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136 別行動


 薄暗いテントの中でシャルロッテはイングリットの頭を膝に乗せ、彼の髪を撫でながら寝顔を見守り続ける。


 静かな寝息を繰り返しながら眠るイングリットを見下ろすシャルロッテの顔はニマニマと笑みを浮かべながらどこか満足気だ。


 テントの中に運び込まれ、クリフとメイメイが出て行った後からずっとこうしている。


 いつしか外で鳴り響いていた戦闘の音は止んで、クリフがクエストをクリアしてくると伝えに来てからもずっとイングリットの傍に居続けた。


「んふふ」


 2人が出会ったばかりの頃はコイツを利用してやろうとすら思い、己の立場を守る為一緒に行動していたというのに。


 一体いつから自分の気持ちがこんなにも変わったのだろうか。自分の膝の上で気持ち良さそうに眠る彼を愛しく思うようになったのだろうか。


 サラサラと指通りの良い髪を撫でながら、別の手では頬を撫でていると彼女の視線はイングリットの唇へと移る。


 彼に触れ、彼を見ていると胸の鼓動がどんどんと強くなっていく。頬を赤く染めながら自分の顔を限界まで近づけたり、顔を離してから指で彼の唇を触れたり、ここぞとばかりにスキンシップを繰り返す。


 シャルロッテの指が唇を触っていると、イングリットはくすぐったそうに顔を動かした後でゆっくりと目を開けた。


「起きたのじゃ」


 ぼやける視界の中で映るシャルロッテの輪郭がやがてハッキリと映し出されると、イングリットの視界は慈愛に満ちた彼女の笑顔で満たされた。


「シャル……」


 頭を撫でる感触と後頭部に感じる寝心地の良い感触が起きたばかりのイングリットに安心感を与える。


「まだゆっくり休むのじゃ」


 イングリットは体を起こそうと身動ぎするが、シャルロッテの言葉と心を満たす安心感に負けて力を抜いた。


「みんなは……」


「貴馬隊の者達とクエストに行った。妾達は留守番なのじゃ。安心するがよい」


 クエストに行ったという言葉を聞くと再びイングリットの体が強張る。目的地でパーティメンバーに何かあったらどうするのだ、と仲間を守るタンクの矜持が疼く。


 だが、思うように体が動かない。


 腕を上げようとするが動かす腕は微かに痙攣を起こし、手を握り締める事さえ難しい。


 一体自分の体がどうなったのか、イングリットには皆目見当もつかない。いつの間にか終わっているようである今回の戦闘も、聖騎士が現れたというところから記憶が飛んでいた。


 それについてシャルロッテに問うと、彼女は心配するように顔を歪めながら説明した。


「いきなりお主が頭を抱えて膝をついたと思ったら相手に突撃して行ったのじゃ。心配する身にもなれ」


 ぷくっと頬を膨らませて怒るシャルロッテへ「すまん」と謝罪しながらも、イングリットは当時の事を思い出そうと記憶を探る。


 確かあの時は頭痛を起こす程の耳鳴りがして……。


『ミツケタ――』


 記憶の中にあった謎の声の主達を思い出すと、彼の心臓がドクンと跳ねる。


 あの声の主達は一体何なのだろうか。聖騎士に恨みを抱いているのは間違いないが、フラッシュバックするように映し出された異種族達の惨劇と最後に映し出された翼の生えた女性のシルエットの正体とは。


 眉間に皺を寄せながら悩んでいると両頬を手で挟まれて強制的に中断された。


「また何か考えておるな? 今は休めと言ったじゃろう。戦士には休息も必要なのじゃ」


 彼女の言い分も一理ある。体が動かない今では仲間を助ける事もできないし、謎の声や映像は考えても答えは出ないだろう。


 たまにはこうして()()()()の膝を枕にして眠るのも悪くない。イングリットは深く息を吐きながら、再び目を閉じて心地良い安らぎに身を任せた。



-----



「今頃、黒盾の野郎はシャルロッテたんとイチャラブしてんだろうな」


「クソがッ!!」


「俺も彼女欲しい」


 戦闘が終わり、クリフと共にクエスト目的地を目指す貴馬隊メンバーは道中で幸せ絶頂な野郎へ向けて呪詛を口から漏らす。


「そんな事言ってっから彼女できねーんしょ」


 先頭を歩きながらパーティを先導するリュカが振り返りながら憐れむような目線を送った。


「具合は大丈夫なの?」


 彼女の斜め後ろを歩くクリフは数時間前まで穴の開いていた彼女の腹部へつい視線を送ってしまう。


「へーきへーき。回復魔法とアイテムってやっぱすげー」


 確かに回復魔法で彼女が受けた致命傷は治った。


 だが、流した血は元に戻らないのかしばらく貧血状態が続いていたが、冒険者食堂料理長たるワンダフル特製弁当を口にした今ではすっかり血色も良くなっている。


 料理アイテムってすごい。改めてその価値観に心の中で頷くクリフであった。


「お、見えて来たし」


 平原を歩いているリュカ達の先にはコンクリートで造られた2階建ての建物が小さく映る。既に先行組が偵察を行っており、敵がいないのも確認済み。


 その為、彼らは特に警戒も無くゆっくりとピクニック気分で建物へ近づいて行った。


 建物の傍まで近づくとクリフは全体を見渡す。


「ダンジョンじゃないんだよね?」


「うん。先行組は普通の建物だったって言ってた。地下もあるみたいだけど、ダンジョン化してる訳じゃないし魔獣もいないってさー」


 楔を壊せという内容でありながら目的地がダンジョンではないというのも珍しい。


 ますますこの建物が何なのかクリフは興味をそそられる。


「じゃあ、中を調べようか」


「最初は1階から2階まで行って、その後で地下に行こう~」


「了解だし~」


 おー、と拳を空へと掲げたリュカを先頭に一行は謎の建物内へと入って行った。


読んで下さりありがとうございます。

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