139 頭に矢を受けてな…
外に出たクリフ達は人間の作った実験場を完全に破壊した。
多くの犠牲者を出した忌まわしき施設は存在しているだけで胸糞が悪い、と判断しての事。人間達の残した貴重な資料や証拠が残されている可能性もあったが、それよりも感情が勝ってしまった。
ガラガラと崩れ行く建物を見送った後にイングリットとシャルロッテが留守番している戦場跡へと帰還する。
「ご無事の帰還、何よりでございます!」
戦場跡に残り、死亡した仲間や敵兵の死体を処理していた魔王軍の軍人がクリフ達へ敬礼する。
仲間の遺体を丁寧に布で包んでいた他の軍人達も一度作業を中断して、彼と同じように敬礼。クリフ達も「どうも」と挨拶していると、軍人の1人が報告を述べ始めた。
「先ほど、駐屯地へ向かった軍から無事に占拠したと報告がありました。ジャハーム軍と魔王軍から4部隊、貴馬隊からは3名ほどその場に残してこちらへ帰還している最中との事です」
ここから先にある駐屯地へ向かったユニハルト達は無事に任務をこなしたようだ。
伝令として戻って来たハーピー族の軍人から受けた報告によれば、多少の被害は出たものの先の戦いで疲弊し数を減らしたファドナ騎士達を殲滅するのに時間は掛からなかった。
ジャハーム軍の司令官であるオセロメー族の長であるヤックスと駐屯地を改修するために貴馬隊メンバー3名を残して帰還中だそうな。
「駐屯地の先にある旧アルベルト領地中心街への侵攻は断念したと報告を受けました。我々は侵攻軍が戻り次第、共にジャハーム経由で国へ戻ります」
敵の前線基地を落とせなかったのは残念だが、駐屯地を3つと補給地まで潰せたのだから負けっぱなしだった魔王国とジャハームからしてみれば上々の戦果だと言える。
取り戻した領地を足が架かりにこれから基地攻略へ向けて準備を行えば良い。
「それと、西側からの報告も受けております」
西側とは魔王国の西にある北西戦線についてだ。エルフの国であるトレイル帝国と相対する地方であるが、そちらも少しだけ動きがあった。
「あちらではエルフと人間による混成軍が北西砦へ攻撃を仕掛けて来たようですが、貴馬隊の面々と魔王軍、傭兵達の奮闘で防衛に成功したようです」
いつも通りのエルフによる遠距離魔法攻撃と人間達による近接突撃が北西砦を襲ったようであるが、軍人曰く冒険者パーティである『美姫』という名のパーティ達がえらく奮闘したようだ。
「美姫? なんだそれ?」
聞いた事の無いパーティ名に首を傾げる貴馬隊メンバー。勿論、クリフやメイメイも知らない名だ。
報告を述べていた軍人は少々言葉に詰まり、一瞬だけ顔を伏せた後に言葉を搾り出すかのように正体を告げた。
「ひ、姫様です。我が魔王国の姫であります、魔姫マキ様が率いるパーティです」
「………」
「………」
まさかの人物に全員が言葉を失った。あの高飛車でワガママ言い放題でヤり放題な姫が戦場で奮闘した? と信じられない報告に耳を疑いながらも言葉が出てこない。
報告をしている当の本人も「まさか」と感想を抱いたが、伝令として来たハーピー族の男性が真剣な表情を浮かべながら死んだ魚のような目をしていた為、信じざるを得なかった。
勿論、貴馬隊のメンバーや魔王軍と傭兵達も奮闘した。だが、冒険者パーティである『美姫』が攻撃の要であるエルフ部隊を切り崩した事で状況が優位になった、との事。
「マジかよ」
心の底から出た本音だろう。
まさかあのお姫様がエルフ部隊を切り崩すなど誰が想像できようか。ゲーム内で強化されて現世に復活した王種族ならばともかく、現地魔族達がエルフや人間を相手に勝つのは難しい。
東側を侵攻していた魔王軍やジャハーム軍は敵から奪った聖銀製の武器や防具があって互角。あちらには徴収した装備品を渡していない。
「一体、どんな手を使ったんだ……?」
クリフ達は最大の謎を抱え、モヤモヤしたままユニハルト達の帰還を待つ事となった。
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時は少々遡り、ユニハルト達が駐屯地を目指して侵攻した頃。
聖騎士達との戦いで貴馬隊の中でも下位と中堅組は負傷者多数。特に下位に属する者は10名以上殺されてしまって戦力はガタ落ち。
魔王軍もジャハーム軍も侵攻を始めた頃に比べて半分以下まで兵を失っている。
次の駐屯地を落とすのが最後となるだろう。聖騎士がいたとしたら撤退するしかない、とユニハルトは決意していた。
「駐屯地には負傷兵が多数。聖騎士はいないっぽい」
先行して駐屯地の様子を偵察してきたメンバーの報告を受け、ユニハルトは安堵した。
聖騎士がいないのであれば現状の戦力でも十分に対応できる。だが、油断は禁物だ。
「よし。夜の闇に紛れて奇襲する」
侵攻軍は夜を待ち、駐屯地を奇襲した。
「敵だ! 敵だあああ!!」
駐屯地で待機していて無事だったファドナ騎士は奇襲に気付くと銅鑼を鳴らして駐屯地にいる仲間に通達するが、先の戦いで負傷した者達が多くまともに戦える者など1000人にも満たない。
闇に紛れて門を突破した侵攻軍に押されて大敗するのは目に見えていた。
故にファドナの指揮官は早々に退却。残された負傷兵と『死ね』と命令された哀れな騎士達が応戦するも、やはり貴馬隊の勢いを削ぐ事はできない。
「ちくしょう!! ちくしょう!!」
「死にたくない! 死にたくないいいい!!」
生に縋り付くファドナ騎士達は泣き喚きながら応戦し、隙あらば逃げようという構え。
貴馬隊はそれを察して駐屯地を囲うように配置して一人も逃がすまいと陣を構成した。
「最後くらいは私も戦わなければな」
駐屯地の攻略が中盤に差し掛かった頃、今まで指揮を執っていたユニハルトが動き出す。
「ユニハルト殿が?」
同行してユニハルトの隣でジャハーム軍の動きを見ていたヤックスが驚きの声を上げる。
「ああ。私は指揮官であるが戦士でもある。ここまで来れば、私が指揮をせずとも問題無いだろう」
ユニハルトは腰からレイピアを抜き、ヤックスに「後は頼む」と言い残して駐屯地へ駆けた。
「紫電よ!」
強力な雷属性とスピード大幅強化の能力が付与された特別な武器を手にするユニハルトは、紫色の稲妻を纏いながら猛スピードで駐屯地内へ突撃。
奇襲によって混乱で孤立していたファドナ騎士の心臓目掛けてレイピアを持つ腕を引き絞る。
超スピードの華麗なる一撃によってファドナ騎士の心臓を一突き! ……しようとした瞬間、彼の右側から矢が飛んで来た。
死にたくないと泣き叫びながら、建物の屋根に登って弓を撃っていたファドナ騎士の射線上にドンピシャドハマリしてしまったのだ。
風を切るように飛来した矢の進行方向にはユニハルトの頭部が!
「1キルんめええええええええ!?」
トン、と音を鳴らしてユニハルトの頭部に矢が刺さる。
華麗なる一撃は失敗に終わり、頭部に矢が刺さった豆腐防御のユニハルトは無様に死んだ。
「駄馬が死んだ!」
「後ろで偉そうに指揮官ぶってるからだ!」
「さすが駄馬だぜ!」
総司令官であるユニハルトが無様な死を晒すと何故か貴馬隊の士気が逆に向上した。
期待を裏切らない、と彼らは大層喜んだ。腹を抱えて大爆笑しながら、泣き叫ぶファドナ騎士を屠る様はまさに地獄だ。
「ええ……?」
「王種族ってやっぱ狂ってるよ……」
仲間が死んだのにも拘らず、大爆笑する貴馬隊に恐怖を抱く魔王軍とジャハーム軍。
程なくして駐屯地内に残っていたファドナ騎士を殲滅し終えると、侵攻軍は駐屯地を占拠。
この戦いでは、ユニハルト1名のみが戦死者リストに加わった。
読んで下さりありがとうございます。
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