142 検証と帰路とソックリさん?
裁きの剣が降り落ち、駐屯地が塵と消えた後でセレネ達が最初に行ったのは死亡した貴馬隊メンバーの蘇生だ。
広範囲殲滅に巻き込まれ、死体すら残らなかった。それこそ細胞の1つに至るまで全て吹き飛ばされてしまった。
北東砦での戦闘時は何かしらの部分が残っていたが、何も残っていないというケースは初めてである。
こういった場合は蘇生が可能なのか? という議論をクリフや治癒師の間でしばらく繰り広げていたが、辿り着いた結論はやはり『やってみなきゃ分からない』だ。
加えて死体も細胞のカケラすらも残っていないのであれば、対象が死亡した場所にすら赴かなくともその場で蘇生できるのでは良いのではないか、という疑問も生まれる。
仮定と推測を話していても仕方ない。とにかくやってみるか、と貴馬隊の治癒師が杖を取り出した。
「二神の名において汝らを蘇生してほんにゃらかんにゃら」
治癒師は蘇生魔法の詠唱をしながら何も無い場所へ向かって杖を振り下ろす。
するとどうだろうか。3つの小さな光が生まれ、徐々に輝きを強くする。
拳程度の大きさまでになると、光は失われて3つの肉塊が宙に浮く。肉の塊はズブズブとミンチを捏ねるように動き出し、徐々に体積を増やして行く。
「グロじゃん」
「キメェ」
死亡した仲間へ何とも酷い言い草であるが、彼らの言う通りだろう。肉の塊が空中で蠢き、徐々に人の形を作っていく様はグロテスク以外表現しようが無い。
もっと光に包まれながら人の形になっていくとか、配慮が無いのかと誰もが言いたくなる光景だ。
「ふむ。何も残らなくとも24時間以内であれば生き返るのか」
「死亡地点にすら行かなくとも良いのね」
「死亡地点の縛りがあったらリスポーンシステムが機能しないからでは?」
「でもこの世界にリスポーンシステムは無いよね?」
「ゲーム内にあったリスポーンシステムが現実の基準に一味加えたモノなのか、それとも逆なのかは分からない。でも似たシステムが現実にあるのは間違いない。じゃなければ蘇生なんて不可能だろう?」
治癒師組や学者肌なメンバーは今し方起きた現象に対して議論を重ねる。
プレイヤーだけが蘇生できて、現実で生まれ育った現地人は蘇生できないというのも彼らにとっては解明すべき謎だ。ただ、実際は男神が彼らの魂を特別視しているからに他ならないのだが。
男神も邪神もどちらも考えの基準としているように、この世界において最も重要なのは魂である。
特別視されるだけある高位の魂。彼らの魂には女神像というバックアップすらも備わり、記憶と肉体の構成が保存され、世界の在り方さえも通常より多く刻まれている。
故に24時間ルールに則っていれば元通りであるし、魂を使えば世界を解析する事も可能だ。
「でもよぉ、こりゃねえわ」
「確かに。全裸かよ」
蘇った3人は全裸だ。身に着けていた服や防具どころか肉体まで消滅したのだから仕方ない。
新品ピカピカの男のシンボルが丸出し状態のまま地面で穏やかな寝顔を見せる。なんとも滑稽な状態であった。
因みに頭に矢を受けて死亡したユニハルトも一緒に復活させられました。
「まぁ、ともかく復活したしジャハームを目指そう。現状じゃ守護者と対峙すれば全滅しちまう」
裁きの剣を放った守護者は最悪最強の存在である。
PvPを専門とする貴馬隊が苦労して敵の主要砦を落とす寸前にいつも現れ、一撃で全員葬られて振り出しに戻されるなど『いつもの事』だった。
そう。彼らは一度も守護者を倒した事が無い。
いつだったか、大陸戦争参加キャンペーンで大陸戦争に参加すると豪華な参戦報酬が貰えるというイベントがあった。その際に異種族側のプレイヤーが全員参加して守護者討伐に当たったが、莫大なHPを削り切るには至らず。
近接戦闘を仕掛ければ一撃で薙ぎ払われ、遠距離から第6階梯魔法を連射しても大して効かず。ゾンビアタックをしようにも、少しでも間を与えれば広範囲攻撃で一撃死。
プレイヤー全員で挑んでも手も足も出ない相手に、負傷者の多い現状で挑むなど自殺に等しい。
「だが、いつかは挑まないと」
セレネは北の駐屯地があった方向の空を睨みつける。
ゲーム内で敵わなかった相手に現実で勝つ。勝率は限りなく低いだろう。だが、自分達もこのまま成長しないという事は無い。
「レジェンダリー等級とゴッド等級のアイテム集めか……」
勝率を上げるならば最上級のアイテムが必要になるのは当たり前。それに加えてユニークスキルやユニーク職業といった隠し要素の存在も見過ごすわけにはいかない。
後者を覚醒させるのはかなり望みが薄いが、前者はダンジョンにひたすら潜っていれば手に入れられなくもない。
セレネは今後のプランを考えながらこの先にいるであろう、守護者に向かって舌打ちした。
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物資運搬用の馬車に復活した4人を放り込み、侵攻軍はジャハームの首都を目指して移動を開始。
戦場跡からジャハームまでは1日半といったところ。だが、侵攻軍は守護者から逃げるように休憩の回数を減らしてジャハームへ向かうと半日の時間短縮を果たした。
「そうですか。ヤックスは死亡しましたか……」
ジャハームの首都に到着すると出迎えてくれたのはダークエルフ族の長であるマーレだ。
彼女は帰ってきたジャハーム軍人達の生き残りを労い、セレネから戦死者リストを手渡された。
リストの中にあるヤックスの名を見つけた時は体が震えていたが、この場に彼がいないのと気落ちするジャハーム軍の雰囲気から少しは悟っていたのだろう。
いつものように気丈に振る舞い、涙は見せない。リストから視線を外し、頭を下げた。
「……ご報告、ありがとうございます。皆様はこれからどのように?」
「今日はジャハームで休む。明日の朝には魔王国に戻るぜ」
戦場跡から移動して既に時刻は夜に指しかかろうとしている。移動で疲れたのもあるし、ジャハームで一泊して休みたいという貴馬隊の総意だ。
「承知致しました。既に宿もご用意しております」
「助かるぜ」
「おい! 皆様を宿までご案内しろ!」
マーレが部下に指示を出すとジャハームの文官が礼をした後に貴馬隊と魔王軍を宿まで先導し始めた。
その中でマーレの横を通り過ぎた人物に、彼女は目を奪われる。そして、石のように体が固まった。
「あ~。疲れたからさっさとお風呂入りたいし。汗ベトベトで気持ち悪い」
「そうね~。今夜はゆっくりしたいね~」
通り過ぎていったのは褐色の肌を持ち、露出の高い防具を身に付けた女性――ハイ・ダークエルフのリュカであった。
マーレは自身と同じ種族であるリュカを見たのは今回が初めてだ。実際は魔王城でニアミスしていたのだが、あの時は面識のあったイングリット達や城の主である魔王との会話で手一杯だった。
故に、ダークエルフの上位種であるハイ・ダークエルフの姿を見たのは今回が初めて。上位種を見ただけならば驚くだけだろう。
しかし彼女がこれ程まで動揺するには訳があった。
「しょ、初代様……?」
リュカの姿を見たマーレは獣宮殿の廊下に飾られる初代ダークエルフ族の長を描いた姿絵が脳内に浮かぶ。
凛とした姿で剣を持ち、鎧を纏う現代のダークエルフ全員が憧れる人物の姿を。
身に付けている物は真逆であるが、彼女の顔は姿絵と瓜二つ。風に流れる美しい薄緑色の長い髪、幻獣王にすら絶世の美女と呼ばれた容姿。見間違えるはずはない。
だが、マーレが動揺している間にリュカは仲間と共に宿へ向かって行ってしまう。
初代様ですか、と問う暇も勇気も無く。マーレは呆けながらその場で立ち尽くすのみであった。
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