141 守護者
「ううん、どうしましょうか……」
ファドナ皇国に教導者として在任中のアリム・スズキ・コーナーは眉間に皺を寄せながら困り果てていた。
彼を悩ます原因は南で起きた異種族の侵攻。といっても、侵攻してくる事は聖樹王国上層部でも想定内であったし、同盟国の土地が占拠されようとも何とも思わない。
それよりも問題なのは劣等種である異種族に負けるファドナ騎士達だ。
今まで勝利を積み重ねて来た事で彼らの心には油断と余裕が生まれてしまった。
異種族などに負けるはずがない、と無駄に肥大化したプライドが度重なる失敗を生み出して駐屯地を3つ、補給地を1つと拠点を落とされてしまっている。
「全く、困りましたねぇ」
アリムは顎を手で摩りながら糸のように細い目で、目の前で膝をつきながら頭を垂れているファドナ皇国教皇とファドナ騎士団長を見やる。
2人はファドナ皇国皇都にある皇城の謁見の間に呼び出されてから体が震えっぱなしだ。
教皇を操り、影からファドナ皇国の実権を握る教導者に呼び出される。呼び出された日はとてもじゃないが『良い1日でした』などと言えるような事は一度もない。
最悪で恐怖が身を震わせる1日。
2人の横に転がっている南に派兵して逃げ戻って来た指揮官の死体がそれを物語っている。
「コ、コーナー様。靴を、み、磨き終えました。い、如何でしょうか?」
指揮官の首を斬った際、床に滴った血で靴を汚してしまったアリム。その彼に命じられて靴磨きをしていた皇城勤めのメイドが怯えながら彼を見上げた。
「うん。ありがとう。下がりなさい」
「は、はい……」
アリムはピカピカになった革靴を一瞥した後にニコリと笑いながら告げる。
笑みを浮かべるが彼の纏う畏怖は全く薄まらない。体の芯まで恐怖に染まっているメイドは短く答えながら、恐怖の空間から逃げるように退室して行った。
「さて、いくら考えても貴方達を今後どう使おうか。どう使えば有効活用できるのか。全く思い浮かびません」
突如現れた異種族の王達に完敗したファドナ騎士団。彼らをどう使えば良いか。パッと思いつくのは前線に投入して捨て身で戦って来いと言うくらいか。
といっても、アリムは理性的な方だ。彼は王種族の脅威を知っている。ベリオン聖樹王国の中でも5本の指に入るくらいには『王種族がどのような力を持っているか』という事を身を持って知っている。
遠い過去に自分達を苦しめ、苦戦という苦い経験もした相手。時が進み、一般兵でも『昇華』が可能となったがそれすらも打ち破る者。レプリカであるが一応は勇者武器を持つ人間が敵わないのも頷ける。
相手にも神がついているのだから一筋縄ではいかないし、敵は予想以上に昔よりもパワーアップしているのは、南から戻って来た2名の聖騎士から受け取った報告書を読めば分かる。
レプリカ持ちを倒したのも、聖騎士を倒したのも報告を聞く前までは新たに生まれた『1人の王』だけかと思いきや、同種と思われる王種族が複数確認されたと聞けばアリムの考え方も変わる。
故に人間の中でも下級民にあたるファドナ皇国の者達では荷が重いのも理解してしまう。油断していたと言っても、ベリオンに住む者達と違ってそもそも基本スペックが違うのだから敵うわけがない。
ファドナの者達が捨て身で無駄死にするのは構わないのだが、ある程度は有効活用しないと勿体無いし、上層部に対して自分の心象が悪くなる。
今後は本格的に異種族と対峙するのならば聖騎士を3小隊くらいは一緒に送り込まなければ安心できないだろう。
「ううむ。本国の聖騎士を派兵するしかないかな?」
アリムの言葉に教皇と騎士団長はビクリと体を震わせる。
「お、お待ち下さい!! そ、それだけは……!!」
体を震わせながら教皇は勇気を振り絞って声を出した。
聖騎士が本格的に派兵されてしまえばファドナ皇国の役割が失われてしまう。役割を失えばファドナ皇国の存在意義が無くなってしまう。
それは即ち、ファドナ皇国の滅亡を意味する。
主国であるベリオン聖樹王国の手を煩わせないように、という役割を与えられ対価として高度な技術や生きる為の食料などを与えられている現状。
ファドナ皇国はベリオン聖樹王国に依存し、生かされている。
いや、飼われていると言っても過言ではない。
役に立たない番犬に食わせる餌は無い。使えない番犬を生かしておく義理は無い、と簡単に処分するのが聖樹王国。
「か、閣下! ど、どうか! 今一度チャンスを!」
教皇に続いて騎士団長も必死に頭を垂れて懇願した。
次はファドナ騎士団の総力を持って、油断など一切せずに事に当たると。
「しかしですねぇ……」
アリムは必死の懇願にあまり乗り気じゃない。
先ほどの通り、聖騎士と共に行動すれば精々前線で肉の盾くらいにはなるだろうが、ファドナ騎士団だけでは今の異種族に敵うはずがないのだ。
そんな使えない消耗品にベリオン聖樹王国の血税や主の恩恵を注ぐなど愚の骨頂。ファドナ騎士達が遠征する費用や使っている備品、食料の元を辿ればベリオンの金である。
今行っている会話ですらベリオンの民に聞かれでもしたら暴動待ったなし、ファドナがベリオンの民に滅ぼされてもおかしくない。
それに加えて今回の件があればアリムは派兵する聖騎士を選別する為に一時的でも本国へ帰れるかもしれないという願望がある。
久しく踏んでいない故郷の土を踏み、本国で暮らしている友人や家族に会いたいと思うのも無理はない年数をファドナ皇国で過ごしていた。
さて、どうしようかと頭を悩ませているとアリムのスーツジャケットの内側から『ピコン』と着信音が鳴る。
内ポケットから携帯端末を取り出して内容を見たアリムは大きな溜息を零す。
「捕獲せよ、とは……。主も上層部も無茶を言う」
存在が確認された神の使徒たる王種族を出来る限り多く捕獲し、ベリオン聖樹王国へ移送せよ。ファドナ皇国は使い潰して良し。
聖樹王国にいる自身の上司であり親友――キプロイからのメッセージを見てまだ本国へは帰れないと悟った。
キプロイもアリムの心情を察して「すまない」という謝罪の言葉と泣いているような顔の絵文字が付け加えている。それを見てアリムも今回の事はキプロイが出した直接の指示ではなく、会議で決まった事なのだろうと察した。
「本国からの指示が出ました。今後、貴方達は総力を持って事にあたって頂きます。指示は後ほど出しましょう」
「はっ! ありがとうございます!」
「感謝致します!!」
首の皮一枚で繋がったファドナの運命に、教皇と騎士団長は床に額を擦り付けて感謝を述べる。
アリムは彼らを見下ろしながら、メッセージの最後に記載されていた仕事をするべくその場を後にした。
向かうは皇城の最上階、聖樹王国の持つ飛空艇の着陸場でもある屋上を目指して階段を登る。
屋上に到着すると、アリムの体にビュウビュウと強い風がぶち当たる。強風を物ともしない彼は平面で囲いも無い屋上の中央に立ち、ファドナ皇国領土内を一望した。
「ええっと、あの辺りでしょうか」
メッセージで指示された内容を遂行すべく、目的の場所を探して視認すると片腕を空へと掲げた。
『基地から近い駐屯地を占拠されると面倒なので処分をお願いします』
恐らくキプロイ個人の願いであろう。捕獲対象の王種族も殺してしまうのでは? と疑問を持ったが、キプロイがそんなミスを犯すはずがない。きっと観測所で確認済みなのだろうと疑問を捨てた。
というよりも、親友の頼みとあらば軽く引き受けてしまうのがアリムという男である。
「主よ。我に力を――」
人間が使うのは魔法は厳密には魔法とは呼ばない。
法術という名称で人間側の神から与えられた魔法とは別の力だ。
その法術の中でも最上級のモノを扱える者はベリオン聖樹王国でも一握りしかおらず、ベリオンに住まう者達は彼らを『英雄』『勇者』と呼ぶ。
屋上に立って法術を詠唱するアリムも英雄の1人。彼は腕に纏った光を目的地に向かって振り下ろした。
「降り落ちよ。裁きの剣」
すると、目的地――異種族達が占拠した3つ目の駐屯地上空から光の柱が降り注ぐ。
超高熱を持った光の柱が一点集中攻撃として駐屯地を跡形も無く蒸発させる。次に空から発現した光の剣が光の柱を粉砕しながら光の破片を広範囲に撒き散らして周囲を焼き尽くす。
勿論、剣の突き刺さった場所にはダメ押しとばかりに地面を深く抉って巨大なクレーターを作る。
敵の中核を完膚なきまでに2度も集中攻撃した後に、逃げ惑う者や周囲に控えていた者達も殺すべく範囲攻撃へと移行する『裁きの剣』は誰の目に見ても最高位に存在する法術の1つと言えるだろう。
「ふう。こんなもんですかね」
アリムは久々に使った法術に少々の疲れを感じながらも、屋上を後にした。
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