表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

157/306

140 裁きの剣


 クリフ達がクエストから戻り、イングリット達は戦場跡で駐屯地攻略組を待ちながら各々で疲れを癒す。


 リュカを筆頭とする貴馬隊は付近の魔獣を倒して素材集めを兼ねた魔獣分布調査と食事用の肉集め。疲れが溜まっているのだから休んで下さい、と軍人達に言われていたようだが貴馬隊は基本的に戦闘狂ばかりだ。


 何もしないで休んでいる方がストレスが溜まるらしい。


 クリフは魔王都やジャハームで購入した本の消化に勤しむ。神話戦争時代の歴史本や近代史を解説するイシュレウス王立学園でも使用されている教材等を無言で只管に読み続けた。


 メイメイは相変わらず武器防具の点検修理だ。特に赤熱化したイングリットの鎧について調べようと、地面に敷いたシートの上で鎧の胸部を分解しながら原因を探る。ただまぁ、原因となる部分は分かりきっているのだが。


 彼女は胸部にある魔導心核の装着ソケットから大心核を取り出して、掌の上でコロコロと回しながら鑑定眼で観察中。観察しては首を傾げ、もう片方の手に持っているスパナで自分の頭を掻いていた。


 他にも赤熱化によって急速に劣化した装甲や聖騎士の斬撃を防いで破損した部分を直すべく、スペアパーツをシートの上に散乱させる。


 魔王軍に同行している魔族の鍛冶師が興味深そうにメイメイを見つめるが、喋ることはない。最初は何度か質問を投げかけていたようだが、メイメイの持つ技術は理解不能だったらしく観察する事にしたようだ。


 一方、鎧がメンテナンス中という事は現在のイングリットはむき出し状態である。


 王種族の中でも特に珍しいとされる竜人の姿に驚く軍人達も多くいたが、本人は気付いていない様子であった。


 特に驚いたのは竜を崇め奉る種族達だ。魔王軍の中にはリザードマンと呼ばれる竜人の下位種も在籍しており、彼らは古来から上位種であるドラゴニュートや竜人を崇める者達が多い。


 魔王国の南にある海沿いの街ではリザードマンや人魚、半漁人といった水棲系種族が多く暮らしているが、彼らは特に竜人族信仰が厚い。


 街の領主は神話戦争時代に生き残ったドラゴニュートの末裔であるし、神話戦争時代では最前線に出て勇敢に戦ったと言われているドラゴニュートや竜人の伝説に憧れて兵士を目指す者も多い。


 そんな彼らの目の前に生きる竜人が現れればどうなるか。


 まずは二度見である。


 あの人の角は竜人ぽいな~。は? 竜人!? みたいなリアクションを全員が取っていた。


 口をあんぐり開けて、呆けてから我に返り、胸の内には「竜人様ですか?」と問いたい気持ちで一杯になる。だが、信仰の対象へは声を掛ける事すら恐れ多い。


 彼らは一様にソワソワと体を揺らしながら視線をイングリットへ向けてチラチラと様子見る。まるで思春期の男の子が気になる女の子へ向ける視線のように。


 そして、当の本人はというと。


「妾がやるのじゃ」


「そうか。頼む」


 イチャイチャしていた。クエストを終わらせてきたクリフとメイメイを労うべく、同行せずに休んでいたイングリットとシャルロッテは夕食の準備をしていた。


 キャンプセットと食材をインベントから用意して、いつもの旅と同じように調理を進める。


 だが、イングリットの手には未だ小さな震えが残り上手く包丁を扱えない。そんな彼の横でスープの味を調えていたシャルロッテが彼の手から優しく包丁を奪った。


 前までのイングリットなら彼女に対して文句の1つも言うであろうし、自分のやる事に口を出すなと顔を顰めただろう。シャルロッテも自らが代わると申し出ることも無かったはずだ。


 しかしながら、この変わり様。テントの中で膝枕をしている姿もだが、2人の仲が良くなっているのは誰が見ても明らか。


 クリフやメイメイは旅の間に2人の仲が変わっていく過程を見ているので対した違和感が感じていない。


 軍人達も「2人は付き合っているのかな」と思うくらいだ。


 しかし――


「くうううう!!」


「ちくしょうめ! ちくしょうめえええ!!」


 ストレス発散しに行かず待機をリュカに言い渡された貴馬隊メンバーは違った。


 彼らは目の前で繰り広げられる甘くてクソウゼェ光景にハンカチを噛み締めながら血の涙を流す。許されるのであれば、インベントリから愛用の武器を取り出してイングリットへ斬りかかりたいくらいに。


 そして嘆くのだ。我等が貴馬隊に所属している女性メンバーはどうしてどいつもこいつも戦闘狂ばかりなのかと。


 キャラクターメイクで作られた顔の造詣はシャルロッテにも負けず美しい。だが、中身が残念すぎる。


 持っているレア装備で相手の価値を図り、自分よりも弱いと見ればクソミソに煽るようなPvP至上主義ばかり。可憐でひ弱なお姫様を守る騎士に憧れる貴馬隊のピュアな男の子達は現実を直視できなかった。


 血の涙を流し、地団駄を踏みながら現実の非情さを叫ぶ者達へ1人の軍人が走って近づいてきた。


「皆様! 侵攻軍が戻ってきました!」


 本を読んでいたクリフやメンテナンスをしていたメイメイ、調理をしていたイングリットとシャルロッテ、血涙を流していた貴馬隊のメンバーも軍人が指差す方向へ顔を向ける。


 そこには手を振るセレネを先頭に貴馬隊と同行した軍人達がこちらに歩いて来ていた。


 セレネが駐屯地を無事に攻略できたと伝えると待機していた軍人達は喜びを顕わにし、仲間の帰還を称える。


「黒盾ェ、お前もう動けんのかァ?」


 彼らの帰還を喜ぶ軍人達の輪から抜け出したセレネは鍋の前で座るイングリットに近づいて話し掛ける。


「ああ。なんとかな。ユニハルトはどうした?」


「死んだ」


「あ、そう」


 随分と簡単で軽い報告であるが、ユニハルトに関してはいつもの事である。豆腐防御な彼が死んでも誰も驚かない。なんと悲しき生き物なのだろうか。


「これからどうする? 落とした駐屯地はどうするんだ?」


「負傷者も多いし物資も不足してるから一旦、ジャハーム経由で魔王国へ戻るつもりだ。北の駐屯地は改修して次の侵攻に使うから貴馬隊の生産職と駐屯地にジャハーム軍の指揮官を残してきた。戻ったらまた駐屯地へ向かう」


 セレネの考えはハーピー族からの伝令内容と相違無く、一応の確認をすべく聞いたイングリットは素直に頷いた。


「西も動きがあったようだが」


「聞いた聞いた。あっちに戻ったら魔王軍に話を聞いて、必要なら何人か向かわせるわ」


 北西戦線には魔王都に残しておいた予備メンバーと魔王軍を指揮するレガドがいる。


 北西砦を攻められはしたが落とされた訳ではないらしいので、魔王都で状況を聞いてから派兵するか決めても遅くはないだろう。


「んじゃ、明日の朝から行動を――」


 セレネが明日からの行程を話そうとした時、北にある駐屯地の直上から茜色に染まる空に浮かんだ雲を吹き飛ばして一筋の光柱が降り落ちる。


 彼の背後が真っ白に一瞬だけ染まると巨大な爆発音が轟き、同時に大地が揺れる。地震によって火にかけていた鍋は転げ落ち、立っていた者達もバランスを崩して尻餅をつく者も。


「な!?」


 セレネが慌てて振り返ると巨大な光で構成された巨大な剣が大地に刺さっていた。


 軍人達は何が起きたのか、目の前にある巨大な光の剣が何なのか分からず唖然としていたが、貴馬隊とイングリット達は空を見上げながら苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「守護者……!」


 大地に刺さる光の剣。それはゲーム内で何度も苦しめられた憎き相手の十八番とも言える攻撃。


 人間達が使う守護者召喚によって召喚されたレイド級ボスによる広範囲一撃必殺技。


 裁きの剣と呼ばれた理不尽の塊たる攻撃がそこにあった。


「クソッタレェ……!」


 死力を尽くし、アイテムを尽くし、レジェンダリー級の装備を尽くして優勢となった大陸戦争の状況を一撃で巻き返す理不尽な攻撃は現実でも健在である。

 

 これがユニハルトやセレネが危惧していた現実。


 セレネが冷や汗を流しながら空を仰ぎ見ていると大地に突き刺さった光の剣はやがて消滅した。


「セ、セレネ様ァー!!」


 空へ飛んで爆心地の様子を見たハーピーが慌ててセレネへ叫ぶ。


「き、北の、北の駐屯地が消滅しました!」


 彼の報告通り、北にあった駐屯地は跡形も無く消えた。


 後に駐屯地があった場所へ向かうと駐屯地を中心に半径1キロ圏内には草木も何も残っておらず、爆発によって出来た巨大なクレーターだけが残されていた。


 そして、駐屯地に残したジャハーム軍の軍人1000名とオセロメーの長であるヤックス、貴馬隊メンバー3人は遺体すらも残らず死亡した事が確認された。


読んで下さりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ