145 動き始めた強国
「聖騎士の持ち帰った情報を精査しましたところ、過去に存在していた王種族の特徴と全て一致しておりました」
キプロイが手に持っていた報告書の内容を告げると、ベリオン聖樹王国王都にある城の会議室に集められた各部署の局長達は「おおっ」と歓声を上げた。
「間違いは無いのね?」
この国の姫であるクリスティーナが問うとキプロイは頷きながら再び口を開く。
「はい。種族的特長、戦闘能力を神話戦争当時のデータと照らし合わせたら99% と。1% は誤差の範囲内ではないかと研究所の者達も申しております」
神話戦争時代に相手を知るべく、相手を殺すべく集めたデータが役に立った。
それらと聖騎士達が持ち帰ってきたデータを照合するとほぼ一致。間違いなく、この世に再び王種族が現れたと断定できる。しかも複数人だ。
「しかし、いくら王種族と言えど昇華した聖騎士を倒せるのか? 現在の聖騎士達は過去の英雄と同等なのだろう?」
彼らの主が望む王種族が再び現れたのは喜ばしい事だ。だが、時を経て人間達が力をつけたように王種族も力をつけた。それだけは見過ごせない事実だろう。
国の重鎮でもある老人がキプロイに懸念を告げると、彼は老人を一瞥した後に再び語り始める。
「確かに現状の聖騎士は昇華が可能です。ですが、彼らに投与したのは我等が主曰く『量産品』ですので英雄と同等とは言い難い。特殊能力が使えませんし、出せるパワーも7割程度……でしょうか?」
キプロイはそう言いながら騎士団長に視線を向けた。腕を組みながら会議に参加していた騎士団長は視線に気付くと小さく頷く。
「ええ。当時の我等の7割程度が限界でしょう。それに法術も使えませんし、勇者武器もありません。あくまでも一般兵としては強い、という部類になりましょうな」
ファドナ騎士やエルフでは昇華した聖騎士1人に手も足も出ない。現に貴馬隊の中堅メンバーですら相手にならなかったくらいだ。
確かに一般兵という括りの中では最強だろう。
だが、真の英雄と勇者は違う。比較にならない程の力を持つからこそ、英雄や勇者と呼ばれるのだ。
「先ほどの問いに答えるとしたら王種族の中でも強力な力を持った者なら昇華できる聖騎士と戦えるでしょう」
「だからといって昇華できる者を安易に前線に送るのは危険だ」
「主から下賜されるオリジナルは数に限りがあるので、昇華できる者を増やそうとするなら研究所が再現しないといけないのが難点ですかね」
キプロイと騎士団長が一緒になって聖騎士の現状を語ると質問を投げかけた老人は「そうですか」と言いながら溜息を零した。
「フゥム。そうですか……。しかし、主の作り出すオリジナル量産品の再現すらも難しいのは。やはり神は人とは違う、という事か」
「いいえ」
ポロリと老人が零した言葉をクリスティーナが拾う。
「我々は神の御業すら可能にしなければ勝てないのです。諦めず、前に進み続けなさい」
鋭い眼光で会議室にいる全員に言葉を投げかける彼女の雰囲気は、神話戦争で勝利を収める最大の要因――共に戦う戦士達を鼓舞する勇者姫のカリスマが溢れ出していた。
「我々は勝ち続けなければならない。負けるわけにはいかないのです。各自、己の力を全て出して励みなさい」
「は。姫様の御心のままに」
会議室にいる全員がクリスティーナに頭を下げると、彼女は騎士団長へ視線を向けた。
「トレイルにはトッド所長達がいます。彼ならば大丈夫だとは思いますが、今はトレイル方面の守りを強固にしなさい」
「はッ。既にオオゴエが第2軍を率いて向かっております」
ベリオン聖樹王国騎士団第2軍を率いてトレイル帝国領土へ向かった人物のフルネームはブライアン・オオゴエ。
この国で彼の名を知らない者はほとんどいない。
何故なら、彼は勇者姫と呼ばれたクリスティーナや大英雄である騎士団長と共に神話戦争で多くの異種族を屠った英雄の1人なのだから。
「そうですか。彼なら大丈夫でしょう」
クリスティーナは騎士団長の口から出た人物の名を聞くと満足気に頷いた。
騎士団長が最も信頼する仲間の1人であり、それはクリスティーナも同様である。彼ならば万が一もあるまい、と胸を張って言える人物だ。
「ではこれで会議を終わりにします。また報告があったら呼びなさい」
クリスティーナが〆の挨拶を述べると本日の会議は終了となった。
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会議が終わり、クリスティーナはメイド長であるシオンと共に自室に向かうべく廊下を歩いていた。
その道中でクリスティーナはふと最近の出来事を思い出し、シオンの顔を見ながら笑みを浮かべる。
「シオン。ゴローにアプローチされているって聞いたけど、本当かしら?」
ニマニマとからかうように笑う主人を見て、シオンは表情を変えないながらも内心では溜息を零す。
「ええ。どうやら好意を寄せられているようで」
シオンの仕事は主人であるクリスティーナに仕える事。それは身も心も彼女に捧げなければ勤まらない仕事だ。故に彼女の中で優先されるべきは主人であるクリステーナただ1人。
だが主人は未だニマニマと笑いながら言った。
「貴方はよくやってくれているわ。だから、ご褒美を上げようと思ったの」
シオンは表情を崩すことは無かったが、主人の言葉にピクリと小さく肩を震わせて反応を示してしまった。
「ふふ。貴方にご褒美をあげたのも随分前ね。だからそろそろ、貴方も飽きてきた頃だと思って」
「…………」
シオンは無言でクリスティーナを見つめた。表情は無表情であるが、彼女の目には期待の光が灯っている。
まさか、敬愛する主人は自分に彼をくれるのか、と。
「ゴローの事、貴方の好きにして良いわ」
シオンの期待通りに言葉を告げる。滅多に感情を出さないシオンもこの時ばかりは歓喜の表情を浮かべた。
「ありがとうございます。姫様」
「いいえ。でも、条件があるわ。今晩は私の部屋で過ごすのよ。久々に貴方と寝たいわ」
そう言ってクリスティーナはシオンの手を取ると彼女のスラリとした綺麗な指をベロリと舐めた。
「はい。かしこまりました」
シオンも嫌がるどころか少々頬を赤く染めて言葉を返す様子を見れば主人の命令だから従っている、とは言い切れない。
彼女はそのまま主人に付き従って、彼女の自室の中へ消えて行った。
読んで下さりありがとうございます。
これで5章は終了です。
また何本か幕間を挟んで次章に。次章は異世界勇者の話がメインになります。
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