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133 対聖騎士 3


 陽の光が反射してキラキラと輝く羽を撒き散らしながら空高く飛んだ聖騎士の隊長は、空中で剣を上段に構えた。


 翼を器用に動かして急速に降下し、自身の体と剣を地面に叩きつけると金色の衝撃波と共に地面は抉れて巨大なクレーターを作る。


 地面の揺れでバランス感覚を失った貴馬隊のメンバーは金色の衝撃波を避けられずに直撃。


 身に着けていた金属製の防具は砕け、露出した肌は焼け爛れてしまう。絶叫を上げながら地面をのたうち回り、仲間にヒールをくれと懇願するがそれよりも早くもう1人の聖騎士によって首を斬られた。


「おい、さっさとアレを止めろ!!」


「止めるってどうすりゃ良いんだよ!? 状態異常も効かねえ、魔法を効かねえ。近寄れば剣でワンパンだぞ!?」


 貴馬隊は謎の翼を生やした人間の脅威に混乱していた。


 ゲーム内と同等の人間がいないな、ファドナ騎士じゃ相手にならないな、なんて抱いていた余裕はどこにもない。


 機動力も攻撃力も耐久力も、全てゲーム内にいた人間よりも上。人間相手に個人では苦戦していたというのに、それ以上の力を持った者が現れてしまった。


(大陸戦争で召喚される守護者よりは劣るようだが……マズイな)


 後方で指揮を執っていたユニハルトは蹂躙される魔族と亜人を見ながら焦る。


 ゲームと現実との差が激しすぎる。人間の中に強者がゴロゴロいるだろうとは思っていたが、ここまで差があるとは思っていなかった。


 ゲーム内では人間1人に対して貴馬隊3人で当たれば余裕を持って戦えたが、今や貴馬隊10人を投入しても手が出せない。


 近づけば瞬殺され、近づかなくとも高速移動で接近されて各個撃破を繰り返されてしまう。魔王軍とジャハーム軍を近づければ肉壁にもならず、むしろ貴馬隊の邪魔にしかならない。


「セレネ! 準備はどうだ!」


「いつでもいけるゼ!」


 自爆戦法も検討したが、味方への被害が多くなってしまう為に却下。集団戦向きで個人相手には効率が悪い。


 この状況を変えるには貴馬隊1人1人の()を上げるしかない。セレネの歌唱による支援バフでステータスを底上げし、何とかする以外に道は無かった。


「イング、お主どうしたのじゃ!?」


 ユニハルトが手を打とうと動いていた時、近くにいたイングリットが頭を抱えて苦しむように片膝を地面についた。


 彼の変化に気付いたシャルロッテが駆け寄り、問いかけるが返事はない。


(クソッ、なんだこれ……)


 イングリットは突然起きた耳鳴りと頭痛に苦しむ。それだけではなく、胸が異様に熱を持っていた。


 目を瞑りながら耳鳴りと頭痛に耐えていると、瞼の裏には早送り再生したような未知の映像が映る。


 赤く染まった空、血を吸って赤く染まった大地、いくつもの魔族と亜人の死体が積み重なった戦場。次々と死んでいく戦友達。憎たらしい笑い声を上げながら愛しい者を目の前で殺して行く者達。


 そして最後に映し出されたのは、赤い空に浮かぶ天使の羽を生やして盾と大槍を持つ()()()シルエット。


 空に浮かぶ天使の羽を生やした女騎士が浮かぶ映像が映し出されると、耳鳴りが止む。そして、イングリットの胸がドクンと跳ねた。


 ――ミツケタ


 ――ミツケタ、ミツケタ


 ――ミツケタ、ミツケタ、ミツケタ


 イングリットの耳の中で幾多の声が木霊する。声の質は男女問わず、老若男女、全世代の声が重なるように呟く。


『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』


 声に含まれるのは明確な殺意と怨念。声の主達が抱く感情がイングリットの中で暴れまわる。


『我らの怨敵を殺せ』『私達の家族を殺した怨敵を殺せ』『戦友の命を奪った仇を討て』


 暴れまわる感情は次第にイングリットの中へ溶け込み、侵食していく。


『お前の愛する者を奪った使徒共を殺せ』


 最後に呟かれた男の声と同時に1人の女性の遺体がフラッシュバックする。


『アアアアアアアッ!!!』


 愛しき女性が無残な姿となり、彼女の骸を抱きしめながら吼える1人の竜人。


 脳裏に映し出された映像が暗転すると湧き上がる怒りと憎しみが心を満たす。イングリットを苦しめていた耳鳴りと頭痛はいつの間にか消え去っており、代わりに全身を焦がすような熱を感じた。


「い、イング……?」


 心配そうにイングリットの顔を覗き込んでいたシャルロッテは、彼の苦しむ様子が治まった事に安堵しながらもどこか胸騒ぎを覚えた。


 シャルロッテの声を無視して立ち上がったイングリットは閉じていた瞳を開け、戦場で貴馬隊と戦う聖騎士を睨みつける。


 その鋭い竜の目には殺意と怒りが充満していた。殺意と怒りは彼の目だけに現れた訳ではない。イングリットの着用する憤怒の鎧にも影響を及ぼしていた。


「ちょ、イングの鎧!」


「え~!? ど、どうしたの~!?」


 聖騎士を睨みつけるイングリットの黒鎧は徐々に赤熱していき、白い煙をあげていく。


 こんな機能は取り付けていないと焦るメイメイ。クリフやシャルロッテがイングリットへ声を掛けるも、聞こえていない様子。


 鎧に熱が広がって行く中心点となるのは胸部に装着された魔導心核の位置だ。それに気付いたメイメイはハッとある事に気付いた。


「あの材料アイテム……?」


 もしや、魔導心核の生成に用いた材料アイテム『穢れた魂の凝縮核』を使ったせいか、と。


 禍々しく、どこか怪しい未知アイテム。あれを使った影響なのかと推測した。


「イング~! 鎧を脱いで~!!」


 鎧の異常事態にメイメイはイングリットへ鎧を脱ぐように叫ぶが、それと同時に彼は戦場へ猛スピードで駆けて行ってしまう。


「ちょ、ちょっと!? 何なのあのスピード!!」


 クリフは今まで見た事も無いイングリットの素早さに驚愕の声を上げた。


 彼は防御面を鍛えたタンクだ。故に素早さのステータスは一切鍛えておらず、人並みのスピードしか持っていなかった。


 なのに、今見せたスピードはリュカを越えて翼を生やした聖騎士と同等に見える。


「いやいや、あのパワーもおかしい!!」


 超スピードで戦場を駆け、大盾を振るえばイングリットの道を塞ぐファドナ騎士の体が爆散。


 どう考えても異常だ。魔導心核に謎のアイテムを使用すれば、鎧が強化されるとメイメイも予想していたがそれでも異常すぎる。


「お、おい。黒盾のアレはなんだ? 赤竜の憤怒が起動したのか?」


 ユニハルトとライブのスタンバイをしていたセレネが目を点にして驚くのも無理はない。


 圧倒的な暴力を持って邪魔な物は全て壊し、己の体が傷付こうが厭わない行動は赤竜の種族スキルである『憤怒』に似ている。


 だが、憤怒が起動しても今の状況と同じにはならないだろう。今見せているイングリットの姿は『憤怒』よりも『狂気化』のよう。


 怒り狂い、己の破滅を持って相手を殺す。まるで()()()()()()自身の燃料にしているようだ。


「わ、分からないけどとにかく私達も追いかけよう! あのままじゃイングの体がヤバイよ!」


 既にクリフ達の目には2人の聖騎士と対峙するイングリットが映っていた。


 貴馬隊を蹂躙していた聖騎士2人に何度も剣で斬られながらも、暴れるように戦うイングリット。


 聖騎士を大盾で殴りつければ相手が吹き飛び、相手の鎧を蹴り付ければ鎧の一部が砕ける。圧倒的なスピードとパワーで聖騎士2人をボコボコにしていた。


 強敵を相手に押している、と言えば聞こえは良いがイングリットの受けるダメージも尋常じゃない。


 既に赤熱した鎧の一部は破損し、赤黒くなった鎧にはイングリットの体から流れ出た血がへばり付く。


 自動で己の体を癒すスキルを持っているイングリットであるが、クリフの目にはそれが起動していないように見えた。


 このまま放置してはイングリットが死亡してしまう可能性がある。


「ユニハルト! 治癒師にヒール連打するように言って!」


 クリフはユニハルトに叫びながら前線へと駆け、メイメイとシャルロッテも彼に続いて行った。


「わ、わかった!! 治癒師隊は全力で黒盾へヒールを唱えろ! ポーションをガブ飲みして詠唱を絶やすな!!」


 聖騎士2人と死闘を繰り広げるイングリットへ向けて、大量のヒールが降り注いだ。  


読んで下さりありがとうございます。

土日は夕方更新になります。

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