137 過去の記録 1
建物の中へ入るとそこそこ広い玄関らしき場所であった。
左右には下駄箱が設置されており、下駄箱のすぐ近くにはスノコらしき板が経年劣化したのかボロボロに朽ち果てている。
下駄箱があるからって律儀に靴を脱ぐ必要も無い。というか、そもそも彼らは下駄箱という概念を知らない。故に靴を履いたまま先へ進んだ。
正面の朽ちて開かないドアを無理矢理開けて先に進むと廊下に突き当たる。
建物はコの字型になっていて、コの字の凹んだ場所が入り口でそこから左右に廊下が伸びていると言えばわかりやすいだろうか。
「小部屋だらけだねぇ」
まずは右へ進んだ一行は一定間隔で均一な広さを確保しながら作られている小部屋を覗きながら進む。
部屋の間取りは全て同じで中は10畳くらいの広さ。中央には動かすことができない床と一体化した机が1つ。外へ繋がるドアはガラス製の覗き窓が備わっており、室内の窓には曇ったガラスが残されていた。
右側には小部屋が全部で5つ。どの部屋も同じ作りであるがインテリアは個人の思想で染まっている様子。
例えば空の本棚がいくつもある部屋や生活家具が全く無くガラスケースがいくつも置かれている部屋、何かしらの実験器具のようなガラス管や瓶が置かれながら部屋の片隅にはボロボロのベッドがある部屋など。
部屋の中に残された物の中に重要な物は見当たらないが、それでも複数人の人間がここで生活していたのは十分察する事が出来た。
クリフ達は再び中央まで戻った後、左側の探索を始める。
しかし、左側も特に気になる物は無い。小部屋の作りも数も右側と同じだ。違う点と言えば2階に続く階段と地下へと続く階段があるくらいだろうか。
クリフ達は予定通り2階へと進んだ。
2階は1階とは雰囲気がガラリと変わる。階段の傍から個室がいくつもあって、中を覗くとクローゼットや個人用の執務机等が備わっていた。
「2階はプライベートエリアなのかな?」
「ぽいね~」
クローゼットの中には部屋の主が使っていたと思われる白衣やシャツがまだ残されていたり、開きっぱなしのロッカーや食料の入った箱(当然中身は腐っていた)など。玄関の真上にあたる場所には共用らしきキッチンまで備わっていた。
個人部屋にはやはり部屋の主によって雰囲気が異なるが、一部は1階のインテリアと似ている部屋も見られて「ああ、あの部屋の主か」と頷きたくなる程の特徴が見て取れる部屋まで存在する。
部屋によっては報告書のような文字の羅列が書かれた紙が床に落ちていて、掠れて所々読めない部分もあるがクリフは落ちていた報告書を1枚拾い上げて目を通す。
『魔法についての考察とエネルギー』
床に落ちていた報告書の上部には大きく題目が書かれている。クリフが手に取ったモノは魔法と魔法を発現する為に使用するエネルギーについての考察と推論が書かれているようだ。
「人間達はここで魔法の研究をしてたのかな?」
報告書の中には『魔法を使用する為のエネルギーは体内生成されている可能性』であったり『外部から酸素と共に得ている』などと仮説を立てて報告を語っていた。
これを見る限りでは人間が魔法を使う為の手順や魔法についての理解を深める為に研究していたように思える。
発動までのプロセスを考察している文章からは、魔法が使えない者に対して向けて書かれた内容としか思えない。
「ん~? でも人間は魔法使ってるしなぁ?」
つい数時間前に戦っていた聖騎士は勿論の事、ファドナ騎士の中には魔法を使う者も存在する。
あちらの勢力で魔法による広範囲攻撃の担当はエルフになっているようだが、人間も魔法が使えない訳じゃない。人体構造的に消費魔力が多いのか、それもと物理攻撃の方が得意なのかは不明だが使っている者が少ないのは確かだ。
だが、使えない事はないように見える。
「当時は習熟度が浅かったのかな?」
遠い昔にあった神話戦争時代の事はクリフには分からない。
昔は魔法が得意ではなかったが、年月を重ね、研究を重ねて使えるようになった可能性もある。
「まぁ、一応確保しておこうかな」
クリフは床に散らばる報告書を拾い集めてインベントリへ放り込む。暇が出来たら目を通そう、と思っている程度の認識であった。
彼が部屋から出ると貴馬隊のメンバーに声を掛けられた。
「この部屋だけ広いんだ」
貴馬隊のメンバーが見つけた部屋は一番右奥にあった部屋だ。部屋の外には『施設長室』と書かれたプレートが嵌められており、部屋の中は他よりも2倍ほど広く作られていた。
「一番偉い人の部屋っぽいね」
クリフがプレートの文字を読みながら呟きながら部屋の中へ足を踏み入れる。
部屋の中央にはホコリが積もりに積もった執務机。机の上には中身が蒸発して汚れとなってへばりついた状態のカップ、ペンや文鎮が置かれており、床には紙が散乱していた。
置かれている家具は本棚とソファーのみで、本棚の中身は空になってソファーは埃塗れで汚らしいだけで特に気になる状態ではなかった。
クリフは執務机に近づき、床に落ちている紙を拾い上げて内容に目を通す。だが、床に散らばるほとんどの紙が靴の足跡で汚れていて読む事は出来ない。
「なんか、急いで出て行ったって感じだな」
「そうだね」
一体何があったのかは分からないが、部屋に残された雰囲気としては急遽荷造りして出て行った、と言った感じか。
本棚にあった本や資料を慌てて詰め込み、重要な物だけを持ち出して逃げて行った。机の上にあるカップやクローゼットの中に残された衣類など、床に散らばった紙を踏んでいる痕跡から当時の状態を読み取る。
「近くで戦闘が始まって逃げたとか?」
貴馬隊のメンバーが推測した状況を口にする。近くで戦闘が始まって、この建物内にいたのが非戦闘員であったのであればあり得る話だ。
「あり得るねぇ~。ん?」
クリフは返事を返しながら執務机の正面から反対側へ回り込んで引き出しの中を漁っていると、1冊の手帳が見つかった。
手帳は紐で縛られて封をされており、クリフは紐を解いて中身を調べ始めた。
前半は日付のついたカレンダー。半分以降は白紙の紙が続き、内容は個人が書いた日記のようであった。
クリフは適当にパラパラと中身を見ていたが、日記の存在を知るとページを戻して最初から目を通す事にした。
『異世界に召喚された我々はどうするべきか』
手帳の主が残した日記には、そんな一行から始まった。
「異世界から召喚……。ゲームとも歴史書とも一緒だね」
人間が邪神によって異世界から召喚されたという事実は広く知られている。
ゲーム内でもストーリークエストで手に入れるテキストアイテムに書いてあったし、この世界の本屋で売られている歴史書にもしっかりと記載されているからだ。
だが、クリフは次のページをめくると……。
『まずは相手を知るべきだ。故に私は人間と異種族の違いについて調べる事から始めた』
クリフは手帳を手に取ってしまったが故に知ってしまう。この世界に召喚された人間達が行っていたおぞましき実験の内容を。
読んで下さりありがとうございます。




