立つ塔を通路で連結して作られた城が遠目に見える。


「わぁ……」


 聖樹王国の城も大きく綺麗だったが、別の国の象徴たる城はまた違った印象を抱く。


 特にトレイル帝国の城は聖樹王国と赴きが全く違う。聖樹王国は王道と言える城であったが、トレイル帝国はどこか威圧感と古めかしい印象が強い。


「あの城は元々、魔女と呼ばれた魔法研究者が住まう塔だったんです。属性別にプロフェッショナルが存在していて、1人ずつ塔を支配していました。ですが、神話戦争で魔女達は戦死してしまった」


 魔族と亜人との戦争で塔を支配する魔女のほとんどが死んだ。


 最後に残ったのは王族でありながら魔女の資格を持つ女帝のみ。女帝は全ての塔の最上階を連絡通路で結びながら下層部分に統合工事を施して1つの城として完成させた。


 塔の最上階にある魔女の研究室に入れるのは女帝のみ。国の政は統合された下層で行うのが帝国の仕来りである。


「我々はしばらくあの城で暮らします。勇者様もね」


「はい。分かりました」


 シズルは遠くに見える城を眺めながら、どんな人達がいるのだろうかと胸を高鳴らせた。



-----



 トレイル帝国帝都を見た者は一様に同じ感想を抱くだろう。


『自然と一体化した街』


 この世界しか知らない者は街の中至る場所に果実を実らせた木が生える帝都を見てそう思うだろう。


 木造の家屋とレンガで舗装された通りは区画整理がしっかりとなされていて美しい。それでいて其処彼処に生える木は自然に生えているにも拘らず住宅や商店などの人工物との調和が完璧だ。


 だが、別の世界からやって来てエルフという存在を知っている者は『やっぱりエルフらしい街だな』と思う。


 シズルが抱いた感想も後者であった。自然と共に生きる種族というファンタジー物の作品に植えつけられた固定概念通りの街を見て『想像していた風景が正解だった』と少々嬉しくなる。


 彼女を乗せた車は大通りを進んで帝城へ。門が開かれ中に入り、城の入り口前で車が停車した。


 シズルがフロントガラス越しに入り口を見ると城に勤めているであろうエルフ族のメイドや執事、兵士が大勢いて綺麗に並んでいた。


 彼らの中央付近には国の重鎮であろう中年のエルフや年老いたエルフが数名。そして、真ん中には煌びやかな装飾品と白色のナイトドレスのようなデザインのドレスを着た美女が立っていた。


 彼女が着ている服装も目立つ要因のひとつではあるが、何より目を引くのは美しい容姿だろう。


 シズルにとっても、召喚組にとってもこの世界のエルフは美男美女揃いというお決まりのパターンは崩していなかった。


 自然を愛するという面でも同じだが、ファンタジー小説に出て来るエルフ像通りだとナナが騒いでいた光景を思い出してシズルは思い出し笑いをしそうになってしまう。


 シズル達にとって絶世の美女であるクリスティーナのインパクトが強すぎたが、ともかくこの世界のエルフ女性は誰もが美女・美少女である。


 だが、ファティマはエルフの中でもクリスティーナに対抗できる程の美しさを持っていた。


 綺麗な銀髪と雪のような白い肌、少し釣り上がった目は相手に知的な印象を与える。異世界召喚組が一目見れば知的でクールな美女である、と口を揃えて同じ印象を言うだろう。


「あの真ん中にいる女性がこの国のトップであるハイ・エルフ族の女帝。ファティマ・トレイルです」


 シズルはまさか女帝が外に出て自分達を出迎えるとは思ってもおらず、トッドから待ち人の正体を聞いて緊張が走った。


 彼女は深呼吸をした後に車から降り、トッド達と共に並んだ。


「まさか陛下が直々に出迎えてくれるとは」


 白衣を着たトッドが笑みを浮かべながら言うと女帝は真剣な表情を崩さずに口を開く。


「同盟国から、しかもいくつもの研究所を取り纏めるトップの人間が来るのだ。私が出迎えなければ失礼にあたる」


 そう言って女帝ファティマはトッドに頭を下げながら「ようこそおいで下さいました」と礼を述べた。


 トッドの斜め後ろでその様子を見ていたシズルは少々違和感を抱く。


 彼女の所作は完璧であるが、どこか機械的だ。そして告げる言葉にも心が篭っていないように思えた。


 シズルが少しだけ首を傾げていると、顔を上げたファティマと目が合う。


 先ほどまで表情を崩す事の無かったファティマはシズルと目が合った瞬間にビクリと体を震わせ、目には動揺の色を浮かべる。


 時間にして1秒ほどの一瞬だけであったが、当事者であるシズルが彼女の動揺を感じるには十分な時間であった。


「……?」


 だが、自分を見てどうして動揺したのかは分からない。シズルの脳内にはますます疑問符が浮かぶが答えは得られなかった。


 と、いうのも一瞬で表情を治したファティマがトッド達を城の中へ案内するように指示を出し始めたからだ。


「まずは旅の疲れを我が城でお寛ぎ下さい」


 ファティマはそう言って頭を下げた後に身を翻して城の中へ歩いて行ってしまった。


読んで下さりありがとうございます。

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