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144 料理長ワンダフル


 貴馬隊が北東侵攻軍として参加する前の事。冒険者組合ではユニハルトとセレネが参加するメンバーの発表を行っていた。


 その中で自分の配置先はどこだろうか、と腕を組みながら待つワンダフルがいた。


 彼の実力は貴馬隊の中でも上位10人に入るほどの強者だ。武器はレジェンダリー等級であるし、防具も同様。加えて前線で暴れまわる前衛系職業でもあるので今まで得たキル数も多い。


「――以上が北東戦線に参加するメンバーだ。続いて北西砦にて待機するメンバーを発表する」


 侵攻軍の中にワンダフルの名は無かった。おや? と首を傾げたが北西砦を防衛する為の人員も必要という事は既に聞いていたので「ああ、俺は北西砦に行くのか」と納得した。


 納得していたのだが……。


「――以上。各自励め。解散」


 北西砦に待機するメンバーの中にもワンダフルの名は無かった。おかしい。忘れられているのか? と少々不安になりながら彼は比較的まともなセレネに問う。


「俺は? 俺の名が無かったんだが?」


「あ? だって、お前料理担当じゃん」


「えっ?」


「いや、お前が前線行ったら誰が冒険者食堂で飯を作るんだ? それと、出発前に弁当の準備を頼む。大体、10食分作ってくれれば良いよ。足りなかったら誰かに取りに行かせるから」


「えっ?」


 俺って上位メンバーじゃなかったっけ、と疑問に思うワンダフル。


 彼は片手間に育てていた生産職である料理人の方が、いつの間にかメイン職業として認識されてしまっていた。


 こうして彼は侵攻にも防衛にも参加しなかった。そして現在――丁度西で防衛戦が勃発している頃。


「料理長! ランチ用の肉の切り分け終わりました!」


 冒険者組合に併設されている食堂に就労すると支給される白い料理人用の制服を身に纏う中年魔族。彼は最近入った従業員だ。


 彼の前職は宮廷料理長。嘗ては魔王の食す食事を作っていた、魔王国イチの料理人と言われていた男である。


「おう。そこにあるタレに漬けておいてくれ」


「はい!」


 だが、現在はワンダフルを料理長と呼び慕う見習い料理人。


 彼は指示された通りに切り分けた肉をタレの入ったボウルに投入。その際に料理長であるワンダフルが作った特製タレを小指で掬い、ペロリと味見した。


 味見にして崩れ落ちた。口に広がるタレの味を感じて膝に力が入らない程の衝撃を受けたのだ。ただ、これはいつもの事。


「美味過ぎる……!」


 一口舐めただけで白米が欲しくなる。この『照り焼きのタレ』を白米にぶっかけただけで何杯でもおかわりできてしまう。


「どうやったらこの味を再現できるんだ……!」


 嘗ては宮廷料理長として魔王に食事を振舞っていた。それは彼の人生の中で最も位が高く誇りある地位であっただろう。


『自分の作る料理こそ至高』


 自信があった。プライドがあった。絶対に誰にも負けないと自負していた。


 だが、城下で噂になっていた冒険者食堂を訪れて食事を食べると彼の中にあった全てが粉々になったのだ。


 初めて日替わりランチなるモノを食べた時の衝撃は未だ忘れられない。あの時に食べたロースカツと特製ソースは彼の口の中でビックバンが起きた。


 美味過ぎる、なんだこれは、なんだこの味は、とウェイトレスに制止されるくらい暴れ叫んだくらいだ。


 それ以降、彼は宮廷料理長を辞めてワンダフルに弟子入りした。弟子入りして冒険者組合食堂で見習い料理人として励んでいるのだ。


「おい、これも食ってみろ」


 未だ膝がガクガクと笑う彼に、横からデザート用として用意されたホイップクリームの入ったボウルを置く男。


 彼も冒険者組合食堂で衝撃を受け「味のミストルテイン(神殺しの剣)や~!!」と叫んで弟子入りした1人。因みに前職は街一番のレストランで総合料理長をしていたスゴ腕である。


 そんな彼が差し出したボウルの中にあるホイップクリームを小指で掬い、舐めると震えていた膝は完全に機能を停止させた。


「何なんだよォ! 美味すぎんだろうがよォ!!」


 元宮廷料理長は床に崩れ落ちながら叫んだ。もう訳が分からない。どうにか味を再現するべく技術を盗んでやろうと意気込んでいたが、食堂で働くにつれて自分には才能が無いと気落ちしてしまう毎日である。


「料理長がスゴイのは同意だ。だが、俺は秘密の一端を知ってしまった」


「なに?」


 元総合料理長の言葉を聞いて、元宮廷料理長が立ち上がる。


 この世に無かった素晴らしき料理を次々と生み出すワンダフル。彼の秘密を少しでも知れるのであれば全てを捧げても良いとさえ思える。


 その気概を知る元総合料理長は秘密を知る事に対価を求めない。何故なら自分も同じだからだ。


「料理長の手を見てみろ」


 指差す先にはワンダフルが夕食時に使うハンバーグの仕込みをしている姿があった。


 指摘通りに手へ視線を向けると、なんとミンチ肉をこねるワンダフルの手が光っているじゃないか。


「な、なんだアレは……」


「あれこそが料理長の秘密の一端だろう。経験と繊細な舌を持ち……そして全ての食材を至高に変えるゴッドハンドだ!!」


 ※ 料理人スキル(魔法)が発動しているだけです。


「なんという事だ……」


 元宮廷料理人はゴクリと喉を鳴らした。知識と経験だけでも追いつけていないというのに、神の手を習得しなければ完全に再現する事は不可能なのか。


 遠すぎる。彼らが目指す料理の頂は果てなく遠い。師事する料理長の背中は遠すぎる。


「照り焼きの仕込み終わった?」


 どうしたら神の手を得られるのか、と議論しながらも驚愕している2人の元にワンダフルが近づく。


「あ、はい。全て漬け終わりました」


「よし。じゃあそろそろ昼飯食いに来る客がいるから焼いちゃおう。肉は中火で焼いたらフライパンから取り出して、もう一回タレに漬けて焼いてくれ」


「焼いた後にタレに漬けて、更に焼くんですか?」


「ああ。二度焼きだ。皮がパリッとなって美味くなる。味も十分に濃いから白米がススムぞ」


 そう言ってワンダフルはおかわり無料の白米を、今日はいつもより多く炊くように指示を出す。


「すげえや!」


「料理長すげえ!」


 塩しか調味料が無かった世界に革命を齎した料理人・ワンダフルは2人の称賛に対して苦笑いを浮かべた。


 実際の所はゲーム内では不遇で人気の無かった料理人スキルを使っているだけであるが、飯が美味くなって食べる人が喜ぶのであれば真実など関係無いだろう。


 食が豊かになり、笑顔が増える事こそが彼の喜びなのだから。   


「1番テーブル、日替わりランチでーす!」


 今日も冒険者組合食堂は多くの客で溢れていた。


読んで下さりありがとうございます。


遂にストックが切れたので今回で毎日投稿は終了となります。

ストックが溜まるまでは2日毎の投稿ペースを予定しておりますので次回は木曜日に投稿します。

ストックが溜まり次第また毎日投稿に戻します。


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