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138 過去の記録 2


 クリフがページを捲ると手帳の主は一言日記のように、この建物内で行っていた『仕事』の事を書き記していた。


『まずは敵の事を知らなければ戦争には勝てない。前線にいる者に頼んで用意してもらう。最初は人体構造から調べるとしよう』


『移送されてきた5人の異種族を解剖したが人間と比べて内臓の配置について差異は無い。明日は手分けして臓器1つ1つを調べねば』


『恐るべき事に異種族達の脊髄と脳の一部に人間とは違う部分が存在した。これが魔法を制御する為の器官なのだろうか』


『魔法の制御器官は見つけた。だが、依然として魔法を発現させる為のエネルギー源は分からない。そちらは別の研究者に任せるとしよう』


『今日から異種族の耐久実験へと移行した。生きたまま焼いた異種族の匂いが白衣に染み付いて不愉快になった』


『鬱憤の溜まった兵士のストレス解消も含めて生殖実験を始めた。驚くことに、通常の生殖行為で人間と異種族との間に子を成す事は可能なようだ』


『遺伝子を専門とする研究者がやたら興奮していた。遺伝子レベルで調べると異種族との間に出来た子は人間よりも優秀な遺伝子を持って生まれるようだ』


『人体構造を調べ始めてから3ヶ月。結論として、異種族は魔法を扱う為の器官が備わっている以外は人間と変わらない。前線の者達が苦戦している理由は他にある気がする』


『明日から半年に一度行われる拠点での定例会に出席する。他の研究者達の発表に年甲斐にもワクワクして寝れない』


『定例会で遺伝子構造の発表をすると上層部は難色を示した。異種族が人間よりも優れた遺伝子を持つというのは納得し難いようだ。事実を認めずに結果を闇に葬るなど、馬鹿かアイツらは』


『定例会2日目。我等が主が姿を現して発表を聞いていた。緊張する』


『最終日。とんでもない事が起きた。我等が主の作り出した果実を食した姫と従者が人としての階段を昇った。主は異種族よりも優れた人間になったと断言した。研究者として検証もせずに認めるのは間違っているだろうが、実際目にしただけでも断言できる。あれは人の上位だ』


『主に教わった魂について研究を始める。主曰く、魂という存在が一番の差異であるという。オカルトだと思っていた魂の存在を知る事が出来たのは、私の人生の中で一番の収穫と言えるだろう』




 黙って日記を読んでいたクリフの眉間には徐々に皺が寄っていく。


 彼が次のページを捲ると日記の主が興奮している様子を現すかのように、日々の事を書くペンの筆圧が強くなっているのが見て取れた。




『魂とはなんと素晴らしいのか。大きさも色も人によって違う。前線で多くの人間を殺した異種族の王の魂は特に綺麗だ。素晴らしい』


『魂を抜き取った個体はすぐに死んだ。死体の処理が面倒なので焼却炉の建設を検討』


『魂を磨り潰して混ぜると大きくなる』


『他人の魂を別の者に注ぐと生物として均等が取れないのか壊れ始める。だが、これは上位者になる為のプロセスと似ているのではないか? 研究が進めば神の果実と同様の効果が得られるではないか?』


『果実の再現実験と併せて魂を武器に転用する実験を始めた』


『魂を武器に定着させると魔法の剣が生まれる。魂の質や持ち主だった者の能力が強力な程強くなるようだ』


『試作品の魂武器で異種族の街が1つ消し飛んだらしい。魂の持ち主も扱い切れなかった力をノーリスクで使えると上層部が絶賛。研究資金が増えた』


『異種族の中でも悪魔と呼ばれる魔法に長けた種族の女性が研究所に運び込まれた。彼女は素晴らしい。魂も能力も魔法についての知識も』


『私は彼女と会話を重ねたい。彼女はとても聡明で魔法知識の宝庫だ。お陰で魔法について随分とデータが揃った』


『彼女はお喋りに飽きてきたらしい。今まで通り、熱した棒で小突けば喋ってくれるが最近は反応が薄い』


『私は彼女との子を作れば優秀な後継者が出来ると考えたが、彼女は頑なに拒否する。会話の為に猿轡を外すと舌を噛み切ろうとするので手に負えない』


『対話を拒否し続ける彼女とお別れする事にした。惜しい。魂だけでも抜き取ろう』


『彼女から得た知識を使って作った魂を凝固させる装置を見せると、彼女は涙を流しながら謝罪を口にする。何故謝るのだろうか。こんなにも素晴らしい装置を作れたのに』


『彼女は髪の色と同じく深緑の宝石に変わった。悲鳴を上げながら誰かの名を叫んでいたが、一体誰なのだろうか。その名の者も知識を豊富に持つ者ならば、会いたいと思う』



「………」


 日記はそこで終わり、次のページは空白のままであった。


 クリフは人生の中でも一番不機嫌な様子を見せながら、乱暴に手帳を閉じる。


 彼から発せられる怒りや殺気を感じた貴馬隊のメンバーはビクリと肩を震わせるが、どうしたと問えば地雷を踏み抜く事が容易に分かると遂に声をかけることはできなかった。


「クリフ~? そろそろ地下に行くけど~?」


 気まずい雰囲気を感じながらどうするかと悩む貴馬隊のメンバーだったが、そこへ大天使メイメイの声が廊下から聞こえた。


「今行くよ」


 クリフはメイメイの声で我に返ると手帳をインベントリの中へ放り込む。そのまま廊下へと向かい、彼の後ろを歩く貴馬隊のメンバーは助かったと冷や汗を拭った。



-----



 陽の光が届かない地下室は真っ暗闇に包まれていた。


 先の方から微かに聞こえる水音だけが耳に届き、他は何も見えない。クリフと貴馬隊のメンバーが魔法の光で周囲を照らす。


「全然助かってないじゃん……」


 先ほどまでクリフと共にいた貴馬隊のメンバーは再び冷や汗を流しながら呟く。


 地下に降りて、地下室の正体が分かったクリフが先ほどと同じ雰囲気を纏い始めたからだ。


 地下室も1階や2階と同じく小部屋が存在する。だが、小部屋を構成する材質はより強固な物で作られていて部屋の中は随分と狭い。


 フロア全体は上層階とは違ってコの字型になっている訳ではない。階段から降りて一本の廊下があり、廊下の左右に小部屋が3つずつあるだけだ。


 小部屋もドアには小窓が1つ備わっているだけで、中からドアを開ける事は不可能な様子。それはまるで独房のようだ。


 ただの独房ならまだマシだったろう。部屋の中には簡易ベッドのような物が置かれており、ベッドの上は血が変色したと思われる黒いシミがべったりと付着していた。


 他にも異種族の骨らしき物や白骨化した死体がそのままベッドの上に放置されている部屋や部屋の中に用意された台の上には、液体で満たされた瓶の中で浮かぶ臓器がいくつも並んでいる部屋までも。


 それらの状況と手帳の中身を見たクリフは一瞬で地下室の正体を見抜いた。


 地下室は人間達が使っていた『実験場』だ。ここで多くの異種族達が殺され、実験の被害者になっていたのだろう。


 この地下で行われていた惨劇に貴馬隊のメンバーはもちろん嫌悪感を抱いていた。だが、それ以上にクリフやメイメイ、リュカといった上位者達が嫌悪感と共に撒き散らす殺意に体が震える。


「……最悪だし。早くいこ」


「うん。……あれ? ちょっと待って」


 1秒でも早くこの場を後にしたいと気持ちを込めたリュカの発現に強く頷くクリフであったが、視界の端でキラリと光る物を見つけて足を止めた。


 クリフはベッドが無く壁に拘束用の手錠と足枷が備わっているだけの部屋に入り、光る物が見えた角へと歩み寄る。


 魔法の光を照らしながら調べると部屋の角には人工的に削って掘られた小さな穴があった。その穴の中に指を入れてみると、金属製の物が隠されている感触が。


 指の先で引っ張り出すと、クリフが見つけたのは小粒ほどの大きさである青い宝石が嵌め込まれた小さなイヤリング。青い宝石はクリフの髪と同じ色をしていた。


 魔法の光に照らされる青い宝石はキラリと光った。まるでイヤリングがクリフに見つけて貰えて嬉しかったかのように……。


(なんだろう、これ)


 どこかで見たような、と首を捻るが思い出せない。


「おおい、大丈夫か?」


「あ、ごめんごめん。今行くよ」


 貴馬隊のメンバーが部屋の角で首を捻るクリフへ声をかけると、クリフはイヤリングをインベントリに仕舞い込んでから戻って行った。

 

 全員で奥へと進むと地下室の一番奥は広間のようなやや広めの場所があり、広間の中央には噴水があった。


 噴水の奥には()()()を取り外されたような後が。壁からいくつも伸びるチューブやコードが地面に垂れている。


 あれは何だろうかとクリフが考えていると、クリフとメイメイのインベントリから真実の鍵がいつものように飛び出してきた。


『祭壇と楔を破壊せよ』


 いつも通りのクエスト更新だ。だが、光を照らして周囲を見やるが祭壇と楔の姿は無い。


「無いよね?」


「うん~」


 おかしいな、と首を捻っているとクリフは別の事にも気がついた。


「そういえば、ここって神殿じゃないよね?」


 クエスト内容には神殿内にある祭壇と楔の破壊と記載されている。だが、この建物はどう見ても神殿じゃない。


 場所を間違えたのか? と悩んでいるとリュカが手招きして2人を呼ぶ。


「ねぇねぇ。ここに偉大なる主を称えて~とか書かれているよ」


 リュカは噴水の水が溜まるプール部分をしゃがみ込んで指差す。そこには一枚のプレートが埋め込まれており、リュカの言う通りの文字が彫られていた。


「人間にとってはこの噴水が祭壇で、この広間が神殿のような役割になっているのか?」


 貴馬隊のメンバーが人間と異種族との『違い』を推測する。神殿という場所を指す概念やイメージが異なるのではないか、と。


「人間にとっては何か特定の物があれば、そう認識されるのかな?」


 しゃがみ込んでプレートの文字を読んでいたクリフは立ち上がりながら視線を上へと向ける。


 噴水は今でも水を汲み上げて循環させており、噴水の上部に取り付けられている『片目が髪の毛で隠された少年』の像の足元から流れ出ていた。


 魔法の光で噴水を照らしてよく観察してみれば汲み上げている水が透明じゃない。赤く濁った血のような水が流れており、それを見るだけでも全員の嫌悪感が止まらない。


「この像じゃね?」


「間違いねえ」


 特に上部に設置されている少年の像は今すぐにでも粉々に粉砕して踏みつけたい程に。


「まぁよくわからないけどぶっ壊そう」


 概念やイメージの違いなんてどうでも良い。さっさと嫌悪感の元となる物をボコボコにしてこの場から立ち去りたいというのが全員の本音だった。


「任せて~」


 メイメイはバスターソード状態のノックザッパーを取り出して、少年像の頭へ横薙ぎに振るう。


 力一杯、憎しみ一杯に込めて振ったノックザッパーは少年像の頭を粉々に粉砕しながら吹き飛ばす。


 像の頭を吹き飛ばしたメイメイが満足気にバックステップで元の位置まで戻ると、クリフはエクスプロージョンで噴水全体を爆発させた。


 ドガン、と強烈な破壊音と共に建物全体が揺れる。一瞬、建物が崩れて生き埋めに……と後先考えずに魔法を唱えた事に後悔したが幸いにも天井が崩壊するような事は無かった。


 強烈な爆発は噴水を粉々にしながら流れていた赤く濁った水を全て蒸発させる。代わりに透明な水が床から勢いよく吹き出して天井を濡らし始めたが、クリフが魔法で地面を塞ぐと地下室には平和が訪れた。


『クエストクリア!』


 真実の鍵からクエスト終了の文字が表示されると、一行は早足で建物の外へと向かって行った。

 

読んで下さりありがとうございます。

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