135 対聖騎士 5
「ヒール、ヒール、ヒールヒールヒールゥゥゥゥゥ!!!」
「んおおおお!! 魔力切れえええええ!!」
イングリットが敵陣に特攻して行く最中、クリフと貴馬隊の治癒師は必死になって回復魔法を連打していた。
敵を無言で殺して行くイングリットは確かに驚異的なパワーを出していた。だが防御を完全に捨てており、絶え間なく回復を受けなければすぐに死亡していただろう。
「あいつ、全然タンクに、見えねえ!!」
「あれじゃアタッカーじゃねえか! ヒールゥゥゥ!!」
貴馬隊の治癒師達は聖騎士と戦うイングリットの捨て身スタイルに文句を言いながらも回復魔法を絶やさない。
バイザーの中に短剣を捻じ込まれた際は肝が冷えたが、瞬時に回復魔法を唱えて命を救ったのは流石と言えよう。
魔導宝玉を起動しながら回復を行うクリフは治癒師達の叫ぶ文句を聞いて首を傾げる。
(確かにイングらしくない……)
多少無理する時はあるが、いつだって作戦を提案してからだ。幻獣王と戦う際に行った耐久戦もそうだった。
何より、あの時は憤怒が完全起動してしまうからと提案された作戦。今回はデキソコナイと戦ったが、その際に憤怒ゲージが溜まっている様子は見られなかった。
(あれは憤怒って感じじゃない)
力を劇的に上昇させる憤怒のように見えるが、もっと違う性質を感じる。何より自己回復スキルが停止しているという事実がおかしい。
(メイが核に使ったアイテムがどうこうって言ってたけど……)
彼女の言う通り、やはり謎のアイテムが関係しているのだろうか。
クリフがイングリットの暴走原因を推測していると遂に聖騎士を討ち取る。
だが、相打ちであったのか両者地面に崩れ落ちてしまった。
「イング!」
後方で心配そうに見ていたシャルロッテが慌ててイングリットのもとへと駆けて行き、彼女に遅れてメイメイも走り出す。
クリフはイングリットへヒールを飛ばしながら走り出し、彼の元へ辿り着いた時にはメイメイがイングリットの鎧を解除している最中であった。
鎧の着脱ボタンを押してイングリットの体を外に出すと、鎧が赤熱した影響なのか肌には多くの火傷が。クリフはヒールを唱え、メイメイは心臓に耳を当てながら生存確認を行う。
「良かった~。生きてる~!」
クリフと治癒師達によるヒールの連打が効いたのか、一命を取り留めたイングリットは気絶しているだけのようだ。
「うう、良かったのじゃ……」
涙ながらに聖騎士との激闘を見守っていたシャルロッテはホッと胸を撫で下ろす。
「彼を運ぼう。ここじゃ危ない」
流石に戦場のど真ん中で気絶しているイングリットをこの場で介抱する事は難しい。3人は協力しながらイングリットを自陣の後方へと運ぶ。
自陣後方にあるテントの中に運び終えるとクリフは2人に任せてテントの外へ出て行った。
「さて……」
クリフはテントから出ると目的の人物を探す。
しばらく周囲を探っていると探している人物の叫び声が聞こえ、そちらへ歩いて行く。
「脅威は排除した! 残りを殲滅しろ!!」
ユニハルトはイングリットが聖騎士2人を殲滅したことで得た好機を見逃さない。生存している貴馬隊と魔王軍ジャハーム軍に指示を出して残存兵を駆逐し始めた。
「ユニハルト~」
指示を出していたユニハルトに声を掛けて来たのは彼を探していたクリフだ。
クリフは不自然にニコニコと笑いながら歩いて来る。ユニハルトは彼の顔に張り付いた笑みを見て背筋が凍る思いであるが、応えない訳にいかない。
「被害が抑えられて良かったねえ」
「あ、ああ……」
貴馬隊の中堅メンバーを軽々と殺戮していく聖騎士2人がイングリットというレギオン外の人物だけで排除できたのは、貴馬隊にとって幸運とも言える事だったろう。
「うちのタンクが負傷しちゃったんだけど~?」
「いや、あれは黒盾が勝手に飛び出して……」
「ふ~ん。そういう事言うんだ?」
イングリットが勝手に飛び出して行った、とは言わせないとばかりにクリフの顔に張り付いていた笑みが剥がれ落ち、怖いくらいの真顔へと変化した。
もしもイングリットが相手にしなかったら、貴馬隊の被害はどれだけ大きくなっていただろうか。
上位メンバーであるリュカとキマリンの2人だけでは対応できなかった。恐らく上位メンバーが4人以上で連携しなければ倒せなかっただろう。
ここにいるファドナ騎士を殲滅して、奥地にある駐屯地を攻める事を考えれば上位メンバー温存は大きい。
今回の侵攻作戦に関わっている者であれば誰でも簡単に気付く事だ。故にユニハルトは黙ってしまい、言い返せない。
「な、何が望みだ」
何故、黒盾パーティはこうも精神的に追い詰めてくるのだろうか。ユニハルトは歯を噛み締めながら心の中で悪態をついた。
「簡単な事だよ。この先にあるクエスト目的地へ行く時に貴馬隊の人を貸してくれれば良いだけさ」
負傷して気絶しているイングリットはしばらく動けそうにない。彼の復活を待っている時間も侵攻軍には無い。
ならばクエストを達成する為に動ける代わりの人物を用意しなければ。クリフはそういった意図を含んだ提案を行った。
もっとヤバイ内容の要求をされると思っていたユニハルトは安堵しながらもクリフの提案を聞いて納得。
この場にいるファドナ騎士を殲滅した後に駐屯地を攻めるのであれば、相手の増援が来る前に叩きたい。
クリフの提案を聞いたユニハルトは腕を組みながら黙って悩み始める。
いくつかの選択肢がある中で魔王軍とジャハーム軍を何部隊かと貴馬隊のメンバーを5名ほど残して侵攻しよう、と今後のプランを計画した。
「分かった。クエストを遂行している間に我々は駐屯地を攻めて来る。ここでもう1度合流しよう」
今回の侵攻作戦は順調であったが、聖騎士の登場で予想外の被害を受けてしまった。
現状で残っている貴馬隊は半数。魔王軍とジャハーム軍の被害も大きい。駐屯地の先にある旧アルベルト領地首都であるアルベルトの街を拠点化した敵基地まで足を伸ばすのは厳しいとユニハルトは判断した。
「うん。それで良いよ。でも最低1人は上位メンバー寄越してね」
「分かっている」
中堅メンバー5人で固めて侵攻軍の方を楽にしようと思っていたユニハルトは、クリフに自分の思惑を見透かされていた事に対して心の中で舌打ちした。
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「おいおい、隊長負けちゃったよ」
「マジかよ。昇華できない俺達じゃ敵わないじゃん」
陣から双眼鏡を使って普段偉そうにしている先輩達の戦いっぷりを見ていた聖騎士の2人は、聖騎士団の中でも『まぁまぁ』な強さを持つ先輩が死亡したにも拘らず、どこか他人事のように言った。
2人にとって死亡した聖騎士達は上司や先輩といった間柄ではあるが、彼らが特別な想いを抱いているかと言われればご覧の通り否であろう。
あちらは『昇華』を可能としたエリートで訓練を怠らなかった努力家達。一方で、残された2人は特に有名な家柄でもない聖樹王国の中でも一般的な家に生まれた者達。
聖騎士団に勤めたのも給料や待遇が良いからだ。昇華できるようになって最前線でバリバリに戦うなど、2人にとっては勘弁して欲しいと思うくらいには興味が無い。
現在の動画配信担当で安全地帯からのんびり仕事して、本国で受けられる福利厚生とそこそこな給料で人生を楽しめれば良い。
「逃げようぜ。俺らが逃げても他の聖騎士がどうにかするっしょ」
「まぁ、隊長にも本国に帰って報告しろって言われてるしな」
同盟国の領地が侵略されているのに他人事をぶちかまし、他の聖騎士がどうにかするだろうと他人事のオンパレード。
2人のように愛国心を持たず自己中心的な考えをする若者が増えている事は、聖樹王国が抱える悩みの1つでもあった。
大陸の覇を唱え、何でも手にする事が出来る聖樹王国にも悩ましい問題はある。完璧な国を作る事は出来ないという運命なのか、それとも人間が作る社会性ゆえの問題なのかは不明だ。
「とにかく戻ろうぜ。レポートも提出しなきゃだし」
「隊長が死んだって言ったら戦ってた相手の事聞かれて、録画したかとか言われんじゃね?」
「バッテリー切れだったって言えば良いっしょ」
面倒だしなー、と呟く2人の聖騎士は配信用の機材をカバンの中に納めてその場を後にする。
後に全滅しそうなファドナ騎士団の指揮官が助けを乞いに訪れるが、聖騎士用に作られたテントの中には何も残されていなかった。
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