143 西の出来事
侵攻軍が快進撃を続け、補給地を落としてジャハーム北へと移動している頃。
魔王国の北西にある北西砦にはレガド率いる魔王軍が魔王都にいる傭兵を率いてやって来た。
レガドは既に北西砦に移動していた貴馬隊の予備メンバーに挨拶を行うべく司令室へと足を運ぶ。
「この度はご助力頂き、誠に感謝致します」
司令室の中にいた貴馬隊のメンバーは5人。そして、5人とも上位に属するメンバーだ。
「まぁ、一応いるだけだしな。ぶっ飛んだ敵が出ない事を祈ろう」
貴馬隊のメンバーであるカク猿の男性がワンダフル特製弁当を食べながら軽く手を振った。
「うむ。ユニハルト達の状況を聞くに、守護者が現れない限りは負ける事はなかろう」
チョビヒゲを蓄えた悪魔族のメンバーも椅子に座りながら腕を組んで頷く。
他のメンバー達はキル稼ぎをしたいと、どちらかと言えば好戦的な意見を言っていたが戦力が少ない事は十分に理解しているようだ。
気を負う事無くごく自然に構える王種族達の姿はレガドの目には頼もしく映る。
戦士として自分も『こうなりたい』と憧れを抱くには十分だ。
レガドは最後に頭を深々と下げ、自分は自分の仕事を全うしようと魔王軍と連れてきた傭兵達の指揮を執るべく司令室を後にする。
それから2日は防衛の準備を行い、壁の上からの周辺監視を怠る事もせず。防衛態勢としては十分な準備整っていた。
翌日の昼になると状況が動き始める。監視をしていた魔王軍の軍人から人間とエルフの軍勢が現れたと叫び声が上がったのだ。
貴馬隊のメンバーとレガドは外の様子を窺う。すると確かに人間とエルフが北西砦を攻めんとばかりに侵攻して来ていた。
「ざっと見て1万くらいか? ユニハルトの予想よりも少ないな」
大挙してやって来た人間とエルフの数は1万よりも少し少ない程度だろうか。それでも5000しかいない友軍に対して相手は大軍勢と言っても代わりない。
「恐らく東側の応援に向かわせたのでしょう。しかし、1万か……」
東側で連戦連勝を重ねる侵攻軍本隊への応援に向かわせたと思われるが、それでもこの数を用意できるのは流石大陸の覇者と言うべきか。
レガドの目にはかなりの脅威として映る。本来ならば防衛など無理も無理。時間稼ぎが関の山であるのだが……。
「ファドナ騎士かぁ。弱いんだろ?」
「そうそう。出来る限りぶっ殺して装備を剥ぎ取れって言われてるから、装備品を壊すなよ」
「トレイルの情報も欲しいからエルフの捕虜が欲しいって言ってたな」
「うい~」
レガドがチラリと隣に視線を送れば、貴馬隊は随分とリラックスした状態で軽々しく言葉を交わす。
目の前にいる脅威を脅威とも思っておらず、自分達が勝つと信じて疑っていない。
レガドの胸には「もしかして」という希望ではなく「やれる」という勝利への確信が生まれた。
「魔王軍と傭兵の指示は任す。俺達は前線で暴れてくるわ」
「承知しました」
戦闘スイッチの入った貴馬隊は眼をギラギラさせ、美味そうな獲物を前にした獣のように口元に笑みを浮かべながら砦の外へ向かった。
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「気力が尽きるまで矢を放て!! 魔法使いは魔力を気にせず魔法をとにかく撃ち込め!! 貴馬隊の方々を援護せよ!!」
壁の上で怒号を上げながら指揮を執るレガドはとにかく貴馬隊を軸に即興の策を練った。
といっても彼からしてみれば策という程のものでもない。前線で暴れまくる貴馬隊の邪魔にならないよう、敵を砦に近づけないように遠距離攻撃を放つだけ。
前衛となる者達は最終ラインとして設定した砦前に配置し、彼らが足止めをして壁の上から攻撃を与える。たったそれだけ。
大人数を1人で指揮するならば、指示はなるべく簡単なモノにした方が指示を受けた側もやりやすいと知っているから故。しかしながら全ては前線で暴れる貴馬隊がいてこそ。
(何と心強い。きっと、神話戦争を戦っていた先人達も同じ気持ちを抱いていたのだろうな……)
雄叫びを上げ、時には奇声を上げて敵の首を刈り取る貴馬隊メンバーを遠目にレガドは内心呟いた。
これほどまでに安心して戦える日があっただろうか。これほどまでに『想定外』を考えずとも良い戦いがあっただろうか。
彼は嬉しかった。歴戦の王達と共に戦場にいる事が。幼少の頃に王種族に関する本を読んで以降、憧れとなった存在と共に今一緒に戦っている。
(神よ。この出会いに感謝致します!)
レガドが胸を熱くしていると、彼の横から聞き覚えのある女性の声が聞こえた。
否、聞こえてはいけない声がした。
「私達の初陣としては十分ですわね」
レガドが「まさか」と思いながらも勢いよく声の方向へ振り向くと、そこには彼にとって最大の『想定外』が戦場を見ているではないか。
「ひ、姫様!?」
そう。彼にとっての想定外は敵ではなく、味方にいた。それも最大級の想定外。魔王の1人娘であり、魔王が溺愛する魔姫マキ。
一番この場にいてはいけない女性が壁の上で腰に手を当てながら立っているではないか。
「あら。レガド」
「な、何故ここに!?」
軽い調子で笑いかけるマキにレガドは驚きを通り越して失神しそうになった。
夢であってくれと瞬きをする0.5秒間のうちに10回は祈った。だが、現実は非情であり、彼の胃がズキズキと痛むその痛覚は紛うことなき現実である。
「何故とは言ってくれますわね。私は冒険者となったのですよ? 故に戦争に参加して成績を残し、ランクを上げるのは必然でしょう? ユニハルト様の為にも!!」
「ファーーーー!?!?!?」
レガドはもういっそのこと気絶したかった。だが、ズキズキと痛む胃が気絶を許さない。
上司である魔王が知ったらどう思うだろうか。ここでマキが傷を負えば自分はどうなってしまうのだろうか。戦闘行為など一度も経験した事が無い彼女は何故自信満々なのだろうか。
様々な考えがレガドの脳を駆け巡り、稲妻となって胃に伝わる。
故に両頬を両手で挟み、彼は叫んだ。叫ばなければ彼の頭と胃はぶっ壊れていただろう。
そんな彼を余所に、マキは戦場へ視線を向ける。
「さて、どこから手をつけましょうか」
サキュバスである彼女はサキュバスらしい格好をしていた。
上半身は胸を背中から伸びるヒモでクロスしながら隠し、ヘソと首元が丸出しの黒いボンデージのような服を纏う。下は尻の肉が半分見えそうなくらいに短くパツパツな黒のショートパンツだ。
魔獣の皮で作られているようであるが、急所を守る為の金属パーツは一切無く戦場には不似合い極まりない。どちらかと言えば戦場よりも娼館にいる方が自然な格好。
そんな彼女の後ろに控えるのは初めての戦場の雰囲気に飲まれて体を震わせる貴族の子息達。彼らはマキを取り巻くモブ達であり、共に冒険者登録をした哀れな子羊である。
彼らは自信満々なマキとは対照に槍や剣を抱きながら、戦場を見る目には恐怖を浮かび漂わせていた。
だが、マキは全く気にしない。気にする、というか彼らの様子を見てすらいない。
「なるほど。後ろにいるエルフが邪魔ですわね」
彼女に戦術や戦略という素養があるかは不明であるが、彼女の言う通りエルフが遠距離攻撃を行って人間を援護しているのは――人間達にとっての基本戦術なので――確かである。
マキは戦場の左翼にいるエルフの集団に目をつけた。そして、彼女はようやく怯える取り巻き達へと振り返る。
「貴方達。あの左奥にいるエルフを始末なさい」
そして、モブ達へ命令を下した。ちょっとコンビニでジュース買って来て、くらいのノリで。
「「「 えッ!? 」」」
容易く下された命令に仰天するモブ達。彼らの思いは1つ。あんな戦場の奥にいる敵を倒しに行くのですか、だ。
「ひ、姫様。お言葉ですが、あそこに到達する前に、し、死んでしまいます」
エルフの前にはファドナ騎士がいる。切れ味の良い聖銀製の剣や槍と相対すればモブ達はひとたまりもないだろう。
言われたマキは顎に人差し指を置いて「うーん」と少し悩む。そして聞きかじった知識の詰まる頭の中で何かを閃いた。
「奇襲をすれば良いのです」
然も名案とばかりに。
当然ながらモブ達は頬を引き攣らせながら「どうやって」と問うた。
「擬態なさい。ほら、地面の土を被って背を低くすればバレないんじゃなくて?」
冒険者組合にいる王種族の1人から聞いた知識をここぞとばかりに披露するマキだが、やはりモブ達の顔には不安が残る。
しかし、サキュバスたるマキに不可能は無かった。
「一番活躍した者には私が一日中、ご褒美をアゲル」
彼女は唇をベロリと舌舐めずりし、少々前のめりになりながら片手で胸を隠しているヒモを引っ張ってチラリと中身を見せつけた。
服の下にある彼女の大きな果実を見たモブ達はゴクリと喉を鳴らす。
ご褒美。それも一日中。
思春期真っ只中な性少年達の頭の中はピンク色に支配されてしまった。
その結果――
「うおおおお!!! 俺はやるぞ!!!」
「ヤってやる!! ヤってやるぞおおおおお!!」
モブ達は我先にと壁から飛び降り、体中に土や泥、砂を塗りこんだ。
地面の色と同化した彼らは芋虫のように這い蹲り、地面を匍匐前進で進む。
結果、どうなったかは既にご存知だろう。脳内ピンク祭りになったモブ達はエルフ達を奇襲。
初陣でありながらエルフ20名を仕留め、3名を捕虜とした。これが右翼を切り崩すのに大いに役立ち、奇襲に成功したモブ達は前線で暴れていた貴馬隊の1人から褒められるほどの戦果を挙げた。
「ホーッホッホ! さすがは私の下僕達! 美しい私の初陣は大成功ですわ!」
「う、うそだろう……?」
壁の上で高笑いするマキ。隣で素人同然の者達が成し遂げた戦果に唖然とするレガド。
貴馬隊の活躍とまさかの人物によって北西砦は防衛に成功したのであった。
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